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死に戻りハンターの英雄譚〜「ロード」であらゆるジョブを手にした俺はいつの間にか人類最後の希望になっていました  作者: ころん


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第6話 数値の暴力

視界が反転し、天井だと思っていた場所が床になった。平衡感覚が消え、冷たい泥の底に沈んでいくような浮遊感だけが残る。

 痛みはなかった。直前まで全身を駆け巡っていた背骨が砕け内臓が破裂する激痛は嘘のように消え去り、あるのは絶対的な無と、暗闇の中に浮かぶ青白い光だけだった。


 三度目の死だ。一度目は研修ゲートで首を噛まれ、二度目は封鎖ゲートで同じように首を砕かれ、三度目は守護者の戦斧に叩き潰された。


 死に方だけバリエーションが増えていく。慣れるかと聞かれれば、絶対に慣れない。

 死の瞬間の記憶は上書きされるのではなく蓄積されていくようで、身体の芯に冷たい堆積物が層をなして積み重なっていく感覚がある。


【死亡ログ】

原因:圧殺 部位:全身粉砕(即死)


【ラン終了】総合評価:C

討伐成果:あり(異界獣・装甲種/二頭型)※ランク格差討伐 特大評価

死亡要因:パーティによる囮指定(裏切り)


【獲得報酬】経験値:+4,500 コイン:+3,000

【レベルアップ:Lv2 → Lv10】基礎身体能力が大幅に向上しました

コイン残高:3,070


 レベルが上がった。ファンファーレはない。代わりに、身体の奥底で何かが書き換わる乾いた音がした。

 骨の芯が軋み、筋繊維が引き伸ばされ、神経の配線が組み替えられていくような感覚。魂の器を無理やりこじ開けて、焼けるような力が注ぎ込まれていく。


 改造されている。僕の意思とは無関係に、身体が作り替えられている。


 悔しい。怖い。痛い。潰された感覚がまだ消えない。戦斧が降ってきた瞬間の、世界が圧縮される感触。

 それと同時に、三浦の叫び声が耳の奥に残っている。「朝霧くん! 朝霧くん!」。あの声を振り切って死んだのだ。


 そして二階堂の笑い顔。梶が投げた小瓶。ユリの金髪が揺れて遠ざかっていく後ろ姿。


 力が要る。復讐したいとか、そんな高尚なものじゃない。あんなクズたちに笑われて使い捨てられて死ぬのは、絶対に嫌だった。このまま終わるのは嫌だ。三浦を置き去りにしたまま終わるのは、もっと嫌だ。


【交換可能なジョブ/スキル】

・ジョブ「見習い盗賊」:消費150C <補正:敏捷小UP/スキル:気配遮断Lv1>

・スキル「投擲Lv1」:消費50C

・スキル「構造看破」:消費1,500C ※装甲種撃破により解放

 <対象の重心、装甲の継ぎ目、可動域の隙間を視覚的に強調する>


 「構造看破」の説明文に目が吸い寄せられた。装甲種との戦いで、鉄パイプを装甲の継ぎ目に突き込んだ時の感触が蘇る。あの「ここを突けば壊せる」という直感を、スキルとして固定化するものらしい。

 さらに敵に気づかれず接近するための盗賊の隠密性と、物体を正確に投げるための投擲。全部要る。


【ジョブ「見習い盗賊」を獲得】【スキル「構造看破」「投擲Lv1」を習得】


 取得した瞬間、ログが激しく点滅してノイズのような音が脳の中を走った。今までにない反応だ。


――適性を確認。既存ジョブ【見習い走者】+新規ジョブ【見習い盗賊】

統合条件:敏捷値要件をクリア。ジョブ統合を開始します……

【ジョブランクアップ】上位ジョブ【暗殺者アサシン】へ昇格

<補正:敏捷大UP/致命撃率大UP><固有スキル:急所特効>

残高:1,370コイン


 走者と盗賊。逃げ足の速さと気配を消す隠密性。その二つの下級職が溶け合い、新たな上位職を形作った。下級だと思われていた技術が組み合わさって、殺しに特化したジョブへと変貌したのだ。


 データが身体に馴染んでいく感覚は、レベルアップの時とは質が違った。

 骨格や筋肉が変わるのではなく、脳の中に新しい回路が敷設されていく。どこを突けば生物は死ぬのか。どう歩けば音が出ないのか。どの角度から刃を入れれば最も少ない力で最も深く届くのか。それらが知識ではなく本能として焼きついていく。


 目を閉じると、人体の急所が赤い点の集合として瞼の裏に浮かんだ。自分の身体ではない誰かの身体が、解体図のように展開されている。

 気持ちが悪い。自分が自分でなくなっていくようで、吐き気がする。でも弱いまま死ぬよりはずっといい。弱いまま三浦を見殺しにするよりは、ずっと。


再挑戦ロードしますか?】


 僕は心の中で「YES」を選んだ。

 戻る。もう二度と、あんな死に方はしない。あんな死なせ方もしない。





 跳ね起きた瞬間、胃の中身が逆流した。


 アスファルトに手をつき、激しく嘔吐する。朝食のパンと胃液が混じった酸っぱい液体が地面に広がった。

 身体中の骨が砕かれて内臓が飛び散る感触が、皮膚の下で幻痛として暴れている。腕を見る。繋がっている。足を見る。ある。腹を触る。内臓が詰まっている。全部揃っている。なのに身体が信じない。脳が「お前はバラバラだ」と叫んでいる。


「おい、汚ねえな! 何やってんだお前!」


 頭上から梶の声。見上げると、さっきまで僕に誘引剤を投げつけて笑っていた男が、顔をしかめて立っていた。場所は地下鉄A駅の3番出口前。時間は午前九時。

 全部が巻き戻っている。


「いきなり座り込んで吐きやがって。体調管理もできねえのか? これだからランク11は……」


「ランク11じゃなくて12っしょ。一緒にしたら可哀想じゃん」


「ギャハハ、どっちもゴミだわ」


 手が震えている。この手は数時間後の未来で、あの三人に裏切られ、守護者に叩き潰されて死んだ手だ。殴りかかりたい衝動と恐怖が腹の底でせめぎ合って、指先が痺れていた。

 暗殺者の力を得ても、死の記憶は消えない。三度分の死が、脊髄の奥にべったりと張りついている。


「……すみません。緊張してて」


 口元を拭いながら立ち上がる。

 今はまだ牙を隠せ。従順なフリをしろ。お前が何を知っているか、何ができるか、悟らせるな。そう自分に言い聞かせるのが精一杯だった。


 隣で、三浦が心配そうに僕の背中をさすってくれていた。冷えた手のひらが背中のシャツ越しに伝わってくる。


「朝霧くん、大丈夫……? 顔色が真っ青だよ。無理しないほうが……」


「……ありがとう、三浦くん。平気だよ」


 平気なわけがない。でも、この男の前では崩れたくなかった。今回は死なせない。絶対に。




 D級ゲート「腐敗水路」。同じカビと汚水の臭い、同じ薄暗い通路。足元の汚水の温度まで同じだった。


 デジャヴではない。正確な再現だ。世界は寸分の狂いもなく同じ道筋をたどろうとしている。違うのは僕だけだ。


 足音を立てずに歩くことが、呼吸をするように自然に行えた。気配遮断の効果だ。意識するまでもなく、足が地面を踏む角度と圧力を自動調整して、音を殺している。

 そして二階堂たちの背中を見ると、鎧の隙間や首筋、膝の裏に赤いラインがぼんやりと浮かんで見えた。


 構造看破。人間の弱点が、見える。あの三人の急所が、赤い光の点として服の上から透けている。殺そうと思えば殺せる。その事実が、胸の中で重く沈んでいた。


 水路を進む。最初のポイント――曲がり角。前回はここで僕が叫んで二階堂を助けた。今回は黙っている。

 水面が爆発してスラッジ・リーチが飛び出し、二階堂が「うわっ!?」と間抜けな声を上げて尻餅をつくところまで、前回と寸分違わぬ光景が再生された。触手が肩を直撃し、プレートアーマーがひしゃげて二階堂が悲鳴を上げる。


「はぁ、はぁ……おいテメェら! なんでボーッとしてやがる! 荷物持ちなら盾になれよ!」


「すみません……足がすくんで」


 僕は俯いて謝った。顔を上げたら目の温度でバレてしまう。

 心臓は静かだった。さっきまで暴れていた鼓動が、不思議なほど落ち着いている。これが暗殺者の精神補正なのか、それとも怒りが恐怖を塗り潰しているのか、自分でも分からなかった。





 そして運命の場所に辿り着いた。髑髏のマークが刻まれた鉄扉。錆びた表面の爪痕。扉の向こうの熱気。全部知っている。全部覚えている。

 この先で僕は死んだ。


「おっ……レアエリアだ! 今日はツイてるぜ! おい、お前ら。開けてこい」


「え……でも、二階堂さん、罠が……」


 三浦がおずおずと言う。前回と同じ言葉。同じ声の震え。


「うるせえ! さっさと行け!」


 梶が三浦を蹴ろうとした瞬間、僕が三浦の前に出た。


「分かりました。僕が開けます」


「朝霧くん!?」


「へへ、最初からそうすりゃいいんだよ」


 梶が腰のポーチに手を伸ばすのが見えた。あの中には誘引剤がある。知っている。前回、あの小瓶が僕の足元で砕けた時の刺激臭を、鼻がまだ覚えている。


 僕は三浦に耳打ちした。できるだけ穏やかに、しかし有無を言わせない声で。


「三浦くん、下がってて。扉が開いたら絶対に動かないで。壁に張り付いて息を殺すんだ。何が起きても、何が聞こえても」


「え……? な、なんで? 何が起きるの?」


「いいから。僕を信じて」


 三浦の肩を強く握った。痩せた肩が手の中で震えている。彼は数秒間僕の目を見つめ、それからこくこくと頷いて後ろへ下がった。


 僕は扉の前に立った。ポケットの中の小石を握りしめる。深呼吸。手のひらの汗が石の表面を濡らしていた。

 怖い。スキルを得てもレベルが上がっても、この扉の向こうにいるものを知っている以上、恐怖は消えない。あの戦斧が降ってくる瞬間の、世界が潰される感覚。あれをもう一度味わう可能性がある。


 でもやるしかない。今度はあいつらに報いを受けさせるために。


 鉄の取っ手に手をかけ、勢いよく蹴り開けた。


 鼓膜を破るような咆哮が轟き、赤黒い巨人が飛び出してきた。守護者だ。天井に迫る巨体。燃えるような紅い双眸。熱波が顔を叩く。

 前回と寸分違わぬ威圧感に、一瞬だけ足が止まった。身体が覚えている。この怪物に殺された記憶が。


「ひっ!? な、なんだあれ!?」


「ば、化け物だ! 逃げろ逃げろ!!」


 二階堂たちが腰を抜かしてパニックに陥る。台本通りだ。

 そして梶が震える手でポーチから小瓶を取り出す。前回はあれが僕の足元に飛んできたが今回は違う。


「こ、こいつを食らえぇ!」


 梶が僕に向かって腕を振りかぶった瞬間、僕は懐から小石を取り出していた。

 投擲Lv1が指先に最適な重心と角度を教えてくれる。狙うは梶の手首。石が空を切り、的確に手首の腱を打った。


 小瓶がすっぽ抜けて放物線を描き、二階堂たちの足元で砕け散る。あの刺激臭が、今度は彼らの周りに充満した。


「な、なんだこの臭い!? うわ、くせえ!!」


「お前……テメェ、わざと……!」


 二階堂が血走った目で僕を睨む。だが、もう遅い。

 守護者の赤い瞳が最高の餌の匂いに反応して二階堂たちを捉えた。


 巨体が地面を蹴り、一直線に三人へと突っ込んでいく。金属がひしゃげる轟音と三人分の悲鳴が水路に反響し、壁に叩きつけられた身体が瓦礫の下に埋もれた。

 高価な防具のおかげで即死は免れたようだが、手足があらぬ方向に曲がり、動くことすらできない有様だった。


 守護者がゆっくりと彼らに近づいていく。トドメを刺すために。巨大な背中が僕の視界を埋める。





 恐怖をねじ伏せて地面を蹴った。足裏がコンクリートを離れた瞬間、世界の密度が変わった。


 構造看破が発動し、灰色に沈んだ水路の中で守護者の肉体だけが赤く脈動する塊として浮かび上がる。筋肉の流れ、骨格のライン、鎧の隙間に走る糸のような光のライン。装甲種の時に鉄パイプで見つけた「継ぎ目」が、今度はスキルによって可視化されている。


 気配遮断で音を殺しながら背後に迫る。近づくほどに守護者の体温が肌を焼いた。巨体が放つ熱気は炉の前にいるようで、汗が蒸発する音が自分の肌から聞こえるほどだ。一撃でも触れれば紙屑みたいに千切れる距離。


 止まるな。止まったら死ぬ。


 守護者が大斧を振り上げて二階堂にトドメを刺そうとしている。今だ。

 跳躍した瞬間、守護者が予備動作なしで大斧を背後に突き出してきた。


「――っ!?」


 空中で身体を捻り、大斧の柄を紙一重で回避する。風圧が頬を叩き、髪が乱れた。気配は消せていても殺気までは消しきれない。ならば殺気を囮にして本命を別方向から入れる。

 着地と同時にスライディングで守護者の足元に潜り込んだ。


「くっ……!」


 横薙ぎの一閃が頭上を通過する。髪の毛数本が切れて宙に舞った。心臓が口から飛び出しそうだ。怖い。逃げたい。

 でも構造看破が膝の裏の光のラインを強烈に示している。踏み潰しにかかってきた足に向かって飛び込み、ナイフを逆手に持って膝の裏側へ斬りつけた。


「そこだッ!!」


 硬い手応えの奥に柔らかい感触があり、汚い血が噴き出して顔にかかった。生温かく、鉄臭い。腱を断ち切った。

 守護者の体勢が崩れて片膝をつき、天井に迫っていた巨体が傾く。さっきまで遥か高みにあった首筋が、目の前に降りてきた。最初で最後の好機だ。


 守護者の肩に足をかけて駆け上がった。鎧の表面は思ったより滑りやすく、ブーツの裏が何度も空を切った。

 守護者が巨大な手を伸ばして僕を掴もうとする。指先がジャケットの裾を掠めて布が裂ける音がした。あと数センチ深く掴まれていたら引き剥がされていた。


 急所特効のスキルが鎧の合間の数ミリの空隙を赤く照らしている。全ての重さと速度を込め、ナイフを突き立てた。

 切っ先が吸い込まれるように空隙に入り、軟骨をすり抜けて神経の束を刃が断つ。ナイフを握る手に、糸を切るような繊細な感触と、ぶちりと何かが千切れる湿った感触が同時に伝わってきた。


「おおおおおッ!!」


 守護者の動きが凍りついた。手が空中で力を失い、赤い瞳から光が消えていく。地響きを立てて巨体が崩れ落ちた。


 僕はその背中に乗ったまま、荒い息を吐いていた。ナイフの柄を握りしめたまま指が開かない。全身が汗と返り血でびっしょりだった。口の中に血の味がする。自分の血なのか守護者の血なのか分からない。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 殺した。自分を殺した怪物を、自分の手で。その事実が嬉しいのか怖いのか、自分でも分からなかった。


【討伐記録:守護者オーガ・ジェネラル

評価ステータス:保存済み(次回のラン終了時に精算)

ドロップアイテム:守護者の大斧、守護者の鎧片


 ゆっくりとナイフを引き抜き、守護者の死体から降りた。膝が笑っていて、着地した瞬間にふらついた。壁に手をついてどうにか立つ。

 守護者の巨体が黒い霧になって溶けていく向こうに、瓦礫に埋もれた三人の男女がいた。


 二階堂たちは、自分たちが見下していたゴミが、自分たちを壊滅させた怪物を素手同然で倒したという光景を目の当たりにして、完全に言葉を失っていた。

 二階堂の顎が震えている。梶の細い目が見開かれている。ユリのマニキュアが塗られた指が、瓦礫を掴んだまま固まっている。


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