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シャッフルワールド!!  作者: 夙多史
第四巻
134/314

二章 強化合宿(2)

 ――という具合で始まった大掃除なわけだが、こいつがまたえらい大変だった。

 地上部分の体育館風道場だけでも充分広過ぎるってのに、地下四十三階まであるとかアホだろ。どこのダンジョンだ。最下層に行けば邪神でもいるのか?

 しかもほとんどの地下施設は魔術的に空間が拡張されているため、手の空いている局員だけじゃとてもじゃないが短期間で整備し切れなかったんだと。だから俺ら体力の有り余ってる監査官を動員したってわけだ。半分以上は既に終わってるらしいが、一日かかるぞコレ。

 ああ、それと、動員されたのはなにも監査官だけじゃない。

「おのれ白峰ぇえっ!! お前だけリーゼちゃんやセレスさんと合宿でキャッキャウフフするなぞオレが許さんからなぁあああああッ!!」

「意味わかんねえこと叫んでんじゃねえよこっち来んな!!」

 檀上で目を光らせてる母さんの手前、表面上だけやる気出して体育館風道場の雑巾がけをやってる俺の後ろを、ツンツン跳ねた髪の目立つアホ面が猛ダッシュで追走してきた。

 あの野郎は名を桜居謙斗という。アホ目バカ科癖毛属に分類されるホモ・サピエンスだ。

 中学時代からなにかと俺に纏わりつく悪友で、異界監査局の存在をある程度は知っている一般の日本人でもある。そして本来は秘匿されて一般人にはまず知られることのない監査局の存在を、やつはその類稀なる異世界への執着心で探り当てやがった猛者だ。まあ、俺のミスでもあったんだけどね。

 今となっては誘波の都合のいい駒になっちまってる。わざわざ雑用を押しつけられるためにこんな場所まで来るとはご苦労なこった。

 雑用係と言えば、あっちの連中もそうか。

「大兄貴! こっちの荷物運び終わりやした!」

「大兄貴! 窓拭き完了しやした!」

「大兄貴! 近辺の草刈はもう少しかかりそうっス!」

「大兄貴! 何人かがサボってやがったのでシメときやした!」

 いかにもヤンキー然としたチャラい格好の男たちが一様に敬礼のポーズを取っていた。彼らの中心にはマロンクリーム色の髪をした作業着姿の青年が腕組みして報告を聞いている。

 監査官最凶の戦闘狂い――グレアム・ザトペックと、あいつの舎弟になってる不良集団『ヴァイパー』の連中だ。不良たちは桜居と違ってそこまで監査局に通じてるわけじゃないが、特に疑問に思ったりはしてないっぽい。揃いも揃ってアホだからだな。

 そんなことより俺は、あのグレアムが合宿に参加することの方が百億倍驚きだった。お前の強さはもう充分だろうがよ。誘波に一撃入れるレベルのバケモンだぞあいつ。

「よォし、てめェら的に他の階を手伝ってやれ。草むしりの連中にも適当に水飲んで休めって言っとけよ」

 ……あれ? なんかまともに指示なんて出してるぞ?

 俺の気のせいか? 幻聴か?

「太陽のクソ野郎は強ェからなァ。ぶっ倒れられちゃ俺的に面倒なわけだ。もしぶっ倒れたやつがいたらすぐ俺様に言え。可愛い手下がやられたとあっちゃあ、俺的に太陽に乗り込んでラ……ラ……ラなんとかっつう神をぶちのめさなきゃならなくなる。あん? いや待てよ。それはそれで俺的に燃えるシチュエーションじゃァねェか! おい、てめェら的に誰でもいいから今すぐぶっ倒れろ!」

「無理っスよ大兄貴!?」

「太陽壊したら冬が来るっス!?」

 気のせいだった。そしてアホだった。てかグレアムのやつまだ太陽壊すとか言ってんのな。あんなのに目をつけられるとはラー様も災難だ。

 まあ、気にしちゃ負けだ。俺は俺の役目に集中して――

「白峰一発殴らせろぉおッ!!」

「だからお前はなににキレてんだ桜居ッ!?」

 雑巾を投げつけてきたので適当に返り討ちにしておいた。

 床の雑巾がけを終えると、次は倉庫整理を命じられた。学校の体育館ならバスケットボールや跳び箱などが収納されていそうな倉庫だが、置いてある物は百キロくらいありそうなダンベルとかベンチプレスとかエアロバイクとか、そういう筋トレ道具ばかりだった。

 どれも錆びついていて使い物になりそうにないな。どうにか使えそうな物だけ残してあとは処分。母さんにはそう言われているが……残るのはダンベルくらいか。

 倉庫には先人がいた。ハタキを握ってぱたぱたと楽しそうに倉庫内を駆け回っているリーゼと、それを鬱陶しそうな目で睨む箒と塵取りを持ったセレス。そして――

「わー、手が滑りましたー。危険安定ですゴミ虫様ー」

 凄まじくわざとらしい棒読みでおっちょこちょいメイドを演出しつつ、巨人族用? と思うほど巨大なディップス・マシンを俺に向けて倒してきたレランジェ――ってどわぁあああっ!?

「な、なにしやがる危ねえだろ! 修行前に怪我するとこだったぞ!」

「チッ! だからレランジェは危険安定と言いました」

「その露骨な舌打ちがわざとの証拠だろうが!」

「おかしなことを仰るゴミ虫様ですね。それではまるでレランジェが常日頃とゴミ虫様の命を狙っているようではありませんか」

「え? なに狙ってませんよみたいに言ってんの?」

 肩辺りで両掌を上に向けたやれやれのポーズを取る無表情のレランジェとは、遠からず決着をつける日が来ることだろう。

「零児、手伝いに来てくれたのか? 助かった。〝魔帝〟がはしゃぎ回るせいで全く片づかないんだ」

 セレスが若干疲れの滲んだ仕草で額の汗を拭う。暑いもんな。ここ冷房ないし。

「手伝いは手伝いだが、ここにあるいらない物を外に出す力仕事を押しつけられた感じだな」

「それでも助かる。物が少なくなれば掃除もやり易い」

「じゃ、さっさとどけちまうか」

 俺は今し方レランジェが横転させたディップス・マシンを掴む。

 と――たったった。リーゼが小走りで駆け寄ってきた。

「レージレージ! こんなの見つけた!」

 ルビーレッドのくりくりした瞳を輝かせ、純心無垢な少年のように無邪気な笑顔を見せているリーゼの手には……うげっ。

 黒光りした、六本の脚をカサカサと気色悪く動かす節足動物。それは決して、少年たちの夢や希望が詰まったカブトムシやクワガタではない。ゴキ――呼称し難いのでおGさんと言っておく。

 どこぞの海外だとポピュラーなペットで品評会まで行われているらしいおGさんだが、な、なんつーもんを素手で掴んでんですかこの子?

 ていうか――

「でかっ」

 十センチはないにしろ、五センチは超えてるぞ。戦慄ものだ。

「ま、〝魔帝〟リーゼロッテ、は、早くそれを捨てろッ」

 妙に引き攣った声のセレスがリーゼに箒を突きつけ、警戒するように一歩後ずさった。

「セレスは虫が苦手なのか?」

 おGさんは見たことないだろうと思って訊いてみると、セレスは青くした顔をふるふると横に振った。

「いや、そういうわけではない。だがそれはダメだ! ラ・フェルデにもそれと似たような種がいて、お、思い出すだけで悍ましい……」

「イヴリアにも生息安定です。捕獲してこっそり油揚げにしてお出ししたところ、アルゴス様は大変美味だと仰られていました」

「マジか……」

 おGさんの繁殖力は次元を越えていた。つか、リーゼの親父さんは寧ろそっち食わされて死んだんじゃないのか?

「と、とにかく〝魔帝〟、今すぐそれを捨てるんだ! いや殺せ!」

 まさかセレスの口から『殺せ』なんて言葉を聞く日が来るとは……よっぽど嫌なんだろうね。

 そんな挙動不審なセレスに、リーゼはニヤリと不敵な笑いを浮かべる。

「へえ、お前これが苦手なのね」

 じりじりとセレスに歩み寄るリーゼ。

「ひっ!? や、やめろ! 寄るな! そんなものを私に近づけるなぁあッ!?」

「あっ」

 リーゼの手から逃れたおGさんが、ブウゥゥゥゥン。

 羽を広げ、助けを求めるように――

 ――セレスの顔面に向かって飛んだ。

「いやぁああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!?」

 絶叫が響き渡る。パニくったセレスは剣士とは思えないほど粗雑な動作で箒を振り回すが、おGさんは巧みにかわして掠りもしない。そろそろセレスの精神力が強いのかわからなくなってきたぞ俺。

 おGさんがあと五センチほどでセレスに到達しようとした、その時だった。


 パァン!


 乾いた銃声と共に、おGさんが花火のように爆ぜた。

 セレスがへなへなと床にへたり込む。

 俺は銃声のした方角、倉庫の入り口に顔を向けた。

「あー、随分と楽しそうだな、お前たち」

 そこにはフェミニンストレートの金髪をした少女がいた。眠そうな目の下に大きな隈を拵え、口には棒つきキャンディーを咥えており、身の丈の倍はあろうかという白衣を纏っている。

「アーティ」

 異界技術研究開発部第三班班長――アーティ・E・ラザフォードだった。

「なんでお前がここに? いやそれより、なんだそれ?」

 アーティは浮遊する円盤状の物体の上に正座していたのだ。UFOっぽいフォルムの物体は下部からマジックハンドと触手を合わせのような腕が十本生えており、その一本が手を銃の形にして指先から硝煙を噴いていた。

「あー、清掃ロボだ」

「嘘つくなよ兵器だろそれ!?」

「あー、清掃ロボだと言っている」

 どうしても清掃ロボにしたいらしい。清掃は清掃でも、たぶん違う意味の清掃だきっと。

「あー、見ろ。埃や汚れを磁石のように吸いつけているだろう?」

 よく見れば円盤の直下では埃が吸い上げられているのがわかった。本当に清掃ロボかよ。

「で、なにしに来たんだ?」

「あー、なにとはご挨拶だな。誘波に言われて手伝いに来てやったのだ」

 俺はてっきり倉庫を侵略しに来たのかと思った。

「あー、まさか白峰零児、これらの機材を一つずつ運び出すつもりだったのか? 凡人は非効率的なことを考える」

「悪かったな。その円盤が運んでくれるのか?」

「あー、一度に十は運べる」

 そりゃ便利だな。

「じゃあ、早速運んでくれ」

「あー、その前に一つ頼みたいのだが」

 アーティは困ったような顔をして円盤から下を見下ろす。

「あー、この子をなんとかしてくれ」

 リーゼが、キラキラと瞳にお星様を瞬かせて清掃ロボ(?)を検分していた。そういえばこういうのが好きだったな、リーゼは。


 テンションの跳ね上がったリーゼと魂が抜けてそうなほど脱力していたセレスをどうにか掃除に復帰させ、倉庫があらかた片づいた頃にはすっかり昼過ぎになっていた。

 朝から動きっぱなしで腹が減った。

 昼飯はあるのかと母さんに訊きに行くと――ん? なんだあの人だかり。

 体育館風道場の中心部に、不良たちや局員、監査官もちらほらと集合していた。

「なんの集まりだ?」

 俺は当たり前のようにそこにいた桜居に訊ねた。

「ああ、白峰、大変だ。お前の母ちゃんが――いや、実際見た方が早い」

 は? 母さんがなんだって?

 人を掻き分けて最前列に這い出る。

 なにが起こっているのかは一目でわかった。


「――つまり、わたくしに勝負を申し込むということでよろしいのでしょうか?」

「ああ、俺的にそうだ」


 母さんとグレアムが対峙してたんだ。

「俺的に、女子供を殴る趣味はねェ。だが、強ェやつなら別な話だ。てめェは強ェらしいからなァ。俺的に一度戦り合っときたいと思ったわけだ」

「無駄な魔力は消費したくないのですが、そうですわね……」

 母さんが、見たな。チラリと横目で俺を。

「他人の戦闘を観ることも訓練の一貫です。わかりました。その勝負、お受けましょう」

 


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