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 こうして、田舎娘の帝都での大冒険が始まった。大都会の帝都で、目の保養になりそうなお金持ちのハイスペックなイケメンと、その家族のおうちで。


「な、なんだか、申し訳ない気持ちでいっぱいです。田舎から出てきた私には、刺激が強すぎると言うか……」


 食卓に並べられた夕食は、イヴリンなどが生まれてから一度も食べたことのないような、高級そうな食べ物ばかりだった。


「使用人を雇う余裕はないものでね、女三人で、頑張って料理してるのよ、今日はお客様が来たから張り切っちゃった……って言うか、あなたもボサッとしてないで、手伝いなさいよ、レックス!」


「はいはい……」


 いかにも『俺様系』の、フリンの親友は、家では母親と二人の妹、リリーとコレットに、いいように使われていた。


 リリーは十三歳。コレットは八歳だそうだ。


「……と、言うことは、リリーさんも、養成学院へ通ってるんですか?」

 リリーにイヴが聞く。


「当たり前です。うちは、代々焔術士の家系ですから。なぜか兄だけは、間違えて茶色い呪力を持って産まれてしまったんですけどね」


「リリー、それは言わない約束でしょう?これでも気にしてるんだからね、レックスは」


 母親がたしなめるように言う。


「やめてくれ、母さん。なんかそれ余計、ムダに惨めな気持ちになるから……」


 レクサールは器用に五人分のグラスを両手に持ち、てきぱきと各人に配りながら言った。


 レクサールは長髪と言うには少し短く、短髪、と言うには長すぎる焦げ茶のクセっ毛を、食事のために今は、小さなちょんまげにしている。


 たまらんな。イケメン過ぎるだろう。褐色の瞳は少しだけ赤みがかっていて鋭くて、なんとも言えない野性味がある。


 目の保養目の保養……。


 父親は不在らしかった。術士であれば帝国中を、津々浦々(つつうらうら)転勤させられるはずだから、単身赴任なのだろう。


「お酒は飲める?うちの果実酒はなかなか美味しいのよ」


「は、はいっ、いただきます! イヴは笑顔のお母様に勧められ、断らずにリンゴ酒をいただいた。自家製なのか、とても美味しい」


「ヒドいんですよ、フリンったら……いっそこっぴどく振ってくれればいいのに、思わせ振りな態度ばっかり取って、期待させて……」


 どうやら、親友のガールフレンドは酷い泣き上戸らしかった。

 リンゴ酒を勧められるままに飲み続け、妹達が寝る支度を初めても、彼女は泣きながらレクサールにすがり付いていた。


「ほんとに、ほんっとに、帝都に恋人はいないんですよね!」


 彼女が一番聞きたいことはそのことらしい。そりゃ、心配になるには決まっている。


 馬車で一週間以上は掛かる遠距離恋愛だ。


 遠く東部に暮らすこの少女からしたら、華やかな帝都に暮らす幼なじみが、どんな生活を送っているか、気が気じゃないに決まっているではないか。

 この少女が、大枚はたいてわざわざ帝都に出てきた理由は間違いなくそれだろう。


「何度も言ってるだろ?フリンは俺には隠し事はしないし、俺の聞く限り、フリンに女の影はない。そもそも、まったくモテそうにないしな、あのモヤシっ子が。可もなく不可もない、空気みたいな存在だ」


「し、失礼な……っ!私のフリンになんてこと言うんですか!たしかに見た目は冴えないかもしれないけど、あんなに良い人なのに……」


 め、めんどくさい……。

 

 さめざめと涙を流しながら抗議する田舎娘を前に、死ぬほど倒臭ささを感じ始めたレクサールだった。


「さあて、そろそろ寝ませんか、お嬢さん……」


「いやよー!今日はとことん飲むのよー……」


 悪酔いしながら、テーブルに突っ伏して動かなくなったイヴリンを見て、レクサールは溜め息をついた。

 

 フリンの想われ人なんて、この夏を楽しく過ごすのに格好のネタだ、と思って家に招いたことを、初日から後悔し始めているレクサールだった。





 エレンブルグ家(主にレクサール)のもてなしにも、限界があると言うことで、イヴリンの帝都滞在は一週間とすることにした。


 その後は、フリンと一緒にゲートを使って、東部へ帰るのだ。

 一週間もあれば、帝都の周辺を観光するには充分な時間がある。


 フリンは嫌々ながら、レクサールとイヴリンと三人で、ハイド・パークやら、旧市街やら、大聖堂やら、改めて一から帝都観光をするハメになった。


 たまには二人で行ってこいと、レクサールがわざと外すこともしばしばだった。


 そんな時、イヴは心底幸せそうで、楽しそうな顔をするので、フリンは辛くて堪らなかった。





「ダメだ……レクサール。罪の意識で僕の精神の方がどうかなりそうだ……」

 フリンはレクサールと二人きりの機会を作ろうと、寮の自室に彼を呼び出し、懺悔(ざんげ)した。


 フリンは真面目のお人好しなので、恋する乙女の心を弄んで、楽しく『遊ぶ』ことなど出来ないのだった。


「そう言うことになるんじゃないかと、思ったんだ俺も。バカじゃないのか、お前は……」

 レクサールは青い顔をしているフリンの頭をどついて言った。


「これまで十七年間、何をしてきたんだ。優柔不断にも程があるぞ」


「う……っ」

 レクサールに真面目な顔で説教されて、フリンは反論も出来なかった。


「お前は、こうなることを承知で、イヴをお前の実家に泊めたのか……?」

 フリンは顔を上げ、頼りなさげな顔で聞く。


 レクサールはムスっとした顔で答えた。

「どっちに転んでもいいとは思ってたけどな!お前があの子の可愛さに気付いてマジ惚れするか、その逆であることに気付いて、罪の意識に苛まれるか……!」


「うう……どうしたらいいんだ僕は……」


 この後に及んで何を言ってるんだこのバカは。

 レクサールは人が好すぎてむしろ悪党に成り下がっている親友の顔を見ながらイライラしていた。


「あっ、それよりも……!アークライト・リッカから、ようやく返事が来たぞ。急遽だけど、日付指定で、明後日なら構わないと言ってるらしい。なんでも、アークライト家の荘園に招いてくれるとかで……」


「なにが『それよりも』だ……っ!いま、ここでそんな話を持ち出して、話をすり替えるな……っ!」


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