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シャッフルワールド!!  作者: 夙多史
第三巻
100/314

三章 監査官対抗戦・本選(3)

 案の定、郷野は尾行してきた。

 だが、相手が悪いな。監査官の中でも特に他人の気配に神経質な俺を相手にするべきじゃなかった。(超人化さえしてなければ)一般人を巻くくらい造作もない。建物の角を曲がった瞬間にダッシュして視界から消えてやったさ。

 そんなちょっとしたトラブルを乗り越えて大学部の一号館にある昨日の真っ白な部屋に辿り着くと、既に予選通過者の面々が顔を揃えていた。

 リーゼとレランジェ、グレアムと稲葉、本局組もちゃんといるな。俺が警戒することにした赤毛の女影魔導師も……相棒のロボットの足下で風船ガムを膨らませている。というか、あのロボットはどうやってこの部屋に出入りしてるんだ?

 本当なら迫間と四条に二人を倒したチームのことを訊くはずだったのだが、あいつらは思ったよりも重傷だったらしく未だに意識が戻っていない。普通そこまでするか? 対抗戦は社内イベントみたいなもんだから仇討ちなんて大人げないと思ってたが、ちょいとイラッときたぞ。

 しん。

 室内はこれだけ人がいるのに、嘘みたいに静まり返っている。空気が張り詰め過ぎていて、針一本あれば簡単に部屋が破裂しそうだ。

 本選開始二十分前。

「……時間だな」

 俺が呟いた次の瞬間、ビュワッといつものように風が舞い、日本異界監査局本局長――法界院誘波が鮮やかな十二単をはためかせて現れた。もっと普通に登場できんのかねこいつは。

「皆さんちゃんと集まっていますねぇ」

 ニコニコとこの場の空気にそぐわない笑顔を浮かべている誘波は……なんだアレ? 手にビックリ箱みたいな四角い青色の箱を持ってるぞ。

「では時間もないことですし、前置きはなしで早速対戦順を決めるくじ引きを行いたいと思います」

 そう言って、誘波は箱の丸い穴が開いた面を見せた。

「古っ!?」

 なんてアナログ! 監査局の超技術ならもっとマシでハイテクな方法があってもよくね? ――いやこれは誘波の趣味か? なら納得だ。

「レイちゃんが失礼なこと考えているようなので説明しますと、公平を期すためにわざと古めかしい方法を選択したのです。本局側のコンピュータでランダムに対戦順を決めてもいいのですが、それでもし本局チームに都合のいい組み合わせになった場合、不正だと疑いを抱く方も出てくるはずです。だから皆さんに直接くじを引いてもらうことにしました。まあ、半分は私の趣味ですけどねぇ」

 やっぱりか。相変わらず期待を悪い意味で裏切らないやつだな。

「俺ら的に、引く順番はどうなってんだ?」

 訊ねるグレアムは、既に戦いたくてしょうがないって感じにうずうずしてるな。対抗戦に参加するもっともらしい理由は思いついたんだろうか?

「そうですねぇ。やはり、予選のゴール順がいいかと思います」

 あっ、と俺は誰にも聞こえない程度に声を漏らした。

 ゴール順、誘波に訊けば一発でわかったんじゃないか。アホか俺は。

「(零児、漣殿と瑠美奈殿を倒したチームなんだが、誘波殿に訊けばよかったのではないか?)」

 俺と同じ考えに至ったセレスが囁いた。

「(後の祭り、いや、結果オーライってとこだな)」

 このくじ引きでそいつらが判明するんだ。さて、迫間たちの仇はどこのどいつらかな?

「んじゃあ、まずは俺様からだな」

 予選突破第一位チームを代表し、グレアムが箱の中に手を突っ込む。そして特に選ぶ風な様子も見せずにすぐ引き抜いた。

 その手にはビリヤードの玉みたいな数字の書かれた球体が握られている。

「『3』だ。俺的にいい感じの数字じゃねェか。『3』っていやァやっぱアレだ。ウルトラ的な巨人が変身してられる微妙な数字だな。あと『3』がついたらアホになるってホントか? そういやァ、トランプの大富豪で一番弱ェ数字も『3』だったな。……ん? 俺的に『3』ってあまり面白くねェ話だと今気づいたぜ。おい誘波、『A』に変えろ!」

「残念ながらそんな記号はありませんよぅ。今回はボケを自重しているのです」

 自重してなかったらやってたのかよ、というツッコミが喉まで出かけたけど飲み込んだ。

「なんだと? じゃあ『JOKER』でいい」

「もっとないですね。トランプから離れてください、グレアムちゃん。それと言う必要もないと思っていましたが、一度引いたらやり直しは利きませんよ」

 ブン。部屋の奥の壁から、昔のテレビのスイッチを入れたような音がした。

 そちらを見ると、トーナメントの対戦表が映し出されていた。プロジェクターを使ったわけじゃない。壁全体が液晶テレビの画面みたいになってやがる。なんだこの部屋?

 画面では群青色の背景に白い線がピラミッド状に連結している。その最下層の三番目には白い文字で、


 グレアム・ザトペック

 稲葉レト


 とチームメンバーの名前がテカテカと輝いていた。

「うふふ、実はこのボールを箱の外に出した時点で、書かれてある番号にチームが登録される仕組みになっているのです。どのチームの誰がくじを引いたのかも、ボールの方で検知して情報を送信しています」

 なにやら自慢げに胸を張って語る誘波。やっぱり監査局は無駄にハイテクだった。

 しかし、誰にも驚きがない。普通に考えて〈現の幻想〉やその他諸々の方が何億倍も『凄い技術』だからな。一番はしゃぎそうだったリーゼに至っては、赤毛の女影魔導師の相棒たるロボットをチラチラと気にしていてそれどころじゃなさそうだ。スヴェンの時もそうだったが、リーゼはああいうのが好きらしいな。

「むぅ、反応が皆無で面白くありませんね」

 誘波は頬を膨らまして唇を尖らすという器用なマネをし、

「では二番目にゴールした第六支局代表のルノードちゃんとラシュリーちゃん、くじを引いてください」

 薔薇服の優男と三つ目女が誘波の前に出た。この美男美女カップルが二番手か。男がルノードで女がラシュリーという名前らしい。ラシュリーは昨日と同じく両目を閉じ、額にある第三の目だけで視覚情報を得ているようだ。視力に障害でもあるんだろうか?

「僕が引くよ、ラシュリー」

「……了解」

 粘っこい笑みを浮かべるルノードが引いた番号は――『5』。壁に映ったトーナメント表の五番目に二人の名前が表示される。

 続いて三番目にゴールしたチームが呼ばれる。第十一支局。包帯マジシャンと、昨日グレアムに片手で捻り倒された六本腕の巨漢のチームだった。名前は包帯マジシャンの方がハイカル・アズミ、六本腕の巨漢はパクダ・カットゥヤーヤナ。なに人だよ。……異世界人か。

 巨体のパクダでは手が箱の穴に入らないので、必然的にハイカルが番号ボールを抜き取る。

『4』だった。

 一回戦目で因縁のグレアムと当たることになったな。

「潰しちゃる」

 くじを引き終わった去り際に、パクダはグレアムの前に仁王立ちして怨嗟の声をぶつけた。もしかして本当に超能力使って確率操作したわけじゃないよね? できそうだから怖い。

 パクダの宣戦布告を受け取ったグレアムは――ニタァ。

「おいおい、俺的に燃えてきたぞ。楽しい。実に俺的に楽しい。たった一言で俺様を熱くさせるなんててめェは天才か? こんなに俺様を燃え上がらせてどうする気だ? 今度は逆立ちするだけじゃァ済まなくなるぜ?」

「この小童ッ……」

 パクダの角の生えた頭に浮かび上がった青筋が怒りマークを作る。だが、今回は相棒に包帯の隙間から覗く視線で諌められ、しぶしぶと身を引いた。

「続いて四位。第二十八支局代表のリャンシャオちゃんとチェンフェンちゃんですねぇ」

「アイさぁ!」

「一番を引くアル!」

 元気よく前に飛び出したのは、狐耳チャイナドレスの双子だった。俺とそう変わらない年頃の少女たちは、毛並のよさそうな黄金色の尻尾をフリフリさせ、二人同時にくじを引こうとして――そりゃ衝突するよね。

「ちょっと待つネ、チェンフェン。ここはお姉ちゃんに任せるアル」

「リャンシャオこそ、お姉ちゃんなら妹に譲るべきネ」

 三つ編みポニテが姉のリャンシャオで、三つ編みツインテが妹のチェンフェン。中国人っぽい響きの名前だ。もしかするとハーフなのかもな。髪は黒だけど耳と尻尾は金色だし。

 結局ジャンケンで決着をつけ、妹のチェンフェンが引いた番号は『2』だった。

「さくさく行きましょう。時間があまりありませんからね」

「だったらこんなギリギリじゃなく昨日の内にやっとけよ」

「大人の事情というものがあるのですよ、レイちゃん」

 どんな事情だ。システムの調整でもやってたのか?

「では次は――」

 と誘波が五番手のチームを呼ぼうとしたところで、

「イザナミ! わたしも早くそれやりたい! 次やらせて!」

 わがままリーゼがずかずかと前に出てきた。お前な、ちゃんと順番守れよ。最後だから引く必要ないけれども。

「弁えろ、〝魔帝〟リーゼロッテ」

 セレスが咎めるも、待つことすなわち退屈が大嫌いなリーゼはもう我慢ならんらしい。子供っぽく眉根を吊り上げて――ビシッ。俺とセレスを力強く指差した。

「わたしは、早くお前たちを燃やしたいのよ! そして騎士崩れ、お前からわたしのレージを取り返すんだから!」

 ま、また危険発言が。ここが教室じゃなくてよかったぜ。

「零児は私のパートナーだ。〝魔帝〟リーゼロッテ、貴様ではなく私を選んだのだ」

「お前とは絶対に決着をつけてやるわ」

「面白い。望むところだ」

「はいはい、そこまでにしてくださいねぇ。開始時間が遅れると私がお客さんに怒られるんですよぅ」

 パンパンと手を叩いて誘波が口喧嘩を鎮める。こいつがこんな役をするなんてどういう風の吹き回しだ。風使いなだけに。

「実はあまり面白いことは言えてないって気づいてますか、レイちゃん?」

「心を読むな!」

 このアマの読心術も相当なもんになってきたな。

「リーゼちゃん、これはゴールした順番でやっているのです。あと少しですから、我慢してくださいね」

 ニコニコ顔の誘波は顔の横で人差し指を立て、お姉さんみたいな優しく包み込むような口調でそう言った。だが――

「あと少しって、どのくらい?」

「それは……」

 ああ、そうか。リーゼはあの時どこぞのスライムのせいでダウンしてたから知らないんだ。自分が最後だってことを。誘波も珍しく困った顔してるな。写メ撮っとこうか。

「先に引かせてやんな」

 と、リーゼを助太刀する発言が飛んできた。そのスケバンを彷彿とさせる鋭利な声音の発生源は、意外なことに赤毛の女影魔導師だった。

「そういうのは、やりたいやつがやりゃいいんだ。オレは別にどうでもいい」

 男口調の女影魔導師は、刃物のように鋭い目つきで相棒のロボット――の胸部にあるコックピットを見上げた。そこには誰が見たって立派な赤ちゃんが操縦桿(?)を握っている。

「ヴィルゲルム、てめえはどうだ?」

 ヴィルゲルム!? なにそのものごっつい名前!? ロボットだよね? 赤ちゃんじゃなくてロボットの名前だよね?

『イエス。先に引くほどメリットがあるならば話は別ですが、今回はそのような要素は見当たりません。よって、私がホーネッカー氏の意見に反論する理由はないでしょう。順序の割り込みを許可します』

 知的!? あの赤ちゃんめっちゃ知的なボイスをスピーカーから出したぞ!? ロボットの手でエアメガネをくいくいさせてるとこだけがアホらしいけど。

「あんたらはどうだ?」

 ホーネッカーと呼ばれた赤毛の女影魔導師が、俺たちと、漆黒鎧の騎士と布巻き少女に水を向ける。

「構わん」と漆黒鎧の騎士。

「いいんじゃない?」と布巻き少女。

 俺もリーゼの社会常識が欠如してる点はともかく、順番を抜かれることに関しては端から文句なんてない。寧ろ引かなくてよくなるから面倒なことしなくてラッキーとさえ思えるね。

「セレスもいいだろ?」

「好きにしろ。ここで私だけ反論したら、悪者みたいになる」

 セレスは拗ねたように顔を逸らした。既に引いたチームは興味なんてないだろうし、満場一致だな。

「マスターがご迷惑をかけて申し訳ありません。謝罪安定です」

 ペコリと丁寧にレランジェがマスターの代わりに頭を下げる。こいつは困ったことに俺以外には礼儀正しいんだよ。

「ほら、リーゼも礼くらい言えよ」

 そう俺が注意するも、

「ふん、〝魔帝〟で最強のわたしに譲るのは当然よ」

 と返ってくる。予想通り過ぎて怒る気も失せてきた。

「本当によろしいのですね、ウェルシーちゃん」

 誘波が確認を取る。赤毛の女影魔導師の本名はウェルシー・ホーネッカーというらしい。

「みんないいっつってんだ。時間がねえんだからさっさと進めろ、誘波」

「それもそうですね」誘波は箱をリーゼに差し出しつつ、「ところでクロちゃんは元気にしてますか?」

「オレが知るわけねえだろ! 鷹羽のクソ野郎のことなんざ!」

「でも兄妹弟子だったのでしょう?」

 鷹羽の兄妹弟子? マジか。あの口の悪さをどこかで聞いたと思ってたら、妙に納得しちまった。

「だいたい、オレはあいつと反りが合わなかったから連盟辞めて監査官になってんだ。嫌なこと思い出させんな!」

 鷹羽が彼女になにをしたのかは知らんが、相当恨まれてるな。だから鷹羽の弟子である迫間と四条を過剰にボコッたとか? リーゼのわがままを聞いてくれたから悪いやつではないと思うけど。

「チッ、胸糞悪い。ちょっと外の空気吸ってくる」

「くじ引きはどうするのですか? ヴィルゲルムちゃんでは引けませんよ」

 ロボットでは穴に手が入らない。中の赤ちゃんだと箱の大きさ的に玉に手が届かない。

「最後に残ったやつでいい。オレたちの対戦順が回ってきたら呼べ」

 吐き捨てるように言い残し、ウェルシーは大鎌を肩に担いだまま退出してしまった。どこが反りが合わない、だ。鷹羽にそっくりじゃないか。

「仕方ありませんね。リーゼちゃん、何番でしたか?」

「『6』よ」

 リーゼは数字の書かれたボールを誘波に見せた。『6』ってことは……俺はトーナメント表に注目する。薔薇服の優男と三つ目女――第六支局代表のルノード&ラシュリーと対戦だ。

「よろしく、可愛らしいおチビちゃん」

「……ルノード、失礼」

「ん~、僕としては誉めたつもりなんだけど」

 粘い韻を含む口調のルノードと、やはり両瞼は閉じられたままのラシュリーに、リーゼはふんと鼻息を鳴らしただけで眼中にないことをアピールした。

 赤毛の女影魔導師――ウェルシー・ホーネッカーがへそを曲げてくじ引きを放棄したから、残るは俺たちとそこのあべこべチームだけだ。

「第四十四支局代表、カルトゥムちゃんとゼクンドゥムちゃん。くじを引いてください」

 漆黒鎧の騎士がカルトゥム、布巻き少女がゼクンドゥムというらしい。こっちの少女もごっつい名前だな。流行ってんのかそういうの。

「カルトゥム、籠手を嵌めてちゃ引けないだろ? ボクがやっとくよ」

 ボク? 実は少年だったってオチか? いや、小柄で幼児体型だけどあの体のラインはたぶん女だ。ボクっ娘ってやつだな。よく知らんけど。

 そいつらの引いた番号は『8』。続いて俺の引いた番号が『1』だったから、自動的にウェルシーとヴィルゲルムは『7』となる。

 そういや順位があやふやになったな。

 一応訊いとくか。

「なあ、誘波。あのウェルシーってやつの順位は結局何位だったんだ?」

 誘波はなんでそんなことを訊くんだという風に訝しげに首を傾げ、答える。


「ウェルシーちゃんとヴィルゲルムちゃんは――五位、ですね」


 ……へ?

 俺は反射的にあべこべチームを見た。

 その瞬間、部屋の床全体を覆うほどの青い魔法陣が展開される。

「時間ですので、皆さんを一気に大闘技場までご案内します。ウェルシーちゃんはどうせ午後からですので放っておきましょう」

 俺たちの体が魔法陣の輝きに包まれる。途端、またあの無重力空間に投げ出されたかのような感覚。……うっ、やっぱりこれ酔うわ。

 誰が迫間と四条を倒したかなんてことはもう置いておこう。

 ここからは、自分たちの戦いに集中だ。


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