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シャッフルワールド!!  作者: 夙多史
第三巻
123/315

終章

 セレスがラ・フェルデに帰ってから一週間の時が流れた。

 集まっていた監査官たちは各支局へと戻り、大闘技場の地は再封印が施された。ちなみに焼け焦げた自宅のリビングは誘波が「私の憩いの場がいつまでもこれではよろしくないですねぇ」と言って直してくれたので、俺もこれまで通りの生活に戻ることができた。

 ただ、夏休みを間近に控えて浮き足立っているクラスの中で、俺だけがこの一週間を憂鬱に過ごしていた。あのような形でセレスを見送ってしまったこともあるが、なによりも今回の戦いでは自分の無力さを嫌と言うほど痛感したからだ。

 カーインやゼクンドゥムにはもちろん、望月やスヴェンにすら俺一人では勝てない。やつらがリーゼを狙っている以上、『王国』は近いうちに必ず攻めてくるだろう。あの戦争で完全に縁が切れたとは到底思えない。

 そうなった時、俺はどれほど抗える? 今のまま次も凌げるほどやつらは甘くない。そもそも今回はラ・フェルデの――クロウディクスの介入がなければ俺たちは終わっていたんだ。

 強くならなければならない。

 自分のためにも、周りのためにも。

 具体的な案も出ぬまま、そんなことばかり考えていた。

「……」

 ふと隣を見ると、自分の席に座っているリーゼが退屈そうに頬杖をついていた。張り合う相手がいなくなったからか、リーゼもこの一週間どうも空回りしている。

 逆隣を見る。そこには空席があった。現在は朝のHR中で、担任の岩村先生が明日の終業式について説明している。なのでこの空席は休み時間だからってわけじゃない。もちろん、欠席者でもない。

 セレスの席だ。セレスは家の突然の都合で国に帰ったことになっている。まだ席が残っているのは、『せめて一学期が終わるまでは残しておきたい』というクラス全体の総意だ。

「――んなわけでー、終業式は適当に突っ立ってれば勝手に終わるから。そんなことより今日の三限目なんだけど――」

 岩村先生が相変わらずテキトーにHRを進行していると――ガラガラッ。

 教室の教壇側のドアが唐突にスライドした。

「ホームルーム中ですけどおじゃましますねぇ。よい子の皆さんは元気にしてますかぁ?」

 目が痛くなりそうなくらい色鮮やかな十二単を纏った少女がニコニコしながら入ってきた。言うまでもなく伊海学園理事長――法界院誘波だ。よい子の皆さんて、お前は幼稚園の先生か?

「り、理事長!? ど、どどどどうされたんですか? ま、まさか私の給料アップですか? それとも素敵な殿方を紹介しに?」

 岩村先生が混乱している。混乱のあまり変なこと言ってる。

「うふふ、違いますよ。今日は二年D組の皆さんに素敵なお友達を紹介しに来たのです」

 転入生? 異世界人が迷い込んできた話は聞いてないぞ。――いや待て、通常通り異界監査局の教育課程を修了した異世界人かもしれん。マルファとかだったら嫌だなぁ。もし俺んち住込みのゴスロリメイドだったら真剣に転校を考えなければ……。

 などと想像だけでげんなりしていると、誘波が「入っていいですよぅ」と廊下にいる転入生に入室を促す。

 まず、カモシカのようなスラリとした美脚が見えた。学園の制服であるチェックのスカートをヒラヒラさせているから間違ってない限り殿方じゃない。

 次に目に入ったのは、腰まで届くサラサラとした流れるような黒髪。オレンジ色のヘアバンド。雪国の人のような白い肌をしたそいつは、綺麗な顔に人懐っこい笑顔を貼りつけてクラスメイト全員に手を振ってい――ッ!?

「なにぃッ!?」

「えっ!?」

 ガタンと椅子を倒して立ち上がる俺とリーゼ。一気に注目の的だがどうだっていい。

 なんでだ?

 どうして?

「こんにちは、わんこさんたち」

 どうして、望月絵理香が俺のクラスに転入してくるんだ!? 捕虜になってるとは聞いてたけど、監禁してるんじゃなかったのか!?

「ふふっ、二人して立ち上がってどうしたのかな?」

 望月の人懐こい笑顔の奥に不敵で冷酷ななにかを感じ取って俺は身震いした。ざわっと鳥肌まで立ってきたぞ。あ、悪夢だ。転校の手続きってどうやるんだっけ?

「え、エリカちゃん。ここはあなたのクラスではありませんよ。あなたは三年生でしょう?」

 誘波がいそいそと望月を廊下へと押し返していく。呼び方が『エリカちゃん』になっているのはとりあえず保留。

「あら? そうだったわね。ふふっ、お騒がせしてごめんなさいね」

 望月は艶めかしく不敵に笑いながら素直に廊下に締め出された。

 俺は心の底から安堵する。よく考えれば、黒セーラー服を剥ぎ取られてるってことは活動範囲がかなり限定されるんだ。影魔導術もなんらかの術式で封印されているのだろう。でなければあんな危険人物を自由にさせるわけがないし、あいつもとっくに脱獄しているはずだ。

 あれ? でも望月がウチの転入生じゃないってことは……


「誘波殿、入ってもいいだろうか?」


 凛とした、鈴を転がすような声音。

 聞き覚えのある口調。

 布の巻かれた長物を背負い、煌めくような銀髪をポニーテールに結った少女が、少し戸惑いつつも教室に入ってきた。


 …………。


 唖然とするクラス。誰もが、岩村先生すら言葉を失っている。

 俺はもちろん、リーゼも立ったまま紅眼を見開いている。

「彼女が本当の二―Dのお友達です。まあ、明後日から夏休みですけどね」

 笑顔で紹介する誘波に、凛々しい少女は困惑顔で口を開く。

「その、えっと……セレスティナ・ラハイアン・フェンサリル、です。た、ただいま母国より帰還いたしました」

 本人も不本意な自己紹介に笑顔が引き攣っている。

 で、俺たち二―Dの愉快な仲間たちはというと――


「「「えぇええええええええええええええええええええええええええええええッ!?」」」


 驚愕と狼狽の声が見事にハモっていた。


        ※※※


「どういうことか説明しろ、誘波!」

 HR終了後、一限目の授業を頭痛がすると言ってパスした俺は、理事長室にある無駄にご立派な机をバン! と強く叩いた。

 理事長室には机の向こうの椅子に座っている誘波と、俺、リーゼ、セレス、あとなぜかレランジェの五人が集っている。

「なんでこのゴスロリメイドがこの場にいるんだよ!」

「え? 零児、疑問点はそこなのか?」

 セレスが慌てた。うん、確かにどうでもいい疑問だったな。「秘書の臨時あるばいと安定ですがなにか?」とゴミ虫を見るような目で告げるレランジェは無視しても構わんだろう。

「そうだな、一つずつ解決していこう。まず、望月を自由にさせている理由を言え」

「自由ではないですよぅ」

 おっとりした笑顔と口調で誘波は答える。

「防光制服は没収していますし、影魔導術と身体能力を特殊な魔導具で封じているので小学生と喧嘩しても勝てないと思いますよ。それと彼女だけ学園から出られないように術式を展開し、結界を何層も重ねて張っています。実質この学園に軟禁している状態ですね」

「でかい独房だな。監視は?」

「もちろん、二十四時間密着です。いつでも盗撮できますけど、どうします?」

「俺になにを言わせたいんだお前は?」

 まあ、それで大丈夫なら俺に口出しできる権限はないな。望月も一般人以下になってんなら妙な真似はできないだろうし。

「『王国』の情報は聞き出せたのか?」

 訊くと、誘波は残念そうに首を振った。

「エリカちゃん以外の捕まえた『王国』の兵隊ちゃんたちですが、意識が戻った時には綺麗に記憶が消去されていました。何者かが予め捕まった時に発動する術を兵隊ちゃんたちに仕組んでいたようです」

 用意周到と言うべきかもしれないが、ずいぶんと酷いことをする。たぶん、あの戦争に参加した『王国』軍はこのことを誰も知らなかったんじゃないかと思う。捕まったら記憶を消すという行為を、敵ながら騎士道を貫いていたカーインが認めるはずがない。

「エリカちゃんもなかなか口が堅くて、なにをしても飄々と受け流されてしまうのですよ。自白剤や洗脳術はもちろん、まさかアレにも堪えるとは思っていませんでした」

「アレってなんだ?」

「聞きたいですか?」

「……いや、やめとく」

 なんとなく、想像するだけで発狂しそうな拷問内容な気がした。

「あんなやつはどうだっていいわ! それよりなんでこの騎士崩れがここにいるのよ!」

 ビシッとリーゼがセレスを指差して喚いた。セレスがリーゼの無礼さにムッとする。

「〝魔帝〟リーゼロッテ、私がここにいることがそれほど不満か?」

「当たり前よ! お前は自分の世界に帰ったんでしょ? せっかくいなくなってせいせいしてたのに」

「よく言うぜ。ついさっきまで物足りなさそうにしてたくせグフッ!?」

 お子様パンチが鳩尾にクリティカルヒットした。

「では、そういうことですので死んでくださいゴミ虫様」

「どういうこと!? 無理やり話を繋げたように見せかけて俺を殺そうとすんなこのポンコツメイドめ! その翳してる右手を仕舞いなさいっ!」

「チッ!」

 うわぁ、なんか久々に聞いた気分だよこいつの舌打ち。やっぱり腹立つわぁ。

 ――って、いかんいかん、混沌としてきた。話を元に戻さなくては。

「それでセレス、俺もリーゼと全くの同意見なんだけど?」

「れ、零児も、私がいなくなってせいせいしていた、のか……?」

「そこじゃねえよ! なにガチでショック受けてんのちょっと! どうしてこの世界に戻って来れたのかって訊いてんの!」

 落ち着け俺。ツッコミ衝動に従ったままだと息切れするぞ。それと潤んだエメラルドグリーンの瞳の上目遣いにドキッとしたことは内緒だ。

「あ、ああ、そのことか。非常に言いづらいのだが……」

 安心したように腕を組んだセレスは、言葉を整理するためか少し間を空け、言う。


「きちんとした手順を踏みさえすれば、聖剣を異世界に持ち出すことができるのだ」


 ……。

 …………。

 ………………はい?

「私は陛下から直々の指令を受けてここにいる。カーイン・ディフェクトス・イベラトールの捕縛、及び『王国』という脅威の排除が私に与えられた任務。そのために、ラ・フェルデ代表として異界監査局に協力せよとのことだ。無論、異界監査官として」

 凛然と述べられるセレスの言葉に理解が追いつかない。え? どゆこと? 聖剣が異世界にあるままじゃラ・フェルデがピンチだからセレスは帰ったんじゃねえの?

「詳細は教えても余計混乱するだけなので省きますが」と、誘波。「要するに、ラ・フェルデの聖剣十二将は申請すれば神剣を通じて異世界出張ができるということです」

 なんだよ、それ。聞いてないぞ。

「セレスは、知ってたのか?」

「いや、私も帰国してから初めて聞かされたのだ」

「俺が決闘した意味は?」

「……」

 セレスは黙った。黙って目を逸らしやがった。そこで「決闘! わたしもやる!」とリーゼが活き活きと発言しているのはスルーしておく。

 すると――カチッ。なんかのスイッチが押されたような音がした。


《迷惑、ね。そんなどうすればいいのかわからないって顔で言われる迷惑なら上等だ。俺はお前の願望の代弁者になってやる。騎士としてではなく、セレス個人の想いを代わりにぶつけてやるよ!》


「こんな台詞を真顔で言っちゃってきゃあ♪ レイちゃん恥ずかしい!」

「んなぁあああああああああああッ!? て、てめえいつの間に録音してたんだそのボイスレコーダー寄越せ直ちに踏み潰してやるッ!?」

「これはコピーなので無駄ですよぅ。例によってオリジナルは別の場所に保管してあります」

「またかぁあっ!?」

 よーし、ガサ入れだ! 今日辺りにこいつの屋敷どころか監査局全部引っ繰り返すつもりで探しまくって根絶してやる!

「あ……うぁ……はうぅ……」

 縮こまって呻くセレスは、俺の台詞なのに物凄い勢いで顔を真っ赤にしていた。その台詞の対象者だからかな? シュゥウウウ、と蒸気機関のように湯気を立ち昇らせている。いつ爆発してもおかしくない危険な状態だ。誰か、誰か爆発物処理班を呼んでくれ!

「これで当分はレイちゃんを弄れるネタができました。クロウちゃんは実にいい仕事をしてくれま――ケホンケホン。クロウちゃんも人が悪いですねぇ。無意味だと知っておきながらレイちゃんの決闘を受けるんですから」

 誘波の本音はダダ漏れだった。

 だけどそうだ、初めから全部説明してくれてりゃ俺も決闘だなんて言い出さなかった……と思う。あいつの言っていた『思いつく方法』がコレだってことも今ならわかる。茨の道と全然ちゃうやん。寧ろ俺が阻もうとしてたやん。悪役俺やん。

 うん、精神的ダメージが大きいな。どのくらい大きいかと言うと、脳内ですら言葉遣いがおかしくなる。うぅ、穴があったら埋まりたい……。

「そ、それは違うぞ、誘波殿!」

 と、セレスが羞恥から立ち直る。爆発物処理班は間に合ったようだ。

「陛下は零児のためにあえてなにも告げず決闘を受けたのだ。あの場で教えてしまえば零児の決意は崩れていた。全力で障害に立ち向かおうとする意思を否定していた。『誇り』を賭した戦いに水を差すような真似など陛下はしない。騎士としての尊厳を貶めることになるからだ」

 熱弁するセレスには悪いから口には出さないけど、俺、騎士じゃないからね。あといいこと並べ連ねてるけど、俺にはあの陛下がSだと言ってるようにしか聞こえない。もうダメだな、俺の耳も。

 まあクロウディクスよりも、知っててずっと黙っていやがったそこのボケナミに殺意が沸くんだが……どうしてくれよう?

 とりあえず、ふう、と吐息を漏らして心を落ち着かせ、俺はさっきから話についていけてないリーゼを見た。

「リーゼ、今日学校が終わったらハンバーガーを食べに行こうな」

「本当! アレおいしいから大好き! 嘘だったら燃やすわよ!」

 紅い瞳をキラッキラと輝かせるリーゼ。ああ、なんだろう、癒される。俺、ロリコンじゃないのに癒されるよ。

「誘波様、ゴミ虫様が現実逃避に走りました。気持ち悪いので排除安定ですか?」

「お前はそこでただ突っ立ってろよ木のように!」

 くそう、俺は現実から逃げることも許されないのか……。

 すると、誘波がコホンと咳払いをして改まる。

「レイちゃんをイジメるのはこのくらいにして、少し真面目な話をしましょうか」

 学園のトップが率先してイジメを行うのはいかがなもんなんだろうね。

「なんだよ、真面目な話って?」

「『王国』が順調に『次元の柱』を壊していくとどうなるか、レイちゃんたちはもう知っていますね?」

 俺は黙って頷いた。『混ざり合う世界(シャッフルワールド)』って現象が起こって、様々な世界がぐちゃぐちゃになってしまう。簡単に言うと、滅ぶ。

「今回、ラ・フェルデに協力していただけることになったのはそのためです。この世界との繋がりができてしまったラ・フェルデは、真っ先に巻き込まれてしまうので」

 それは協力せざる得ないだろうな。特にクロウディクスやセレスはラ・フェルデの守護者のようなもんだし。ひとまずは納得だ。

「ですが、ラ・フェルデの協力は戦力的な意味で必ずしもプラスになるというわけではありません」

「? どういうことだ?」

「ラ・フェルデは様々な世界と繋がり、交流しています。元の世界に帰りたいという願望の強い異世界人の方々がこれを知れば黙ってはいないでしょう」

「……そうか」

 帰るために監査局に入っている異世界人は多い。下手に秘匿したりすると暴動が起きかねんぞ。

「監査局は異世界人を保護しているだけなので束縛は理念に反します。なのでこの朗報を報せないわけにはいきませんし、自分の世界に戻れる異世界人を止める権利もありません。クロウちゃんもその辺りは承諾してくれています。まだどうなるかわかりませんが、ラ・フェルデという戦力が増えた分、監査局の戦力が減るということになるでしょう」

「これからはもっと人手が足りなくなるわけだな」

「しばらくは大丈夫だと思いますが、そのうち必ず人員不足は発生しますね」

 技術面など全体的なものもそうだが、これからは個人の戦闘能力もより重要になってくる。局員ならまだしも、監査官が抜ける穴は相当な痛手になるだろうな。

「そこは安心してくれ。人員不足だというのなら、その分、ラ・フェルデが補うと約束しよう。常駐できるわけではないが、幾人かこちらに派遣することも検討されている」

 誇らしげに述べたセレスに俺も納得する。

「まあ確かに、一世界が全力で支援してくれたら寧ろプラスになるんじゃないか?」

 あの陛下だけでも力になってくれりゃ一騎当千、いや一騎当万だ。

「ラ・フェルデも他世界ばかり構っていられないでしょうから、一気に人員不足解消などということにはならないと思います。ですが、期待していますよ、セレスちゃん」

「了解した。その期待に応えられるよう、誠心誠意、努めさせてもらう」

 騎士の顔つきで敬礼したセレスは、次に表情を少し柔らかくして俺に微笑んだ。

「そういうわけだ、零児。これからもどうかよろしく頼む」

「あ、ああ。こちらこそ、よろしくな」

 握手を求められたので、俺はドギマギしながらその手を握り返そうとした。

 その時――

「むむむぅ……あーもう!」

 なにやら癇癪を起したリーゼお嬢様が、触れかけた俺とセレスの手を両手でバンザイをするように弾いた。

「〝魔帝〟で最強のわたしを無視して退屈な話してるんじゃないわよ! それに『たいこうせん』はもう終わったんだからレージは元通りわたしのものよ! お前になんか渡さないから!」

 ぷっくりと子供っぽく頬を膨らませて宣告するリーゼに、セレスもムッとして睨み返す。

「零児は誰のものでもない。前に教えたはずだ、〝魔帝〟」

「お前に教わることなんてなにもないわ。お前は目障りだから自分の世界に帰ってればいいのよ! それとも今すぐ灰にしてあげようか?」

「やってみろ、〝魔帝〟。その前に貴様は我が聖剣の光で浄化されるがな」

「面白そうじゃない。決闘よ!」

「望むところだ。今日こそ勝負をつけてやる!」

 片や睨め上げ、片や睨め下げ、視線を衝突させて激しく火花を散らす魔王と聖剣士。いつも通りの見慣れた遣り取りに俺は思わず唇が綻んだ。リーゼのやつ、調子戻ったみたいじゃないか。いいことだ。

 リーゼが掌に黒炎を灯し、セレスが聖剣ラハイアンを鞘から抜く。空気がピリピリと張り詰める。

 あれ? ガチになってませんかお二人さん?

「そ、それじゃあ、俺は授業があるんでこの辺で……」

 こういう時はそそくさと退散を決め込むに限――スシャッとゴスロリメイドさんが唯一の出入口の前に立ち塞がった。

「ゴミ虫様、退室なさるのでしたらレランジェに殺されてからが安定ですよ」

「もはやなにが安定なのかわからないッ!?」

「ではではぁ~、レイちゃん、後始末はよろしくお願いしますねぇ」

「そしてそこ! 転移で消える前にこいつら止めてからにしろよ俺に丸投げすんなぁあッ!」


 いつも通りの、いつも通りな日常。

 主に被害に遭うのは俺という理不尽極まる日常。

 もうしばらくはこんな毎日が続きそうで、俺は心のどこかでほっとしいた。

 なんというか、こういう日常だって実は悪くないんじゃないかって感じている俺がいるんだ。困ったことにな。


 ……あ、俺はマゾじゃないからね。勘違いすんなよ。


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