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シャッフルワールド!!  作者: 夙多史
第三巻
114/314

四章 聖剣と魔剣(7)

 絶望的な光景だった。

 意味がわからない。なにがどうなったら安全面の考慮された〝試合〟から、ルール無用の〝戦争〟に発展するんだよ。

 ついさっきまで幽霊のように実体が不明瞭だった組織――『王国』。それが俺たちを潰すために攻めてきた。〝軍団〟という、確立した存在となって姿を現した。

 やつらの言う『執行騎士』ってのが恐らく幹部に相当するのだろう。軍に置き換えるとしたら将軍か。俺は戦ったことがあるからわかるが、とてつもない実力者たちであることは間違いない。

 その執行騎士が四人。

 しかも、それぞれがそれぞれの部隊を率いている。

 自律的に殲滅行動を取る機械人形が五十機。返り血を浴びただけで〝影〟の浸食を受けてしまう影霊が百五十体。カーインの後ろに控える兵隊たちは知らないが、魔装騎兵団とか言ってたな。つまりあの三百人全員が〝普通ではない〟武具を装備しているのだろう。

 彼我の戦力差は、数の上だけでも軽く五倍。これを絶望的と言わずしてなんと言おうか。

 意味がわからない? 違うな。混乱して事態を呑み込めないのではない。この唐突でありえない現状を、俺は理解したくないんだ。

「おい、〝影霊女帝〟」

 姿を現してから常に沈黙していたカーインがついに口を開いた。だがその重々しい口調は俺たちにではなく、味方である望月絵理香に向けられていた。

「なにかしら、〝剣神〟?」

 お互いが二つ名で呼び合う。

「その目障りな〝穴〟を閉じろ。貴様、味方まで侵蝕する気か?」

「ふふっ、私は別にどうだっていいのだけれど」

 望月は悪魔のような姿をした異獣の肩上でクツクツと不敵に嗤う。あの悪魔異獣は、彼女の恋人の広瀬智治を食らった最上位影霊だ。恋人の命を奪った影霊を、望月は恨むどころか恋人本人だと言い張ってあのように手なずけてしまっている。厄介極まりない。

「……」

「うっ、わかったわよ。だからそんなギロギロした目で私を見ないでくれる? まったく嫌よね、異世界人は。本来この世界にあるべき存在じゃないから、この世界に寄生してる『混沌の闇』の侵蝕を受けるとすぐ死んじゃうんだもの」

 異世界人をまるで下級種族だとでも言うように嘲りつつ、望月は糸状の〝影〟で闇を零す空間の〝穴〟を全て同時に縫合する。『混沌の闇』とは他世界に根を絡ませ、その世界の情報を養分に育つ言わば『世界の種』。影魔導師には地球人しかいないなんて話を聞いたことがあるが、そういった理屈があったのか。

「〝穴〟を塞いでいただいたのはこちらとしても助かります。ですが、他の監査官はともかく私を相手にするには戦力の桁が一つ足りないのではないですか?」

 そうだ、見ただけでは絶望的だが、実際はそうじゃない。

 こちらには誘波がいる。スヴェンの操るデュラハン軍団を物ともせず斬り捨て、ここにいる以上の影霊の群れを無傷で駆逐した最強の異界監査官が。

 戦力差を見せつけられて動揺していた監査官たちが、誘波の余裕に感化されて落ち着きを取り戻していく。

 誘波に言葉をぶつけられたゼクンドゥムは、表情から色を消した。そしてなにかを思案するように瞑目し、やがてつまらなさそうに言う。

「ねえ、やっぱりもうこの茶番劇やめない? ボク飽きちゃったよ」

 なんだって?

 飽きた? 茶番劇? どういうことだ?

「なに言ってんだお前? そっちから一方的に仕掛けてきたんだろうが!」

 言動が意味不明過ぎて思わず叫んだ俺に、ゼクンドゥムは面倒そうな顔をして語る。本当に飽きてしまったという面だ。

「それがそうでもないんだよね。この大闘技場という場所は、最初から最も盛り上がる局面で戦場になるように仕組まれていたんだ。ボクたちはその提案に乗った。いや、命令を忠実に実行したと言った方がいいよね。そうでしょう?」

 ゼクンドゥムの視線が俺から別の一点にシフトする。


「ボクらの〝王様(レクス)〟――法界院誘波様」


 俺は、ゼクンドゥムが今なにを言ったのか全く理解できなかった。

「――えッ!?」

 ゼクンドゥムが、カーインが、スヴェンが、望月が、その他大勢の兵隊たちが誘波に向かって恭しく片膝をついた。ちょっと待てよ。なんだよ、それ。

「誘波殿が、『王国』のトップ……」

 セレスがありえないといった様子で呟きを漏らす。他の監査官たちにも先程以上の動揺が波及していく。

「嘘だろ、誘波? あいつらがテキトーなこと言ってるだけだろ? お前が敵のボスだなんて、そんなふざけたこと、あるわけねえよな?」

 俺の声は、自分でもわかるくらい震えていた。

 誘波は三十秒ほど無言を返した後、数歩『王国』側の方へと歩み寄り、申し訳なさそうに振り返った。

「すみません、レイちゃん」

 聞きたくない言葉。

「本当は最後まで知られずにいてほしかったのですが、ゼクンドゥムちゃんがバラしちゃった以上、仕方ありませんね」

 どうして、似合わない真面目な顔してるんだよ?

「……冗談はよせよ」

「冗談だと思いますか? まあ、思うでしょうね。ですが、『王国』という存在を異界監査局がこれまで感知することなく、存在を知っても曖昧なまま進展しなかったことに疑問を抱いたりしなかったのですか? 内部に、それもあらゆる情報を操作できる位置に、『王国』の手の者が潜んでいると少しでも考えたりはしなかったのですか?」

 それは、それだけ『王国』が上手なのだと俺は思っていた。裏切り者はスヴェンだけだと信じたかった。

「なぜだ、誘波殿。あなたはこのようなことをする者ではない。いや、それが演技だとして、このようなことをして一体なにがしたいのだ?」

 驚愕の事実を無理やり割り切って受け入れた、セレスはそんな複雑な表情をしていた。誘波はゆっくりと首を動かして一度だけ『次元の柱』を見ると、

「私を解放するためです」

 わけのわからないことを口にした。

「なにを言ってるんだ?」

「私は、この地、あの大柱に繋がれた存在です。柱が存在する限り、私に自由はないのです。〝風〟とは自由なもの。決して縛られてはいけない。私は、本物の〝風〟になりたいのです」

「待て待て! ホントになに言ってんだよ? お前に自由がないだと? ふざけんな。自由人の鑑だろうがお前は!」

「そう見えていたのは周りだけでしょうね。とにかく、レイちゃんたちにはここで死んでいただきます。異界監査官という強者の血と魂を生贄に、私はあの大柱を破壊できるだけの力を得る。この大闘技場にはそのような術式を組み込んでいるのです」

 いつものようにおっとりしていて、しかし冷徹な韻をそこに含んで誘波は断言した。俺たちに、死ね、と。

 すると――

「てめェの事情なんざ俺的に知ったことじゃあねェ」

 グレアムが唸った。

「要は、てめェ的に敵だったってことでいいんだな? あァ! 誘波! あの話はそういうことだったってわけか!」

 トンファーを握って目にも留まらぬ速さで誘波に接近したグレアムは――ブォン! トンファーが誘波に届く数ミリ寸前で突風により吹き飛ばされた。

「チッ」

 転がったグレアムは受け身を取って舌打ちする。誘波はそんな彼を見据えながら――すっ。

 ゆらりとした綺麗な動作で、俺たちに手を翳した。次の刹那、彼女の周囲で風が荒れ、俺たちに牙を向ける裂刃の颶風となる。

「今まで楽しかったですよ、グレアムちゃん。そして、レイちゃん」

 最後はにっこりと笑って、誘波は別れの言葉を紡いだ。

 その時だった。


 パリン!


 視界が、窓ガラスのように一瞬で罅割れ砕け散った。

 頭がくらっとする。この感覚、まさかあの時と同じ……?

「悪夢から覚めましたか、皆さん?」

 おっとりしていながらも真剣な声。眼前には鮮やかな十二単を纏った少女が毅然と屹立していた。

 俺たちに、預けるように背を向けて。

「誘波、お前、敵だったんじゃ……?」

「いつまで寝ぼけているのですか、レイちゃん。そんなわけないでしょう?」

 となると……俺はゼクンドゥムを睨んだ。

「やっぱり今のは、てめえの見せた夢か!」

 残念なことに、『王国』の軍団は夢じゃなかったようだ。スヴェンも望月も当然のようにそこにいて、俺たちを見てニヤついてやがる。

「その通りです、レイちゃん」

 ニコニコ笑っていた誘波の表情が、すぅと真剣な物に変わる。

 刹那、風神の怒りのごとき凄まじい裂風が『王国』側に吹き荒れた。抉られた大地が砂塵と化して巻き上がり、周囲の大気からは軋むような音が聞こえた。

 耳を劈く大勢の悲鳴。そんな彼らを、誘波は感情を消した青い瞳で睨めつける。それは誘波が初めて見せる、本気の怒り顔だった。

「私が、大好きな監査局を、レイちゃんを、皆さんを裏切るわけがありません。よくも気持ち悪い夢を見せてくれましたね。本気で潰しますよ? まあ、動機の設定は当たらずも遠からずでしたが」

 ブチ切れた誘波に顔を真っ青にするスヴェンとは違い、ゼクンドゥムは澄ました面で「キヒッ」と嫌らしく嗤う。

「あっれぇー? 面白くなかった? 変だなぁ。身近な人物が黒幕でしたって展開はボクけっこう好きなんだけどなぁ。超展開過ぎたとか?」

 ふざけ切った調子で、ゼクンドゥム。あいつは百回くらい殴らねえと気が済まないぞ。

「あァ? つまり誘波が敵っつうのはてめェ的な幻術だったわけか?」

「幻術じゃなくて夢だって何度も言ってるのに……お兄さん頭大丈夫?」

 ゼクンドゥムはげんなりと肩を落とした。グレアムを含め、混乱していた監査官たちはどうやら次第に状況を理解してきたようだ。皆が皆、白布を巻く少女を殺気立った視線で射ている。セレスだけが誘波が黒幕じゃなかったことに安堵した様子を表していた。

「それにしても、やっぱり凄いね、着物のお姉さん。ボクの夢から抜け出すだけじゃなく、他人に見せてる夢も破り捨てちゃうなんてさ。本当ならあのまま同士討ちしてくれると楽だったんだけどね」

「ゼクンドゥムちゃんの能力はとても厄介ですが、一度に見せられる夢は一つだけなのでしょう? 一人で複数の夢を同時に見ることはできませんからね。そして、自分の描いた設定を人に投影するためには特殊な『場』を形成する必要があるようです。つまり――」

 誘波が右手を振るう。瞬間、俺たちを覆うように展開されかけていた透明ななにかが斬り裂かれて消えた。

「――場を破壊してしまえばいいだけの話です」

 いや、透明ななにかと言うより、今のは空間そのものだった。虚空が紙っぺらよろしく破られ、引き裂かれ、その向こうから変わらない景色が現れたんだ。どうやらまたゼクンドゥムは俺たちを夢に誘おうとしていたらしい。全然気づかなかったぞ。

「もう夢に入る前に防がれちゃうんだ。凄い。まったくもって脱帽だね」

 ゼクンドゥムが初めて苦虫を噛み潰したような顔をし、


「流石は柱守の大精霊・・・・・・、法界院誘波だ。いや、〝風〟のシルフィードと呼んだ方がいいかな?」


 さらりと、とんでもない事実を俺たちに知らしめた。

「……そこまで知っているのですか。いえ、でなければあの夢の設定は作れませんね。『王国』とはやはり侮れません。ですが、知っててこの場所で喧嘩を売ろうなんで愚計だと思いませんか? ここだと、このように私の力は飛躍的に上昇しますので」

 ヒュオオオオオッ。

 突如、『王国』側全域に凄まじい下降気流が吹いた。超重力のごとく対象を押し潰す誘波の〈圧風(プレッシャー)〉だ。しかしこれほどの規模のものを俺はかつて見たことがない。

「皆さんに、風の加護を授けます」

『王国』軍が成すすべなく地に伏せていくのを認めつつ、誘波が言う。すると、俺の周りに微弱な大気の流れが発生した。周囲を見回すと、俺だけじゃなくここにいる約百人の監査官全員に同じ風が纏ったようだ。

 これは風の加護。彼の温泉地で『混沌の闇』の侵蝕を受けなくするために付加されたものと同じだ。――と思ったが、それだけじゃない。

 体が軽い。綿毛のようにという表現がピッタリくるくらい軽い。しかもグレアムとの試合で負った傷の痛みやらなにやらが消えている。

 この場所が誘波の力を上昇させるというのは本当らしい。前は俺とリーゼの二人しか風の加護を得られなかったし、こんなに追加効果もなかった。

 いやそれよりも――

「誘波、柱守の大精霊ってどういうことだ? これも夢なのか?」

「レイちゃん、話は後です。〈圧風〉だけで呆気なく終わるとは思えません。敵の動きに備えてくださ――ッ!?」

 忠告する誘波の肩に、後ろから白い手がポンと置かれた。

「ボクの〈白昼夢〉を破ったくらいでいい気にならないでよね」

 ゼクンドゥムだ。あいついつの間に? てか、そんな些細なことよりも重大な事実がある。

 あの誘波が、敵に触れられたってことだ。

 未だかつてグレアムしか成功しなかった光景を前に、俺たちは唖然として動けないでいる。

 そして――

「カルトゥム、やっぱり予定通りにやるしかなくなったよ。そっちは任せたから」

 そんなことを言いながら、ゼクンドゥムは小さな体で誘波をガッチリと羽交い絞めした。

「なにをする気ですかゼクンドゥムちゃん!」

「大精霊がいたら分が悪いからねぇ。お姉さんはボクの世界(ゆめ)に誘わせてもらうよ」

 誘波は風で振り払おうとするが、それよりも速く、二人の姿は空気に溶けるように消えてしまった。〈夢回廊〉、その向こう側の世界へと。

 歪んだ空間が元に戻るまでの数秒間、俺たちはただ呆然とし、誰一人として喋ることができなかった。

「……誘波が、やられた・・・・

 正確にはやられてなんていないが、この戦場から一縷の希望が退場させられたことになる。それは倒されたのと同義だ。

「嘘だろおい!? どうすんだよ!?」

「狼狽えている場合ではないぞ零児! 来るぞ!」

 緊迫したセレスの声が響く。〈圧風〉から解放された敵軍がむくむくと立ち上がっていた。戦意、闘気、殺気。それら全てが爆発的に跳ね上がり、トップを失って騒然とする監査官たちに押し寄せる。

「一時はちょっぴり焦ったけど、これで思いっ切り遊べるわね。ふふっ、ペットたちのいい運動になるわ」

 と、悪魔異獣の肩で楽しそうに足をブラブラさせる望月。彼女の周りに溢れる異形たちが一斉に唸りを上げる。

「僕としても、バージョンアップしたデュラハンの試験運用には持って来いの環境だ」

 眼鏡を持ち上げ、スヴェン。ガシャンガシャンと機械音を轟かせ、首なしの機械人形たちがそれぞれ手に持った槍を構える。

 二人の執行騎士の軍勢に挟まれる位置で整列する兵隊――魔装騎兵団。その先頭に立つカーインは殺人的に鋭い視線をギラつかせ、

「殲滅しろ」

 魔剣ディフェクトスを前方に翳し、無情にそう命令した。


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