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「やる気がないのなら、術士になることなど諦めて、故郷へ帰られてはいかが……?」


 今日も今日とて、いつもの高飛車な(ののし)り声が演習場に響いている。

 戦慄の戦乙女の餌食になっているのは、いつも目の敵にされている、あざと系女子のエメラルドとその取り巻きたちだった。


「侯爵令嬢なら侯爵令嬢らしく、花嫁修業でもやってりゃいいものを……貴族のくせに、なんでこんなとこにいるのよ、あんたは……っ」


「あら貴方、皇帝陛下のご命令を(ないがし)ろにするおつもり……?帝国国民のうち、呪力を持って産まれた人間は、すべからく術士としての力を磨くべし。たとえそれが貴族でしょうが、騎士でしょうが、関係ありませんわ」


 清々しいまでの悪役令嬢っぷりだ。美人なだけに、凄みがヤバい。


「またやってるよ……絶対に巻き込まれたくないね……くわばらくわばら……」


 フリンは女子たちの壮絶な戦いを遠巻きに見ながら震え上がった。


 なんで、縦割りグループが戦慄の戦乙女と一緒なんだ。


 術の座学や、生物学言語学と言った一般教養など、普段は呪力の色ごとにクラス分けされて授業を受けるのだが、実技の時間だけは、深紅と褐色、純白、紺碧、翠緑、全てのクラスが一緒くたにされ、縦割りで四つのグループに分けられて授業をするのだった。


 焔術の授業なら水術、風術の授業なら地術。相対する術が一緒に演習した方が、明らかに効率がいいからだろう。


「もう二週間もしたら七年生も終わりで、夏のバカンスなんだから、大人しくしてればいいのに……」


「でも、リッカ嬢の言うことはいつも正論なんだよなー。あのお方が理不尽なことを言ってるのは見たことがない。見ててスカッとするよ」


「レックスは何かとあの悪役令嬢を擁護するよね。最大のライバルなのにさ……」


 レクサール・エレンブルグの頭の中は万年首席の戦慄の戦乙女のことでいっぱいだ。


 学院入学時からだから、もうかれこれ七年目になる。


「いい加減そろそろ認めたら、好きなんでしょ、リッカのこと」


「やめろ……あんな女のことが、好きなわけがないだろっ!アイツは俺の永遠のライバルだ!いつかぜってー泣かしてやる……っ」


 はいはい。

 こうやって出来もしないことをぶつぶつ言うのを聞かされるのも七年目だ。


「お前は、人のことばかり気にしてないで、自分の心配をしたらどうなんだ。七年生なのにそんなショボい焔術しか使えないなんて……。リッカ嬢に目を付けられたら、お前も故郷へ帰れと怒鳴られるぞ」


「大丈夫だよ。リッカ嬢のことならレックスが誰より知ってるだろう?あの方が目を付けるのは、やる気がなくて努力しない人間と卑怯な人間、そのいずれかなのに偉そうにしてるような人間、この三種類だろ。いちおう僕はそのカテゴリーのどれにも当てはまらないという自信だけはある」


「お前ら、ぶつぶつ言ってないで早くしろ。こっちは待ってやってんだぞ」


 紺碧のライブラがイライラした声で言う。


「〃焼夷(しょうい)〃」


 レクサールが惚れ惚れとするような火焔を打ち出すと、ライブラは涼しい顔でそれを受け止める。


 焔術は単純な術であるだけに、残酷なまでに実力に差が出る。

 小細工は出来ないのだ。元々の呪力の力と、それを扱うセンス。

 そしてそれを扱うために費やしてきた努力。それが焔や雷に如実に現れる。


 フリンは仕方なく右手をかざした。

 それぞれのレベルに合った人間とペアを組まされているので、フリンの相手は純白の呪力の、やはり水術の苦手なキグナスだった。


「お互い、焔術と水術の授業はツラいねえ」


 キグナスはフリンの弱々しい炎を受け止めながら言う。純白の呪力のキグナスは人がいい。フリンとは気が合った。


「免除にしてくれればいいのにね……」


「風術士は水術免除なんだよ、ズルいと思わない……?」


「まあ、それは効率の問題でしょ。風術だけは毛色が違うからなあ……」


 こうして、第七学年の後期授業もすべての課程を終わり、ランサー帝国術士養成学院は、長い夏休みに入った。




「夏だーーーー!バカンスだーーーー!」


 レクサールは相変わらずの暑苦しさで大きく伸びをした。


「東部に帰るんだろっ?夏と言えば海だろう。俺も連れていけ……!」


「絶対にイヤだ……長期休暇ぐらい静かに過ごさせてくれ……」


 昔、コイツを故郷に連れて行って酷い目にあった覚えがある。


「だいたい、東部って言ってもウルスラッドは内陸側なんだから、海なんかないんだよ」


「帝都よりは海に近いだろう。野営訓練だと思って出掛ければいい」


「イヤだよそんな、めんどくさい。レックスは金持ちだから分かんないかもしれないけど、母子家庭のうちには、そんな風に、外で遊び回れるような余裕はないの!」


 何度目になるか分からない会話をここでも繰り返す。

 暇人め……。


「イケメンなんだから、彼女の一人でも作ってみたら?僕なんかと遊んでないで、女の子を捕まえればいいんだよ……」


「か、彼女だと……?そ、そんなもの……」


 動揺するレクサールを見ながらニヤニヤする腹黒いフリンだった。


 コイツの頭の中には一人の女の子しかいないんだもんね。


「あーーーーっ!」

 フリンは思わず大声を出してしまった。


 このうるさい親友を黙らせるいい人材を見掛けたからだ。

 フリンは学院の正門へ向かう一人の女学生を慌てて呼び止めた。


「ユーリア、ちょっとちょっと……」


 小綺麗にしてはいるが、地味な顔をした女学生が迷惑そうな顔で立ち止まる。

 アークライト・リッカの取り巻きの一人、下級貴族出身のクインシー・ユーリアだ。


「これから長い夏休みでしょ。一日ぐらい、この暑苦しい男と付き合ってくれないかなあ。リッカも誘って、えっと……ピクニックとか、バーベキューとか?」


 ノープランで話しかけたフリンはユーリアの迷惑そうな顔にたじろいでしどろもどろだった。


「何勝手なこと言ってるんだフリン。お前意外と大胆なとこあるよなあ」

 当のレクサールは呆れ顔で言う。


 ユーリアはチラリとレクサールの顔を見て、頬を赤らめる。


 イケメンはズルいよなあ。断らないだろう、断れないだろう……?


 フリンは満更でもなさそうなユーリアの顔を見ながら心の中で呟いた。


「そ、そうね……レクサール・エレンブルグが一緒なら、私は構わないわ。まあ……リッカの返事しだいだけどね。声、掛けてみる。日にちはいつでもいいの?」


「うん。出来れば早い方がいいな。バカンスの後半は僕も、実家に帰ろうと思ってるから。それまでは寮に居るから、いつでも返事してよ」

 フリンはしめしめと思いながらユーリアに言った。


「余計なことするんじゃねーよ。あのお高く止まった戦乙女が誘いに乗ってくる訳がないだろう?お前も命知らずだな」


「何言ってるんだよ。せっかく僕が一肌脱いであげたって言うのに。感謝してくれてもいいんじゃないか?」

 二人は喋りながら男子寮へと向かった。


「レクサールはS級学生で、イケメンなのに臆病者だよね」


「それは違うぞ、フリン。俺は知ってるだけだ。アークライト・リッカには、心に決めた『本命』がいるって噂じゃないか。大貴族の御曹司だと言うぞ……?平民の俺

なんかに、叶うわけがないだろう?」


 ごめん……。


 滅多なことではこの『俺様』な態度を崩さないレクサールが傷付いた顔をしているのを見て、フリンは心の中で謝った。


「だけど、たとえそれが本当だったとしても、レックスなら略奪出来るよ。それだけのスペックがあると思う」


「どうだかな……」

 万年二位のレクサールは自嘲気味に言った。


 フリンのヤツめ。余計なことをして。俺は別に略奪したいなんて思ってるわけじゃないのに。

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