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彼女が戦慄の戦乙女になった理由  作者: 滝川朗
第二章:青春を謳歌せよ
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 フリンは、失意に沈むレクサールを、東部へ連れていってやることにした。


 三人はそれぞれ荷物を纏めて、ランサー城のゲートへ向かっているところだ。


「俺を慰めようとしてんのか……?なんか腹立つぞ」


「腹、立てないでよ。盛大に振られちゃった訳なんだから。バカンスなんだし、楽しく海で遊びたかったんでしょう?」


「別に振られてねーぞ。そもそも、恋なんかしてねーし。ただの憧れだ。今までも、これからも、それは変わらない」


「カッコいいこと言ってるつもりなのかも知んないけど、結構恥ずかしいこと言ってるよ、きみ」

 フリンはニヤニヤしながら言う。


「こう言う場合、誰か別の女の子を好きになるのが一番だと思いますけどね」

 イヴが女子の意見らしいことを言う。


「別の女の子に夢中になってる貴方を見たら、あの氷の女王のようなリッカ嬢もジェラシーを感じて、振り向いてくれるかもしれない!そしたら、公爵だか侯爵だか知らないけど、親同士の決めた『許嫁』なんて、婚約破棄よっ!」

 イヴは熱くなって力説するが、当のレクサールは呆れ顔だった。


「いやだから、俺は別に、略奪したいわけじゃないんだって」


「そんなこと言ってーじゃあほんとに、リッカが公爵のご令息との婚約を破棄するって言い出したらどうするの?それでも、これは恋ではなくただの『憧れ』だ、とか言ってられるわけ……?」

 フリンが意地の悪い顔で言う。


「お前……温厚そうな顔して、ほんっとに腹黒だな!いい加減、怒るぞ!」


 ククククク……

 あはははは……

 レクサールを囲む二人の男女の笑い声が響く。

 失意に沈んでいたはずの万年次席は、いつの間にか少しだけ、気持ちを紛らわされていることに気付いたのだった。


「す、すごーい!ゲートって……すごーい!」

 イヴはすごいすごいを繰り返した。


「ちょっと……恥ずかしいから少し黙っててくれる?」

 フリンはお上りさんのイヴに耳打ちする。


 一般人にゲートの使用は許されていない。

 フリンは自分の家族枠でイヴの申請を出しておいた。

 バカンスのこの時期は、特権を持っている貴族、軍属者などが多数使用するので、ゲートの使用申請は時間指定の順番待ちだった。


 一昨日はせっかくリッカの魔法で令嬢になったと言うのに、大きなトランクを持つイヴは、すっかり元通りの田舎娘だった。

 でも、あの一件で、イヴはますますフリンの虜になってしまい、一方でフリンはイヴに別れを告げるきっかけを見失ってしまっていた。


「腐れ縁ってやつだよな……」


「なんか言った?フリン」

 フリンは慌てて首を振る。


「ううん、全然!なんでもないよ」

 ゲートを抜ければ、呆気なく東部ワイバーンの要塞だった。


「なんか、旅行っぽくなくて、味気ないね。行きはほんとに、大変だったわよ。帝都へ向かう馬車を乗り継いで……途中途中は、何時間も歩いたわ」

 イヴが贅沢な感想を言う。


「そらそうでしょう。女の子一人旅なんて、考えられないことだよ。よく親御さんが許したものだ」


「うん。内緒で出てきたもん。私、住み込みの針子だから。絶対バレてない」


「なにー?相変わらず、大胆なことするよな、イヴは!」

 フリンはこれで、十七歳の幼なじみのことを心配してやっているのだった。


「それより、ウルスラッドへは、どうやって行くんだ?たしか前回行った時は一日がかりだっただろう?」


 そう。

 東部ワイバーンの要塞からフリンの故郷ウルスラッドまでは徒歩で一日。


「辻馬車に乗ってもいいんだけど、まあ、節約のために歩こうか……」


 三人は夏の厳しい日差しの元、整備された街道を歩き続けた。

 イヴは農民みたいな大きな麦わら帽子を被っている。


 結界があるので、街道は安全だ。万一魔物が現れたとしても、スピリット系でない限りは、焔術も使える褐色呪力の二人組なら、充分撃退可能だろう。


「こないだは……ありがとな。正直、嬉しかった」

 レクサールが言う。


「なんだよ、改まって。気持ち悪いな」

 フリンは照れ隠しに一言、言ってから、真面目な顔をして続けた。


「『正論』って、『正論』って分かってても、面と向かって言われると辛いよね。僕は、あんな風に人を傷付けるようなことを平気で言う人が、人格者だとはとても思えないよ」


「腹黒い貴方が言いそうなことね。フリンには裏表がない、なんて大嘘。ただの偽善者なんだから」

 イヴが幼なじみらしく、フリンの性格を言い当てた。


「『偽善者』のどこが悪いんだよ。人を傷付けるよりマシだろう?だいたい、ああいう輩がいるから、世の中平和にならないんだよ。焔術実技の授業の雰囲気の悪さを見てみればいい」


「どっちが『人格者』だかな。みんなが本音を隠して仲良く馴れ合ってるだけの世の中なんて、気持ち悪くて仕方ないぞ。撃退されてしかるべき人間を撃退してるだけだろう、リッカは」


 レクサールも偽善者のフリンに突っ込む。


「レックスは『俺様系』を気取ってるけど、実はただのドMだよね……。僕なら絶対、あんな悪女を好きにはなんないな。めちゃくちゃムカついたし。……っつーか、どう考えても勿体無いよ、レックスには」


 こんなにカッコいいのに。

 フリンは心の中だけで付け加えた。


「何系か何系か知らんけど、俺をその謎のカテゴリーに当てはめようとするな。俺は『何系』でもないぞ」


「『何系』が多すぎて、何を言ってるのか分からないよ、レックス……」

 フリンは、イケメンのくせに若者用語の苦手なレクサールに突っ込みを入れる。


「だからーなんかさ、いないの?あんな怖そうな女の人以外に。学院には女の子なんていくらでもいるでしょう?」


 うーん……フリンとレクサールはそれぞれ頭を悩ませた。


 褐色クラスの生徒は三十五人。

 漆黒を除く五色の呪力の中で最も人数が少ない。

 一番多いのは深紅で約八十人。

 その次が翠緑の七十人弱で、次が純白の六十人、紺碧は四十人前後といったところだ。


 数千万人と言われるランサー帝国の人口のうち、学院に入る生徒が一学年この人数なのだから、呪力を持つ人間のいかに希少かが分かる。

 褐色クラスの三十五人のうち、女子は十一人だった。


「レックスの好みって、あれでしょ。歯に衣着せぬ物言いってやつなんでしょ。褐色クラスには絶対存在しない人間だよね」


 褐色はそもそも利他主義者の集まりなのだから。

 温厚で堅実、わざわざ他人とぶつかるようなことはしないし、縁の下の力持ち的な、目立たない生徒が多いのだ。

 レクサールなんかは、どちらかと言うと深紅っぽくて、異質な存在と言える。


「よーっし、それじゃあ、この際だから、学院の同期生の中で、罪深きレクサールに片想いしている可哀想な女子たちを発表していきましょう!」


 フリンが突然、そんなことを言い出す。


「そ、そっか……!こんなにイケメンなんだから、向こうから密かに想ってる女の子はたくさんいるはずよね!失恋中の今、一大チャンスじゃない!」


「やめろおい。それ、本人に断ってるのか?」


「もちろん許可なんか得てないけど……本人たちから直接、散々相談受けてるわけだから、信憑性だけは高いよ。そのいずれも、やんわりと諦めるよう伝えてきたわけなんだけどね。モテる男の親友(人当たりがいい)はめちゃくちゃ大変なんだから、僕の身にもなってよ!」


 フリンはここぞとばかりに日頃の恨みをぶつける。


「や、やっぱりやめろ……!そんな話事前に聞いてたら、新学期始まってから、普通に気まずいだろ!」


「レックス、あんたそんなタマじゃないでしょ。イケメンのくせに残念なぐらい厚顔無恥なんだからさ」


 フリンは本人が耳を塞いで拒否しているにも関わらず、淡々とクラスメートの恋心を暴露していくのだった。


「一番のお勧めは、純白クラスのアリシア・メイかな。美人だし。優しそうだし。大人だし」


 フリンは、学年でも一、二を争う清楚系女子のしっとりとした容姿を思い浮かべながら言った。

 髪を耳に掛ける仕草が似合うタイプのお淑やかなお姉様だ。


「やめんかい、マジで」


 レクサールはいまやフリンを羽交い締めにしているが、フリンはまったく動じる素振りもない。


「あと、意外だったのはうちのクラスのリィサ・ラヴィアンかな。ちょっと前まで上級生と二年ぐらい付き合ってたはずなのにね……相手が卒業して軍隊に入ったから、振られちゃったんだろうな」


 リィサは背の高いスレンダーな女子だ。

 クールビューティというやつ。

 サバサバしているけど、褐色なので根は優しい。


「どっちも捨てがたいなー。レクサールの好みで言うとリィサかな……って言うか、お前、贅沢なんだよ!どうなってるんだ!?なんかイライラしてきたぞ……」

 フリンは自分から言い出しておいて、自爆しているようだった。


「なんか……私もその話、聞いてるのがツラくなってくるから、やっぱりやめて欲しいわ」

 イヴも軽くダメージを受けていた。


 好きな男の子が、クラスメートの女子の魅力を紹介して行くって、たしかに耐え難い拷問かもしれない。

 三人はむす……っと押し黙った。

 ちょうど昼食どきだった。


「次の町で、お昼食べよう。お腹減ったよね……」


 術士養成学院は授業料免除だし、寮の家賃と食費も無料。

 衣食住に掛かるお金として少しだけだが給金も出るので、二人は多少のお金を持ってこられていた。

 国は、術士の養成にそれだけ、力を入れているのだ。


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