表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

第1話 協力と崩壊

太陽がじりじりと昇り、無人島の空気は肌にまとわりつくほど重かった。

秋山崇は、岩陰に身を潜めながら、周囲の動きに神経を張りつめていた。


昨日目覚めたとき、自分がなぜこの島にいるのかもわからなかった。

ポケットにはボロボロのメモ用紙と、不快な薬の後味だけが残っていた。


日が暮れる前、神谷と坂井という二人と合流した。

彼らもまた、同じように記憶の大半を失っており、“名前”だけしか思い出せない状態だった。

三人はしばらく島内を移動しながら、情報交換と簡易な休息場所の確保に努めた。


そして朝。昨日よりもやや気温の高い森を抜け、開けた草原に出ると、そこには倒壊しかけた小屋が建っていた。一部には焦げ跡のようなものも見えた。


「使えるものが残ってるかもしれない」

神谷がそう口にし、三人は慎重に小屋へと近づいた。だが、その手前で異変を察知し、足を止めた。


崇が手を挙げて合図を送ると、神谷も坂井も一歩下がる。

草むらがざわめき、一人の女性が姿を現した。肩までの黒髪に擦り切れたジャケット、手には木の枝を削った即席のナイフを握っている。


「……動かないで」


その声には微かに緊張がにじんでいたが、目の奥は冷静で鋭かった。


神谷が両手を挙げる。「落ち着いてくれ。こっちも怪しい者じゃない」

女性はじっとこちらを観察した後、ようやくナイフを下ろした。


「百瀬。百瀬千尋……たぶん、そう名乗ってたはず」


彼女は小さく息をついた。

その声は自信というより確認のように響き、記憶があいまいであることをほのめかしていた。


崇が頷く。「俺は秋山崇。こっちは神谷、そっちは坂井。俺たちも、ほとんど記憶がないんだ」


百瀬は眉をひそめるが、それ以上の警戒を見せなかった。

そのかわり、すっと視線を地面に落とし、小さくつぶやいた。


「……昨日の夜、叫び声が聞こえた」


「聞いた。遠くからだったけどな」

坂井が顔をしかめながら続ける。「ただの動物の声じゃない。あれは、人間の悲鳴だ」


「私、夜中に少し移動してた。焚き火の明かりが見えて、近づこうとしたけど……途中で人影が見えた。斧みたいなものを持ってて、全身血だらけだった」


一瞬、空気が止まったように感じた。

百瀬は地面にしゃがみこみ、枝で何かを描く。円で囲まれた「X」の印。


「これ。小屋の扉に刻まれてた。中には誰もいなかったけど、血痕が残ってた。……もしかして、人を殺して、その痕跡として印を残してるんじゃないかって思った」


「そんな……まさか、誰が? なんのために?」

神谷の声が震えた。


「わからない。でもこの島には、あちこちに監視カメラが設置されてる。見られてるのは確か。……それに、果実をいくつか見つけたけど、その中に一つ、変な匂いのする実があった。私は食べてない。でも、その近くに動物の死骸が落ちてた」


「毒があるのかもしれないな」

崇が呟くように言った。


百瀬は疲れたようにその場に腰を下ろし、空を仰いだ。


「でも、もう一人じゃ限界だった。合流できて少しホッとしてる」


崇は頷きながら、背後の小屋に目をやった。


「とりあえず今日は、ここを拠点にしよう。焚き火と見張り役を分担しながら休息を取る。情報を集めて、この島の状況を把握するのが先だ」


神谷が手早く落ち枝を集め、坂井が石を使って焚き火の土台を組み始めた。


夕方になるころには、簡易な焚き火と寝床が整った。

四人は小さな火を囲みながら、言葉少なに夜を迎える準備をしていた。


だが、平穏は長く続かなかった。


「……様子見てくる。焚き火の光、少し目立つ気がする」

そう言って坂井が立ち上がり、森の方へ消えていった。


それから30分、1時間。彼は戻らなかった。


「遅いな。何かあったのかもしれない」

神谷が立ち上がりかけた時だった。


――バキィン。


音の方向に全員の視線が向いた。

森の闇の中から、何かを引きずるような足音が聞こえてくる。


坂井だった。だが、その様子は明らかにおかしかった。


「……坂井?」

崇が声をかけると、彼は無言で顔を上げた。


その瞳は、どこか焦点が定まっておらず、唇の端には微かに泡が浮かんでいた。

そして、手には石で作った即席の刃物。


「うぅ……あは、は、は……誰も……オレの邪魔、するな……」


「離れろ!」

神谷がとっさに叫び、百瀬を庇うように前に出る。


坂井は叫びながら突進してきた。動きはふらついていたが、明らかに殺意があった。


三人は焚き火を挟んで散開し、応戦の体勢を取る。崇は手にしていた枝を構えた。


――次の瞬間、坂井が足を取られて転倒した。


運が良かった。それがなければ、誰かが傷を負っていたかもしれない。


倒れた坂井は、そのまま激しく痙攣を始めた。

泡を吹き、身体をのけぞらせながら、目を見開いたまま動かなくなった。


「……死んだ?」

百瀬が呟いた。


神谷が恐る恐る近づき、脈を確認する。


「……もう、ダメだ。死んでる」


三人はしばし、その場から動けなかった。


「果実のせいかもしれない」

崇がポツリと言った。「変な匂いがすると言ってたやつ……あれを食べたんじゃないか」


「でも、どうしてあんなふうに……」

神谷が呆然と呟いた。


百瀬は腕を組みながら、小さく震えていた。


「……この島、やっぱり普通じゃない。人を殺すように仕組まれてる。……そう思わない?」


崇は静かに頷いた。


「これ以上の犠牲を出さないためにも、まずは情報だ。この島の全体像、隠された意図……わかる限り、探っていこう」


夜の焚き火は、坂井の遺体を照らしていた。

その姿は、静かに、そして不気味に横たわっていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ