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シャッフルワールド!!  作者: 夙多史
第四巻
133/314

二章 強化合宿(1)

 合宿、という言葉に憧憬したり心躍らせたりする人間は少なくないだろう。

 海とか川で騒ぎ倒し、協力してカレーとか作って、夜も遅くまで無駄な話題で延々と駄弁る。そうやって仲間たちとキャッキャワイワイやれるのだったらなるほど、そいつは素晴らしく楽しそうだな。

 だが、それじゃただのキャンプだ。

 実際は大半の時間を本来の目的に奪われて遊んでなどいられない。合宿なんて経験したことのない俺でもそのくらいの常識は知っている。

 厳しい鍛錬、競争意識、生き残った者だけが勝利するサバイバル。

 生温い心構えのまま臨めば一瞬で脱落する。

 まして監査官の強化合宿ともなれば、その過酷さは俺の想像の遥か上を行くことだろう。

 いいさ。やってやる。寧ろ望むところだ。

 ――と、俺は柄にもなく意気込んでいたんだが……。

「まだまだですわね。いい加減な気持ちでやっていると終わりませんわよ! あと三十往復!」

 校長先生を立たせればありがたい長話でも始めそうな檀上から、木刀を持った教官モードの母さんがはきはきと声を張った。

 身体からだを突き抜けるような鋭い声に加え、猛獣も一睨みで射殺せそうな眼光で監視されると俺たちは否応なく手足を動かしてしまう。

 雑巾を両手で抑えつけ、四つん這いの姿勢で思いっ切り床を蹴って前進する。

 ご覧の通り、強化合宿に参加した監査官たちはどういうわけか合宿所の大掃除をさせられてるんだよ。

 ただの掃除と見せかけて修行になっている……と見せかけたただの掃除だ。掃除するだけで強くなれるなら今ごろ地球人の平均戦闘力は他星の追随を許すまい。

 施設の管理体制は万全な異界監査局だぞ? なんで修行とは然程関係ない掃除を局員じゃなくて監査官の俺らがやらされてんだよ?

 あれはそう、一時間ほど前、強化合宿を当日告げられて緊急招集された監査官たちに誘波が放った一言から始まった。


        ※※※


「本日は急な企画にも関わらず、お集まりいただきありがとうございます」

 強化合宿初日の午前九時。ほぼ強制的に集められた不満げな監査官たちを前にして、誘波はニッコニコの顔で前口上を述べた。

「では、今夜は皆さんで夏祭りに出かけましょう♪」

「待て待て待てコラ!」

 いきなり思考過程のぶっ飛んだ誘波の言葉は、強化合宿に自分でも珍しいくらい気合い入れていた俺の出鼻を挫くには充分過ぎる威力だった。

 場所は学園の大学よりさらに奥、草木が生い茂り、ほとんど開拓されてない山中に建つ木造の施設だ。中は道場のようになっていて、広さは平均的な体育館くらいだな。特に目立った物は置かれていない寂寞とした空間だが、たぶん何十年も未使用だったのだろう、埃まみれであちこち荒れている。

 そんな今にも崩れそうな古びた施設こそ、今日から俺たちが利用する合宿所ってわけだ。

 誘波は埃の積もった床に触れたくないのか、風の力で微かにホバーしつつ屈託のない笑顔を俺に向ける。

「どうかしましたか、レイちゃん? あ、浴衣ならちゃんと全員分用意していますよ? それともお小遣いが不安ですか?」

「そうじゃねえよ! 俺たちがここに集められた理由は遊ぶためじゃないんだろ!」

 施設には俺やリーゼやセレスを含め、十人程度の監査官たちが集結している。一応は見たことある顔ばかりだけど、高等部以外で活動してる連中とはほとんど接点がないからな。うろ覚えだ。

 俺たち以外で高等部のやつと言えば稲葉レトくらいか。迫間漣や四条留美奈の姿はない。光に弱い影魔導師が真昼間から修行なんてできるわけないからな。現れるとしたら夜になってからか。

「強化合宿。つまり戦闘の訓練をするんじゃないのかよ。『王国』に立ち向かうために」

「もちろん、皆さんには訓練に励んでもらいますよ。ですが、せっかくの夏休みをそれだけで終えるのは寂しいと思いませんか? 鍛える時は鍛え、遊ぶ時は遊ぶ。そのような方針でこの強化合宿を進めていこうと考えているのです。だってそうでもしないと私が面白くありませんから」

「最後の言葉に全ての理由が集約されてるな」

 こいつはたぶん合宿はみんなでワイワイ楽しむもんだと勘違いしているに違いない。

「誘波殿」

 すっとセレスが挙手する。

「その『ナツマツリ』というものは、『王国』に対抗するための訓練に必要な項目なのだろうか?」

 瞬間、大多数の「は?」という視線がセレスに集中した。至って真面目な顔をしていたセレスは翠色の眼をぎょっと見開く。

「な、なんだ? 私はなにか変なことでも言ったのか?」

「セレス、ラ・フェルデには祭ってないのか?」

 まさかと思って確かめてみる。

「収穫祭や感謝祭のことか? アレはいいものだ。首都の活気も十倍以上に膨れ上がる」

「今の時期に行われるその感謝祭みたいなものを、日本じゃ夏祭りって言うんだよ」

「……え?」

 セレスはきょとんと小首を傾げた。それから俺の言葉を少しずつ吟味するように黙考を始め――かぁあああっ。白磁色の頬を一瞬でリンゴ色に染め変えた。

「零児、穴を掘ってくれ。私はそこに埋まりたい」

「知らなかったんだからしょうがないだろ。誰も笑ってないから」

「あははっ! お前そんなことも知らないの? 『ナツマツリ』って言えばほら、アレよ。そこそこ強いわ」

「リーゼは知ったかで人を馬鹿にしないように!」

「『ナツマツリ』、イヴリア北西大陸の森林に生息する植物系の魔獣安定です。夜行性で、他の動物の血液を主食にしています」

「いるんだそんなの!?」

 リーゼの知ったかじゃなかった。改めて思う。異世界こえぇ。

「ちなみに性別は存在せず、年に一度大輪の花を咲かせて花粉を飛ばし、他の植物に取り入って徐々に魔獣化させます」

「あ、そう」

 レランジェがやたら『ナツマツリ』の生態系に詳しいのは置いといて、俺は脱線した軌道を修正するため誘波の隣で屹立する母さんに視線をやる。

「合宿の方針はよくわかったけど、そんな温い内容でいいのか?」

 半袖のチュニックにハーフパンツといったラフな格好をしている母さんだが、生成した木刀を床に突き立てた姿は超然としていて誰も目を合わせようとしない。母さんを知る者は目を合わせた先に闇の猛特訓地獄が待ち構えていることを熟知しているし、そうでない者も直感で格上の存在だと理解させられるんだ。オーラだけならクロウディクスにも匹敵するかもしれん(俺フィルターで視界が補正されている可能性は否めないが)。

 その母さんが誘波の緩々な方針に賛成するとはとても思えないんだよ。俺は。

「正直不満ではあります。ですが、ここの責任者は誘波さんです。その決定に異を唱える権利などわたくしにはありませんわ」

 凛然と佇む母さんに動揺の色は一切見えない。誘波とは俺なんかよりも古い付き合いらしいから、最初からこうなることを予想してたんだろうね。

「それに、遊んだ分、訓練に上乗せすれば済む話です」

 涼しい顔からさらりと恐ろしい台詞が聞こえた。

「く、訓練生の力量に見合った内容でお願いします。死人が出ますので」

「わたくしは常に訓練死させるつもりでメニューを組み立てていますわ。死にたくなければ本気で取り組むことです」

「ぐっ……そういや、隣り合った死を乗り越えるごとに力がつく、が教えだった」

 俺は誘波から危機回避能力が高いってよく言われるが、ほぼ間違いなく母さんのおかげだな。意識してやってるわけじゃないんだが、たぶん、母さんに鍛えてもらっていなかったら俺はとっくに死んでいただろう。

 と、後ろからなにやらヒソヒソと小さな声が耳に届いてきた。

「(〝魔帝〟リーゼロッテ、先程から気になっていたのだが、彼女は一体何者なのだ? 零児と親しげな感じだが……)」

「アケノのこと? アケノはレージのママよ」

「――ッ!?」

 セレスの息を呑む気配。リーゼは全く空気を読まず普通の音量だったから内容が駄々漏れだ。

「(零児の母上殿……そうか、零児の母上殿か……)」

 ぶつぶつと呟いていたので横目でセレスを見ると、なんか安心と緊張と覚悟が入り混じったような複雑な表情をしていた。よくわからん。

「ではではぁ~、アケノちゃんも文句はないとのことなので、この施設について簡単に説明しますねぇ」

 対して誘波は微塵も緊張感のないおっとり声でようやくと言っていい本題に入る。

「元々ここは宿泊施設でした。と言っても民間のではなく、戦時中、兵士たちの宿泊と訓練に用いられていた場所です。それを監査局が買い取り、監査官用の訓練所として大改造を施したのが約五十年前。しかし自主的なトレーニングでこの施設を使う監査官はほとんどいませんでした。各々で訓練法を見出している彼らにとっては不要だったわけですね。そのためまともな整備も行わず放置され、今に至っています」

 建物がやけにボロっちい理由はそういうことか。誘波はまるで見てきたように語っているが、あいつは俺の曾爺さんが子供の頃には既に今の十二単を纏った少女の姿で存在していたという。見てきたどころか、当事者だろう。

「なんでそんな廃れた施設を合宿所に選んだんだよ? 監査局ならもっといい場所を用意できるだろ?」

「雰囲気がよかったので」

「張り倒すぞ?」

「半分冗談です」

 半分かよ。

「理由はこの施設がまだ『生きている』からですね。新しく施設を建造している時間的余裕はありませんので、思い切って再利用することにしたのです」

「生きてるっつっても、見た感じただの体育館じゃねえか」

「主要な施設のほとんどは地下に作られているのですよ。大改造後には魔術的に空間を膨張させていますので、伊海学園の全生徒・全教員に個室を与えて収容することも可能です。地下四階にはなんと露天風呂もあるんですよぅ。実は時々私が個人的に利用していたりするので、そこだけはピッカピカなのです♪」

「俺はなにからツッコめばいいんだ?」

 監査局の謎技術は昔から健在だったらしい。空間膨張は恐らく監査官対抗戦の予選に使われた空間と同じ理屈だろう。

 まあ、都合がよかったのならそれに越したことはないな。

「食堂は地下一階にあります。皆さんが使う部屋は地下一階から地下二階で、部屋割りは既に決まっています。就寝時間は二十二時ですが、別に守らなくてもいいですよぅ。ただ、朝は五時起床です。こちらは時間厳守ですので、寝坊したら楽しい楽しいお仕置きタイムが待ってます♪」

 誘波は淡々と説明していく。朝五時って、早いな。そんなもんなのか?

「以上が、今日から一週間皆さんに寝泊りしていただく合宿所の大まかな説明ですね。細かいことは後々お伝えします。なにか質問はありますか?」

「はいはーい、誘波はん! ウチから一つええやろか?」

 半袖半ズボンの夏用赤ジャージを着た短髪少女――稲葉レトが元気よくいつものエセ関西弁で発言する。

「修行って、具体的にどんなことするんや?」

 おい稲葉、それを今訊くのか?

 全力で逃げ出したくなっても知らないぞ。

 見れば、集まった俺以外の訓練生全員が同じ疑問を抱いている表情をしていた。そりゃそうだ。母さんから聞かされていた俺はともかく、他のやつらはほとんどなにも知らなかったんだろうからな。

「そうですねぇ」誘波は逡巡するように頬に手を置き、「基礎能力の強化とチームワークの強化は皆さん合同で行い、それぞれの異能力や戦闘スタイルの底上げは個人レッスンになると思います。差しあたってまず行うことは――」

 誘波は勿体振るような間を開け、ニコッと花咲くように微笑み、告げる。

「この合宿所の大掃除です♪」

 えー、というみんなの嫌そうな声がユニゾンしたことは言うまでもない。


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