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【完結】とある令嬢の優雅な別れ方 〜婚約破棄されたので、笑顔で地獄へお送りいたします〜  作者: 入多麗夜


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欺瞞の報い

後1話です。

 セリーヌは、オックスフォード商会の応接室で、まるで自分の屋敷にいるかのように落ち着いて立っていた。


 背後には監査局の職員が数名、そして治安局の衛兵が三人。

 アナスタシアは彼女の隣に立ち、書類の束を抱えている。


「初めまして。アレス様。そして……お久しぶりですね。リリア様。社交界以来ですか」


 アレスは拳を握りしめたまま、窓際に立っていた。


「……セリーヌ。貴様、どういうつもりだ」


「どういうつもり、ですって?」


 セリーヌは小さく首を傾げた。


「私はただ、正当な調査に協力しているだけですわ。監査局からの要請を受けて、ね」


 リリアが震える声で言った。


「あ、あなた……北方へ行ったはずじゃ……」


「ええ、そう見せかけましたわ。空の馬車を走らせて、私が不在だと思わせる。そうすれば、あなた方が動くと思ったからよ」


 アナスタシアが一歩前に出た。


「アレス・バートン。あなたには禁制品の密造、および他商会への偽装工作の容疑がかかっています」


 彼女は書類の束を机の上に置いた。


「これは、ハルベルト商会の協力により入手した、北地区第七倉庫群の搬入記録です!あなた方は王立工房に鉄材の納入を故意に過少申告していますよ。これって犯罪ですからね!」


 アレスの顔が蒼ざめる。


「そ、それは……誤解だ!」


「誤解?」


 セリーヌは静かに笑った。


「では、なぜ今朝、南門で押収された荷車には、私の商会の印章が偽造されていたのかしら?しかも、中身は禁制品の武器。前回と全く同じ手口ですわね」


 リリアが後ずさる。


「ち、違うわ!それは――」


「それに」


 セリーヌは優雅に外套の裾を翻し、扉の方へと歩いた。


「あなた方の探している人って、こちらかしら?」


 彼女が扉を開けると、治安局の衛兵が二人、誰かを引きずるようにして部屋に入ってきた。


 その瞬間、リリアが声を上げた。


「アルフレッド!?」


 そこには、縄で縛られ、顔を腫らしたアルフレッド・エインズワースがいた。

 彼の服は泥で汚れ、唇は切れて血が滲んでいる。両目の周りには青痣ができ、髪は乱れきっていた。


 リリアが駆け寄ろうとするが、アナスタシアが制止する。


「動かないでください、バートン様」


 アルフレッドは床に膝を突かされ、うつむいたまま震えていた。

 アレスの顔から血の気が引く。


「貴様……アルフレッドに何をした!」


「私は何もしていませんわ」


 セリーヌは冷たく言い放った。

 

「彼は自分から、全てを白状したのよ」


 アルフレッドが、か細い声で言った。


「す、すまない……アレス。俺は……もう耐えられなかった……」


「貴様……!」


 アレスが一歩踏み出そうとしたが、衛兵が制止する。


 セリーヌはアルフレッドの前に立った。


「アルフレッド・エインズワース。あなたは数時間前、南門へ向かう途中で治安局に逮捕され、尋問後、オックスフォード商会との共謀関係、禁制品密造への関与、リュミエール商会への偽装工作――全てを自白しましたわね」


「……ああ」


 アルフレッドは顔を上げた。腫れた目でセリーヌを見る。


「俺は……最初から、お前達を含めて全員を利用するつもりだった。婚約も、愛も、全部嘘だ。全ては金の為だ」


 その瞬間――


「ふざけないで!!」


 リリアの叫び声が、部屋中に響き渡った。

 全員の視線が彼女に集中する。

 リリアは震える手で扇を握りしめ、アルフレッドを睨みつけていた。


「最初から全部嘘だった?私との愛も……嘘だったというの!?」


 リリアが一歩踏み出す。


「あなたは私に言ったわ。『真実の愛を見つけた』って。『君とは違う』って。あの茶会で、皆の前で、そう言ったのよ!?」


 アルフレッドは顔を背けた。


「あれは……その、俺も若くて、愚かで……」


「愚か!?愚かで済むと思っているの!?


 リリアの声が更に高くなる。


「私は、あなたのためにどれだけのものを犠牲にしたと思っているの!?家族の反対を押し切って、社交界での立場を捨てて、全てを捨ててあなたについて行ったのに!?」


「リリア、落ち着け……」


 アレスが妹を制止しようとするが、リリアは聞かない。


「兄さまも黙っていて!これは私とアルフレッドの問題よ!」


 何て惨めなのだろうと思った。

 積み上げてきたものを自ら壊し泣き叫んでいる。――それが今のリリアの姿だった。


 自分のしたことが、すべて自分に返ってきている。

 他人を陥れ、誇りを傷つけ、誰かを犠牲にしてでも掴み取ろうとした幸福が、いまや自分の喉を締め上げていた。



 彼女はアルフレッドの前に膝を突き、顔を覗き込んだ。


「ねえ、アルフレッド。あの日々は全部、嘘だったの?私と過ごした時間は?二人で交わした約束は?全部、全部嘘だったと言うの!?」


「……リリア」


「答えなさいよ!!」


「でも、それを言えば、お前だって同じだろうが!!」


 アルフレッドが顔を上げた。その目には、もう何の光もない。


「お前が俺に近づいたのは、エインズワース家の爵位が欲しかったからだ。セリーヌから俺を奪ったのも、優越感に浸りたかっただけだろう?」


「違う……!」


 アルフレッドは冷たく言い切る。


「俺たちは、互いに利用し合っていただけだ。愛なんて、最初からなかったんだ」


 リリアの手から扇が落ちた。乾いた音が、部屋中に響く。


「……そう」


 リリアは立ち上がった。

 その目からは、一筋の涙も流れていない。


「なら、貴方の肩を持つのはやめるわ」


 彼女は冷たい声で言った。


「全ての罪を、ひとりで背負いなさい。私は知らない。何も知らなかった。全部、あなたとアレスが勝手にやったことよ」


「リリア!?」


 アレスが驚愕の声を上げる。


「何を言っている!お前も共犯だろうが!」


「違うわ」


 リリアはアレスを睨んだ。


「私は、ただ愛する人に従っていただけ。詳しいことは何も知らされていなかった。そうでしょう、アルフレッド?」


 アルフレッドは何も答えない。

 リリアは続けた。


「全ての計画は兄さまとアルフレッドが立てたもの。私は何も知らず、ただ二人を信じていただけ。そういうことにしましょう」


「貴様……!!」


 アレスが怒りで震える。


「妹のくせに、俺を売るつもりか!」


「あら、あなたこそ、私を道具にしたじゃない」


 リリアは冷ややかに笑った。


「『アルフレッドを誘惑しろ』って言ったのは誰? 『セリーヌから婚約者を奪え』って命令したのは誰かしら?」


「それは……!」


「もういいわ。どうせ全員捕まるなら、少しでも罪を軽くする方が賢明でしょう?」


 リリアはセリーヌの方を向いた。


「セリーヌ様。私は、本当に何も知りませんでした。ただ、愛する人のために尽くしていただけです。どうか、そのことをご理解いただけないでしょうか」


 もはや驚きを通り越して呆れだった。

 この期に及んで、まだ言い逃れが通じると思っていたのだ。


 アナスタシアが、深く息を吐きながら前に出た。


「――そういう弁明は良いので、早く行きますよ」


 その声には、いつもの快活さがまるでなかった。

 普段なら冗談の一つでも混ぜて場をかき乱す彼女が、この時ばかりは静かだった。


 アナスタシアが衛兵に目配せをした。


「全員、連行してください」


 アレスが反射的に立ち上がり、机の端を掴む。


「待て、俺はまだ――!」


 だが、その腕を衛兵が素早く押さえつける。

 鉄の枷がはめられ、彼の抵抗は無力に終わった。


 リリアは蒼ざめた顔でアレスに縋ろうとしたが、別の衛兵に制止される。


 震える指先が、何度も空を掴むように動いた。


 そのすぐ横では、アルフレッドも無言のまま両手を差し出していた。

 

「待って……! どこへ連れて行くの……!?」


 声は震えていたが、誰も答えなかった。


 アレスはなおも抗おうとしたが、腕を押さえつけられ、無理やり立たされる。

 怒りに満ちた目がセリーヌを睨みつける。


「離せっ……俺は罪人じゃない、誤解だ!」


 その叫びも、廊下に出た瞬間、扉の音にかき消された。


 リリアは振り返りながら、足を引きずるように連行されていく。


 最後に部屋を出たのはアルフレッドだった。

 うなだれたまま、一度も顔を上げない。

 衛兵に導かれ、扉の向こうへ消えていく。


 セリーヌは何も言わず、ただ窓の外を見つめていた。


 暫くした後、朝霧の向こうで、三人を乗せた馬車がゆっくりと走り出す。


 遠くからリリアの叫び声が聞こえた気がしたが、セリーヌにとってはどうでもいいことだった。


 陽が昇り始め、冷たい光が街を照らす。


 その光の中で、セリーヌはどこか遠くを見ていた。

 

 復讐の終わりとは、こんなにも呆気ないものなのか、そう思うほどに。

 

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― 新着の感想 ―
理解してね、とセリーヌに言われても…。 セリーヌはただの捜査協力者に過ぎないのでは あと少し。アナスタシア、全く黒いところないみたい… 距離感の詰め方が怪しいと思ってたけど、全然そんなことなかったぜ
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