バートン家
セリーヌは紙を握りしめたまま、短く息を吐いた。
「……なるほど。ずいぶん手際がいいこと」
これで今までの違和感が、一つに繋がった。
一体、何故リュミエール商会が狙われたのか。
それは言うまでもなく婚約破棄に対する、制裁への逆恨みだった。
婚約を破棄されたあと、セリーヌはリュミエール商会が出資していた鉱山開発からの撤退を決断した。 そして、それが彼らにとっては「面子を潰された」ことと同義だった。
貴族社会では、正しさよりも体裁がすべてである。
エインズワース家の長男アルフレッドが婚約を破棄し、その直後に鉱山事業から資金を引き上げたリュミエール商会。 そして、今回の事件。
結果だけを見れば、“報復” 行為である。
ましてや、彼らの新たな提携先がオックスフォード商会――その代表が、妹の婚約を理由に縁を繋いだバートン家だったのだから。
セリーヌは、あの夜の光景を思い出していた。
静まり返った舞踏会場、周囲の視線を背に、アルフレッドが淡々と告げた言葉。
――「真実の愛に気づいた」
彼の眼には、愛情など初めから存在しなかったのだと、後になってようやく理解した。
彼が望んでいたのは、セリーヌではなく――リュミエール商会の資金だった。
婚約の裏で、アルフレッドはそれを“投資”の名目で動かし、オックスフォード商会の立ち上げ資金に充てていた。
つまり、リュミエール商会は彼らの新事業の“踏み台”にされたのだ
そのオックスフォード商会の代表が、アレス・バートン――アルフレッドの新たな婚約者の兄。
そこまで揃えば、もはや偶然で片づけることなどできない。
セリーヌは小さく目を伏せ、握りしめた紙に力を込めた。
「……ようやく、全てを理解しました」
オルグは深く頷き、机に置かれた書類を指で軽く叩いた。
「彼らの資金の流れをこちらでも追ってみましょう。表立っては動けませんが、搬入経路を辿れば足跡が残っているはずです」
「ええ、私の方でも不正の証拠を探してみます」
セリーヌはそう言いながら、書類を見つめたまま小さく息を吐いた。
――だが、分かっている。結局のところ、証拠はないのだ。
第一級の鉄が減っていようが、搬入経路に不自然な偏りがあろうが、“誤差”として扱われてしまう。
何をしていようが、現場を押さえていなければ、意味はないのだ。
セリーヌは顔を上げた。表情には冷静さが戻っている。怒りや悲しみは、今は決意へと変わっているのだと自覚していた。
「――一つ提案があります。もし協力していただけるなら、調査を“今”ではなく、リュミエール商会が活動を再開する三ヶ月後にさせてほしいのです」
「三ヶ月後、ですか?」
「ええ。今回の一件が“商会を潰すこと”を狙った妨害行為なら、次に動くとすれば営業停止明け、つまりリュミエールが現場に復帰した時だと思います。今動いても、相手の手口は見えないでしょう。相手がわかれば、こちらも的を絞って動けます。三ヶ月あれば、こちらも準備が整います」
「なるほど。タイミングを合わせる――理に適っていますな。だが、相手に三ヶ月の猶予を与えるということでもある。向こうがその間に別の手を打たぬ保証はない」
「承知しています、だからこそ――」
セリーヌは続けて話す。
とある仕掛けをしようと思っております。
オルグの視線が鋭くなる。応接室の空気が少しだけ引き締まった。
「仕掛け、ですか」
「ええ――少しばかり、相手の出方を確かめるためのものです」
セリーヌはそれ以上何も言わなかった。
オルグは問いかけかけた唇を閉じ、ゆっくりと頷いた。
窓の外では、風がガラスを叩いていた。
その音を聞きながら、セリーヌは小さく目を細めて笑ったのだった。




