猫又と幼馴染み~トライアングルレッスン スピンオフ―続・ゆいこが転生したら○○だった件―~
「にゃあ」
可愛い声で鳴いてみせると、魚屋のおばさんが鯵を一匹分けてくれた。
私はそれを咥えて路地に入り、決まった手順を踏んで住んでいる場所に帰る。少し暗くて自然の多いその場所では、舗装もされていない土の道を幾つかの影が行き来している。
その影のどれもが人間ではない、異形の姿をしていた。
ここは人の世とは別の、妖怪の世界。
私は猫又で、時折人の世に出かけては、こうして好物の魚を貰ったりしていた。
一本に見せていた尻尾を振って二本に戻し、悠々と道を歩いていると、道の端から声をかけられる。
「おい」
「……何?」
聞き慣れた声に仕方なく返事をしてやる。すると、草の陰から化け狸が出てきた。幼馴染みのたくみである。
彼は私が咥えている魚を見て、表情を歪ませた。
「ゆいこ、お前また人の世に行ったのか?」
「そうだけど。何か悪い?」
「人の世は危ないから、行ったら駄目だって言っただろ」
責めるような口調のたくみに、私は頬を膨らませる。
「たくみには関係ないでしょ」
「お前な……!」
「また二人で喧嘩しているのか」
不意に空から降ってきた声に、私はぱっと表情を明るくした。見上げると、上空に見知った顔がある。
「喧嘩するほど仲が良いとは言うが、ほどほどにしておけよ」
「好きで喧嘩してるんじゃねえよ」
黒い羽を畳んで下りてきた彼に、たくみが不服そうに口を尖らせる。
彼は、同じく幼馴染みで烏天狗のひろしだ。たくみよりずっと優しくて、恰好良くて、頼りになる。
「おい、今何か失礼なこと考えなかったか?」
「別に」
睨むたくみを適当にあしらう。そんな私にひろしが顔を向けた。
「その魚……ゆいこ、人の世に行っていたのか?」
「うん」
「楽しいのは解るが、人の世には危険もある。そちらもほどほどにな」
「はーい」
「俺の時と態度が違う!」
怒るたくみに、私はクスクスと笑った。
*
その日、私はいつものように魚屋のおばさんに魚を貰って歩いていた。
妖怪の世界へ戻ろうとしていたその時、目の前に影が立ち塞がる。
「ネコがいるぞ」
「魚を咥えてる」
「捕まえようぜ」
近所の子ども三人組のようだ。
私は妖力が小さいから、人間に対して何かをできるほど強くはない。私はその場から逃げようとしたが、背後に回り込まれて呆気なく捕まってしまった。ジタバタと手足を動かすが、ビクともしない。
どうしたものかと焦っていると、子どもの一人が声を上げた。
「あ、狸だ!」
子どもの視線の先にたくみがいる。彼は威嚇するように唸っているが、身体が小さいからか、子ども達に怖がる様子はない。
そして、やはり呆気なくたくみも捕まってしまった。
そんなたくみに呆れながらも、私は子ども達に何をされるのだろうという怖さも感じていた。
その時、不意に視界が翳った。そして、ふわりと浮遊感がする。
いつの間にか私とたくみは空を飛んでいて、眼下に尻餅をついて怯える子ども達の姿がある。上を見てみると、ひろしが私とたくみを抱えて羽を動かしていた。
「まったく。人間の子どもに捕まるとは」
「……」
溜め息を吐くひろしに、たくみは不機嫌そうな顔をする。きっと、一人で私のことを助けられなかったことが不満なのだろう。
だけど、たくみが来てくれた時、素直に嬉しいと思った。少しだけほっとした。
(まあ、本人には言わないけど)
私が思わずふふっと笑みを零すと、たくみが睨む。
「何だよ?」
「別に」