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シャッフルワールド!!  作者: 夙多史
第四巻
153/314

四章 術式と能力(9)

「リーゼぇええええええええええええええええええええええッ!?」

 気がつけば、俺は絶叫していた。

 そんな……嘘だろ、おい。

 冗談じゃないぞ。

 いや、あのリーゼだ。魔力は封じられていても炎には耐性がある。こんな炎、黒炎に比べたらなんでもないはずだ。

 まだ生きてる。そうだ、きっと生きてる。

「よせ零児! 死ぬつもりか!」

 流れ続ける溶熱の川に無意識に飛び込もうとしていた俺の肩を、セレスが自殺者を止めるように強く掴んだ。

 ハッとする。

「あっ……悪い、セレス。どうかしてた」

 セレスに謝り、俺は溶けて赤熱する川となったスカイテラスを眺める。あの中にリーゼも混ざってるんだと思うと……いろんな感情が溢れて止まらない。

「畜生っ!」

 助けられなかった。

 傍にいると言ったのに。

 守るために修行もしたのに。

 それでもまだ、俺は無力だったのか?

「畜生ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 咆える。

 咆える。咆える。咆える。

 溢れる悔しさと悲しさを声に乗せて吐き散らす。

 今度はセレスも止めなかった。それでいい。これは俺なりの気持ちを切り替える儀式なんだ。

 全ての感情の矛先を、あの〝竜王〟に向けるためのな。

 嘆くのは後だ。悲しむのも後だ。

 今はただあいつを、悠々と飛んでやがる黒いドラゴンを――

「――ぶっ殺す!」

 覚悟は決まった。

 その直後だった。


 流れる溶岩の中から黒い火柱が噴き上がったのは。


「え?」

「アレは、〝魔帝〟の……」

 天を衝いて轟々と燃える黒炎を見上げた俺とセレスは同時に目を見開いた。

 リーゼだ。

 間違いない。リーゼは生きてる!

「ハハッ。なんだ、実は全然平気なんじゃないか」

 乾いた笑いを俺は零した。そうだよな。あの〝魔帝〟が竜の炎くらいで燃やされるわけないよな。心配して損したぜ。

 よかった。本当によかった。

 でも待てよ。リーゼが炎を出せるってことは……。

「レイちゃん、気をつけてくださいねぇ。これはよくない魔力・・・・・・です」

 俺の横に現れた誘波が警戒するように言ってくる。それは俺にもわかった。なにせ二回目だからな。

 夏祭りのあの日、リーゼが変異した瞬間の炎に感じがよく似ている。

 嫌な予感がした。

 その予感が的中する予感もした。

 そしてやっぱり、的中した。


「アッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!」


 耳を塞ぎたくなる高笑いと共に黒炎の柱が爆散した。炎の塊が隕石のように各地へと落下し、赤と黒の二色が眼下の街を焼原に変えていく。

 黒炎の柱から現れる金髪黒衣の少女。リーゼがほぼ無傷だということにほっとしつつ、俺は認識を改める。

 アレはリーゼであって、リーゼじゃない。

 リーゼの中に秘められた破壊衝動の化身、とでも言うべきかな。二重人格と呼ぶにはこっち側の意識が獣すぎる。

「まずいですねぇ」

 誘波の笑顔が堅い。

「マスターは完全に覚醒安定のようです。〝魔帝〟としての、本来の力に」

 レランジェが感情のない口調で呟く。本来の力が完全覚醒……ああ、俺もそんな気はしていたさ。

 両目は赤く充血して、縮んでいた角や尻尾が元に戻っている。いや、元よりさらに太く長くなってないか? それに魔力もあの時より遥かに強大だ。

 そしてなにより――

「翼、なんて前は生えてなかったよな?」

 リーゼは二対の、合計四本の悪魔みたいな翼を背中に生やして宙に浮いていたんだ。

 悪魔が降臨した。

 なにも知らない人間が見れば十中八九そう思うだろうね。

 と――グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!

 リーゼの哄笑に対抗するように〝竜王〟が雷鳴のような咆哮を轟かせた。すると――いや待て。俺たちを襲わずに街の破壊をしていたドラゴンたちが、各地からこっちに向かって結集し始めたぞ。

 リーゼの魔力に反応したのか?

〝竜王〟がそう命じたのか?

 百、二百、三百はいるな。アレ全部相手なんてできねえぞ。

「アハッ!」

 だが、リーゼはお気に入りのオモチャを見つけた子供みたいに笑った。

「アハハッ! 壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す全部壊すっ!」

 ボワッ! と。

 黒炎の中規模魔法陣が一つだけリーゼの前方に展開された。

 いや待て、違う! それ一つじゃない!


  ボワッ! ボワッ!  ボワッ!     ボワッ!  ボワッ!

    ボワッ!   ボワッ!  ボワッ! ボワッ!   ボワッ!  ボワッ!

 ボワッ!  ボワッ! ボワッ!     ボワッ!  ボワッ!  ボワッ!

    ボワッ!

 ボワッ!     ボワッ!   ボワッ!      ボワッ!

      ボワッ!    ボワッ!    ボワッ!      ボワッ!

 ボワッ! ボワッ!  ボワッ!     ボワッ!  ボワッ!

    ボワッ!   ボワッ!  ボワッ! ボワッ!   ボワッ!  ボワッ!

 ボワッ!  ボワッ! ボワッ!     ボワッ!  ボワッ!  ボワッ!

    ボワッ!

 ボワッ!     ボワッ!   ボワッ!      ボワッ!

      ボワッ!    ボワッ!    ボワッ!      ボワッ!


 一つ目から少し間隔を開けて、小規模、中規模、大規模問わず様々な大きさの魔法陣が四方八方に出現した。

「やべえ! みんな気をつけろ!」

 無数の魔法陣から縦横無尽に、狙いなんてまったく定めずに黒炎が射出される。いや、寧ろこの空間全てが破壊の対象で狙いとでも言うような無茶苦茶さだ。

 建物がそれを焼いていた炎ごと呑み込まれ、遠くの山が消し飛び、ドラゴンたちが一瞬で半数以上も焼失する。

 なんて、力だ。

 俺たちは……ここからじゃ全員は確認できないけど、直撃をくらったやつはいなさそうだな。何事かはあったような顔しながらドラゴンと戦っている。流石は監査官だ。

「アハハッ♪」

 楽しそうに笑いながらぴゅーっとリーゼがどっかに飛んでいく。

「! マスター! お待ちください!」

 それをレランジェがダッシュで追っていく。他の監査官も散り散りだ。この場に残っているのは、俺とセレスと誘波だけになった。

 俺はドラゴンを小バエのように焼き落としながら飛んでいくリーゼを眺める。

 とんでもないことが起こったのは、そのすぐ後だった。

「えっ!?」

「なっ!?」

「あら?」

 三者三様に驚きの声を上げる。

 怪獣並みに巨大な〝竜王〟が、翼をゆったりと羽ばたかせて地に足をつけた。

 そしてやつは、やつにとっては豆粒に等しいリーゼを前にして――


 地面に、伏したのだ。


 か、傅いたぞ。〝竜王〟が。リーゼに。

「ど、どういうことだ? なぜ〝魔帝〟に……」

「恐らく〝竜王〟ちゃんにはわかったのでしょう。リーゼちゃんが、自分より格上だと」

 瞠目するセレスに誘波が推測を話した。俺もそう思う。より強い者に従う、そういう本能でもあるんだろう。てか、〝竜王〟ちゃんて。

「けど、今のリーゼなら問答無用で〝竜王〟を燃やしにかかるだろ」

「そうでもないみたいですよぅ」

「あっ」

 リーゼは〝竜王〟を燃やすどころか、軽く悪魔的に笑ってその頭にちょこんと飛び乗ったんだ。完全に主従関係が決定しちまったみたいだな。リーゼを頭に乗せたまま再び〝竜王〟は飛翔し、さっきよりも激しく街の破壊を続行しやがった。

「冗談じゃねえ。残りのドラゴンに、あのリーゼをまた無力化するとなると相当に骨だぞ」

 リーゼの〈滅理の枷〉は〝竜王〟のブレスで焼き切れただろうから、直接取り押さえて替えを嵌めないといけない。でも困ったことに飛んでるから声だって届くかわからねえし、なにより〝竜王〟の存在が邪魔だ。

 せめて飛べればいいんだけど、俺は飛べない。他の監査官だって、飛行能力があるのはここにはいない四条ともう一人だけ。

「誘波、お前ならあのリーゼを抑えられるよな?」

 この監査官最強のエセ天女様を頼るしかないんだ。

「わかりません」

「だよな。お前なら――え?」

 なんだ? 思ってた返答と違ったような……?

「わからない、と言ったのですよぅ。今のリーゼちゃんの力は、魔力量だけなら確実に私以上です。あのデタラメなパワーでは迂闊に近づくこともできないでしょう」

 確かにリーゼの力は半端ねえけど……あの誘波が『デタラメ』って言うほどとは。

「じゃあ、どうするんだよ?」

「リーゼちゃんにこのまま好き放題暴れられては空間が崩壊してしまいます。空を飛べる私が対処するしか手がないのはわかりますが――」

 そこで少し言葉を区切り、誘波は背後を振り返った。そこにはタコ足円盤の上で正座するアーティがいた。

「アーちゃん、あのリーゼちゃんはどう・・ですか?」

「あー……正直に答えていいのか?」

「構いません」

 言い難そうに、アーティは棒つきキャンディーを口から離した。

「あー、無理だな。あの状態から元のリーゼロッテ・ヴァレファールに戻す手段はない。封印の復元は完全覚醒していなかったからできていたのだ。こうなっては奇跡でも起きん限り――」

 アーティはそこで一度躊躇うように言葉を切り、続けた。


「リーゼロッテ・ヴァレファールを、この空間内で処分した方が賢明だ」


 ……えっ?

 なんだって?

 リーゼを、ショブン?

 なんだよ、それ?

「アーティ、お前、今、なんて言ったんだ?」

 自分の声が震えているとわかる。頼む、俺の聞き間違いであってくれ。

「あー、白峰零児、それは確認の意味か? それとも聞こえていなかったのか? まさか言葉を理解できなかったのではあるまいな? あー なんにせよこんなことを二度言わせるな」

 アーティはバツが悪そうに俺から目を逸らし、

「リーゼロッテ・ヴァレファールはここで殺すべきだと言ったのだ」

 俺の聞き間違いではなかったことをはっきりと告げた。

 周囲の景色が真っ白に染まったような気がした。

「ふ、ふざけんな! そんなの許されるわけねえだろ!」

「あー、怒鳴るなやかましい。気持ちはわかるが、もはや道はこれしか残っていないのだ。諦めろ白峰零児」

 うるさそうに両手で耳を塞ぐアーティ。その行為に俺はさらに憤った。

「お前天才なんだろ! 人より経験豊富なんだろ! だったら安易に殺すとか結論出すなよ!」

「あー、だからわかるのだ。今のリーゼロッテ・ヴァレファールがどんな状態なのかがな。それに安易に出したわけでもない。幾通りのパターンを計算した後に辿り着いた結論だ」

「リーゼが生き残る確率が少しでもあるパターンはなかったのかよ!」

「あー、あるにはある」

「じゃあなんでそれを言わねえんだ!」

「あー、他の誰かが死ぬからだ。それも一人二人ではない。最悪の場合、リーゼロッテ・ヴァレファールは助かっても世界が滅ぶ」

「なっ……」

 絶句して次の言葉が出てこない。

 リーゼを助けて誰かを犠牲にするか、リーゼを犠牲にして世界を救うか。

 この二択しかないってのか? 性格悪すぎるぞ。

「あー、認めろ、白峰零児。誘波にリーゼロッテ・ヴァレファールを殺させることが最も被害を抑えられる救い方なのだ。あの子にとってもそうだ。あのままでは世界を滅ぼした後に自分自身も消滅するだろう」

 アーティは無情にもそう断言する。

 全てを救う。そんな奇跡は本当にないのか? 

 あるはずだ。予測なんてできないから奇跡って言うんだ。ならその奇跡を起こすために足掻いて、足掻いて、足掻くべきだろ。やってみるまでわからないんだ。

「……そんなの、認められるかよ」

 合理的な選択に逃げているだけだ、アーティは。

「誘波、お前だってそうだろ? アーティがなんて言おうが、リーゼを殺すつもりなんてねえんだろ?」

「申し訳ありません、レイちゃん」

 なぜだ。

 なぜ謝るんだ!

「そうしないと世界が救われないのなら、私はそうするだけです」

 誘波は、笑っていなかった。覚悟を決めた顔をしていた。

「それがお前の意志だって言うのか!?」

「それがこの世界の〝守護者〟たる大精霊わたしなのですよ」

「お前は……」

 一体なんなんだ?

 大精霊ってなんなんだ?

 自分の意思で動いてる〝人〟じゃねえのかよ!

「セレスちゃんも、反対ですか?」

 誘波はずっと余計な言葉を挟むことのなかったセレスにも訊いた。セレスは少し迷うように翠色の瞳を泳がせ、やがてなにかを決意した。

「……いや、私は誘波殿とアーティ殿の判断に従おう」

「セレス!?」

「忘れるな、零児。私も〝守護者〟なのだ。この世界の、ではないがな」

 申し訳なさげにそう言って、セレスは自分の聖剣を軽く持ち上げてみせた。裏切られた、とは不思議と思わなかった。寧ろ俺は納得してしまった。

 ラ・フェルデの『次元の柱』から生まれた聖剣。

 その聖剣に選ばれた世界の〝守護者〟の一人。

 自分の意思でそう在ると決めている少女。

 それが、セレスティナ・ラハイアン・フェンサリルという名の騎士なのだ。

「ではセレスちゃん、他の皆さんにもこの件を伝えてきてください」

「了解した」

 セレスは一つ頷き、戦場へと駆けていく。彼女を見送ってから、誘波はふわりと数十センチほど浮かび上がった。

 飛び立つ寸前だ。

 リーゼを殺すために。

「待てよ、誘波」

 俺は止めた。ここで止めないと本当にリーゼが殺されてしまう。

 そんなこと、させるかよ。

 誘波は俺の方を振り返らず、あまりおっとりしていない厳しい口調で問う。

「レイちゃん、他に方法があるのでしたら今すぐに言ってください。その方法が最善ならば協力しましょう」

「……そ、それは」

「ないようですね」

 幻滅したような溜息を吐き、誘波が舞い上がろうと――

「いやある!」

 もう一度、俺は止めた。

「……かどうかはわかんねえけど、とにかく俺をリーゼの下へ連れて行ってくれ! リーゼと話してみるんだ。さっきあいつは言葉を喋ってただろ? だったらこっちの話を聞いてくれるかもしれない。大人しくなってくれるかもしれない。だから頼む!」

「そうですか」

 誘波は音もなくゆっくり着地すると、不意に俺の左手を取った。

 ニコリ。優しく、包み込むような笑みがそこにあった。

「誘波、お前、わかって――」

「今のレイちゃんは邪魔以外のなんでもありません。ですので、お帰りください」

「へ?」

 ぐるん、と。

 俺の世界が反転した。

 手首を捻じられて引っ繰り返され、そのままの勢いで放り投げられたのだ。


 いつの間にか開いていた、本来の位相へと繋がる裂け目へと。


「誘波てめえッ!?」

 風のブーストもあったのだろう、俺の体は砲弾のように減速することなく裂け目を通過する。

 元の空間に投げ捨てられた俺は受け身を取って即座に戻ろうとしたが、その時には既に裂け目は子供でも通れないほど小さくなっていた。

「レイちゃん、全てが終わった後は……………………」

 小さな空間の穴から、誘波の悲しそうな微笑みが見えた。

 その小ぶりな唇が微かに動く。


「……………………私のことを、恨んでくださっても構いませんから」


 そして、裂け目は閉じた。


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