10
しばらく夏の海を楽しんだ後、三人は早々に乗り合いの馬車に乗って、ウルスラッドへの帰り道を辿った。
明日から、イヴは隣町の住み込みの職場へ戻らなければならない。
今日も、何の約束もできないままに、一日が終わってしまった。
馬車の心地良い揺れが眠りを誘ったのか、こともあろうにフリンは、イヴの肩に頭を預けて眠りこけてしまっていた。
いったい、何を考えているのよこの男は……!
イヴは、あどけない子どもみたいな幼なじみの寝顔を見て、その柔らかな体温を肩に感じながら、溜まらない愛しさが込み上げてくるのをどうすることも出来なかった。
私だって、こんな気持ち、もういっそ綺麗さっぱりどこかへ棄ててしまえば楽になれるのに……。
こちらがどんなに愛しいと思っていても、その三分の一も応えてはくれないのだから。
イヴは黙ってハンカチを取り出して、俯いて両目をしっかりと覆っていた。
どうしようもなく涙が零れてくる。
さめざめと泣いているところなんて、辻馬車に乗り合わせた人達に見咎められたくはなかった。
そんな二人の様子を向かいで見ていたレクサールは、目を覆わんばかりの光景だ……と、渋い顔をしていたが、どうすることも出来ないのでそのまま寝た振りをすることにした。
俺があれだけ叱り付けたのに、全く懲りていない。
なんて罪深いヤツなんだ……。
悪気がないだけに余計に業が深い。
そうして、小一時間も馬車に揺られていた時だっただろうか。
馬車が急にとまり、辺りが何やら騒然とし始めた。
「なんだ……?」
レクサールは思わず目を開けて周りを見回した。
フリンも寝ぼけた顔をして目を開ける。
「うわっ、ご、ごめん……」
フリンは心底慌ててイヴから身体を放す。
「ごめん、じゃないわよ。迂闊なやつ!」
今やいつも通りのさばけた顔に戻っていたイヴは呆れ声で言った。
しばらくして、御者が乗客たちに声を掛けに来た。
「どうやら、街道沿いに魔獣が出たらしいんだ。いま、近くの町に、警備兵を呼びに行ってるみたいだが、しばらく待ちぼうけだなあこりゃ……」
フリンとレクサールは顔を見合わせる。
「行くか……」
二人はどちらからともなく声を掛けて、辻馬車の客席から飛び出した。
「ち、ちょっと待ってよ貴方たち……」
イヴは一人でその場に取り残された。
ちょっとした人だかりが出来ていて、五、六匹の魔獣たちが、人々を喰らおうとしていた。
「術士が来たぞ……!どいたどいた……っ!」
レクサールが持ち前の厚顔無恥さを発揮して、人々に割って入る。
襲われている人達は必死なので、助けに来た者たちが十代の少年たちでも気にしていないようだった。
「〃挑発〃」
レクサールの初手は地術の基本の『き』だった。
挑発を受けたすべての魔獣が一般人への攻撃を辞め、一斉にレクサールの元へ向かって来る。
「……からの〃榛摺の盾〃」
すかさずフリンが敵の攻撃に先んじて術を放つ。
褐色の細かな盾が複数出現して、魔獣たちの攻撃を一つ一つ丁寧に絡め取っていく。
示し合わせた訳でもないのに、お互いのやるべきことが当たり前に分かっているかのような、息の合った連携だった。
「お前それ、俺に出来ないことをわざとやってるだろ、やらしーな。そんな小技見せないでも、空五倍子色の壁一発で防げるだろう!?」
レクサールが腹黒い友に文句をたれる。
「いいからいいから、早く万年次席様の素晴らしい焔術も見せてよ!」
フリンが笑みを浮かべながら言う。
イヴリンあたりがこの場にいたら、この緊迫した場面で楽しそうに会話している二人を見て、術士の恐ろしさを思い知るところだ。
その場にいた人々が逃げたのを見計らって、レクサールが最後の一手を放った。
「〃炎獄〃」
レクサールも隣の腹黒い友人に見せつけるかのように、フリンにはとても扱えない焔術を披露した。
炎系の全体魔法。
すべての魔物に等しく焔を当てる術だ。
「これで君が褐色の『地術士』とはね……」
フリンは心の中で両手を挙げた。とても敵いっこない。
魔物がすべて燃え尽くされたのを認めた人々が戻ってきて、口々に二人の若い術士を褒め称えた。
「驚いたな!君たち、若いのに、軍人なのか?」
二人は揃って首を横に振る。
「いえ、しがない在野の術士です!」
そう言って、頭を下げると逃げるようにその場を辞する。
卒業試験も受験しておらず、免許も持たない学生が、昼日中に術をぶっ放したなんて、学校に知られたら退学ものだ。
「おーい、待ってくれよー!助けてくれた礼に、無料でウルスラッドまで乗っけてくから!」
イヴは馬車から降りて、二人の友人と、それを追い掛けてくる人々を見て、呆気に取られていた。




