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シャッフルワールド!!  作者: 夙多史
第四巻
129/314

一章 次元の接合(4)

 あの後もクロウディクスが逃走したり、誘波とラ・フェルデの空中散歩に付き合わされそうになったり、アーティに別の実験に使われそうになったりして、結局開放されたのは日が沈む直前だった。

「疲れた……とにかく果てしなく疲れた……」

 自分でもゲッソリしてるとわかる顔で溜息を吐く。戦った後でもないのに疲労感が半端ない。しかも人工の『次元の門』とは関係しないことで精神と体力を削られた気がする。

「早く俺の癒し空間を見つけねえと……」

 いっそラ・フェルデにでも移住してやろうかな。せっかく門ができたわけだし。

 とまあ冗談はそこそこに、あの人工門は現在試運転段階なんだとさ。本格的な運用が始まるのはまだまだ先になるらしい。

 本格的な運用とは、すなわち異世界人たちの帰省だ。ラ・フェルデに行くだけなら既に可能だが、向こうから多世界に渡れるようにするには相当な年月を費やす必要がある。既にラ・フェルデと交流している異世界もあるにはあるが、誘波に渡されたリストの一割にも満たないんだとか。

 方法が見つかったからといって、一朝一夕でどうにかなるもんじゃないってことだな。

「なあ、ラ・フェルデはどうして俺らに協力的なんだ?」

 二号館を出て高等部の正門に向かう途中、俺は隣を歩くセレスに訊ねた。セレスは銀色のポニーテールをふさっと揺らし、エメラルドグリーンの瞳に俺の顔を映す。

「前に言わなかったか? ラ・フェルデとしても『混ざり合う世界シャッフルワールド』はなんとしてでも防ぎたい災厄だと」

「それは聞いたけど、この世界にいる異世界人たちの帰省にまで手を貸す必要はないと思うんだが?」

「ああ、そのことか」

 セレスはしばし逡巡するような間を空け、

「陛下が仰るには、〝その次元に本来あるべきではない存在は歪みを生む〟だそうだ。一つ一つは気にならないほど小さな歪みらしいが、この世界は少々異世界人が集まり過ぎている。放っておけば『混ざり合う世界』とはまた違う災厄が発生し、当然、この世界と繋がりを持つラ・フェルデも連鎖的に影響することになる」

「なんか環境問題に近いな」

 微量な塵でも蓄積すれば大量の山となる。監査局が異世界人や異獣を元の世界に戻すことを優先するのは、たぶんそういう理由があるからだ。

 その世界の物じゃないやつは歪みを生む、か。

 なら、俺たちハーフはどうなんだろうな?

「最悪の場合、ガイアとの縁を切ることもできなくもない。だが、たとえ繋がりなどなくとも陛下はこの世界を放ってはおかないだろう」

「トチ狂った偽善者」

「……」

「――ってわけじゃないんだよな、ラ・フェルデ王に限っては」

「無論だ」

 恐かった。だってセレスが無言で親の仇を見るように睨んできたんだもの。心臓に悪い。口には気をつけよう。

 ただ、俺はセレスが恐くて訂正したわけじゃない。先の戦争時、あの王は『全ての次元は自分の所有物だ』みたいなことをほざいていた。神を気取ったあんぽんたんにしか聞こえないが、それがあの王の中では真実であり、自分の物だからこそ守ろうとするんだ。監査官ごときじゃ太刀打ちできない自己中心的な思想だな。理解に苦しむ。

「ではな、零児。私はこっちだ」

 高等部の敷地に入った最初の分かれ道でセレスが立ち止まった。彼女の住んでいる女子寮は俺の帰宅ルートとは反対側にあるんだ。

「ああ、またな」

「うむ……あっ、ちょっと待て零児」

「?」

 思い出したように俺を呼び止めたセレスは、なにやら視線を明後日の方向にやってもじもじしていた。夕日のせいか、彼女の頬がほんのり朱に染まっているように見える。

「どうせなら、その、ゆ、夕餉を共にしないか? ラ・フェルデに帰った時に、いろいろとレシピを持って来たのだ。今度こそ腕によりをかけ――」

「去らばだっ!」

「ああ!? なぜ逃げるのだ零児!?」

 俺はダッシュした。そりゃもう振り向くことなく全力疾走さ。本人には口が裂けても言えないが、セレスの料理は下手するとレランジェの毒入り料理をも上回る兵器となるんだ。俺の弱り切った胃袋じゃ今度こそ昇天する自信がある。

 ある程度走ったところで立ち止まり、振り返る。セレスが追って来なかった。一安心。

「レランジェはともかく、なんでセレスまで時々俺を亡き者にしようとするんだ? なんかやらかしたっけ俺?」

 後で謝っておこうか、と最悪よくわからないまま土下座する自分の姿を想像してしまったその時――


「ふふっ。そんなの、わんこさんが憎いからに決まってるじゃない」


 不気味な声音が背中から突き刺さった。誰かが近づいていたことには気づいていたが、俺は気配で人物を特定できるほど人間離れした武術を身につけているわけじゃない。夏休みとはいえ人はいるから、無関係な一般人とばかり思っていた。

 だから、隙を突かれた。

 咄嗟に振り向こうとした俺の首筋に、刃物が添えられたんだ。柄に『第3調理室』と印字された出刃包丁。間違いなく盗品だろう。

 完全に油断していた。

 もっと警戒しておくべきだった。

 今の伊海学園には、敵が放し飼いにされているってことを。

「そのまま大人しく一緒に来てくれたら、いい子いい子してあげるわね♪」

 無邪気そうでいて怨念を孕ませたような口調でそう告げた女は、俺の背中をトンと押した。抵抗もできないまま人の気がない建物の影へと連行される。

「なんのつもりだ、望月?」

 俺は前を向かされたまま背後の女に問う。

 望月絵理香。異界監査局が最高レベルに危険視している組織――『王国レグヌム』に所属する影魔導師。それも単なる一員じゃなく、執行騎士(エクエス)と呼ばれる幹部の一人だ。

「状況を見て判断できないのかしら?」

「俺を殺す気か?」

「それならさっきわんこさんが油断してた時に殺ってるわ」

 それもそうだ。望月がその気だったら俺は今ごろ血の海に沈んでいる。想像するだけでゾッとした。

「わんこさんに要求することは二つ。私を縛っている封印具の開錠と、学園からの脱出ね」

 望月は先の戦争で捕虜となり、力を封印されて学園に軟禁されている。俺がこいつの接近を一般人と勘違いしたのは、気配が普通過ぎた・・・・・からだ。要求は二つと言っているが、纏めるとこいつを解放しろってことになる。

「ふざけんな。んなことできるかよ」

「あら? 本当に状況が見えてないのかしら? 鈍感なわんこさん」

 妖艶に笑い、望月は包丁の刃を俺の首に押しつける。ちくりとした痛みが走り、僅かに血が流れた。

 その瞬間――

「あうっ!? あっ……くぅ……」

 どういうわけか、望月は突然喘ぎ出した。包丁が手から零れ、弾かれるように俺から離れる。

 解放された俺は即座に振り返り身構える。そこには伊海学園高等部の制服を纏った白肌の少女が地面にへたり込んで悶絶していた。サラサラで綺麗な黒髪にオレンジ色のヘアバンド。くの字に折れたカモシカのような美脚はエロいわけじゃないのに目のやり場を探してしまう。そんな美人。

「なにが、起こってるんだ?」

 いつでも武具を生成できるように魔力を練りながら、俺は望月を注視する。そして彼女の両手首両足首にリストバンドのような金属が取りつけられていることに気づいた。アクセサリーに似せている〈言意の調べ〉と違って無骨なそれが、淡く明滅して望月を苦しめているようだ。

「封印具か」

 望月の能力を一般人以下に抑えている魔導具だ。見た感じ、誰かを傷つけると立ってられないほどの激痛を引き起こすのだろう。望月ほどの危険人物を投獄するでもなく自由にさせているんだ。その処置は妥当どころかまだ生温い。誘波はあー見えてけっこう黒いからな、きっと他にも制約を科せられているに違いない。

「くっ……この程度でもダメなのね……」

 封印具の明滅が止み、痛みの引いた望月はへたり込んだまま小さく吐息を漏らした。

「お前、最初から俺を殺せないことを承知でやったのか?」

「ええ、そうよ。どこまでできるか試すつもりでもあったけど、この程度なんてね。本当に残念。本当に――」

 望月の空気が変わる。底冷えする負のオーラが恐怖を植えつけんと迫る。


「智くんを傷つけたわんこさんとラ・フェルデ王は、私の手でぶち殺したかったのになぁ」


 無邪気な雰囲気から一転し、ヤクザも全裸で土下座したくなるような憎しみの口調と表情で望月は俺を睥睨する。

 これが望月絵理香の本性、いや、ダークサイドとでも言うべきか。

 何度見てもゾッとする。来るとわかっていても背筋が凍る。

「いいのかよ、本当にこいつを監禁してなくても」

 学園内限定でも自由にさせてちゃ、こいつの仲間が攻め込んで来た時に解放を阻止できなくなるぞ。

 ――いや、攻めてくるのか?

「なあ、『王国』はお前一人を助けるために動いたりするのか? あの戦争からもう何日も経ってるし、お前が捕虜になったことくらいとっくに気づいているはずだろ。なのになんのアクションもないってことは、お前、見捨てられたんじゃないのか?」

 望月以外にも捕虜となった『王国』の兵隊はいるが、そいつらは漏れなく記憶を白紙にされている。『王国』はそこまで非情な処置を施せるやつらだ。たとえ幹部だとしても望月一人のために戦力を投じるとは考え難い。

「見捨てる……そうね、そういう意見を出すやつはたくさんいるでしょうね」

 望月は負の感情を自制したのか、纏っている空気を元に戻す。

「だけど、ふふっ、残念ながら『王国』は動くわ。少なくとも〝王様(レクス)〟や〝剣神〟は味方を簡単に切り捨てられるほど屑じゃないの。ああ、第一柱(プリーム)もそうだっけ」

 おかしそうに笑う望月は、自分が屑の部類に入ることを自覚している態度だった。〝王様〟は相変わらず謎だが、〝剣神〟ってやつは俺も知っている。

 カーイン・ディフェクトス・イベラトール。かつてセレスの剣の師だった男で、とある事件のせいでラ・フェルデを裏切り魔剣士と化した聖剣十二将だ。〝剣神〟と呼ばれているだけあり、その実力は魔剣の特殊能力抜きでも相当だった。

 そんなカーインは第四柱執行騎士(カルトゥム・エクエス)とも呼ばれていた。そこにいる望月は第六柱(セクストゥム)。スヴェンの眼鏡野郎が第八柱(オクタウム)。そして誘波すら苦戦を強いらされた化け物、ゼクンドゥムがそのまんま第二柱(ゼクンドゥム)だったか。俺が知る『王国』の幹部はその四人だ。だから――

「第一柱?」

 当然『二』の上がいても不思議はないが、聞いたことのない肩書きだ。

「ええ、私たちは〝虚空勇者〟って呼んでるわ」

 執行騎士たちにはそれぞれ二つ名がついているらしい。望月は〝影霊女帝〟だし、スヴェンは……なんだったかな。〝機奏者〟だったか。

「〝虚空勇者〟……なんとなくヤバそうな二つ名だな。つまりトップを除けばそいつが一番強いってわけか」

 一定範囲内の他人に『夢』という名の設定を植えつけ、認識や記憶すらも変えてしまう〝夢幻人〟――ゼクンドゥムよりも上、ね。そんなのが攻めてくると考えただけで頭が痛くなりそうだぜ。

 俺が果てしない無力感を改めて痛感していると――ふふっ。望月が怪しく嘲笑を零した。

「ねえ、もしかしてわんこさん、勘違いしてない?」

「あ? なにがだ?」

 ちょっと八つ当たり気味に問い返す。望月は細枝のような人差し指を顔の横で立て、

「執行騎士は強さ順にナンバーが割り振られてるわけじゃないの。『なった順』が正解。ナンバーが小さいほど古株ってことね」

 先生のような口調で執行騎士制度の仕組みを講義してくれた。

 意外だった。執行騎士の仕組みがどうであることよりも、どんな拷問を受けても口を割らなかった望月がこうもあっさり話したことが、だ。

「いいのかよ、そういうこと喋っちまって」

「ふふっ、いいのよ。だってこの情報は寧ろわんこさんたちを混乱させるものだから。強さ順じゃないと知ってちょっと不安になったでしょう?」

 ……否定できない。第一柱が最強だとすればそれなりの覚悟はできた。だがそうでないとすると、たとえぶつかる敵全てにそういう覚悟で臨んだとしてもどこかに揺らぎが生じてしまう。

 でもまあ、知らないよりは知ってた方がいいのも事実だ。誘波には報告しておいた方がいいだろう。まあ、どうせこの会話もどっかで聞き耳立ててそうだけどな。

「ああ、混乱させるって意味ならもう一つだけいいことを教えてあげようかしら」

「いいこと?」

 人をおちょくる小悪魔的な笑みを浮かべる望月。『いいこと』と聞いて『いいこと』だった例のない俺は、疑いと警戒の念を抱かずにはいられない。

「わんこさんたちは、『王国』は世界を滅ぼそうとしてる『悪』だと思ってるんでしょ?」

「事実そうだろ」

 こいつらは『次元の柱』を圧し折って『混ざり合う世界』を招き、世界どころか多くの次元を破壊と混沌に巻き込もうとしている。どんな目的があるか知らんが、到底まともな考えとは思えない。

 だが、俺の想像と反し、望月は驚くべきことを口にしたんだ。


「私たち『王国』の最終目標は――『全次元の救済』よ」


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