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ところが、フリンはレクサールのことを笑っている場合などではないのだった。
「あ、フリン・ミラー。帰ってきましたね。先程から、お客様がお待ちですよ。可愛い女の子のね。待合室で待ってもらってますから、早く行ってあげてください」
初老の管理人に言われ、フリンは首を傾げながら男子寮の一階にある待合室へ向かう。
可愛い女の子……?なぜか興味津々でレクサールまで後を付いてくる。
「イ、イヴ……っ!?」
フリンはそこで待ち構えている少女の顔を見て慌てふためいた。
長い褐色の髪を二つに分けて三つ編みにしている。ソバカスの浮いた顔。
古ぼけた大きなトランクを持つ姿は、どこからどう見ても片田舎から出てきたお上りさんだ。
フリンは額に手を当てて俯く。
「何を考えてるんだ……。東部から帝都まで、どれだけ掛かると……?時間も金も掛かったことだろう。だいたい君、仕事はどうしたんだよ!」
「長期休暇をもらったのよ。私は優秀だから、目を掛けてもらってるの。わざわざ会いに来たのよ。そのために、毎日あくせく働いて、お金貯めてるようなものなんだから」
「勿体なさすぎる……っバカなのかっ!」
フリンはむしろ腹が立ってきた。
「ヒドい言いようだなお前。可哀想じゃないか、わざわざ出てきてくれたんだろ?」
レクサールはフリンの余りに冷たい態度に呆れていた。
「イヴ……って言ったよね?覚えてるかな、いつぞや、東部に遊びに行った時、お世話になった」
レクサールはちゃっかり爽やかな笑顔を作って言う。
「もちろん、貴方のような素敵な男性のこと、忘れるはずがありませんわ。こちらこそ、覚えていてくださってありがとうございます。いつもこのどうしようもない男がお世話になっております」
そう言ってペコリと頭を下げる。
「保護者ヅラしないでほしいなあ、まったく」
フリンはイライラして言った。
「……泊まるところがないの。寮に泊めてはもらえないものかしら?」
イヴは急に心細そうな顔をして言った。
「男子寮に泊められる訳がないでしょうが、この田舎娘。泊まるところも考えずに飛び出してくるなんて、なんて浅はかなんだ」
「それなら、うちに泊まるといい。俺の家なら広いし、空いてる部屋もいくらでもあるぞ。やかましい妹達がいて大変かもしれないけどな」
「っはあーーーー?何言ってるんだレックス。女の子を実家に泊めるなんて……!」
何でもないことのように言うレクサールに、フリンは激しく突っ込む。
「心配なのか、お前?」
ニヤニヤしながらレクサールがフリンの脇腹を肘でこづく。
「三人で一緒に行けばいい。俺から親に紹介すればいいだろ?この可愛い女の子は、俺の親友のフリン・ミラーのガールフレンドです。田舎から出てきて泊まるところがないから、しばらく厄介になりますってさ」
心底嫌で堪らなかったが、フリンは他にどうしようもないので、レクサールが荷物をまとめて寮の部屋から出てくるのをイヴリン・ウォルターと二人して、待合室で待っていた。
「学生生活、最後の夏休みなのに……。なんでこんな目に合わなきゃいけないんだ……」
フリンは涙が出てきそうだった。
「大人しく東部で待っててくれてたら、来週にでも帰るとこだったんだ。帝国学院の学生なら、申請を出せばゲートだって使わせてもらえるんだから」
フリンがぶつぶつ言っていると、イヴはさっきまでの態度はどこへやら、目に涙を浮かべて言った。
「ひどい……。貴方を驚かせようと思って、貴方に会えるのを楽しみに楽しみにここまで来たのに……。なんでそんなことばかり言うの」
どうやら、先程まではレクサールが居たから気丈に振る舞っていただけだったようだ。
しくしくと泣き出した幼なじみを見て、フリンは仕方なくその頭を撫でてやった。
「ごめん……悪かったよ」
褐色のフリンは、心根が優しいので、こう言う時、結局、冷たく突き放すことが出来ない。
それが悪循環なのだった。
フリンは、本当に申し訳ないとは思うけど、イヴのこういう大胆な愛情表現を、迷惑だと思ったことはあっても、可愛いとか愛しいとか思えたことは今まで一度もなかったのだった。
「お前は、温厚そうに見えてとんでもない悪党だな。あんな可愛い女の子を泣かせるなんて」
レクサールは後ろから着いてくるイヴに聞こえないように小声で親友に耳打ちした。
大きなトランクはフリンが持ってやっている。
「他に好きな女がいるわけでもないんだろ?」
「そう言う問題じゃないでしょう。僕だって好きになれるもんならなりたいよ。幼なじみで、物心着いたときから一緒なのに、今日までそう言う気持ちが全く芽生えないんだから、もう無理でしょこれは」
「そう言うもんかねえ」
レクサールは帝都の真ん中を歩きながら、ぼやくように言う。
押しに弱そうなコイツならなんとかなるかもしれないぞ。
レクサールは後ろから着いてくる、そばかすの浮いた地味な顔に似合わず、大胆そうな少女を心の中で応援した。
術士の名門エレンブルグ家は、その名に恥じぬ立派な邸宅を帝都の高級住宅街の一角に構えていた。爵位こそ与えてはもらえないが、術士でも上り詰めればそれなりの財をなせることを証明している。
「り、立派なおうちね……」
イヴはたじたじだった。
「いらっしゃい。あなたが女の子を連れてくるなんて、珍しいこともあるものね!」
レクサールの母親が三人を満面の笑みで迎えてくれた。
レクサールに似た焦げ茶の髪に、赤い瞳。その場がぱっと華やぐような明るさを放つ女性だ。
「どうぞどうぞ。貴方はたしか、フリンね。いつもうちの子がお世話になっております」
レクサールの母親に促され、応接室でお茶を出してもらう。
「母さん、一つだけ誤解しないで欲しいんだけど、この、お嬢さん、イヴリン・ウォルターは、俺じゃなくて、フリンの恋人だからね。ただフリンは寮住まいで泊めてあげられる場所がないから、うちに泊めてあげられないかな、と思っただけなんだ。いいでしょう?」
「あらまあ!こんなむさ苦しいところで良ければ、いくらでもどうぞ……!」




