門前の荷車
王都南門――霧はまだ晴れきらず、石畳に馬の蹄が鈍く響いていた。
セリーヌの馬車が停まると同時に、周囲の衛兵たちが一斉に頭を下げる。
彼女は外套の裾を整え、凛とした姿勢で馬車を降りた。
「リュミエール商会のセリーヌです。現場責任者を」
若い衛兵が慌てて敬礼し、奥へと案内した。
封鎖線の向こうには、問題の荷車が一台。
その傍らには、治安局の制服を着た壮年の男が立っていた。
無精髭に刻まれた皺、鋭い眼差し――場慣れした者のそれだ。
「治安局第三区分隊長、グレイと申します」
「ご対応に感謝します、分隊長。……状況を伺っても?」
「はい。今朝方、南門でこの荷車が検問にかかりまして。商会名の記載がありましたが、運搬証の記録と一部照合が取れず、念のため押収しております」
「積み荷の内容は?」
「それが……封を開けての確認はまだです。本部の指示待ちでして」
セリーヌは小さく頷き、布をかけられた荷車を見やる。
何が積まれているのか、なぜ自分たちの商会名が出てきたのか――まだ何も分からない。
そのとき、遠くから元気な声が響いた。
「セリーヌさん! やっぱりいらっしゃったんですね!」
霧の中を駆けてくる影。
金色の髪を跳ねさせながら、アナスタシアが息を弾ませて走ってきた。
「いやぁ、南門ってこんなに広かったんですね! 思いっきり迷っちゃいました!」
「……あなたが来たのね、アナスタシア」
「もちろんです! こんな事態になっているのに、放っておけるわけないじゃないですか!」
軽やかな声に、緊張した空気がわずかにほぐれる。
アナスタシアは腰に手を当てて息を整えると、すぐに表情を引き締めた。
その切り替えの早さは、いつもの彼女らしかった。
「で、状況はどうなんです? 噂じゃ“リュミエール商会”の荷車が押収されたって……」
「ええ。私もさっき現場に着いたところよ。まだ積み荷の確認はされていないわ」
「ふむ……それはまた面倒なことに」
アナスタシアは霧の向こうにぼんやりと見える荷車を覗き込み、眉を寄せた。
「見たところ、普通の商用荷車にしか見えませんけどね。護衛もいないし、御者も拘束済み……」
「御者はどこに?」
「門兵の詰所にいます。事情聴取中とのことです」
セリーヌは頷き、視線をグレイへ向けた。
「積み荷の封を解く許可は?」
「まだです。ですが本部からの返答は近いでしょう」
「でしたら、許可が下り次第、私とアナスタシアの立ち会いで開封をお願いします」
「承知しました」
その返答を聞きながら、アナスタシアがセリーヌの隣に並ぶ。
「……しかし、どう考えてもおかしいですよね。よりによって“リュミエール商会”の名を使うなんて」
「やっぱり貴方もそう思っていたのね」
アナスタシアは頷き、腕を組んだ。
「ええ。だって、セリーヌさんのところって、そんな事する訳ないじゃないですか!信じてますよ!」
「それで、監査局としてはどう思っているのかしら?」
セリーヌの問いに、アナスタシアはわずかに唇を尖らせた。
「公式の見解としては、“商会内部の関係者が関与した可能性がある”という立場です。証拠が揃っていない以上、そう言わざるを得ません」
「……つまり、内部犯行も視野に入れているのね」
「ええ。だけど私は正直、そうは思ってませんからね!」
アナスタシアの声に、セリーヌは小さく頷いた。
そのとき、近くで控えていたグレイ分隊長が足音を立てて近づく。
無精髭の下で短く息をつき、静かに告げた。
「――本部から開封の許可が下りました」
その場の空気がわずかに引き締まる。
セリーヌは視線を荷車へ移し、静かに頷いた。
「分かりました。私とアナスタシアの立ち会いで確認をお願いします」
「承知しました」
グレイの指示で、衛兵たちが布を外し始める。
霧の中、木箱がいくつも姿を現した。
「……数は十。すべて押収されたのね」
「はい。勿論ですが、中身は一切触っておりません。では、全て開けます」
セリーヌが頷き、衛兵の一人が箱を縛る封縄を切った。
金具が外れ、蓋がゆっくりと開かれる。
霧の中、わずかな光が差し込み――その瞬間、誰もが息を呑んだ。




