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「フリン、もういい。やめろ。リッカの言うことは事実だ」


 レクサールは、当初の目的もすっかり忘れて怒りをたぎらせる親友を、呆れた顔をしてたしなめるように言った。


「俺だって、そんなことは分かってるんだ。焔じゃなくて、もっと地術に向き合うべきだってことは……。でも、『憧れ』てしまうんだから仕方ないだろ。俺は、中途半端にどっちも自分のものにするつもりだ。俺みたいな、地術と焔術の多色使いが居たっていいとは思わないか?」


 焔への『憧れ』か…… 。

 『俺様系』のレクサールが、なんでこんな悪女に惹かれているのか理解できないと思っていたフリンだったが、レクサールは、リッカの人となりだけじゃなく、彼女の最強の呪力の『赤さ』にも憧れているのかもしれない。

 自分にはけして持ち得ない、どうしても、喉から手が出るほど欲しかった、最強に美しい『赤さ』に。


「首席はお前に譲るよ、アークライト・リッカ!」

 レクサールはいまや、笑みさえ浮かべながら言うのだった。


 きっぱりと小気味良く決意を口にするレクサールは、同性のフリンからしても、見惚(みと)れてしまうようなカッコ良さがあった。


 やっぱり、どう考えても、コイツにリッカは勿体なさ過ぎる。


 ここに、不思議な相関図が出来ていた。

 リッカに憧れるレクサール、レクサールに憧れるフリン、そして、友のためには『戦慄の戦乙女』にすら果敢に挑んでいくフリンの意外な一面に、思わず見惚れている女子が二人。

 そして、残るリッカはと言えば……、相変わらずお高く止まって、フリンやレクサールの言葉になど、全く心を動かされていないかのようだった。


 こうして、とてもバカンスを楽しむ十代の少年少女たちとは思えない重苦しい雰囲気の一行は、ようやくアークライト家の荘園に辿り着いた。


「さすが侯爵家だなあ……」

 フリンは呆然と目の前に広がる広大な土地を眺めていた。


 遠くには小さな林も見え、緩やかな丘陵に沿ったお花畑が続いている。

 初夏の現在は、ラベンダーの青と、色とりどりのポピーがパッチワークのように咲き乱れていた。そして、その広い庭の奥に、尖塔を持つ瀟洒(しょうしゃ)な古城が鎮座している。

 お伽噺のお城のようだった。


 使用人達が勢揃いしてリッカを出迎える。


「お嬢様の仰せの通り、最高級のお茶とお菓子をご用意して、お待ちしておりました……!」


「ありがとう貴方たち。客人の案内を頼むわね」


 庭を眼下に見下ろせる広々としたホールにお茶の用意があった。


「先程は悪かったわ。せっかくのバカンスなのに、雰囲気が台無しね。さあ、召し上がれ。我が家のパティシエが腕によりを掛けて作った焼き菓子よ」


 リッカは実家に帰ってきたからか、少しだけ寛いだ表情を見せて言った。


 一同は勧められるままに椅子に腰掛けた。初夏の燦々とした光がガラス窓から差し込んでいる。


 本当のアークライト・リッカは、いったいどんな人物なのだろう。


 レクサールは、洗練された所作でティーカップを手に取るリッカを目で追いながら考えていた。


 学校でのリッカは、造られ過ぎている気がする。

 いつもいつもあんな風に、研ぎ澄まされたナイフのような雰囲気を保ち続けるなんて、普通の十代の女の子には到底出来ることじゃない。


 別に、今さら振り向いてほしいなんて思わないけど、たった一度でもいいから、この戦乙女の仮面を剥ぎ取って、その下を垣間見ることが叶わないものか。


「そんなにジロジロ見ないでくださる?気味が悪いので」

 戦乙女はレクサールの顔を見ながら吐き捨てるように言った。


「なあ今さらだけど、どうしてリッカは学院に入学したんだ?」

 レクサールは脈絡なくそんなことを聞いた。


 皆が口を揃えて聞くことだ。

 アークライト・リッカはアークライト侯爵家の長女だった。

 たしか三つ下に非術士の妹がいるだけなので、アークライト侯爵を次ぐのはおそらくリッカ。

 どこかの貴公子を婿養子にするのだろうが、どう考えても術士になる理由はない。

 あざと系のエメラルドの言う通り、花嫁修業や帝国の政治・経済を学ぶ方がよっぽど役に立つだろう。


「『勅命』だからに決まっているでしょう」

 リッカの回答も、いつぞやエメラルドに返した言葉と同じだった。


 答えになっていない。


「勅命って……それならもっとたくさん、貴族出身の術士がいてもおかしくないはずなのに、貴族の子女は平気でそれを無視してるだろ。無視しても、誰も(とが)められない。貴族特権ってヤツだな。それなのに、帝国に九つしかない大貴族、侯爵家の次期当主が、わざわざ術士養成学院に入ってきたことには何か、理由があるはずだ。そうまでして、術士になりたかったのか?まあ、たしかに、それだけの強力な呪力と、才能は持ってるから、帝国にとってはこれ以上ないめっけもんだけどな」


 ふっ……リッカは鼻で笑う。


「そのとおりよ、レクサール。私は、自分の中に燃えたぎる深紅の呪力を扱う方法を身に付けたかったの。それが私にとっては、花嫁修業よりもずっとずっと、大切なことだと思ったから……」


 レクサールは、はっとして思わず見惚れていた。

 なぜか分からないが、どこか憂いを帯びた顔でそう言うリッカの表情が、なんとも言えない可憐な心細さを(てい)していたからだ。

 そんなに、動揺させられるような質問だったと言うのだろうか……?


 ちょっとだけだけど、垣間見ることが出来た気がする。

 絶対、リッカにだって、弱点はあるに決まってるんだ。

 完璧な悪役令嬢なんて、存在するわけはないのだから。


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