表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シャッフルワールド!!  作者: 夙多史
第四巻
142/315

三章 夏祭り大パニック(5)

「リーゼが、変身した……?」

 こんなこと、今まで一度もなかったぞ。

 夢じゃなければ幻でもない。そこいるリーゼは確かに角が生えていて、尻尾が生えていて、そして身の毛が弥立つほどの魔力を放出していた。

 物理的な風となった魔力は近くの木々を弓反りに圧し曲げる。

 台風の只中に立っているような感覚だった。

 爆風で吹き飛んだのか、いつの間にかマルファがいなくなってやがる。俺も気を抜けば飛ばされそうだな。

「リーゼ! 俺がわかるか? 声、聞こえてるか?」

 とにかく、今はリーゼの正気を確かめることが先決だ。

「……うー」

 低く唸るような声を出してリーゼがこちらを振り向いた。文字通りの血眼に一瞬ぎょっとするが……よかった、声は聞こえてるらしいな。

 ふっ、と魔力の圧力が止む。

 正気は失ってないのか?

 そう思って安心しかけた時だった。

「……うー……ふはっ」

 リーゼが、笑った。

「はははっ!」

 吸血鬼のように尖った犬歯を剥き出して、リーゼは無邪気に笑う。

 笑いながら、右手を俺に向けて突き出す。

 莫大な魔力が掌に集中していく。

 黒く揺らめく魔法陣が宙空に描かれる。

「アッハハハハハハハハハハハハハハハッ!!」

「――ッ!?」

 轟ッ!! と。

 夜闇よりも黒い焦熱の奔流が魔法陣から放出された。

「な……ん……」 

 土や草木の焼け焦げた臭いが鼻に染みる。振り返れば、熔けて大きく抉り取られた地面が延々と続いていた。まるで飛行機が墜落して何百メートルも滑り去った後のように。

 ゾッとした。

 反射的に転がってなけりゃ死んでたぞ。灰も残さずに。

 リーゼ、俺を狙って攻撃したのか? いやよくあることだけど、今のは完全に殺す気だったぞ。

「レイジ! 気をつけろユゥ!」

 俺の右肩から掌サイズに縮んだマルファがひょこっと顔を出した。

「お前、そんなとこにいたのかよ!」

「おねえさまの様子が変だユゥ!」

「んなの見りゃわかる! てかお前がなにかやったからリーゼがああなったんじゃないのか!?」

「マルファはなにもしてないユゥ! 抱きついてただけユゥ!」

 嘘は言ってなさそうだな。だが抱きついたことで狂乱しただけならあの角と尻尾が説明できない。原因は他にあるのか?

「く、来るユゥ!」

 リーゼが掌の照準を再び俺に合わせていた。

「考える暇もねえのかよ!」

 さっきよりも強い魔力が込められた黒炎放射が迫る。が、今度は比較的余裕を持って回避できた。不意さえ突かれなければただの直線攻撃だ。魔力還元術式の魔法陣のおかげでタイミングも計りやすいからな。

「がぅーッ!」

 単発だとかわされると悟ったのか、リーゼは連続して黒炎を射出し始めた。

 轟ッ!! 轟ッ!! 轟ッ!!

 乱れ飛ぶ黒炎。普段のリーゼならフェイントを混ぜたり接近戦に転換したりするもんだが、理性がないせいか単調な動きを変えようとしない。アレじゃまるで異獣だ。

 しかしこう連発されると――くっ、危ねえ。浴衣の端を掠めたぞ今。

「はわっ!? レイジ、もっとしっかり避けろユゥ!」

「ギリギリでかわす癖がついてんだよ! お前はどっちかというと食らいたいんじゃないのか?」

「これ以上燃やされたら死んじゃうユゥ!」

「なら黙ってろ!」

 などと耳元で騒ぐスライムの相手をしていると、急に黒炎の放射が止まった。

 リーゼはだらりと両手を下げて俯いている。アレはなにを……ッ!?

「? おねえさま、正気になったユゥ?」

「いや違う! 隠れろマルファ!」

 俺が叫ぶのと、顔を上げたリーゼがカッ! と開目したのはほぼ同時だった。

 リーゼを囲むようにいくつもの魔法陣が展開される。全てを焼き尽くす黒い炎が全方位に向けて隙間なく射出され、木々や露店が一瞬で消し炭となっていく。

 緑化区域一帯が焼野原と化すまでほんの数秒だった。俺はなんとか巨大な盾を生成してやり過ごしたが、もし他に人がいたらと思うと背筋が凍りそうだ。最初の爆発で逃げ出してくれて助かったぜ。

 黒炎を防いだ盾がパラパラと崩れ去る。あの一瞬で可能な限り魔力を込めたってのに、なんて威力だ。

「冗談じゃ済まねえぞ、リーゼ」

 街は既に大パニックだろう。

 リーゼがどうしてあんな風になってしまったのかはわからない。

 ただ一つわかることは、今のリーゼを放っといたら必ず人的被害が出るってことだ。

 ――やるしかない。


〈魔武具生成〉――棍。


 俺は生成した棍を両手で握って地を蹴った。疑問の答えを見つけるにはまず気絶させて大人しくなってもらわないと!

「悪い、リーゼ」

 ダン! 俺は焦げた大地を思いっ切り踏み締めて横薙ぎに棍を振るった。だがリーゼは獣じみた直感的動作で回避、そのまま拳に黒炎を纏わせて殴りかかってくる。俺は棍を立てて防いだ。

 パンチ一発の重みは大したことはない。けど纏っている黒炎が厄介だ。直に触れたら抉られるように燃やされちまう。

 連打の隙を突いて足払いをかける。飛んでかわされ、ついでとばかりに蹴り上げが来る。顎を狙ったサマーソルトを俺は体を逸らしてやり過ごし、上段から棍を叩きつける。リーゼは頭上で腕をクロスさせて防御した。だんだん動きが人間らしくなってきたな。正気に戻りつつあるのかもしれん。

「目を覚ませリーゼ!」

 棍を持ちかえ、鳩尾を狙って刺突する。リーゼは両手を上げたままだし、回避できるタイミングでもない。もらった!

 と思ったが――ボワッ!

 虚空を突いたように手応えはなかった。棍の先端にリーゼはおらず、代わりに黒炎の残り火がちろちろと儚く燃えていた。

「レイジ後ろユゥ!?」

 マルファの悲鳴。凄まじい魔力の高まりを背後から感じる。

「転移!?」

 振り向いた時には既に、リーゼは中規模な魔法陣を展開し終えていた。

 これは、やばい……。

 死んだ。

 俺の本能が明確な死を悟った――その直後、リーゼがなにかに気づいたように横へ飛んだ。魔力の高ぶりが収まり、魔法陣も消える。

 一瞬前までリーゼがいた空間を銀閃が薙ぐ。


「〝魔帝〟リーゼロッテ、貴様、ついに本性を現したか」


 長大な剣を構え、青い浴衣を靡かせる女騎士がそこにいた。

「セレス!」

 騒ぎを聞いて駆けつけてくれたのか。

「マスター、そのお姿はまさか……」

 セレスの後ろにいたレランジェが珍しく驚愕の表情をしている。なにか知ってるようだが、問い詰めるのは後だ。

 セレスがリーゼを警戒しながら俺の下まで歩み寄る。

「零児、事情はよくわからないが、助太刀しよう」

「ああ、助かる」

 暴力を超えた火力を持ってるリーゼでも、三人でならきっと取り押さえられるはず。

「マスターに危害を加えるおつもりですか? ならば、レランジェはゴミ虫様の敵となります」

 レランジェがリーゼを庇うように前に出た。

「なっ、レランジェてめえ、なに言ってやがんだ!」

「どのようなお姿になられてもマスターはレランジェのマスター安定です。マスターの敵はレランジェの敵安定です」

「レランジェ殿! あなたは――」

 俺はなにか言おうとするセレスを手で制した。なにを言っても無駄だと悟ったからだ。

 そうだった。あいつはこういうやつだった。

 どこまでも主に従順な人形。たとえあのまま後ろから砲撃されたとしても、あいつはリーゼを恨むどころか犠牲になったことを誇るだろう。

 イヴリア組が相手、か。

 なんか、監査官対抗戦の延長って感じだな。

「仲間割れしてる場合じゃないユゥ! 上を見るユゥ!」

 俺の肩に立ったマルファが慌てた様子で上空を指差した。俺たちは言われるがままに天を仰ぎ――絶句した。


 夜闇に紛れるように展開された黒い魔法陣が、緑化区域どころか花火大会のメイン会場まで届くほど広がっていたんだ。


 かつて見たことのない巨大さ。魔力還元術式の魔法陣は、リーゼがその時使おうとする魔力の量によって大きさが変動する。セレスたちが現れてから攻撃しなくなったと思えば、一体どれだけの魔力を上空に集めたんだ?

 ここまでくるともう避ける避けないの次元じゃない。

「セレス、一刻も早くリーゼを気絶させるぞ!」

「承知した」

 俺は棍を、セレスは聖剣ラハイアンを構えて同時に走る。

「させませんとレランジェは言いました」

 アレを見ても立ちはだかるんだな、この魔工機械人形は。

「マスターがこの街の破壊を望んでおられるのであれば、レランジェは邪魔者の排除を務めます」

「零児、レランジェ殿は私が抑える! 〝魔帝〟を狙え!」

「すまん!」

 セレスとレランジェがぶつかるのを横目に俺はリーゼへと駆ける。

 が、あと一歩のところで手遅れだった。

 上空の魔法陣が不気味に輝き、街全体に覆い被さるように黒炎が降り注いできたんだ。

「そんな……」

 セレスが絶望の表情で上空を見詰めている。

「なんでだよ、なんでだよリーゼ!?」

 意味わかんねえよ。ついさっきまで子供みたいに夏祭を楽しんでたじゃないか。それがどうしてこんなことになっちまったんだよ!

 二本の角と尻尾を生やしたリーゼは沈黙を返す。ただ、その表情はどこか嬉々としていた。壊し、殺し、消し去ることを心の底から楽しんでいるみたいだ。悪意などなく、赤ん坊のような純心な無邪気さで。

「目を覚ましてくれよ……」

 俺だけじゃない、大勢の人々が数秒後には死滅する。そんな現実に俺は力なく膝をつくしかなかった。

 とその時、一陣の風が吹いた。


『なにを悲観しているのですか、レイちゃん?』


 天から降ってきたおっとり声に俺は顔を上げ、

「――ッ!?」

 目を瞠った。降り注いでいた大量の黒炎が街に届く寸前で停止していたんだ。

 いや、受け止められたと言うべきか。

 風に。

『私が守る地です。この程度で滅ぶわけがないでしょう』

 誘波だ。泥酔してたはずの日本異界監査局局長が、たった一人で黒炎を防いでいるんだ。

 ビュオオオオオオオオオオオッ!!

 逆巻く凄まじい爆風が徐々に黒炎を押している。やっぱ化け物だ、あいつは。

「うー……ッ!?」

 尻尾を振り乱し、唸りながら悔しそうに黒炎が消される様子を眺めていたリーゼだったが、突如、弾かれたように明後日の方向を振り向いた。その瞬間――


 ガシャッ。     ガシャッ。

   ガシャッ。       ガシャッ。


 何処からか飛んできた四つの金属輪が、リーゼの両手首両足首にがっちりと食らいついた。それぞれの金属輪からは鎖が伸びており、その先端にはボーリングの玉に似た金色の球体が繋がれている。

 ていうかこのリストバンドに似た金属輪、俺はつい最近見た記憶がある。

「これ……望月絵理香の封印具か?」

 でも望月のには鎖も球体もなかったけど……。

「あー、それは〈滅離の枷〉――装備者の異能と、それを発現する力の源との間を遮断・封印する魔導具だ」

 やる気のない声で説明された。

「アーティ、それに母さんも」

 UFO型清掃ロボ(らしい)に乗ったフェミニンストレートの白衣少女――アーティ・E・ラザフォードと、紅葉柄の浴衣を着た俺の母さん――白峰・明乃・エレノーラがこちらに歩み寄ってきていた。

「ちょっとそこをどいてください、零くん」

 真剣な顔をした母さんが棍を生成する。そして瞬時にリーゼとの距離を詰めたかと思うと、なんの容赦もなく腹部を突いた。

「あがぁ!?」

 鉄板も貫きそうな一撃を受けたリーゼは喘ぎ、悶え、やがて膝から崩れ落ちて動かなくなる。

「マスター……ッ!?」

「動かないでもらおう、レランジェ殿」

「チッ」

 助けに入ろうとしたレランジェはセレスに剣で制され、舌打ちする。

 リーゼを抱きかかえ、母さんはどこか優しげな目で俺を見た。


「一旦、監査局へ戻りましょう。そこで事情を詳しく聞かせてもらいますわ」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング ←よければ投票お願い致しますm(_ _)m

cont_access.php?citi_cont_id=841019439&s
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ