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シャッフルワールド!!  作者: 夙多史
第三巻
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四章 聖剣と魔剣(8)

 怒号、そして悲鳴。

 一斉に動き出した『王国』軍が、圧倒的な戦力差で俺たち異界監査官を蹂躙せんと襲い来る。影霊が吼え、機械人形が巨槍を振り回し、様々な異能を宿した武具を装備する兵隊たちも鬨の声を上げて進撃する。

「うわああああ!?」「誘波がやられちまった」「おいやべえよどうすんだよ!」「こんな相手に勝てるの?」「逃げた方がいいんじゃない?」「無理だって!」「ふざけんな!」「俺はこんなとこで死ぬために来たんじゃねえよ!」「殺される!」「私は自分の世界に帰りたいだけなのに」「畜生!」「こんな軍団、誘波なしでどうすりゃいいんだよ!」

 喚き、叫び、嘆き、ほとんどの監査官が大パニックに陥っている。これじゃあ敵を迎え撃つどころじゃないぞ。野盗が攻め込んできた小さな村落のごとく、抵抗する間もなく焼き払われてしまう。

 風の加護は誘波がいなくなっても残ったままだ。ならば俺だけでもやってやる、そう思いたいが、いかんせん魔力がない。グレアムたちとの試合で全て消耗し切ってしまっている。もはや日本刀一本も満足に生成できないだろう。

 それにたとえ魔力が尽きないほど有り余っていたとしても、俺一人がどうにかできる相手ではないことだってわかっている。

『次元の柱』は、きっと絶対に守らなければならないものなのだろう。だが、頭では理解していても実感は薄い。勝ち目のない戦いに身を投じてまで死守したいという思いは湧いてこない。たとえ柱の現物がそこに見えていても、それが破壊される先に滅びが待っているとしても。根も葉もない予言を聞いているような、そんな感覚から抜け出せないでいる。

 逃げるが勝ちか。そう判断しかけた時、俺は気づいた。

 怒涛と化して雪崩れ込んでくる大群。その後方で、カーインだけが反対方向に歩いていた。やつの目指す先にある物は……『次元の柱』だ。まさか、たった一人で破壊するつもりなのか?

「待つんだカーイン、これを使うといい」

 一番槍で俺に飛びかかってきた狼っぽい影霊の噛みつきをかわしていると、カーインを呼び止めるスヴェンの声が聞こえてきた。

 狼型影霊を蹴り飛ばしてからそちらに視線を向ける。と、機械人形の一機が、握っていた槍ではないなにかをカーインに放り投げているところだった。

 全体的に黒っぽく、端から伸びている金色の長い糸束みたいなものがふさっと宙に広がって――なッ!?

「リーゼ!?」

 だった。見間違うはずがない。金色の長髪に小柄な体、魔女っぽい黒衣の端々から白く細い四肢を覗かせる少女を俺は他に知らない。

 意識のないリーゼを片腕で受け止めたカーインは、「これをどうしろと?」とでも言うような視線をスヴェンに向ける。

「それの魔力を魔剣に食わせるといい。そうすれば効率よく柱を壊せるだろう。ただし、傷物にはしないでくれよ。それは僕の研究にとって核を成す大事な部品・・だからね」


 ――プチン。


 その時、俺の中でなにかが切れた。

「あんのクソメガネ! リーゼを物みたいに言いやがって!」

 柱を守る? そんなもんはどうでもいい。いやどうでもよくないにしても、ついででいい。リーゼが、仲間が捕らわれている。その事実だけで『逃げる』という選択肢は消え失せた。

 助けるしかない。いくら敵の数が多くても、這い蹲ってでも取り返してやる!

「零児!」

「白峰先輩!」

 あちらに気を取られていた俺に迫る二体の狼型影霊を、駆けつけたセレスと稲葉が蹴散らす。一体は輝く聖剣で斬られ霧散消滅し、もう一体は赤雷纏う剛拳で潰され闇へと還った。

「零児、お前は下がっていろ」

 敵軍に目を配らせながらセレスが言った。稲葉も頷く。

「せやで、白峰先輩。魔力のない白峰先輩はたぶんウチらん中で一番弱い。ここに安全な場所なんてないやろうから、学園に戻った方がええよ」

 まさか後輩にそんなことを言われる日が来るとは思わなかった。しかし、状況が変わったんだ。ここで退けるほど俺は人間できちゃいない。

「リーゼがカーインに捕まっている。助けねえと」

「〝魔帝〟なら、私が助ける」

 セレスの意外な言葉に、俺は一瞬目を丸くした。

「いいのか?」

「私は師匠に聞きたいことが山ほどある。そのついでだ。それに、〝魔帝〟はアレで悪人ではないことを私は知っている」

「そうか」

 素直じゃないセレスに心の余裕を僅かに取り戻した俺だったが、やはり彼女に任せっきりになどできない。俺は守られる側じゃなく守る側だ、そう自分に言い聞かせて告げる。

「悪いが、俺は逃げない。武器が作れないなら敵から奪う。魔力がないなら敵から奪う。昔はそうやって戦ってきたんだ。その危機的感覚は――」

 俺は左足を一歩引いて体を横にずらす。その直後、俺の数センチ隣を掠めて氷の大剣が地面を砕いた。すぐさま俺は片足を軸として身を回転させ、氷剣の持ち主である兵隊の横腹に爪先で蹴りを入れる。

「――まだ忘れちゃいない」

 あまり得意じゃないが、俺は一応体術もある程度は母さんに扱かれて会得しているんだ。そうでなければいろんな武具なんて使えやしない。かといって武器がないままだと足手纏いにはなりそうだけどな。

 これで兵隊が武器を落としてくれりゃ儲けもんだったんだが、そんなに甘くはなかった。氷剣の兵隊はガチガチに武装しているとは思えない身軽な動きで受け身を取り、再度武器を構え直している。隊列を無視して先走った下っ端、といったところだが、それでも実力は雑魚じゃないことがわかる。

 セレスの聖剣と兵隊の氷剣が打ち合う。そこを取り囲もうとする別の兵隊たちを稲葉が紫雷の槍でどうにか牽制している。

 俺は改めて周囲の状況を見る。感情論を抜きにして、この敵軍の壁を突破してカーインの下まで辿り着くのは至難の業だ。

 俺から見て右側では、例の悪魔異獣が大木のような尻尾を振り回し、〝影〟の破壊光線を口から発射して猛威を振るっている。

「ふふっ、遊びましょう、わんこさんたち」

 その怪物の肩から飛び下り、影霊たちの主が自ら戦線に介入する。二本の影刀を持って疾駆し、瞬時に五人もの監査官を擦れ違い様に斬り捨てる。血飛沫を上げて倒れる監査官たちを見下しながら、望月は薄ら怖く笑っていた。

 一際大きな悲鳴が聞こえ、俺は左方に視線をやった。そこでは巨大な機械人形の群れがドリル状の槍を振り回して大勢の監査官たちを薙ぎ飛ばしている。一本の槍が振るわれる度に、二人以上の監査官が宙を舞っている。

 劣勢過ぎる。抵抗すればあそこまで簡単にやられるはずのない監査官たちは、誘波を退場させられた絶望感から完全に戦意を失っているようだ。

 やばい。このままじゃ、三十分も持たず殲滅が完了しちまう! カーインに一矢報いるどころか、近づくことすら叶わない。そんなふざけたことってあるかよ!

 俺たちも十人近い兵隊に囲まれてしまっている。正直、絶体絶命だ。

 まさしく、そんな時――


「おいおいおいおい、ふざけてんじゃあねェぞてめェらッ!!」


 馬鹿でかい音を立て、機械人形の一機が胴から真っ二つに砕き折られた。破砕面からバチバチと青白いスパークが飛び散っている。

 落下して動かなくなった機械人形の上半身に、マロンクリーム色の髪をした焼け焦げた作業着姿の男が飛び乗った。

 グレアムだ。

「てめェら的に、誘波を失ったくれェでなに弱気になってんだ? あァ! てめェらは監査官だろうが! いつから大将がいなけりゃなにもできねェ三下になり下がったんだ? 気に入らねェ。俺的に気に入らねェからてめェら纏めてぶっ壊すぞ!」

 肌にビリビリと突き刺さるようなグレアムの怒鳴り声に、敵も味方も戦闘を一時中断して注目する。

「俺ら的に、てめェの戦いをすりゃいいだろうが! そうやって戦ってきたんじゃねェのか! 逃げてェやつはさっさと消えろ! 俺的に邪魔だ! だがな、こんな面白ェ状況で尻尾巻いて逃げるような野郎が同じ監査官ってのは俺的に泣けてくる話だぜ!」

 たぶんグレアムの辞書には『戦略的撤退』という難しい言葉は収録されていないのだろうが……今、空気が確かに変わった。

「俺様たちは異界監査官だ。他人の指示なんて必要ねェ。こいつら倒せば元の世界に帰る方法とかが手に入るかもしれねェって誘波に言われてんだろ? 俺的にはどうでもいいが、それがてめェらの目的なら全力で噛みついてみせろや!」

 決定的な台詞だった。

「そ、そうだ!」「誘波がいないからってなんだ」「俺がいれば問題ねえ」「こんな相手に勝てるかだって? 僕なら勝てるね」「ここで逃げるなんて格好悪いわね」「やってやる!」「ふざけんな! 誰が三下だ!」「余裕で潰してやんよ!」「ああ、ぶっ殺してやる!」「私たちを舐めたこと、後悔しなさい!」「誘波なんて最初から必要ねえんだよ!」

 パニックになり、あちこちに纏まりなく飛んでいた意識が一つのベクトルに乗った。『王国』に対抗するという、一つの意思に収束した。

 ハッ、とグレアムが笑う。

「いいじゃねェか。てめェら的に目ェ覚めたみたいでよ。じゃあこうしようぜ。雑魚一匹一ポイント、ロボ一匹十ポイント、大将一匹百ポイントで最終的に一番ポイントが多いやつが優勝だ!」

 優勝の意味がこれっぽっちもわからないが、グレアムのおかげで監査官たちの士気が上がったのは確かだ。

 地鳴りのごとく鬨の声を発し、倒れた者も起き上がって我先にと敵に立ち向かう。急変した凄まじい気迫にたじろぐ兵隊たちを、変わらず襲い来る影霊や機械人形たちを、それぞれの能力で叩き伏せんとする。

 炎が、氷が、雷が乱れ飛び、大闘技場の対戦フィールドを花火のように鮮やかに彩る。趨勢を、僅かずつだが押し返している。

 なんて激戦だ。

 集団戦などこれっぽっちも考慮していない勝手極まる個人戦だが、共通の敵がいるからか、お互い様だとわかっているからか、仲間割れに発展する気配はない。

 普通なら足の引っ張り合いになるだろう。だが、それはチームを意識した場合だ。グレアムの最後の言葉は、味方を仲間から『競争相手』に変えたのだ。

 戦うのは集団ではなく、個人。

 だからこそ、監査官は強い。

 その様子を砕き割った機械人形の上から満足げに眺めているグレアムが、ぼそりとなにかを呟いたことに俺は気づいた。

 遠い上にこの喧噪だ。聞こえるわけがない。読唇術なんて高等なスキルを俺は習得していないからわかるはずもない。

 でも、なんとなくなにを言ったのか悟れた。


『これでいいんだろ、誘波』


 グレアムがあのように他人を鼓舞したことを俺は少し意外に感じていたんだ。誘波は自分になにかあった時、混乱する監査官に方向を示す役をグレアムに託したのだと思う。もちろん、本人たちに訊かないことには予測の域を出ないが、グレアムの『約束を守ってやった』と言うような表情を見るとそう思わずにはいられない。

 さて――こうなると、俺らも立ち止まってばかりいられないな。

 消えた誘波がどうなったのか気になるところでもあるけど、あいつの心配をするほど無駄なことはそうそうないだろう。だったら、俺たちは俺たちの戦いに集中するべきだ。

「零児、退かないのであれば〝魔帝〟はお前が助けるんだ」

「ああ、わかってる。セレスは俺らなんて気にせず、思いっ切り師匠を引っ叩いてこい」

「うむ。そのために、まずはこの包囲を突破する。そして一気にカーイン師匠の下まで駆け抜ける!」

 頷き合う俺とセレスに、背中合わせで敵を牽制している稲葉も言葉を乗せてくる。

「ウチも全力でサポートするわ。あと白峰先輩、ウチの魔力、少しやけど貸したる」

「! サンキュ、稲葉」

 遠慮なんてしてられない。ここは素直に受け取っておくべきだ。

 左手で稲葉の手を握り、〈吸力〉する。流れ込んできた魔力を俺用に変換し、次は右手に収斂させる。


〈魔武具生成〉――棍。


 普通の棍だ。稲葉から借りたなけなしの魔力じゃ日本刀三本が限界だろう。棍なら五本ってところか。なんにしても神鉄変幻棍なんていう無茶苦茶な生成などできるわけがない。

 だが、充分だ。

「行くぞ! リーゼを助けてカーインをぶっ飛ばす。そんでもって『王国』の企みも潰してやる!」

 その言葉を号令に、俺たちは同時に大地を蹴った。


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