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シャッフルワールド!!  作者: 夙多史
第四巻
137/315

二章 強化合宿(5)

 地下に露天風呂だなんて最初は想像もつかなかったが、実際に見ることでなんとなく得心がいった。

 自然にできた地下空洞を露天風呂風に整備していたんだ。魔術的な空間の拡張は行われていないらしく、岩風呂と打たせ湯があるだけであまり広くはないが露天風呂と呼べなくもない。でも『露天』って天井がないって意味じゃなかったっけ?

「誘波が言ってた通り、ここだけは異様に整備されてんのな」

 俺はとばっちりを受けないために桜居たちからできるだけ離れて湯に浸かった。岩風呂の隅の隅だ。念のためやつらを見張れる位置でもある。

 桜居たちはというと、湯にも浸からず男湯と女湯を隔てる岩壁の前に集合していた。天然の壁はごつごつしていて一流のロッククライマーなら片手で携帯いじりながらでも楽に登れそうだ。壁は上方で途切れていて「覗いてください」と言わんばかりの環境だなオイ。

 やつらは、やるだろう。そのためだけに闘志を燃やしてそこにいるんだから。まったく感心するくらい命知らずな連中だ。頼むから俺への被害は最小限に抑えてくれよ?

「……来た」

 壁に耳を当てて向こう側の音声を聞き取っていた桜居が、グッと不良たちに向けてサムズアップする。

「この声はリーゼちゃんにセレスさんにレランジェさんに……レトちゃんとさっきの娘もいるな。お、誘波さんキタコレ」

「マジっすか桜居の兄貴!」

「ぱねぇッス!」

「ヒャッハー」

「白峰の母ちゃんは……いないのか?」

「あの人なら買い出しに行くってさっき外に出てたっス」

「う~ん、微妙に残念」

 その会話、俺に聞こえてるってことはたぶん誘波にはもっと鮮明に筒抜けだと思うぞ? あと桜居てめえ、俺の母さんをどんな目で見てんだ? しばくぞ?

 俺の殺気になど気づかず、桜居はキョロキョロと慎重に周りを見回した。続いて壁の切れ目を見上げる。

「よし、これなら湯気で見えなかったなんてオチにはならない」

 俺には見つかって制裁されるオチしか見えないぞ。

「なにやってんだ白峰、お前もこっちに来いよ!」

 準備が整ったと判断するや、桜居はせっかく緊急回避できる位置を陣取っていた俺を呼びやがった。

「ふざけんな行くもんか! 俺はもう出る!」

 そうだ。初めから現場にいなければいいんだ。あいつらを見張ってる必要なんてこれっぽっちもないね。ボコられるなら勝手にボコられてしまえ。

「相変わらずつれないなぁ、この壁の向こう側には俺たち野郎にとってのドリームワールドが広がってるんだぜ? 本当はお前だって見たいくせに。このムッツリ白峰!」

「誰がムッツリだ!?」

「「「一緒にやりやしょうぜムッツリの兄貴!」」」

「お前らあとでシメるからな!?」

 俺はやや不潔だがざっくりと体を洗ってから出口へと向かう。その間に桜居率いる自殺願望班はトカゲのように壁を這い上り始めていた。タオルを腰に巻いただけの男どもが壁に張りついてる光景はなんともキショイな。なるべく記憶に残らんように目を逸らしておこう。

 と――ガラガラ。

 出口まであと三メートルというところで、先に扉がスライドした。

「あん? 零児じゃねェか。てめェ的にもう上がんのか?」

 グレアム・ザトペックだった。無駄な筋肉や脂肪が一切ない引き締まったボディを晒すこいつは、左手に風呂桶を抱え、いろんな方面でのマナーであるはずのタオルは肩にかけている。つまり腰には巻いてない。これほど威風堂々とした銭湯スタイルが似合う男は初めて――って、なに気持ち悪いこと脳内描写してんの俺!?

 立ち止まるな。避難を優先。

「ああ、ちょっとこれ以上ここにはいられない事情ができてな」

「なんだか知らねェが、零児的にまあ待て」

 手首を掴まれてしまった。押しても引いてもビクともしない。

 あからさまに嫌そうな顔を作って振り返るが、グレアムはまったく意に介さない。それどころかこちらの意思や都合なんか無視して語り始める。

「零児の母ちゃんだったか? 俺的にあんな強ェやつと久々に戦れてテンションがハイになってんだ。決着がつかなかったところは惜しいし近いうちに再戦してェと思っちゃいるが、今はこの素晴らしく高揚した気分やら感動やらを俺的な言葉で綴りたいわけだ。そんなわけでまあ、アレだな。零児的にちょっと付き合え」

「断る。話なら後で聞いてやるから今は勘弁してくれ」

 こいつの話は無駄に長い。途中で止めなければ校長先生にも匹敵する。しかも内容が意味不明でなんの脈絡もなくあちこち脱線したりぶっ飛んだりするから困るんだ。そんなのに付き合っていたら露天風呂が鮮血で染まる前に避難できなくなっちまう。

「あァ? どういうことだ? 今の気持ちは今しか語れないってのにそれを後で聞かせろと? 零児的になかなか難しい話をしてくれる。つまり零児的に俺様が今語りたいことを紙にでもメモっとけって言いてェわけだな。なるほど、日記か。それも悪くねェ。日記といやァ、俺様のいた世界だと漁師が――」

「長い長い止まれ! 漁師の日記なんかどうでもいいから! 俺が言いたいのはアレだよアレ!」

 こちらの手首を掴んだまま放さないグレアムに現状がどれだけ危険なのかを教えるため、俺は壁をよじ登る桜居たちを指差した。

 グレアムはそちらを見、眉を顰める。

「……あいつら的に、なにやってんだ?」

 興が醒めたのか、呆れたように溜息をつくグレアム。どうやら事態の深刻さを悟ってくれたらしいな。

「まったく、しゃあねェな。俺様がガツンと言ってきてやらァ」

 やれやれと肩を竦めながら、グレアムは壁の方へと歩み寄る。え? なに? 注意してくれんの? やだ頼もしい。桜居はともかく不良たちは大兄貴に絶対服従だからな。助かったかも。

「なにやってんだてめェら! あァん!」

「お、大兄貴!? いや、これはその、なんと言いますか、男のロマンを求めてまして」

 凄んだグレアムに不良の一人が顔を青くする。他の不良たちも一斉に登るのをやめた。ただ桜居だけがもうすぐ天辺に届きそうな勢いだ。

 よし言ってやれ。くだらないことせず下りてこいってな。そうすりゃ平和が訪れ――


「壁ってやつァ乗り越えるもんじゃねェ。ぶっ壊すもんだろうがよォ!!」


 ドゴォォォォン!!

 凶悪に笑ったグレアムの右拳が、男湯と女湯を隔てていた頑丈そうな岩壁に激突。ティッシュペーパーを指で貫くようにいとも容易く大穴を穿ちやがったんだ。

「……」

 ――しまった。

 ――あいつ、馬鹿だった。

 悲鳴を上げながら木を揺さ振られたカブトムシのように落下してくる不良たちを視界の端で憐れみながら、俺は完全に硬直していた。

 グレアムの馬鹿さ加減に呆れ果てたからではない。


「あらあら、上から来るようでしたので迎撃の準備を整えていましたのに、まさか壁を壊されるとは想定外ですねぇ」


 バスタオル一枚を体に巻いただけの法界院誘波が、大穴の向こうで困ったような笑顔を浮かべていたからだ。

 普段はゆったりとした十二単で隠されている分、バスタオル一枚だと体の凹凸がくっきりと見えて――いかん、見るな俺! 死にたいのか!

「あァ?」

 怪訝そうに眉を寄せたグレアムは、やっぱり知らなかったんだな。壁の向こうが女湯だと。

「上からなら突き落とすだけで許すつもりでしたが――」

 郷野には僅かに及ばないが充分にでかい胸をゆさりと揺らし、誘波は風を纏った。

「――ミンチになる覚悟はできていますかぁ? できてなくても待ちませんが」

 誘波の周りで舞う風が、不可視のはずなのに黒く見えたのは俺だけじゃないはずだ。

 逃げるならまだ間に合うと考えたて動こうとしたその時――

「誘波殿、なにかこちらで物凄い音が……ッ!?」

「うっひゃあ~! 大胆やなぁ、グレアム先輩」

「あ、レージそっちにいたのね」

「いけません、マスター。その先は目の毒が広がっています。瞑目安定です」

「あー、今日はどうも厄日らしい」 

 ぞろぞろと、騒ぎを聞きつけた女子たちが裸体をタオルで隠しただけの無防備な姿で集まってきた。

 ポニーテールを下ろしたセレスは口をあわあわさせ、稲葉は興味深そうな顔をしてグレアムを凝視し、目ざとく俺を発見してしまったリーゼはとてててとこちらに渡ろうとしてレランジェに止められ、一番奥ではアーティが盛大な溜息をついている。

 うん、たぶん女子として正解なのはセレスだけだろうね。隠すところを隠してない全裸の野郎が眼前に立ってる状況なら。

「既にほとんどの方が気絶していますが、とりあえずお仕置きが必要ですね」

「ほう、面白ェ。上等だ。俺的に愉快な話になってきたなァおい。てめェと戦んのも久々じゃねェか? 何年振りだ? まあ数えんのも面倒だ。次こそは俺様が勝って「〈圧風(プレッシャー)〉」や――がはっ!?」

 喋りの途中で〝圧し掛かる風〟によりグレアムはあっさり地面に縫いつけられた。い、一瞬かよ。しかも陥没してるぞあの辺り。

「く、ははは、不意打ちたァ楽しい真似してくれんじゃねェか!」

 凄ぇ。誘波の〈圧風〉を受けつつ立ち上がるぞあいつ。

「〈圧風〉――レベル5」

「おぐはぁあっ!?」

 ズン! と重たく鈍い音と悲鳴の後、床が抜けたと思われる轟音が連続的に響いた。たぶん地下三十階くらいまで落とされたな。アーメン。

 さて――ニコニコの笑顔が、俺に向けられたね。

「ふふふ、次はレイちゃんの番ですね」

「やっぱり俺も含まれるのかよ!? なんにもしてないの知ってるよな絶対!?」

「でも、見たでしょう。そうなると相応の対価を支払ってもらわないと。体で」

「できれば痛めつけない方向でお願いします!」

 懇切丁寧に頭を下げると、誘波は「私はそれでも構いませんが……」と苦笑しつつ背後を見やった。

 その視線の先には……ワッツハプン? 漫画にすると『ゴゴゴゴゴ』って文字が背景に浮かんでそうなオーラが立ち込めているね。

 セレスから。

「そうか、零児、やはりお前が……」

「待ってセレスさんその聖剣ラハイアンはどこから取り出したんですか! 主犯は俺じゃないんです! そこで伸びてる桜居なんです!」

「え? レージ燃やしていいの?」

「どうぞマスター、レランジェが許可します」

「許可すんなぁあッ!?」

 それぞれがそれぞれの感情を剥き出しにして躍りかかってくる。有無すら言わさない気迫に俺はたじろぐことしかできなかった。

 普段より断然肌色率の高い女の子たちが俺に殺到してくる。お湯に濡れて艶やかになった髪。激しく上下する胸、しない胸。はためくバスタオル。ポロリもあるよ。

 彼女たちが到達するほんの数秒間に、俺は悟った。


 どうせ死ぬなら、桜居曰くドリームワールドをこの目に焼きつけておこうと。


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