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シャッフルワールド!!  作者: 夙多史
第三巻
120/314

五章 神剣の継承者(3)

 わけがわからんまま勃発したカオスな戦争は、『王国』の撤退という形で幕を下ろした。

 現在は監査局の医療班が忙しなく動き回り、敵味方関係なく負傷者を担架で運んでいる。これほどの戦いがあったんだ。考えたくないが、死者も出たかもしれん。

 リーゼもセレスもレランジェもグレアムも医療班に運ばれていったが、俺は断った。疲労はとんでもないけど思ったほど重症じゃないし、この場に残りたい理由があったからだ。

「よもや、この私が空間に束縛されるとはな」

「あはは。アレはビックリしましたねぇ、クロウちゃん」

「クロウちゃん? ふむ、なかなかに愉快な呼称をする。気に入ったぞ、風の大精霊」

「わぁ、気に入られちゃいました。でしたら私のことは『イザナミちゃん』と呼んでください」

「いいだろう、イザナミちゃん」

 誘波とクロウディクスは〈夢回廊〉が消え去った直後に自分で空間凍結を解除したのだが、一体どこの歯車が合致したのかこの二人は急速に親しくなっていった。ていうかクロウディクス、真顔で『イザナミちゃん』とか言うな気色悪い。

 あの時、カーインの呟きは微かに聞き取れた。最後に誘波とクロウディクスを封じたのは〝王様〟だ。一体どこからどうやって? 疑問は尽きないが、その辺を俺が考えたところで答えは見つからないだろう。

 ようやく動けるようになった俺は痛む体に鞭を打ち、クロウディクスの下へと歩み寄る。絶対的な存在感と威圧感に気圧されそうになるも、俺はあいつに言いたいことがあるんだ。それが残りたい理由だ。

「ありがとう、助かった。あんたが来なけりゃ俺たちは全滅していた」

 一国、いや、一世界の王に対する言葉遣いじゃないことはわかっている。でも、丁寧な言葉を使えば俺は意味もなくこの王に平伏してしまいそうな気がしたんだ。クロウディクスに変わらぬ態度で接する誘波を初めて尊敬したな。

「私は己の目的を遂行したに過ぎない。礼などいらん。頭を上げろ」

 クロウディクスは俺の言葉遣いなど微塵も気にしていなかった。絶対者の余裕ってやつか。

「目的というと、やっぱりセレスは連れて帰るんだな?」

「当然なことを訊く。だが安心するといい。すぐに連れ帰るわけではない。別れの時間くらいは作ってやろう。私もこの世界を観ておきたいし、異界監査局だったか? そのトップであるイザナミちゃんとは少し話がある」

「あいつのことは『アホナミ』と呼んでいいぞ」

 ハッ! しまった。クロウディクスがあまりにも自然に気色悪い名称を口にするもんだからつい……。

「……レイちゃん、ちょーっとよろしいですかぁ?」

 殺気!

「ダッシュ! ――痛い!? ぐ、なんてこった、体が痛くて走れない!?」

「今なんと仰られたのか、もう一度きっちりはっきりしっかり聞かせてくれませんかレイちゃん?」

「『超絶美人な誘波様』と申しましぎゃああああああああああああああああっ!?」

 風圧のハンマーで殴り潰された。

「く、なんて元気なんだ。ボロボロなのは見た目だけかよ」

 すぐに起き上がれる俺も、頑丈さが板についてきたことは自覚している。

「いえいえ、こう見えて私も疲れていますよ、レイちゃん。ゼクンドゥムちゃんはとんでもない相手でした」

「お前が『とんでもない』なんて言うとか、どんだけだよ」

「そうですね、これを見てください」

 誘波は掌の上に小さな竜巻を起こし、そこからコンパクトなポータブルDVDプレイヤーを出現させた。毎度のことながら、遠くにある物体を風で転送したのだろう。

 誘波はプレイヤーを起動して既にセットされていたDVDを再生させる。

 画面にはどこぞにあるコスプレ喫茶の店内の様子が映っていた。「ほう、それがこの世界の映像機器か」とクロウディクスが関心を示しているのは置いておいて、

「これ俺らが学園祭初日にやった女装喫茶じゃねえか! 寄越せ! そのDVDを叩き割ってやる!」

「焼き増ししたものですから無駄ですよぅ。オリジナルは別の場所です」

 くそっ! どうにかして根絶やしにしなければ! これはこの世に存在してはいけない映像なんだ。

「忘れたのですか、レイちゃん? この女装喫茶はゼクンドゥムちゃんの夢が見せた幻だったはずです」

「あっ……」

 言われて俺は思い出した。ゼクンドゥムはドイーさんという架空の存在を作り出して桜居に取り入り、俺のクラスに干渉して女装喫茶を盛大に盛り上げたんだ。目的はない。ただの暇潰しだと本人は言っていた。

 だが、アレが人に見せた幻だったのなら画面に映っている映像は変だ。そこには男子が女装した気持ち悪い映像ではなく、俺の記憶と一致する美少女たちが忙しなく動き回っている。機械のカメラは現実の光景を映していなければおかしい。

「ゼクンドゥムちゃんの夢は一定範囲内で全て真実になるってことです。機械すら騙せることは〈現の幻想〉に近い能力ですが、彼女は人の記憶や認識すら変えてしまいます。夢を回避するには自分で気づいて目覚めるか、ゼクンドゥムちゃんが夢を見せる対象外に指定するしかないようですね」

 そうだ、もし問答無用で夢が真実になるのなら、対抗戦の一回戦第四試合であの二人は瀕死の重傷を負ったことになる。

「そしてゼクンドゥムちゃんは夢という環境内ではほとんど無敵でした。なんでもありな能力には流石に私も苦戦しましたね」

 ゼクンドゥムの世界(ゆめ)でどんな死闘が繰り広げられていたのかは想像できない。なのに、俺は震え上がりそうになった。

「そんな化け物を配下に置くなんて、〝王様〟ってやつは何者なんだ?」

「私と同等かそれ以上の力を持つ者だろう」

 答えたのはクロウディクスだ。

「自らの意思で次元を渡れる者は等しく空間を支配できる。何人かそのような者を見てきたが、この私を数十秒間とはいえ空間凍結で封じた者は一人としていなかった。あのカーインが現在仕えている主……フッ、興味が湧く」

 口の端を吊り上げるクロウディクス。なんとなく悪人面だが、少し話をしただけでもわかる。こいつは魔王なんかじゃなく、善い意味での覇王だ。たぶん、国民にも大層慕われてるんだろうな。

「まあ、〝王様〟については捕縛した『王国』軍の兵隊を尋問すればわかることだと思います。たとえ一兵隊が知らなくても、今回の戦いでは大物を捕まえることができたようですし」

「大物? なんのことだ、誘波?」

 訝って訊ねると、誘波はニコニコした笑顔を横に向けた。その視線の先から歩み寄ってきたのは、ズタボロの黒いロングコートを纏った少年と少女だった。

 迫間漣と四条瑠美奈。監査局所属の影魔導師の二人だ。

「えっ!?」

 俺は迫間が両手で抱えているそれを見て目を剥いた。

 黒セーラー服を着た、思わず目を瞠りそうになる美人――望月絵理香だった。クロウディクスの空間凍結で窒息して意識を失っている彼女は、迫間の腕の中でぐったりしている。

「なんで、望月が……?」

「『王国』に回収される前に俺たちが拾って隠してたんだ」

 迫間はそう言って気絶している望月を悲しそうな目で見詰める。

「みんなそこのチート王に目を奪われてたから、動き易かったわ」

 と、四条。あんな状況でよく動けたな。この二人にとって望月絵理香はなによりも優先される存在なんだとよくわかる。

 迫間と四条は一言、二言ほど誘波と事務的な会話をする。そして誘波が指示を出すと、二人は望月を抱えて大闘技場を去って行った。聞こえた感じ、すぐに影魔導師連盟に引き渡すのではなく、しばらく監査局に監禁するみたいだ。

 途端、俺は物凄い脱力感に襲われて地面に座り込んだ。

「監査官対抗戦ってイベント事から、よくもまあこんな大戦に発展したもんだ」

 もしこれを物語として書き記したら、超展開な上にカオス過ぎて別の意味で話題になるかもな。

「対抗戦はやっぱり中止なのか?」

 なんとなく訊いてみる。

「あら? レイちゃんはまだ戦い足りないのですか? 猛者ですね」

「ほう、そのような催しを行っていたのか。ならば私が相手をしてやっても構わんが?」

「勘弁してください」

 四条の表現を借りるが、このチート王を相手にするとか命がいくつあっても足りる気がしない。

「言うまでもなく、対抗戦は中止です。このような結果になって不満な監査官も多いでしょうから、賞金や賞品については落ち着いてから検討してみようと考えています」

「それがいいな」

 さて全焼した俺んちのリビングの修理代はどこから捻出しようか、と考えていると、ふと別の疑問を思い出した。

「そういえば、誘波、お前に訊きたいことがある」

「なんですか?」

 改まった俺の質問に、誘波は可愛らしく首を傾げる。

「柱守の大精霊って、なんだ? お前、異世界人じゃなかったのか?」

「あらあら、そんなにレイちゃんは私のプロフィールが知りたいのですか? きゃー、どうしましょうか♪」

「くねくねするな気持ち悪い! なんとなく言葉通りなんだってことはわかる。だが、それとお前が監査局の局長をしてることとか、この大闘技場のこととか、『次元の柱』のこととか、整理できてないことが山ほどあるんだよ」

 誘波の笑顔が僅かに真面目さを帯びた。

「その話は、また今度にしませんか? 別に隠さなければならないことではありませんが、事は異界監査局の創設から関わってきます。レイちゃん一人だけにお話しするわけにもいきません。今は皆さんも混乱が抜け切れていないでしょうし、保留にしていただけると助かります」

 それもそうだが、なんか釈然としない。適当に誤魔化された感じが否めない。まあ、監査局創設にも関わるってんなら激しく長い話になりそうだ。こんな場所で聞けるわけもないか。

「安心してください。いずれ必ずお話ししますよ」

 いつものふざけた調子ではない、信じてもいいと思える口調で誘波は言った。そして一泊置き、彼女は一際明るい表情になって言葉を繋ぐ。

「それよりも、です。対抗戦は残念な結末になってしまいましたが、表の学園祭はまだ終わっていませんよ。後夜祭にはとても面白いイベントを用意していますから、レイちゃんもクロウちゃんも是非参加してくださいね♪」

 後夜祭だって?

「こんな状況で楽しめるわけないだろ」

「こんな状況だからこそ楽しむのですよ」

 ああ言えばこう返される。なにをする気なのか知らんが、郷野についた嘘が真になっちまったな。『理事長が秘密裏に企画しているイベント』っていう嘘が。

「体が動いたらな」

 それだけ呟いて立ち上がると、俺はよぼよぼとお年寄りよりも危なげな動作で大闘技場を去ることにした。

 ……でも、なんか忘れてる気がする。

「おねえさま! おねえさまはどこだユゥ!? あれ? なんで誰もいないんだユゥ?」

 控室の転移魔法陣に入った瞬間、そんな叫びが耳に入ってきた。

 そういえばマルファのことはすっかり頭から抜けていた。あいつが吹っ飛ばされた森は大規模に消失したはずなんだが、よく生きてたな。

 無駄に生命力の高いスライムの寂しげな叫び声を聞きながら、俺は学園へと転移した。


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