四章 聖剣と魔剣(5)
「うォい後輩! てめェ、俺様の戦いに水差すんじゃねェぞ。俺的につまらない話になっちまうだろうがよォ。ったく、後輩なら後輩らしく、先輩の戦いをその辺で大人しく見物してろや」
「ええ!? せやけどこれチーム戦やで、グレアム先輩。ウチ、見てるだけって性に合わへんねん」
そんな遣り取りが聞こえて俺の意識は覚醒した。
医療施設内に運ばれたのかと思ったが、まだ熱気溢れる闘技場の対戦フィールドだ。俺は壁に打ちつけられたらしくへたり込んだ体勢でいる。どうやら、気絶していたのはほんの数秒だったようだな。
「痛っ……」
体の、特に腹部の痛みに堪えながら俺は立ち上がる。歓声が上がったってことは、まだ俺たちは負けてないのか?
『危なかったですねぇ、レイちゃん。カウント8でしたよ』
誘波はちゃんと十カウント取ってからジャッジしていたらしい。見れば、セレスも反対側の壁に力なく凭れたまま動かない。二人とも気絶して八カウント、本気でやばかった。
グレアムが立ち上がった俺に気づく。
「ほう、根性だけは昔と変わってねェみてェで俺的に安心したぜ。だが、てめェ一人で、しかもその体でまだ戦れんのか?」
「当然、だ」
虚勢を張ったのは見え見えだろうが、グレアムは全く気づいていない様子でクツクツと笑い――一気にテンションを跳ね上げる。
「ハッハーッ! そう来なくっちゃあ俺的に面白くねェ! さァ、待っててやるから零児的に一番強ェ武器を生成しやがれ。あるんだろ? とっておきが」
「言われなくても、もう出し惜しみはしねえよ」
俺は魔力を練り上げ、イメージを載せて右手に集中。入院中に纏めた理論と設計を、最も安定した形で使える武器として具現化させる。
右手付近が陽炎のように揺らめく。次の瞬間、そこに二メートル近い棒状の打撃武器が出現した。
「あァ?」
グレアムが怪訝そうに眉根を寄せる。
「なんだァそりゃ?」
「棍にしか見えへんけど?」
稲葉も疑問顔だな。
「おいおいおい、零児的にただの棍で楽しく戦れると思ってんのか? ……いや待て、別に俺的に面白くねェわけじゃあねェな。俺様のトンファーと似たようなもんだしよォ。零児的に使い込んでるだけあってちったァマシってことか? ところで棍とトンファーが似てるって俺的に言っちまったが、打撃武器って以外になんか似てるとこあんのか? 俺的にトンファーは――」
「グレアム先輩、独り言もええけど来るで!」
俺は棍を両手で強く握り、稲葉の声で独り言の世界から戻ってきたグレアムに向かって疾走する。
そんな俺を見て狂戦的に笑うグレアムだが、向こうから仕掛けようとはしない。俺の出方を窺ってから反撃する気だろう。全ては楽しむために。
敵との距離は目測三十メートル。そこで俺は走ることを止め、代わりにダン! と強く地面を踏みつける。その勢いに任せて体を大きく捻ると、届くはずのない棍をその場で横薙ぎに振り回した。
瞬間、棍の先端が伸びた。
「えっ!?」
驚いたのは稲葉だ。グレアムは一瞬だけ左目を見開いたが、すぐに愉快げな光を瞳に宿して垂直に跳躍する。
「ぎゃっ!?」
反応の遅れた稲葉だけが伸長した棍を横腹に受けて転がった。残念ながら意識は飛ばなかったようで、彼女はすぐさま起き上がる。
「なるほどなァ、ただの棍ってわけじゃないってか」
着地したグレアムの表情は愉快度が三割ほど増していた。
「零児的に、こういう能力武器は作れねェんじゃなかったのか?」
「俺の〈魔武具生成〉はな、構造さえ完璧に把握してれば異能をつけることだってできるんだよ。でもな、これは別に能力武器なんて大層な代物じゃない」
「あァ? なに言ってんのかよくわかんねェが、零児的に棍を伸ばしたままでいいのか? 俺的に、ぶっ壊してくれって言ってるもんだぞ?」
稲葉を打った位置で伸びたまま止まっている棍に、グレアムはトンファーを振り下ろす。武器破壊をするつもりだろうが、そうはいかない。
グレアムが叩き折ろうとした位置から先が、光の粒子となって霧散した。
「?」
スカッと空振りするグレアムに、俺は消えた部分を修繕するように棍を伸ばす。
伸長速度を利用した強烈な刺突。鉄板だって貫く自信があるね。
しかしグレアムの反射神経は神がかっていた。空振りの隙などなかったかのようにトンファーを割り込ませて防御姿勢を取る。
衝突――その直前、伸びる棍の軌道が九十度上向きに曲がった。
「おう?」
そしてさらに九十度曲がり、先端がグレアムの眉間を狙う。こいつは伸びて曲がる棍なんだよ。
確実に捉えた――と俺は確信した。が、グレアムはほぼゼロ距離からの顔面刺突を、首を逸らしただけでかわしやがった。
そして、一言。
「零児、てめェ……作り続けてるだろ」
唸るように言うグレアムに、俺は棍を元の長さと形に戻すと、
「もう気づいたのかよ……」
げんなりと溜息を吐いた。グレアムはアホだが、実戦での洞察力と直感は半端ない。口頭で説明して理解できないことを、戦いの中であっという間に看破するんだ。
「どういうことや?」
横腹を擦りながら首を傾げる稲葉。仕方ない、説明してやろう。
「こいつは棍に見えるが、実際は完全に具現化されてないんだ。魔力を常に流動させて形を固定しないようにしてる。〝不完全な生成〟とでも言えばいいかな。まあ、生成途中の武器を振り回してる感じだと思ってくれ。だからこそ、伸ばしたり曲げたりといったイメージの上書きが可能なんだよ」
もっとも、元となる形――この場合は棍だ――をあまり崩さない程度にしか変形できないけどな。つまり、棍の先端を突然刃に変えるなんて芸当はできない。それを設定する段階では武具を具現できないからだ。
ただ、この〝不完全な生成〟には致命的な弱点があるんだが――
「とりあえず、できることは伸ばす曲げる取り消すだけじゃない」
俺は棍を構え直して走り、地面に突き立て、棒高跳びの要領で高く跳躍する。
「形さえ似ていれば、部分的に巨大化させることもできるんだ!」
改めて、この武器を命名しよう。
〈魔武具生成〉――神鉄変幻棍。
西遊記の孫悟空が使う神珍鉄の棒――如意棒に因んで名づけた長さ・太さ・向きを自在に変化することのできる棍が、普通の何十倍もの巨大さになってグレアムと稲葉を押し潰さんと迫る。ただ、全体が巨大化しているわけじゃない。伸ばした棍の先端が一番太いという円錐形をしており、俺の手元は普通に握れるサイズだ。以前スヴェン戦で生成した偽グングニルみたいに、握れなくて消滅することはない。
ズドン! と、まるで旅客機でも墜落したかのような衝撃音が木霊する。
爆発的に土煙が舞い上がる中、着地した俺は確かな手応えを感じていた。
でもそれは、敵を倒したという手応えではない。
「楽しい、俺的にこんなに楽しい時間は久々だなァ。ハッハァーッ!」
高揚し切った笑い声。次の瞬間、トン単位で重さがありそうな巨大棍が僅かに持ち上がり、一息に跳ね返された。
俺は神鉄変幻棍をデフォルトの太さと長さに戻す。同時に土煙が風に流れ、マロンクリーム色の髪をした作業着男と、赤いジャージ少女が変わらぬ姿でそこに現れる。
俺が感じていた手応えは、防がれた手応え。
「黄雷装纏――」
瞬発力を強化する黄色い雷を全身に纏った稲葉が一鼓動のうちに俺に肉迫する。
「今のはビビったわぁ、白峰先輩。あんなんもできるんやな」
ぎゅっと握られた拳が切迫の勢いを乗せて振るわれる。
「――瞬神剛破!」
速い。が、グレアムほどじゃない!
顔面を狙った黄雷纏う拳を寸でのところでかわし、俺は片足を軸として回転。気絶目的で棍を稲葉の後頭部に叩きつける。
が、それをグレアムがトンファーで庇うように防御した。
「俺的に楽しくなってるところに出しゃばるな後輩! 零児は俺様の獲物だ。そうだろう?」
「俺に同意を求めるな!」
グレアムの重過ぎる一撃を変幻棍で防ぐ。やはりその衝撃には踏ん張りも利かず、俺は後方に吹っ飛ばされた。変幻棍も打たれた部分からポッキリ折れる。
でもそれは別にいい。自在に伸ばせて自在に消せるってことは、新しく生成するよりも速く復元できるってことだからな。
体勢を立て直し、壊された部分を修繕した棍をグレアムに向けて伸ばす。
だが、そこまでだった。
「くそっ、尽きたか」
フッ、と伸びていた変幻棍が消滅する。すると、グレアムの楽しそうな顔が歪んだ。
「おいおい、零児的にまさか魔力が尽きたんじゃねェだろうな? そんなつまんねェ話はなしだぜ」
残念ながらその通り。俺の蓄えてる魔力が空になったんだ。不完全なだけに、通常の生成と違って魔力の流動がなくなれば武具も消えるんだよ。
と言っても、そいつは大した欠点ではない。
武具を〝不完全な生成〟で留め続けることにも精神を磨り減らすが、一番の欠点は魔力の消費が著しいこと。常に魔力を放出しているのだから当然だ。シンプルな形状の棍でなかったら、戦闘に使えるほどの時間内で具現を維持できない。リーゼから莫大な魔力を定期的に〈吸力〉している現状でさえそれなのだ。
だからできれば最後の最後まで使いたくなかった。欠点は入院してる時にマッチ棒くらいの棍で練習してわかったんだが、やはりリスクが大き過ぎる。
しかし、問題はない。予定通りだ。
「ああ、確かに魔力は尽きた。でも、準備は整った」
「あァ?」
「白峰先輩、なに言ってんねん? 魔力なしでどう戦うんや?」
「なぜ俺が、わざわざ見せつけるように戦ってたと思う? 不利になるのに能力の説明をしたと思う?」
投げかけた意味深な問いに、グレアムも稲葉も頭上に『?』を浮かべる。
「時間稼ぎだよ。なあ――」
流石にグレアムもこのタイミングで攻撃しないだろうと踏み、俺は視線を二人から逸らす。
「セレス」
俺の視線の先に堂々と屹立していたのは、煌めく銀髪の女騎士――セレスティナ・ラハイアン・フェンサリルだった。彼女は凛々しい翠眼に強い意思を宿し、両手持ちした光纏う超長剣を、剣尖を下に向けて頭上に掲げる。
「我刻むは光牙の聖痕、白き意思、正の理を持ちて、天地に蔓延る邪を祓え」
セレスはまるで魔法の呪文のような文言を唱え、
「聖剣術――浄魔光爆陣!!」
聖剣ラハイアンを、地面に深々と突き刺した。
瞬間、対戦フィールドに異変が生じる。
「――ッ!?」
稲葉が驚駭する。無理もない。あちこちの地面に刻まれていた戦いの傷跡から、淡い白光が漏れ始めたのだ。光は傷跡から傷跡へ連結し、一つの巨大な『式』を成していく。
そこまでの流れは、本当に一瞬の出来事だった。
なにかを言う暇なんてない。無論、悲鳴すら上げられない。
大闘技場対戦フィールドの二分の一を占める光陣から、一条の光の柱が立ち昇った。
それはグレアムと稲葉を呑み込み、上空に漂っていた白雲を払い除けて天を衝く。俺はギリギリ巻き込まれない位置に立っていたからセーフ。
白く美しい光の柱を眺めながら、俺は昨晩の打ち合わせを思い出す。
「聖剣術?」
「そうだ。戦闘における聖剣の力は大きく分けて二つある。一つは聖剣技と呼ばれる、発動に準備を必要としない剣技だ」
「あの光弾とか光の渦とかだろ?」
「うむ、小規模な戦闘ならそれらだけで事足りる。だが、聖剣術は中・大規模戦において敵を一掃するための技であり、発動に準備と聖言が必要になるのだ。この前の温泉地で私が零児たちに光を届けただろう? あれが聖剣術だ」
「いやちょっと待て! あんなのをグレアム一人に使うってのか?」
「ああ、そのくらいしないとあの者は倒れないだろう」
「グレアムはいいとしても、稲葉もいるんだぞ? もし巻き込んだらやばいんじゃないか?」
「そこは加減する。それでもかなりのダメージを期待できるはずだ」
「ていうかセレス、あの後ぶっ倒れたんじゃないのか? そんなの使って大丈夫なのかよ」
「そこもちゃんと加減する。だから心配するな、零児」
「……わかった。セレスを信じるよ。それで、準備ってのはなにをすりゃいいんだ?」
「使う聖剣術にもよるが、主に聖剣でつけた傷――聖痕が必要になる。それを二人に気づかれないように、できるだけ多く地面に刻んでおきたい」
「あー……じゃあ、こうしよう。俺がグレアムをどうにか引きつけるから、セレスは稲葉を狙え。稲葉も決して弱いわけじゃないが、グレアム相手よりはまだ刻める余裕があるだろ」
「しかしそれでは、零児が瞬殺されるのでは?」
「……そこは信じてください」
「不安だが、仕方ないか」
「あとそうだ、たぶんそんなにうまく事は運ばないと思うから、もし俺が棍を生成したら一気に作業に取り掛かってくれ」
「? どういうことだ?」
「グレアムも稲葉も、俺に釘づけになるってことだ」
「む? よくわからんが、了解した」
正直、セレスがコソコソしてたら流石に気づくんじゃないかと思ってたが……二人ともアホで助かった。セレスも見つからないように上手く死角をついて動いてたみたいだしな。
「零児、よく持ち堪えた。成功だ」
セレスが屈託のない笑顔を見せて駆け寄ってくる。聖剣術はまだ発動しているのに、術者が動いてもいいのか?
「成功したのはいいが、俺の魔力が空っぽだ。決勝どうすりゃいいんだろうね。リーゼから〈吸力〉することはできそうにないし」
「私が魔力とやらを持っていればよかったのだが……」
魔剣はどうか知らないが、聖剣は持ち主の精神力で制御する。セレスの異能は剣にあるわけで、魔力によるものではないのだ。
「まあ、決勝は午後からだし、それまでにどうにか補給すればい――」
「惜しい、俺的に惜しい話だ」
光柱の中から響いた声は、完全に勝った気でいた俺らの希望を打ち砕くには充分な威力だった。
「……は、はは……冗談はやめろよ。なんでまだ立てるんだよ」
徐々に直径を狭めていく光の柱。そこから、作業着が焼け落ちてほとんど半裸状態になったグレアムが気絶した稲葉を抱えて歩み出てきた。
「今のはちったァ痛かったぜ。ハハハ、いいじゃねェか。なかなかに面白かった。こんな面白ェもんが見れたってことは、後ろでちまちまやってた嬢ちゃんを放っといて正解だったわけだ」
狂喜。やつの顔に浮かび上がっている感情はそれしかなかった。こいつ、やっぱり気づいてて無視してたのかよ。
「でもなァ、俺様を倒すにはちょっとばかし火力が足りなかったなァ。ま、そこについて本気出せたァ言わねェさ。あれ以上威力上げちまったら、こいつがくたばることになってたしよ」
「はうぅ」
グレアムはグロッキー状態の稲葉を乱雑に放る。なにも知らなければ味方を盾にした最低野郎に見えるが、稲葉の服があまり焼けてないところを考えると、たぶん庇ったのはグレアムの方だ。
それでいて、やつはしっかりと地に足をつけて立っている。もう『化け物』という言葉じゃ表現し切れねえぞ。
「さァ、俺ら的に第二ラウンドと行こうぜェ!」
楽しそうに、愉しそうにトンファーを構えるグレアム。セレスも聖剣を握り直し、俺は武器がないからあまり得意じゃない拳を使うしかない。
もはや勝てる気がしない。それでも、やれるだけやってやる!
俺がやけくそ気味に覚悟を決めたその時だった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!
「「「!?」」」
大地が、いや、空間全体が大きく揺らいだ。
俺はバランスを崩して転びそうになるのを必死に堪える。観客たちから悲鳴が上がる。この普通の地震とは異なる感覚、間違いない。
「な、歪震だと!?」
急激に次空が大きく歪み、〝元へ戻ろうとする力〟が働くことで生じる空間振動。なんでそれが今、この場所で起きるんだよ!
気づかないくらいの小さな歪震なら珍しくもない。だが、こんな何十秒も続く揺れはただ事じゃないぞ。
揺れが収まるまで約一分。感覚的には十分は揺れてた気分だった。
しかし、異変はそれだけではなかった。
「なんだ、アレは……」
セレスの震える声。瞠目する彼女は首を僅かに後ろにもたげて斜め上空を見上げている。
俺もセレスに倣って視線を上方に向け――
「――ッ!?」
そして、言葉を失った。
大闘技場より少し外れた位置の空間一面が、陽炎のように揺らめいていたからだ。
アレはたぶん、『次元の門』とは違う。よく観察すれば歪みは円筒形を成しているようだとわかる。それが、まるで軌道エレベーターのように天空へと続いている。
柱。
見た目の印象を表すなら、それが妥当か。
唐突過ぎてわけがわからない。なんなんだよこの状況は!
『それは本当ですか!』
マイクがオンになったままなのだろう、実況席から誘波の驚き声が大闘技場内に響いた。
『困りましたね。私としたことが、そこを計算にいれてませんでした』
誘波はおっとりした口調でなにやらを呟いているが、そこには明らかに焦燥の色が含まれている。
「誘波! 一体なにが起こってんだよ!」
『あっ、レイちゃん、聞こえてましたか。えーとですね、最悪の事態です』
「だからなんだよ、最悪の事態ってのは?」
『医療施設が何者かに襲撃され、リーゼちゃんが攫われたようです』
……。
…………は?
リーゼが、攫われた……?
誰に?
いや待てよ、人為的に歪震を引き起こし、リーゼを狙っている連中には心当たりがある。
「――キヒッ」




