禁制品
金具が外れ、蓋がわずかに軋む音を立てて開いた。
中からのぞいたのは、布に丁寧に包まれた鉄の剣。
グレイが一つ取り上げ、布をほどく。
鈍い光が霧の中で反射した。
「……やはり武器だったか」
低くつぶやく声に、場の空気が凍りつく。
アナスタシアが息を呑んだ。
「軍用……ですか?」
グレイは頷く。
「形状も刻印も、王都の軍規格に準じてはいる。しかし、王国がそのような物を発注した記録はない。……違法品だ」
セリーヌはその言葉を聞きながら、静かに視線を落とす。
箱の中に光る鋼は、彼女にとって見覚えのないものだった。
アナスタシアが顔をしかめる。
「こんな量……まるで反乱でも起こすつもりみたいじゃないですか」
セリーヌは黙って箱の中を見つめた。
十にも及ぶ木箱、整然と並ぶ刃の列。
喉の奥が微かに詰まる。
もし本当に偽造でなければ、これは内部の誰かが手を貸していることになる。
だが、そんなことはあり得ない。
彼女が選んだ職人も、帳簿を預かる文官も、十年以上の信頼がある者ばかりだ。
――誰が、何のために、リュミエールの名を使ってまで。
「……治安局本部へ運んで。詳細な確認はそちらでお願いします」
グレイが頷く。
「了解しました。記録班を呼びましょう。少々お待ち下さい」
衛兵たちが掛け声を上げ、次々と箱を運び出していく。
木箱が石畳を引きずる音、鎖の軋み、馬の嘶き。
それらの音が混ざり合い、南門全体がざわめきに包まれた。
アナスタシアが小声で呟く。
「……セリーヌさん、落ち着いてますね」
「慌てても仕方ないわ。今は事実を確かめる方が先よ」
「そうですけど……こんなの、誰かがわざとやってるとしか思えませんよ」
セリーヌは答えず、荷車の跡が残る土を見つめた。
――そう、商会の仲間を信頼するという前提で考えるのなら、誰かが“意図して”動いたとしかいいようがない。
問題はそれが誰なのか。そして、なぜ「リュミエール」を選んだのか。
思い返してみれば、ある程度の察しはついていた。
だが、それを“確信”と呼ぶには、あまりにも根拠が足りなかった。
◇
しばらくして、荷の運搬が一段落したころだった。
霧の向こうから、重い足音が近づいてくる。
「――セリーヌ様」
振り返ると、グレイ分隊長が報告書を片手に立っていた。
「準備が整いました。物品はこのまま治安局本部へ移送いたします。もしよろしければ、ご同行を」
「ええ、そうさせてもらうわ」
セリーヌは短く答え、外套の襟を整える。
「それと――」と、彼は続けて話す。
「この物品を運んでいた御者ですが、現在こちらで尋問を行っています。もしよろしければ、お会いになりますか?」
セリーヌは短く考え込み、わずかに眉を寄せた。
「……尋問の最中に、私が立ち会っても問題ないのですか?」
グレイは一瞬ためらうように視線を逸らし、それから静かに頷いた。
「本来であれば、外部の立ち入りは禁じられています。尋問は局内の権限下でのみ行うものですから」
「でしょうね」
「ですが――今回は事情が特殊です。それに貴女の商会名が使われていた以上、参考人として同席することは上層部も容認するでしょう」
「……つまり、例外扱いということね」
「はい。もっとも、発言はお控えいただく形になりますが」
セリーヌは静かに頷いた。
例外であれ何であれ、直接相手を見ずに判断するつもりはなかった。
「構いません。彼の顔だけでも見ておきたいです」
その一言に、グレイはすぐさま部下へ視線を向ける。
衛兵たちが素早く動き出す。
鎖の軋む音とともに、遠くで誰かが号令を上げた。
「詰所まで、馬車で向かいましょう」
「ご一緒しても良いんですか!?」
驚きと少しの高揚が混じった声だった。
彼女の目はきらきらと光っている。
セリーヌはその様子に、わずかに口元を緩めた。
「あなたは関係者として同行してもらうわ。報告の際、あなたの証言も必要になるでしょう」
「は、はいっ……! 任せてください!」
勢いよく答えるアナスタシアに、グレイが小さく咳払いをした。
「詰所までの道中は、護衛を厚くします。外には出ないようにお願いします」
「了解しました」
セリーヌは短く答え、外套の裾を持ち上げて馬車へと向かう。
左右には衛兵たちが並び、馬の手綱を握る者、周囲を見張る者――
その様子は、まるで小さな大名行列のようだった。
こうして一行は治安局の詰所へと向かっていった。




