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シャッフルワールド!!  作者: 夙多史
第四巻
130/314

一章 次元の接合(5)

 今度こそ帰路に着いた俺は、歩きながら望月絵理香から得られた情報をひたすらに巡考していた。答えなんて出ないとわかり切っているのにどうしても思索に耽ってしまうからしょうがない。

『私たち「王国」の最終目標は――「全次元の救済」よ』

 望月はそう言った後すぐに局員たちに連行された。俺に漏洩したからには誘波とかにも喋ると思うが、嘘か真かまでは言わないだろう。やつの人をからかっている表情から真偽は掴めなかったし。

 全次元の救済。もしも『王国』が本当にそんな大それたことを目的に結成された組織なのだとしたら、疑問に思う箇所が次々と溢れ出てくる。なんで救うために『次元の柱』を破壊しようとしてるんだ、とかな。

 まさか、滅びこそ救い、とかいうぶっ壊れた思想じゃないだろうな? そっちだったら一応は納得いくんだが……。

「くそっ、やめだやめだ。これじゃ望月の思う壺になっちまう」

 俺は見事に混乱させられていた。

 頭を振り、思考を切り替える。なんであろうとやつらが敵であることには変わりないんだ。なら俺が今考えないといけないことは、どうすれば強くなれるか、だ。

 少年漫画の主人公みたいに敵を殲滅する力までは望まない。そういうのは誘波やクロウディクスにでも任せとけばいいんだ。俺はせめて、自分や周りを守れるだけの力があればいい。

「……って、俺って最近こういうのばっかだよな。馬鹿みたいだ」

 他に考えることなんていくらでもあるだろう。今日の晩飯なんだろうかとか、たまには自分で作ろうかとか。

 ぐるるるるぅ。

 晩飯のことを考えたら急に腹が減ってきた。俺の食欲は至って平和だ。丁度いい時間帯の住宅街だし、これでその辺の民家から美味そうな香りが漂って来たら腹の虫も黙っちゃいな――

「あれ?」

 その時になってようやく、俺は周囲の違和感に気づいた。

 漂って来ないのだ、美味そうな香りが。それ自体は大した問題じゃないんだが、人の気配も野良動物の気配も一切ない。まるで景色だけをコピーした生物の存在しない異世界にでも迷い込んだような、不気味な感覚。

「人払い?」

 俺はくだらない思考を意識の彼方に放り捨てて警戒レベルを跳ね上げた。

 通常、人払いってのは純粋な地球人にのみ効果がある。それは空間とか事象とかを些細だが人為的に歪めることで認識をずらすからだと聞いた。地球人は歪みを感知できないが、異世界人は感知し干渉することができるため効かないんだ。セレスの言葉を借りるなら、それは俺らが歪んだ存在だからだろう。

 まあなにが言いたいかというと、俺は考え事に夢中過ぎて人払いに気づかなかったわけです。認識もずれないから普通に入り込んでしまったわけです。

「門が発生した……ってわけじゃなさそうだな」

 俺は周りを見回した後に携帯を確認する。監査局が行った人払いなら近くにいた監査官、つまり俺にも事前に連絡を寄越すはずだ。たとえ監査局じゃなくても、これほどあからさまに展開された物なら察知して連絡が来る。

 それがない。てことは、可能性は俺の知る限り一つ。

「――隔離結界か」

 完全に外界との繋がりを遮断するそれと判断するのが妥当だろう。人払いの上位に在る結界。スヴェンと戦った時と同じだ。

「『王国』が攻めてきた? ここは望月のいる学園じゃないぞ」

 じゃあ、狙いは俺か?

 いや――


 ドォオオオン!!


 近所から爆発音が轟いた。そちらの方角に目を向けると、夕日色に染まった空にどす黒い炎が噴き上がっていた。

「あれはリーゼの炎!? 俺んちがある場所じゃねえか!?」

 もし『王国』が結界の犯人でこの辺りに用があるとすれば、間違いなくリーゼだ。やつらは『次元の柱』の破壊とは別に〝魔帝〟の膨らみ続ける魔力を狙っているからな。

「くそっ! なんでこっちなんだよ!」

 狙うなら先に学園だろうが。やっぱ望月は見捨てられたんじゃねえか?

 俺は足の裏に力を込めるようにして跳躍、全力疾走で自宅へと向かう。

 角を曲がり、直線を駆け抜け、T字路を曲がり、他人様の庭を横切る。最短コースだ。

 そして最後の角に差しかかろうとした瞬間、真横の壁が爆壊して黒いなにかが砲弾のように飛んで来た。

「――ッ!?」

 神がかりなタイミングで避けることができず、俺は砲弾を受け止める形で吹っ飛ばされた。ブロック塀に背中から叩きつけられる。

 痛いが、それで正解だった。

「大丈夫か、リーゼ」

 ぶっ飛んで来た砲弾は、芸術的に細いサラッとした金髪の少女だった。幼さの残った丸い輪郭にルビーレッドの大きな瞳、魔女のコスプレのような黒衣を纏った彼女を俺は見間違えたりしない。

「……レージ?」

 俺に抱きかかえられた形となったリーゼがきょとんとした表情で俺を見上げる。髪の毛からシャンプーとは違う女の子の香りがしてくらっとしかけるが、気合いで堪える。

「リーゼ、なにがあったんだ?」

 落ち着いて状況確認に入る。リーゼは自力で立ち上がると、黒衣を翻して新しいおもちゃを見つけたような愉悦の笑みを浮かべた。

「敵よ。なかなか強くて面白いの」

「そりゃなによりで」

 リーゼが吹っ飛ばされるくらいだ。絶対にヤバイやつだろう。隔離結界が張られている以上、援軍は遅れる。気を引き締めねえとな。

「マスター、ご無事安定ですか?」

 リーゼが貫通したらしい民家の大穴を抜けてゴスロリメイド服を着た女が駆け寄ってくる。レランジェだ。あいつも今のところは無事らしいな。

「ああ、いつぞやのゴミ虫様もご一緒でしたか」

「なんでこの前会ったばかりの知り合いみたいになってんだよ!」

 冷め切った淡白な口調で神経を逆撫でしてくるこいつはいつも通りだな。ぶっ壊してやりたい……っと、本音を心で呟いてる場合じゃねえな。

「上!」

 トンネルの開通した民家の屋根から何者かが飛び降りてくる。竦み上がりそうな敵意を感じ取り、俺は咄嗟にリーゼを抱え直して横に飛んだ。レランジェも反対側に跳び退る。

 一瞬後、俺たちがさっきまでいた場所から巨大な鉄骨が落下したような重い金属音が響いた。

「なんだ、あいつ?」

 見れば、そこには全身を銀色の甲冑に包まれた騎士が佇んでいた。肌色率ゼロ。老若男女のどれに値するのか見た目だけでは判別できない。中身はがらんどうの可能性だってある。薄気味悪い。

 銀甲冑はロングソードを構えると、迷わず俺たちの方へと突撃してくる。

「やっぱり狙いはリーゼか!」


〈魔武具生成〉――日本刀。


 俺は自分の魔力から作り上げた刀を右手に握り、銀甲冑の振り下ろす西洋剣を受け止めた。火花が散り、戟音が耳を劈く。

「ぐ……」

 重い。なんて重い一撃だ。生身で受ければ骨ごとスッパリ斬断されるだろう。

「邪魔よレージ!」

 背後からリーゼの黒炎流が迫る。俺ごと焼き兼ねん容赦ない攻撃。アレはくらうとちょっとヤバイな。どうにか剣を弾いて回避しな――

「――がっ!?」

 銀甲冑が唐突に競り合いを中断したかと思えば、俺の横腹に回し蹴りを加え、そのまま高く飛んでリーゼの黒炎を難なくかわした。おかげで俺も炎はくらわなかったが、あの敵、無茶苦茶器用なことをしやがる。

「まるで甲冑の重さなんてないみたいだな」

 それとも本当に中は空虚で、甲冑自体が本体なのか。そんなホラーは勘弁してほしいぜ。

「ゴミ虫様」

 と、反対側にいるレランジェの呼び声。無表情な顔で俺になにかを伝えようとしているようだ。

 以心伝心したってわけじゃないが、この状況でやりたいことはわかる。

 ――挟撃だ。

「こっちだ甲冑野郎!」

 できるだけ敵の注意を引きつけるように叫び、またそれを合図に俺とレランジェは同時に地を蹴った。あのロングソード一本で左右からの攻撃を凌ぐのは至難の業だ。

 敵の能力を深読みするべきだったと後悔したのは、その直後だった。

「なにっ!?」

 銀甲冑は空き缶をポイ捨てするようにロングソードを手放したんだ。そしてその両手に一本ずつ、先端に刺つきの丸い鉄球がついた戦棍(メイス)を出現させる。

 銀甲冑は戦棍を大道芸人のように操って挟撃を仕掛けた俺とレランジェを同時に打ち飛ばした。刺鉄球の部分は反射的に日本刀で受けたが、見事に砕かれた。

 それより、今のは……。

「そんなものですか?」

 幻滅を孕んだ女性の声が銀甲冑から漏れた。やつはレランジェを無視して俺たちを睥睨する。……いや違う。俺だけを睨んでいる。

「これはまた、随分と腑抜けてしまわれたようで……」

 銀甲冑がそう呟いた次の瞬間、無数の拳銃が突如として宙空に出現し、その全ての銃口を俺に向けた。

「……見るに堪えませんわ!」

 怒号と共に銃弾の嵐が俺に殺到する。まともにくらえば俺も、後ろにいるリーゼも蜂の巣確定だ。

「レージ!?」

 盾を生成する前にリーゼが俺の前に飛び出し、黒炎のシールドを展開して銃弾を防いでくれた。

 が――

「きゃんっ!?」

 黒炎を突き破った銀甲冑は、リーゼを邪魔だとでも言うように戦棍で薙ぎ払った。それからやつは一歩一歩と恐怖を植えつけるように俺へと近寄ってくる。

 戦棍が消え、代わりに普通の棍が『生成』される。

 そう、アレは〈魔武具生成〉だ。

 しかも俺のと比べて制限がない生成だ。

「誘波さんに言われた通り、ちょっと鍛え直す必要があるみたいですわね、零くん」

 この声。先生みたいな口調。その呼び方。あの能力。

 まさか、ありえない。

 と思うも、実際はありえないことなんてこれっぽっちもない。

 だが、俺はなにも聞いていない。

「ようやく気づいたようですわね、零くん」

 銀甲冑の兜部分が魔力の粒子となって霧散する。露わになった素顔は、オレンジに近い茶髪をセミロングに伸ばした二十代半ばほどに見える美女だった。

 憐れむような、蔑むような金色の瞳で俺は睨めつけられ、全身と全心に深く深く刻み込まれた古傷(トラウマ)が激しく疼き始める。

「えっと……その……」

 ガタガタブルブルと意思に反して震えが止まらない。俺は恐怖に引き攣った笑みを浮かべ、対峙する絶対的な存在に叱られた子供のような竦んだ声を絞り出した。


「お、おかえり――母さん」


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