第7章:眠れる水の記憶 ― 深海に沈む感情
この章では、レンが母との未解決の記憶に触れます。
ゲームの中であっても、その感情は本物。記憶の「深海」で彼は初めて涙を流します。
「沈んだものすべてが、死んでいるとは限らない。
それは、ただ思い出されるのを待っているのかもしれない。」
次のラウンドへのジャンプは、これまでとは違っていた。
落下もポータルもなく、ただ――息ができなかった。
空気そのものが呼吸を拒否しているかのような、圧迫感。
レンは目を覚ますと、青く濁った世界の中に漂っていた。
周囲には泡が、ゆっくりと時間を逆らうように浮かんでいる。
壁は液体でできており、プラットフォームはグリッチした珊瑚のようだった。
【ROUND 3 - マレア・トレムラ】
【ZONE 1 - 眠れる水域】
動くたびに身体が重くなる。
ゲームがレンの意志を鈍らせようとしているように感じた。
水の柱をすり抜けながら、レンは静止した泡に触れる。
それらは、記憶を映し出すウィンドウだった。
ひとつ目――小さな部屋で、母がかすれた声で冒険マンガを読んでくれる。
ふたつ目――初めての登校日。緊張と期待が交差していた。
みっつ目――母が六週間も突然姿を消した、あの日のこと。
レンは病室の泡に触れた瞬間、場面が変化する。
彼はそこにいた。病院の廊下。
ただ一人。空っぽのベッドを見つめていた。
シーンはプレイ可能だった。
だが、彼は子供の姿で、走ることも、叫ぶこともできなかった。
そして、現れたのは異形の看護師――母の姿をしたファイルエラーキャラ、「母.exe」。
叫ぶ言葉はすべてバイナリコード。
そこに戻ったのは、大人のレン。
彼は悟る。ここで進むには、「捨てられた」という記憶そのものと向き合わなければならないのだ。
戦闘は物理ではなかった。
母の言葉が、彼のインターフェースに直接語りかけてくる。
「ごめんね、そばにいられなくて。」
「あなたは強かった。私は弱かった。」
「ひとりにして、本当に……ごめんなさい。」
その瞬間、レンは涙を流した。
この旅で初めて。なぜなら、それが「本物」だと感じたから。
たとえゲームであっても、その声だけは、現実だった。
光がすべてを包む。
【ZONE クリア】
■ 記憶回復率:42%
■ 解放されたトラウマ:[喪失と放棄の傷]
レンはさらに深く沈む……
だが、その心は少し軽くなっていた。
お読みいただきありがとうございます!
次回は、レンがさらに記憶の迷宮を進み、弟トオルとの関係に向き合うエピソードとなります。
感情の水位が上がっていく中、彼は何を選ぶのか?
次章「水中の兄弟再会」もぜひご期待ください。