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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

デウス・エクス・マキナ

作者: 三輪哲夫


 一


 ーー悪鬼が出るぞ!

 次の瞬間、教室の後ろの方で、きゃあと叫び声が起きた。

 その声で草薙アキラは、まどろんでいた意識を現実へと一気に引き戻された。なんだなんだと後ろを振り向くと、色めき立つ数人ほどの女子の集団が不法に教室の一角を占拠しており、どうやらいつもの怪談話をしているようだと分かると、途端に眠りを邪魔された怒りが湧いてきた。

(そんなくだらない話にいちいち吼えるなよ………)

 基本的に、草薙はそういったオカルト的なものを信じないタチの人間である。しかし都合の悪いことに、草薙の通う市立東山中学校は、戦前より創立された歴史の古い学校であることに加えて、その校舎というのがいかにもな古臭くなにかが出そうな雰囲気をしているために、七不思議や怪談といった類の噂が絶えない。確か前には、北階段を四足歩行で往復する白い服の女、その前は中庭で泣き叫ぶ、死んだ赤子と血に塗れたその母親、更に前は保健室に住み着く、四肢を欠損した軍人らしき男………さて、どこをどう突っ込めばよいのやら、と草薙は思う。

 幽霊なんて存在しないと言えばそれまでだが、そうだとしても、学校に赤子と母親の霊がいる理由が分からないし、女の霊が四足歩行で北階段を昇り降りするのも合理性に欠けるし、軍人なんかは論外だ。

 そりゃ、そういった話に楽しむ理由もわからなくはないのだが、学生が徹夜で必死に考えたような後付けの辻褄合わせのフィクションには必ずと言っていいほど大きな穴があって、その穴に一度気が付いて仕舞えば、もうその先は以前のようにその話にドキドキワクワクとはいかない。つまり、根本的に論理的思考の草薙が、いくら心霊的な話や超常的な話を楽しむ気になったとしても、はなから無理な話というわけだ。それは当の本人である草薙にも理解はできていたし、というかそういう話で自分を楽しませる人間などただの一人しかいないわけで、最初から己と同じく中学二年生である彼女らの話など、楽しむ気はないのであった。

 草薙は眠りを犯された怒りを抑えて、またもう一度眠りにつこうとする。しかし一度目覚めてしまった身体はなかなか寝付けず、あとどれぐらい寝れるのかと時計を確認すると、十三時二十八分………五限の授業までもう二分とないのであった。

 仕方ないので眠ることをやめて、後ろのロッカーにまで教科書を取りに行く。

「その悪鬼っていうのがね、夜な夜な誰もいなくて真っ暗な学校の中を歩き回っているらしいの………怖くない? 昼間とかは体育館の倉庫で寝てるらしいけどさ」

「こわ、誰から聞いたのそれ?」

「え、んーと、確か三組の荒川さんだったような」

 ぴたり、と草薙の動きが止まる。ちょうどロッカーの前だった。

「あー、あの人よくそういう話してるよね」

 三組ということは、あの西園寺も知っているということだ。そして、彼女がこういったスピリチュアル的な話を受けた時の行動というのは決まって一パターンで、そう、例えばーー

「ーー草薙クンはいるかしら?」

 教室の後ろ側の扉、草薙から向かって左側の扉を雄々しく開けて、西園寺は言った。

 西園寺雪奈。中二女子とは思えない百七十センチを超える身長と豊満な胸をもった、黒髪ロングヘアの美少女。頭脳明晰スポーツ万能、超人を絵に描いたような人物であり、この学校においては生徒会長を務めている………が、実際に生徒達の印象としては、生徒会長というよりも、奇人変人といった色の方が強い。新入生が市立東山中学校に入学してまず最初にセンパイ達から聞く話は、彼女の武勇伝だと言っても過言ではないくらいだ。

 武勇伝その一。去年の文化祭で花火を自作し打ち上げる(もちろん先生達には無許可で。校舎の一角が燃えかけた)。

 武勇伝その二。超能力発現のため、学校全体に魔力で結界をつくり(結界とは名ばかりなもので、実際には校舎の至る所に、子供のいたずら書きのような模様の描かれた呪符を貼り付けただけなのだが)、校庭にて自作の爆弾の爆破を超能力で阻止する(無論失敗して爆発、先生によって何日かの謹慎処分と反省文二十枚が言い渡される。花火といい、西園寺は爆発とか派手なアクションが好きなのかなと思う)。

 武勇伝その三。休日の二日間を先生にバレずに学校で過ごし、怪談話の真相を究明する(当たり前のように何もなかった模様)。また、その際に美人養護教諭として有名な杉板夏目先生の下着姿を盗撮し、教頭と理科の先生のトイレでの不貞行為を録音。録音音声のみ流出の後、二名の左遷が校長より言い渡される。

 他にも山ほどあるがこれぐらいにしておく。ちなみに、そこまでやらかして何故彼女が生徒会長であり続けられているのかというと、単にそれ以上の優等生ぶりを発揮しているだけである。

 草薙は西園寺へと向けた視線をゆっくりと自身のロッカーへと戻す。彼女がここにきた理由など見当がついていた。つきまくっていた。

 汗が頬を伝う。

「…………」

「あら、いるじゃないの。………ねえ草薙クン、どうしてすぐに返事をしなかったのかしら?」

 他のクラスの教室に入ることは禁止なはずだが、よもや西園寺という女に学校のルールは適用しないらしい。分かっていたことではあるが。

 軽快な足取りで草薙に近づき、あと数ミリのところで止まる。彼女にまとわりつく高貴な雰囲気は、田舎臭い制服をドレスへと変え、シミのついた汚い上履きをシンデレラのヒールへと変化へんげさせる。しかしその悪魔のような威圧感だけは変えられない。草薙は全身に空気の重みすら感じていた。

「ふふふ、まあそんなことはどうでもいいかしらね。すでにあなたなら存じていることかと思うけれど、最近噂されている悪鬼について」

「ま、まあ、さっき風の噂でき、聞いたことだけど」

 西園寺は草薙の隣にしゃがみこむ。

「そう。なら、私の言いたいことは分かるでしょう?」

 そして、草薙の耳に口元を近づけて、天使のささやきのように優しく言った。

 ぞわり、と身の毛がよだつ。教室の雑踏が、校庭ではしゃぐ奴らの騒ぎ声が、元気いっぱいに鳴く蝉の声が、遠のく。西園寺の陽炎のようにゆらゆらとした声が反芻する。目に入る全ての文字が、意味不明な象形文字に見えてくる。

 予鈴が鳴った。

 救われたと思った。しかしそれも束の間に過ぎず、西園寺は立ち上がると、去り際に一言だけぽつりと、

「ーー今夜午後二十二時、校門前」

 招集命令に従わないわけにはいかなかった。


 二


 一般に、草薙アキラという人間への認識は二つに分かれる。

 一つは、どこか冷めた感じのする、しかし存外話してみると面白い男、といった認識。

 そしてもう一つは、奇人西園寺雪奈に付きまとう金魚の糞、もとい西園寺に対して劣情を抱く物好きな男、という認識。

 学校全体で見るならば後者の方が多い。西園寺までとはいかぬまでも、草薙アキラという名前は結構浸透しているのである。なぜかというと、西園寺の起こす変な行動全てに草薙アキラが関与しているためだ。前述した文化祭花火事件の際に、実際に花火を起こしたのは草薙だし、休日張り込みの際に食料やらなんやらを提供していたのも草薙だし、校庭爆破事件の際に呪符を校舎に貼り付けたのも草薙だ。厳密には違うとは言え、側からみれば彼も西園寺も同類の人間なのである。そのことを草薙は遺憾に思っているものの、心の奥底では悪い気はしていなかった。

 なにせ、同類の人間というのも大体間違いとも言えない。草薙にもどこか、彼女についていくことを楽しんでいる節があった。また、オカルト的な話で論理的思考の彼を楽しませられるのも、彼女ただ一人なのだ。

 故に、午後九時半。命令に従い、自室にて学校探索の準備をしている草薙の行動は、もはや必然と言えた。

 黒いリュックサックに、懐中電灯や水の入ったペットボトルやなんやらを詰め込んで、服装は半袖のTシャツに青の短パン。幼い頃に東京でお土産に買ったキャップを目深に被って、リュックサックを背負い、草薙は自室を出る。ちょうど大学生の姉と出会した。風呂上がりなのか下着姿で、首にタオルをかけて右手には食べかけの棒アイスが握られている。

「ちょっ、どこ行くのさこんな時間に」

「西園寺に呼ばれたんだよ、なんか怪談の真相を調査するとかなんとかで」

「怪談? あんたが?」

 呆れた口調に呆れた表情の姉。

 しかしすぐに笑みを貼り付け、

「あんた、ほんとゆきなちゃんのこと好きだよねぇ」

 なっ、と不服そうな顔をして、草薙は姉から目を逸らした。

「行かないと後が怖いからってだけだし、」

「好きな子の頼みは断れないよねぇ」

「話を聞け話を」

 相手をするのも疲れて、草薙は姉を無視して右手に廊下を行くと、突き当たりの階段を降りる。今度は母が階段の下から草薙を見上げていた。両手の中に洗濯物のたくさん入った洗濯カゴがずっしりとある。

「ちょっとこんな夜更けにどこ行くの?」

「学校」

 気分の斜めになった草薙は、それだけ返すとさっさと母親を退けて、階段を降りてすぐの玄関に向かった。

「いってきまーす」


 運動靴を履いて外に出ると、真っ暗闇が視界を覆った。夜の田舎は、都会なんかよりもずっと闇が深く、静寂は近い位置にある。一歩家から離れるたびに、静寂と溶け合い、この果てしない闇の中に飲み込まれそうだった。

 そんな自分の感性を、草薙は見下すと同時に心の奥底へ仕舞い込む。トタン屋根の下に置いてあった自転車を取り出して、夜の街へと駆け出す。すぐに家の光が見えなくなって、自転車のライトとほのかな月光だけが頼りになる。

 いつも通っている道なのに、夜になるとどうにも初めて通る道というような気がしてならない。辺りを永遠と続く田畑が、底なし沼のように思われてならない。孤独感が絶えない。

 人気のなさは相変わらずだが、そう思うのはなぜなのだろう。自転車のライトに照らされる道が、当たり前に続くと思えないのは、なぜなのだろう。

 ………もしも、暗闇に隠れたその先に、続く道がないとしたら。自分は自転車ごと奈落へと飛び出して、そのまま真っ逆さまに落ちて、落下の衝撃でばらばらになって、臓物をぶちまけて死ぬ。朝になると奈落は跡形もなく消えていて、いつも通りの道が続くだけ。夜の暗闇と同じく、自分の死体は太陽に燃え尽くされてしまう。

 いや、燃え尽くされるのならばまだいい。………もしも、奈落の奥底で、永遠に過ごすことになったとしたら。自分は死んでいて、何も感じることはできない。しかし、なにかを考えることだけはできるとしたら。誰もいない、果てしない奈落の真っ暗闇な底で、ばらばらになった自分の死体を見つめ続ける。そして何かを考え続ける、考えることは、学校での思い出とか、幼少のトラウマとか、とにかくこの場合なんでもいい。それが、永遠に続くことだけが全てだ。たとえ肉が腐り落ち、真っ白な骨だけになっても。

 …………。

 ふと、そんな想像が頭をよぎった。ペダルを漕ぐたびに強くなる風が、気持ち悪く感じた。

 くだらない妄想だと論理の部分では割り切っているのに、心の奥の奥の方では恐怖している。このまま進み続けたら、もう二度と家に帰れないのではないか。影の中から化け物が現れて、喰い殺されてしまうのではないか。

(………これじゃあ、あの女どもと同じじゃないか)

 自分でつくった空想に惑わされてなどなるものか。

 草薙はペダルを漕ぐ足を止めなかった。

 しばらくして、目が暗闇に慣れた。

 遠くの方に、おんぼろな校舎が見えた。

 市立東山中学校の校舎であった。

 そして、校門の前に小さな灯りがある。すぐに西園寺達のものだと分かった。孤独感がなくなり、自然と安堵していた。

 校舎がすぐ目の前に迫ると、道の端に自転車を止めて、西園寺達のもとへ向かった。

「遅い、二分の遅刻」

 キッと草薙を睨んで、西園寺は告げる。放課後だというのに制服姿で、その右手には懐中電灯が握られている。

「まったく、いったいなにをしていたんですか?」

 西園寺の後ろに佇んでいた、ジャージ姿の久美子が口を開いた。学校の塀に小さな身体を預けて、哲学書を読んでいる。霞んで聞こゆる鈴虫の声が彼女のシルエットを曖昧にしている。この女も来ていたのか、と草薙は思う。久美子は西園寺と同じ三組だ。以前から、西園寺を挟んで彼女と草薙につながりはあった。そのときの草薙の久美子への印象は、自分以上の論理的思考の持ち主で合理性を追求する人物、というものだった。

 ーーだって、仕方がないじゃないか。僕の家は西園寺達よりも遠くにあるんだし、加えて僕は大して運動が得意じゃない。遅刻して当然とまでは言わないけれども(というか、たかが二分の遅刻でそんなに言うか)、少しぐらいは見逃してくれてもいいだろうに。

 とはいえ、そんな言葉を出せるほどの勇気があるはずもなく。

「ごめん、準備に手間取っちゃって」

「………まあいいわ。とりあえず全員揃ったことだし、作戦の確認といくわよ」

「作戦?」

 草薙と久美子は首をかしげた。

「作戦って、いったいなんの」

「まさか、作戦もなしに校舎内へ侵入というわけにもいかないでしょう? この学校、ロクに古いくせにセキュリティだけはご立派に最新のものを使っているの。どこにそんなお金があるんだって話だけど………それは置いておくとして、さて、そうなると侵入も生半可にはいかなくなる。人間の熱を感知して警備会社に連絡のいくシステムや、赤外線レーザーを何かが遮った際に警報が鳴るシステム………これらを掻い潜って侵入するのは困難を極めるわ」

「じゃあ、いったいどうすれば」

 そこで、と、西園寺は胸ポケットからくしゃくしゃに折られた一枚の紙を取り出した。広げてみると、A4サイズの紙で、どうやら建物の俯瞰図らしい。建物というより、なにかの施設の全体図と言った方が近い。そこに、赤ペンで書かれた矢印やら色んな文字やらが右往左往飛び交っている。

「市立東山中学校の全貌を俯瞰したものよ。右下の左に伸びる長方形が倉庫を含めた体育館、その先にある左下の正方形が部室棟、そこに向かい合うようにして紙の上部全域を占めるのが校舎、真ん中の細長いところにテニスコート等を含めた校庭。校門………つまり、私達の現在地は左端っこの真ん中らへん。赤丸で囲ってある場所が悪鬼の目撃ポイント。校舎の四階と屋上、それから体育館倉庫、部室棟の地下倉庫。あっちこっち行ってる矢印が侵入経路で、私達はこれから地下倉庫、体育館倉庫、校舎四階と屋上の順で悪鬼を探す」

「そ、そこまで分かってるのかよ」

「前日に下調べに来ているしね。これぐらいは当然だわ」

 草薙は愕然とした。当然と言いのける西園寺に対し、そこはかとない狂気すら感じる。

「去年まではここまでではなかったのだけれど、私の侵入でセキュリティを強化したみたい。以前よりかは多少難しくなっているわ。ま、安心なさい。なにせ、全国模試一位のこの私がいるんだから」

 その日本一の頭脳をもっと別のことに活かせはしないのだろうか、とは久美子も思ったことであろう。ちらりと草薙が西園寺の奥にいる久美子を見ると、草薙同様、半ばうんざりした表情の久美子がぱたり、と持っていた哲学書を閉じた。

 それが計画開始の合図となった。

 時刻は午後二十二時を七分ほど過ぎていた。

 つまり、彼らが帰還をするのは、これより約ーーーー分後のことである。


 三


 侵入には相当の苦労をした。

 まず、久美子が運動できないことが大きな問題だった。

 これは、女の子ゆえの、そんじょそこらにありふれたできないではない。多分、遺伝子から、存在そのものから運動ができないのだろうと思われる、正真正銘のできないであった。

 そのために、校門をよじ登るのにも困難を喫した。校門は、学校をぐるりと囲う塀とほぼ同じ高さーーおよそ二メートルと半分ほどの高さであったが、表面のでこぼこを利用すれば、運動の得意でない草薙でもすいすいと登れた。しかし、久美子はそうではない。身長は百四十七センチメートルと低い上に、身体が硬いのか、壁に足をかけようにも全くと言っていいほど足が上がらない。ジャンプをさせてみたが、ほんの数センチ地面から浮いたのみ。

 自力では絶対に無理だと判断した草薙と西園寺は、先に登った草薙(西園寺が先でもよかったのだが、草薙に下着を見られることを嫌って草薙が先になった)が久美子を上から引っ張り、下から西園寺が押す形でなんとか塀を登ることには成功した。ちなみに、西園寺は草薙の持ってきたリュックサックを背負い、右手に懐中電灯を持った上で、二秒とかからずに塀を乗り越えた。同じ人間でどうしてこうも違うのだろうか。

 そんなことを考えながら、草薙は塀の上から飛び降りる。足が少し痺れる。遅れて西園寺が飛び降りる。久美子が飛び降りることをぐずったので、西園寺が抱っこしてあげることにする。

 西園寺の胸元にダイブするように久美子が飛び降り、西園寺は上手くそれをキャッチする。優しく下ろす。

 草薙は久美子が降りたことを確認すると、振り返って夜の市立東山中学校を見た。

 なんら珍しくはない、田舎のグラウンドがまず目につく。一周三百メートルの大きなサークルが白線で描かれており、部活の残骸とも言うべきか、隅っこの方にサッカーゴールやらコーンやらが無造作に押しやられ、なにか哀愁のようなものを漂わせている。そのグラウンドの四方をコンクリートの道が囲い、規則的に並べられた、奇妙なくらいに明るすぎる街灯が、小さく足元を照らしている。しかし照らしているのは足元のみで、グラウンド全体は、やはり暗闇に覆われている。

 草薙は、グラウンドに入る。左右に聳える校舎と部室棟、体育館が、いきなりの侵入者をまじまじと見つめている。真正面の遠くの山が、中学二年生男子を朧げに眺めている。そのようすを、雲間をぬって月が見下ろす。

 近くで鈴虫が鳴く。

 草薙の近くを蚊が飛ぶ。

「あんまり勝手に行動しないでもらえるかしら」

 振り向くと、腕を組んで西園寺が立っている。夜の学校の雰囲気に呑まれたことにようやく気がついた。

「ごめん」

 と言って、草薙は西園寺の近くに寄る。

「まず初めが地下倉庫………つまり、すぐ右にある部室棟ね。部室棟には、東側の左から四番目の窓から入る。あそこには物が置いてあってその都合で鍵が閉められていないの」

 そのとき、空が激しく光り出した。

 一瞬にして赤く染まった空は、空爆の予感を西園寺、久美子、草薙に与えた。

 烈しく閃光が迸る。

 市立東山中学校の校舎、部室棟、体育館、その全くが白い光に包まれる。爆心地からおよそ数キロ、当然巻き込まれる。

 夜が朝になったのかと錯覚した次の瞬間には、彼らはもう死んでいた。


 機械仕掛けの神がほくそ笑む。

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