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シャッフルワールド!!  作者: 夙多史
第四巻
149/315

四章 術式と能力(5)

 その日は結局、それ以上修行にならなかった。

 時間間隔が曖昧になる地下だから気づかなかったが、解散した頃にはすっかり西日が稜線の彼方に沈んでいた。

 解散後は地下一階の食堂で夕食を取った。他の監査官やスタッフの局員たちも一堂に会していて、なんとなく中学の時の林間学校を思い出すな。ただまあ、ハイキングやキャンプファイヤーでテンション馬鹿上がりだったあの時と違って、ほとんどの監査官が真っ白に燃え尽きていた。全員、母さんの訓練を受講したやつらだ。

 近くの席で魂が抜けかけていた稲葉に聞いたところ、初日は基礎体力の訓練を徹底されたらしい。アレは死ねる。俺も死んだ。思い出しただけで突っ伏しそうだった。

 暢気に食事していたのは言うまでもなく誘波と母さん、検査優先で訓練に参加していないリーゼ、聖剣と同調する精神訓練とか言っていたセレス、元から体力馬鹿のグレアムくらいだった(アーティは研究室に戻ったのでいなかった)。

 食事を終えると残りは自由時間。地下四階の露天風呂には行きたくなかったので、俺は懲りない桜居の誘いを蹴り断って個室のシャワーを浴びた。あまり好きじゃないんだけどな、シャワー。

 そして昼間の疲労(主に精神的な)がリミットブレイクしたまま残っていたので、そのままベッドに倒れると睡眠薬でも盛られたかのように眠気が押し寄せてきた。まあいいか。どうせ今日はもうやることねえし、このまま寝ちまおう。

 おやすみ。

    ・

    ・

    ・

「……っ」

 声が聞こえた。

「……ジっ」

 体が揺り動かされる。うるさいなぁ。疲れてんだ。明日も修行だってのに、静かに寝かせてくれ――

「……レージっ!」

「――ごふっ!?」

 腹の上に落ちてきた重たい感触に目を開くと、長い金髪をストレートに流した黒いパジャマの女の子が馬乗りで圧し掛かっていた。

「り、リーゼ……?」

 なんかデジャヴ……いやあの時は踏みつけられてたっけ? ――じゃなくて、これどういう状況?

 部屋の明かりはついてないし、枕元のデジタル時計を見るとまだ夜中の一時だった。起床時刻には早過ぎる。

「リーゼ、なんで俺の部屋に? 鍵は?」

「開いてた」

 ムッとした表情でリーゼはドアの方を指差した。開けっ放しのドアから廊下の明かりが漏れていた。そういえば閉めてなかったような気がする。

「……で、なにしに来たんだ?」

 暇だったから遊びに来た、なんて言ったら「部屋に帰って寝なさい」と父親のような気分で返そう。

「……」

 だが、リーゼはなぜか言い難そうにだんまりした。俺に馬乗りになったまま、少し俯いて視線を逸らしている。

「リーゼ?」

「……」

 リーゼはなにも答えない。

「……とりあえず、下りてくれないか?」

 頼むと、リーゼは素直に頷いて俺から退き、ベッドにちょこんと腰掛けた。俺も寝たままじゃいけない気がして隣に座る。

 それから一分ほどの沈黙後、心の整理がついたようにリーゼは口を開いた。

「レージ……この角と尻尾、どう思う?」

 ついこの間まではなかった自分の角と尻尾を擦るリーゼは、とても不安そうな表情をしていた。

 その一言で察した。

 俺の幻で遊んでいた昼間には全く見せなかった感情だ。リーゼのいつも通りさに、自分の体の変化なんて少しも気にしてないんじゃないかと俺は思っていた。

 けど、違ったらしい。

 実は凄く気にしていて、それでも他の人の前では平気な振りをして、弱みを懸命に隠していたんだろう。

 ここで俺が否定すれば、リーゼが酷く傷つくことになるのは明白だ。まあ、そもそも今のリーゼの姿について否定的な意見を俺は持ちわせてないんだけどな。

 だから、正直に答える。

「最初はビビったけど、別に悪くないと思うぞ。地球人離れした異世界人なんて普通だしな。角と尻尾が生えたくらいでどうこうなることはない。隠そうと思えば〈人化〉の魔導具とかあるし」

「……じゃあ、レージはわたしを嫌いになったりしない?」

「なるもんか。外見で差別してたら監査官なんて勤まらないよ」

 だからリーゼも他人の目なんか気にするなよ、と続けようとしたが、その前にリーゼがはっきりと憎しみすら籠った口調で告げた。


「わたしは、嫌い」


 と。

「この角も、尻尾も、あいつと同じだから」

 嫌悪に顔を顰めるリーゼの横顔を見て、俺は自分の勘違いに気づいた。

 そうだった。リーゼは他人目を気にするような性格じゃないんだ。

 あいつ――リーゼの父親のアルゴス・ヴァレファールと自分が同じ姿になったってことか。そのことに対して凄まじい嫌悪感を覚えているんだ。俺に嫌いにならないかと聞いたのは、少しでもその感情を和らげるためだろう。

「できれば今すぐ燃やしたい! でも、これのせいで炎が出せない」

 じゃらり。両手両足に嵌められた鎖と金色の鉄球がついた枷――封印具〈滅離の枷〉をリーゼは忌々しそうに示す。鎖と鉄球は封印力を高めるためのものらしいが、相当重そうなのにリーゼはそんな重量は苦にもしていないようだ。ただ単純に邪魔なだけ。

「だから、レージ、取って」

「取るって、角と尻尾をか?」

「そうよ」

 なんてことを言い出すんだ。手で強く引っ張ったらすぽんと抜けるわけじゃないんだぞ。俺に頼むってことは、斬り落とせってことだ。そんなの――

「……できねえよ。角も尻尾もリーゼの一部なんだ」

「うん、レランジェにも同じこと言われた」

 マスターの命令は絶対のメイドロボでも、流石にマスターを傷つける指示には従えないみたいだな。なんとなく、安心した。

「でもやっぱり嫌。この角と尻尾が生えてから、変なの」

「変って?」

「誰かがね、時々わたしの声で頭の中に『壊せ壊せ壊せ』って言ってくるのよ」

「なんだよ、それ」

 自分の意識とは関係ない声が聞こえる? しかも自分の声で。どういうことだ? 角と尻尾が生えたせいでリーゼの中に別の人格でも生まれてしまったとか?

 リーゼは寒さに震えるように自分自身を抱き締めた。

「ねえ、レージ、どうすればいいの? このままじゃわたしがわたしじゃなくなりそうで、なんか、恐い……」

「リーゼ……」

 まさか、リーゼの口から『恐い』なんて言葉が出てくるとは思わなかった。頭の中に響く声がなんなのかは知らないが、物騒な破壊衝動をリーゼに植えつけようとしていることはなんとなくわかる。

〝魔帝〟としての本能か?

 リーゼ自身の本性か?

 はたまた別人格か?

 俺にはわからない。正体を究明する手段もない。けれど、早くなんとかしてやらないとまずいことだけは理解できる。

 でも俺になにができる?

 アーティがいろいろ調べてくれちゃいるが、俺にしてやれることってあるのか?

 ……いや、あるだろ。根本的な解決にはならなくても、この不安に押し潰されそうな女の子を少しでも安心させることができるかもしれない。できなきゃならない。

 だってリーゼは、俺を頼って来てくれたんだから。

「リーゼがおかしなことにならないように誘波やアーティがいろいろ調べてるんだ。なんとかなる。あいつらがなんとかしてくれる。もしそれがダメだったとしても、俺がなんとかする。具体的にどうするかってのはさっぱりだけど、約束するよ」

 俯いていたリーゼが顔を上げて俺を見る。部屋は暗く、開けっ放しのドアから差す明かりだけなのでよく見えないが、そのルビー色の瞳には期待と不安が混ざり合っているように感じた。

「レージに、なんとかできるの?」

「なんとかできると思ったから、俺んとこに来たんじゃないのか?」

「どうだろ……わかんない」

 リーゼは小さく首を振り、でも、と薄く微笑んで続けた。

「期待することにしたわ。約束守らなかったら骨まで燃やすから」

 針千本飲まされた方が生存確率高そうだな。そう心の中で冷や汗を掻いていると、リーゼがそっと俺に寄りかかってきた。

「リーゼ?」

 見ると――すぅーすぅー。リーゼはどことなく安らいだ表情をして静かに寝息を立てていた。なんだ寝たのか。まあ、もう夜遅いしな。

 なんの苦悶もない可愛らしい寝顔を見て、俺も頬が緩む。

「傍にいてやるよ。リーゼがおかしくなりそうになっても、その時は俺が傍にいて止めてやる。修行とかあるから、確約はできないけど」

 体を預けて眠るリーゼの頭に俺は左手を乗せ、優しく髪を梳いた。

 さて――

「というわけで、こんな感じになったけどいいか? レランジェ?」

 俺は開きっぱなしドアに向かって声をかけた。

「……チッ、気づいていましたか」

「まあな」

 人の気配、特にいつも俺を暗殺しようとするやつの気配については敏感なんだよ。リーゼ専属の侍女さんは最初からずっとそこに立って俺たちの会話を聞いていたんだ。

「レランジェはマスターの意思には絶対服従安定です。あの時のようにマスターが破壊を望むならば、例え今のマスターが望んでいなくてもレランジェは助力安定しなければなりません」

 俺に姿を見せないままレランジェは言葉を紡ぐ。

「ですので、ゴミ虫様は今のマスターの意思を、マスターが変わられたとしても尊重安定してください」

「当たり前だろ」

 即答すると、踵を返した気配が伝わってきた。

「今夜はゴミ虫様がマスターと同じ部屋で就寝安定することを許可します」

「え? あ、いや流石にまずいだろ。連れて帰ってくれよ」

「傍にいると言ったことは嘘安定ですか? 死にますか?」

「嘘じゃねえけどずっとは不可能だ! あと死なねえよ!」

 リーゼが寝てるので静かに怒鳴るが、その時には既にレランジェの気配は遠ざかり始めていた。

「マスターを、お頼みします」

 最後にそれだけ聞こえ、気配は完全に遠くへ消え去った。

 リーゼと同じ部屋で一晩明かすことはもうこの際だ、仕方ねえ。自分で吐いた言葉の責任はきちんと取ってやるよ。でもな――

「ドアくらい、閉めてけよ」

 零れた愚痴は、深夜の地下部屋の静けさに虚しく溶けて消えた。


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