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「くそ……また負けた……っ!四勝八敗だ……。次はぜってー負けん……っ卒業までには絶対追い抜かす……!」
「レックス、そろそろやめなよ。僕たちもう十七歳なんだよ?いつまでもそんな子どもみたいなことを……」
フリン・ミラーは親友のレクサール・エレンブルグを嗜めた。
前期と後期、年に二回ある定期考査の結果は、いつも学院の掲示板にこれ見よがしに貼り出される。
七年生の学年トップは、今回も悪役令嬢アークライト・リッカだった。
負けず嫌いのレクサールは、学年首席のリッカに激しい対抗心を燃やしていて、定期考査の度に一喜一憂しているのだ。
リッカの方は、レクサールのことなど、歯牙にも掛けていないにも関わらず、である。
「なんで一位じゃないとダメなんだ?レックスは優秀なんだから、そんなこと気にしてないで堂々と涼しい顔をしてればいいんだよ、ほんと、恥ずかしいヤツだなあ……」
フリンはぼやく。
冴えない自分とは違い、レクサールは容姿端麗、術士の実力もピカイチで、頭もいいと、三拍子揃っているにも関わらず、なんとも暑苦しいところがあって、そんなところがどうにも残念だった。
「ほんと、間違って『褐色』に生まれちゃったよね、君は……」
「あっ、てめ……っ!俺の気にしてることをサラッと口にしやがって!いかにお前だろうと許さないぞ……っ」
「はいはいごめんごめん、口が滑ったよ……」
いつも通りの流れだった。
レクサールは『深紅』ではなく、『褐色』に生まれてしまったことを、酷く気に病んでいる。
なぜって、エレンブルグ家は、深紅の名門だったからだ。深紅の子どもが必ず深紅に産まれると決まっているわけではなく、たとえ両親が深紅の呪力の持ち主だったとしても、褐色が生まれたり、純白の系統の家に紺碧が生まれたりと言うことはままある話らしい。
それでも、エレンブルグ家の長子に生まれたからには、出来れば深紅に生まれたかった、と言うのが本人の本音だろう。
褐色の信奉者のフリンからすれば、希少価値の高い褐色に生まれてなんと贅沢なことを言うのか、と思わずには居られないのだが。
「おい、お前も、通知表を見せやがれ……っ」
「ち、ちょっとやめてよ、乱暴なんだから……」
フリンは手に持った通知表を無理矢理奪い取られて憤慨する。
「むー……やっぱりお前は、万年Bランカーだなあ……」
レクサールは情けないヤツめ……と言う声で言う。
一学年の人数は三百人前後。
上位五十名までがAランク、その下百名がB、そのさらに下百名がC、最下位五十名がDと、定期考査の度に過酷にランク付けされるのだった。
Aランクの中でも、最上位の十名までは、公式ではないが、『S級』と呼ばれる。
レクサールとリッカも当然のことながらS級だった。
恐ろしいことに、D級にランク付けされてしまった人間は、よほどの特技でも持っていない限り、帝国軍の新規採用者に選ばれることはない。
「地術は実技も座学も『特S』で、一般教養も『S』なのに……焔術実技『D』ってのが効いてるよな……」
「悪かったね。いいんだよ、地術が出来れば。炎なんか使えなくても」
フリンはとことん焔術が苦手だった。
おかげで、総合順位はAランクの壁を超えられたことがない。
「いい加減克服しろよ……地術士なのに、炎が苦手なんて情けない……」
攻撃呪文の存在しない地術の使い手は、焔術も抱き合わせで身につけるのが必須だった。
頭では分かっていても、フリンは炎が怖いのだ。
八年前に故郷ウルスラッドを焔術士の炎に焼かれ、父親を焼き殺されてからは、焔術はフリンに深いトラウマを遺していた。
「気に病むことはないぞ、フリン・ミラー。お前の信奉する闇術士エンティナス・コールも、『地術』が苦手でなあ、それはそれは苦労しておった。あやつはどう考えても『地術』に向いている性格ではなかったからなあ」
老人の笑い声がして、二人は振り返った。
「サ、サルマン先生……!」
学院の、陰術部門トップの教師だった。
サルマン・ルシュディーと言えば、帝国軍術士部隊の黎明期を支えた敏腕陰術士だったと言う。
「そ、その話……くわしく……っ!」
フリンは先程までの態度とは打って変わって、人が変わったように教師に取り付いた。
フリンは機会があれば、帝国最強の闇術士の話を聞きたがった。ダークヒーローに憧れる幼い子どもみたいだ。
「何がいいのかね、あんなヤバそうな術士の……」
レクサールは一歩引いて、フリンの子どもみたいなキラキラした顔を見ていた。
まあ、『憧れ』って大事だよな。自分を磨く上で。高みを目指す上で、何か明確な目標があった方が分かりやすい。
俺の『憧れ』はと言えば……。
「あっ!おい待てアークライト・リッカ……っ!今回はお前に首位を譲ってやったがな……っ首席卒業の座だけは譲らねえぞ。ぜってー来年までに追い抜かしてやるからな……!首洗って待ってろ……!」
レクサールは、掲示板などには見向きもせず、取り巻きたちと一緒に、靴音高く通り過ぎていく美貌の紅蓮術士に声を掛けた。
リッカは燃えるような赤毛を翻してチラリと振り返ると
「誰でしたかしら、貴方……?」
それだけ言い残して颯爽と去って行った。
くっ……。このやり取りも、何度目になるだろう……。
完全にバカにされている。いつもお前の名前のすぐ下に書いてあるだろう!!!
俺のことなんか、全く相手にもしていない。そこがなんとも、堪らないんだけどね……。
私がウン十年前に通っていた学校は、学年順位だけでなくまじでA~Dで学生がランク付けされていました…
いま考えると恐ろしい…
最近の学校でもそうなのかしら?