「口づけと共に死ぬ」‐『回想 レディ・オブ・ザ・ランドに行こう』
コラン・ジョーンズが産まれる数年前。
かつて、ギリシャ領の小国だった港町。潮の匂いが満ちるカラッとした空気と陽気な雰囲気で、活気ある漁師たちの故郷である場所。
そこで、冒険家のオリバー・ジョーンズとその妻であり考古学者のサンドラ・カレリ・ジョーンズが漁師にとある島に連れて行って欲しいと頼み込んでいた。
しかし、二人の願いを聞いた漁師は日に焼けた髭面を真っ青にして首を横に振る。
「そこをどうにか! 金なら弾む。何なら、僕がアフリカのサバンナで見つけた珍しい金の仮面も譲るよ。きっと高く売れるぞ?」
「無理だ無理だ。諦めて帰ってくれよ、お二人さん」
「お願いします。どうしてもレディ・オブ・ザ・ランドに行きたいのです」
二人の目的は、人を殺す醜いドラゴンが棲むという迷信のせいで、地元の漁師も寄り付かない孤島――レディ・オブ・ザ・ランドに行くことだった。
港町に伝わる伝承曰く、
『島に棲むドラゴンはひどく醜くくて、しかも性格が悪い。島に近付くだけでも怒り狂い、海を荒らして漁師の乗る船を沈没させる。だが、声だけは美しく鈴のような透き通る声で歌を歌う。しかし、その歌に聞き惚れているとドラゴンに掴まり食い殺されてしまう。』
町の子供は代々この伝承を年老いた女たちから聞かされる。子供に伝承を伝えるのが、彼女ら老婆の仕事だからだ。
掟を教え込まれた子供はやがてして漁師になるのが町の通例。島のドラゴンは漁師にとって、関わってはならない禁忌の存在であり、海の怪物。
それが、ドラゴンが棲む島の迷信『レディ・オブ・ザ・ランド』だった。
伝承を信じて命が惜しい以上、町のどの漁師もどれだけ金を積まれても了承しないだろう。
漁師の頑固さに渋々諦めたジョーンズ夫妻は、「せめて」と前置きしてから尋ねる。
「教えてください。この辺りに、メイドの恰好をした怪物が現れると聞きました」
「私たちはその方を探しに来たのです」
「……。あんたら、バカなのか? そんな大昔のホラ話を信じてきたのか?」
哀れむ目でジョーンズ夫妻を見る漁師だが、夫妻は真剣だった。
その本気の眼に負けを認めた漁師が溜息を吐いた後、渋々と語り出す。
「そいつは大昔の――オレの爺様の代ぐらいかの空き巣が酔って話した作り話だ。確かにあんたらの言う通り、メイドの恰好をした怪物が居たって話だったよ」
そこまで話して、漁師が何かを思い出したみたいに「あぁ……」と呟いた。
「確か、これもドラゴンだったって話だったな。『ドラゴンメイド』って話題になってたらしい」
漁師の言葉を聞いたジョーンズ夫妻は顔を輝かせる。
まるで見つけたビー玉を宝物だと大はしゃぎする子供のようだった。
「それだ! サンドラ、遂に見つけたんだよ。僕らは見つけたんだ!」
「ええ、ええ。ここまでホントに長かった……!」
「ああん……?」
勝手に盛り上がるジョーンズ夫妻に、意味がわからない漁師は疑問符を浮かべていた。
オリバーが意思の固い表情で漁師の手を両手で握った。
「お願いします! やっぱりレディ・オブ・ザ・ランドに連れて行ってください!」
「はあ!? ちょっと待て」
まさか話が逆戻りするとは思っていなかった漁師は、思わず手を払って二人から距離を取ろうとする。
すかさず、漁師のもう一方の手をサンドラが握る。
「お願いします。どうか、どうか」
何度も頭を下げ続ける二人のせいで、漁に使う網を整理できない漁師はほとほと困り果てた。
面倒な旅行者に絡まれたと、酷く後悔してこの時間が過ぎ去るのを天に祈る漁師。しかし、両手が塞がれて祈りの手を出来なかった。
オリバーとサンドラの探していたドラゴンメイド。
その名と共に語られている伝説がある。
曰く、
『ドラゴンメイドに遭遇すると、子供を授かれる』
伝説の真偽など考えない。
二人はただ、迷信のようなこの伝説が本当だと信じて縋り付いた。
サンドラは研究の実地調査中に酷い熱病に罹ったことがあり、そのときに医者から二度と子供を授かれないと宣告された。
その言葉に深く悲しんだ二人だったが、決して諦めないと決意した。
既存の医学が絶望を提示するなら、まだ見ぬ神話や民間伝承に希望がある筈だと。
未知には希望がある。それは世界中を旅する二人だからこその、人生を貫く絶対の信条だった。
世界中のあらゆる土地に伝わる子供を授かれる伝説や迷信をかき集め、全てを調査し、自分たちで試し続けた。
百を超える失敗を経験しても、彼らはまだ見ぬ我が子に出会えると信じて、次の手段を求め続けた。
あるとき、夫妻の前に白金の仮面を付けた貴婦人――レディが現れ、ドラゴンメイドの話とレディ・オブ・ザ・ランドと思われる島を二人に教えた。
レディは正体不明の資産家として著名だった。
子供を諦めない二人に感動し、ぜひ協力したいとレディは言った。
「私も諦めきれない夢があるの。もし、二人に子供が出来たら私にも抱かせてね」
そう言って、レディは二人に旅の資金を渡した。
ジョーンズ夫妻はオカルト信者ではない。冒険家と学者だ。情報に満足して、ただそれを受け取ったりせず、謎の先に宝物があると考えて調査を深めた。
彼らの調査の結果、レディの話は信憑性が高く、ドラゴンメイドこそがレディ・オブ・ザ・ランドに登場するドラゴンだと仮説を立てていた。
そして、子供に関する情報も嘘ではないと調べ上げた。
オリバーとサンドラは自らの足で孤島に立ち、ドラゴンメイドと対面して仮説を証明しようとこの港町までやってきたのだ。
しかし、夫妻の思い通りとはいかず、町の漁師は島に行くのを嫌がるばかり。
さて、どうしたことかと悩んでいたとき、夫妻に声を掛ける人物が居た。
――
レディ・オブ・ザ・ランドに向かう小型船。
小型ボートを漁船に改造したもので、漁師用の釣り竿が沢山積んである。
船に乗っているのは、オリバーとサンドラ、そして船の持ち主である若い漁師ラヌ。
「サンドラ、少し船長と話してくるよ」
「ええ」
オリバーが立ち上がって、船揺れのバランスを取りながら後方で舵を取るラヌの元にやってきた。
陽気にオリジナルのリズムを取るラヌに声を掛ける。
「今、どれぐらいだい?」
「そうだなぁ、どれぐらい? う~ん……わかんねーや」
「え? ど、どういうことだい?」
困惑するオリバーに、ラヌは豪快に笑って答える。
「すまんね、旦那さん。オイラ、バカでな! ずっと小せい頃から漁師やっててさ、長さとか感覚じゃわかんだけど言葉に出来ねえや。けど、安心してくれや。やっと手に入れたオイラの船でしっかり連れてってやるからよ!」
ガハハと、笑う青年の自信満々な態度は安心感がある。
だが、対するオリバーは不安で一杯だった。
愛想笑いを浮かべるオリバーにラヌが尋ねる。
「そういやよ。なんだって、お二人はレディ・オブ・ザ・ランドに行きたいんだい? あそこはオイラも親分に言われてるから避けてたんだぜ」
「ん? ちょっと待って。キミ、あの島に行ったことあるって言ってなかったかい!?」
「あん? …………あー。そだっけ?」
本気で覚えていないと言う顔で、首を傾げるラヌ。
実際の所、ラヌは自分の言葉などすぐ忘れる性格をしていた。
漁師と揉めていたジョーンズ夫妻を仲裁したラヌは島に行きたいという二人に
「オイラ行ったことあっから、案内してやるよ。金は弾んでくれな」
と、元気に言い放ったのだ。
だが、海に出て自分の船を運転していたら潮風が気持ちよくて、ラヌは自分がそんな台詞を言ったことを忘却していた。
陽気で能天気。良く言えば明るく元気、悪く言えば明るいバカ。
それが港町一のお人好し、ラヌだった。
二人はラヌの言葉を信じて、旅行が出来るぐらいの大金をすでに渡していた。
それだと言うのに、この能天気な青年は自分の言葉すら覚えていない。
流石にオリバーも焦り出す。
「ら、ラヌ。ホントに、レディ・オブ・ザ・ランドに着けるのか? 大丈夫なのか?」
「心配すんなって旦那さん。船は初めてか? オイラ、これでも舵取りが上手いんだ。親分にもよく褒められた。確か、仲間がこっちには近付きたがらなかったから、多分こっちで合ってるよ」
根拠がないくせに、妙に自信がある様子のラヌ。
独特なペースのラヌに呆れつつも、オリバーは感心していた。
普通なら雑なラヌに怒ってもおかしくない場面だが、オリバーはまるで怒らず、むしろラヌという人間を面白がっていた。
「キミ、ホント凄いね。そんなに自分を信じられる人って、世界中を巡ったけどそんなに居ないよ」
「そういう旦那さんや奥さんだって。子供を産みたいからって、世界中の噓かもしれねえことを信じてるんだろ。そっちだって凄えよ」
「あれ、それは覚えてるんだ……」
自分の言葉を忘れている癖に、こちらの言った事情はしっかり覚えている。オリバーがラヌの意外な記憶力に驚いていると、ラヌが大笑いした。
「オイラ、バカだからよ。言葉とか字とかは覚えられねえから、せめて人の話はしっかり聞こうと思ってるんだ。だからかな。真剣に話してるとか、嘘ついてるとかわかんだ。あんたらは真剣に話してて、自分たちのやってることが正しいって信じてた。結構、好きだぜ。あんたらのこと」
「……ありがとう」
ラヌの純粋な好意。彼の感受性の高さは、その純粋さにあるのかもしれない。
それにオリバーは感謝を述べて心の内を明かす。
「僕らが絶望したあの日、二人で考えて決めた。子供を授かれないって他人に言われたからって、親になる僕らが、僕らの子供が生きるかもしれない未来を信じないのは違うと思ったんだ。僕らは未知に希望があると知っている。世界にはきっと、子供の助けになる沢山の希望がある」
「難しいからわっかんねえけどよ。旦那さんと奥さんは、いい父ちゃんといい母ちゃんになるな」
ラヌがニカッと笑った。
オリバーも微笑で応えた。
「――見えたわ、島よ!」
船の前方からサンドラの声が上がった。
オリバーとラヌは急いでサンドラの所にやって来た。
「ほら、あそこ!」
サンドラが指さした方角に島影が見えた。
その島こそ、二人が探し求めたドラゴンメイドが居るレディ・オブ・ザ・ランドだった。
――
「……誰か来た。数百年ぶり?」
孤島の城館に居たメイドが浜の方から聞こえる音に気付いた。
到底、人間では聞き取れない距離の筈だが、そのメイドは既に人間ではなかった。
角を生やし、トカゲの尻尾を生やし、ドラゴンと人間が混じったような顔。
彼女――ドラゴンメイドは何時ぶりからもわからない来客に心底辟易した。
「物見遊山のバカか、伝承を忘れたバカか。どちらにせよ、バカね。軽く脅かせば帰るでしょう」
島に上陸してきた連中を罵り、ドラゴンメイドは暇つぶしの掃除を再開する。
どうせ、待っていればここに辿り着く。
そして、自分の顔を見て、怪物だなんだとのたまって悲鳴を上げて逃げる。
無駄なことをする必要はない。それよりも、床を無心で磨いている方がマシだ。
床拭きを続けるドラゴンメイドの頭を埋め尽くすのは、どうやって今日という時間を潰そうかということだけ。
毎日、その一日が過ぎることだけを望んでいる。
自分の生活に変化はない。
そう、決めつけていた。
――
島に上陸したジョーンズ夫妻とラヌは浜から見えた城館を目指していた。
冒険慣れしているオリバーが先頭に立ち、サンドラを真ん中、ラヌが最後尾で後ろを警戒していた。
しかし、ラヌは初上陸した禁忌の島に興味津々で、警戒というよりも好奇心で周囲を見回していた。
そんな上の空のラヌにサンドラが声を掛けた。
「ラヌ、本当にありがとうございます」
「え、何が?」
「島に連れてきてくれたこともですけど、こうして付いてきてくれたことですよ。危険かもしれないのに」
「危ないのは嫌だけどよぉ。旦那さんと奥さんが居なきゃ船も出せないし、待っとくってのもつまんないからさ。それだけだって」
「それでもですよ。アナタみたいに今の状況を楽しんでいる人が居ると、こっちも気が楽になります」
「マジ? 親分とか皆にゃ、気が散ってるって怒られるんだぜ」
「ふふ、好奇心が強い証拠ですよ。きっと、ラヌは色んなことが好きなんですよ」
サンドラの言葉に、ラヌは足を止めて「はー」と呆然とする。
ラヌの能天気な所や興味を優先する性格を認めてくれる人間は、親や仲間にも居なかった。
その性格ゆえにダメと言われると逆に関心を持ってしまう癖があったラヌ。そんな彼を港町の人間は、言い伝えや年寄りの言葉を軽く見ていると何度もしかりつけた。
だから、ラヌにとってジョーンズ夫妻は初めて彼の在り方を認めてくれた人たちだった。
夫妻は何気ない感謝と好意の言葉のつもりだったし、ラヌも性格的に重く捉えていないけれど。
「……いい人たちだなぁ」
思わず、ラヌはそんな言葉を漏らしていた。
――とりあえず、彼らに付いて行きたい。
そんな風に思って、立ち止まっていたラヌは夫妻に急いで合流した。
先頭を進んでいたオリバーが興奮気味な声を上げた。
「サンドラ、ラヌ。見つけたぞ! 凄いぞ、かなり古い建築様式だ」
城館は石造りでヒビが至る所に走っていた。絡みつく自然の痕跡が長い年月ここに城館があることを思わせた。
二人の到着も待たず、オリバーは城館に近付いて観察を始める。
「古典主義建築の影響があるが、これはローマ建築だ。ヒビの中に苔がビッシリ、雨の影響だな。神殿……城……いや、小さすぎる。邸宅? コレは……」
声を聞いて駆け付けたサンドラとラヌが、ヘラと虫メガネを持って城館の壁にへばり付いているオリバーを発見する。
ラヌが不思議そうに首を傾げる。
「旦那さんは何をやってんだ? 壁削って苔なんか集めてるし、何かブツブツ言ってるが……」
「オリバーの趣味と仕事みたいなものなの。特に古い建物とか大好きでね。ちなみに私は考古学者だけど、民俗や文化専門で好きなものが違うのよ」
「はあ。学者さんってのも魚みたいに色々居るんだなぁ……」
オリバーは二人に気付き、早口でわかったことを語り出す。
「凄いぞ、ココはかなり古い時代の別荘だ! 小さいが装飾はかなりこだわっている。しかも、サンドラ、コレを見てくれ」
オリバーが示す場所は壁の一部。風化して石が削れてしまっているが、何かの彫刻がされているとわかる。
サンドラはオリバーに誘われてそれをじっと観察して、「うん」と頷いた。
「……集めた資料にあった、かつてこの地域に存在した国の紋章ね」
「そうだ。つまり――」
「ここは王族の別荘だった。ここに住んでいたのは国の王族……。けど、変じゃない?」
サンドラの疑問に、オリバーが怪訝そうな顔をする。
「何がだい?」
「普通は農場と合一して造られるわ。けど、この島は農場を作るには不向きよ。潮風が強過ぎるし、背の高い木が周囲を囲ってる。風よけの壁か、別場所に農場があるのかもだけど島自体が小さいわ。王族の建物が建つにしては立地が悪いし、規模が小さくない?」
「確かに。だとしたら、どうしてこんな島に?」
サンドラが周囲を見回して、港町がある方角の景色が開けているのを発見する。
オリバーの疑問にサンドラが一つの仮説を立てて答える。
「……島流しかも」
「何だって?」
「わからないわ。けど、イメージよ。国から離れた孤島で国が見える場所に住まわせるって、まるで幽閉してたみたいだなって思ったの」
二人が発見した史跡の議論に花を咲かせていると、暇を持て余したラヌが声を上げた。
「お二人とも、盛り上がるのは良いんですが目的のドラゴンはいいんですかい?」
「あ、ごめんなさい! いつもは二人だから……」
「ああ。お互いが納得するまで話し込んでしまうんだ」
照れ笑いを浮かべ、ジョーンズ夫妻がラヌの所に戻ってくる。
ラヌは拾った木の棒を剣みたいに持っていた。
「オイラ、暇だったから、ちょっくらこの辺を見回ってきたんだ。あっちの方に中へ入れそうな入り口があったよ」
ラヌが木の棒で行先を指し示す。
一行はラヌの案内で城館の入り口まで移動した。
そこには確かに頑丈そうな鉄扉があった。
所々が錆び付いて、長らく使われていないと思われた。
扉を開けようとするも、ビクともしない。
仕方なく、オリバーとラヌが二人がかりで鉄扉に体当たりした。
何度目かの衝突で、鉄扉が壊れて大きな音を立てて内側に倒れた。どうやら、内部の錆がかなり進行していたようで、留め金部分が脆くなって根元から折れてしまっていた。
倒れた鉄扉を避けて、三人は城館内部に侵入した。
城館の内部はキレイに掃除されていた。
成長した木が床や壁を貫通して天井に穴が開くほど内部が荒れていると想定していた三人は、まるで今も人が生活してると思えるほど整理された様子に驚いた。
外の様子とは違い、内部はしっかりと管理されている。
それはつまり、誰かがここに居るということ。
人知れず生活している存在が、探し求めていた存在である可能性が高い。
ジョーンズ夫妻は無言で視線を交わし、自分たちの期待を高める。
ラヌは壁に掛けてある古い意匠の剣を眺めていた。
「すんげぇ……初めて見た。これ、カッコイイなぁ」
すると、館の奥に通じる通路から声が響く。
「――扉を壊すなんて。随分、失礼な客人ね」
足音と共に現れたのは――角と尻尾を生やし、ドラゴンと人間が混じったような顔をしたメイド。
着ているメイド服は現代に似た物だがかなりボロボロだった。破れた部分などは縫われて度々修繕されている。
だが、右手首あたりなどは布自体が無くなっていて、そこから覗く細腕には鱗がビッシリと生えていた。
「マジにドラゴンじゃねえかよ……」
ドラゴンメイドの様相に怯えるラヌとは対照的に、ジョーンズ夫妻は天使を見たような晴れやかな表情を浮かべる。
「やっと、やっと見つけた……」
「私たちの希望」
周囲の様子など気にも留めず、ドラゴンメイドは外を指さして、珍客の三人を睨みつける。
「どんな要件か知らないけれど、すぐに立ち去りなさい。でなければ、殺すわよ」
そう告げると、本気だと示すようにドラゴンメイドは口端から毒の息をわずかに漏らしてみせた。
相手の真意を見抜けるラヌだけはドラゴンメイドが本気の殺意を向けていると気付いた。
「や、ヤベェ……逃げっぞ、おい!」
夫妻を連れて逃げようとしたラヌは手を伸ばす。
しかし、彼の手が届く前に、サンドラとオリバーはドラゴンメイドの前に跪いて祈りをささげた。
「どうか、どうかお願いします」
「私たちに赤ちゃんを、子供を授けてください」
祈られたドラゴンメイドの方が訳が分からず困惑する。
「は、はあ? 何、何なの。意味がわからない……」
「ドラゴンメイドの伝説です。アナタが港町に現れたとき、アナタを見た女性が身籠ったと伝わっています」
「私は子供を産めない身体だと言われました。現代の医学では、どうすることもできないと。だから、私たちは迷信や伝承を頼ることにしたんです」
「ドラゴンメイドがレディ・オブ・ザ・ランドに居ると調べてわかりました。だから、ここに来たのです!」
「お金になりそうな物やお宝を持ってきました」
サンドラの言葉を証明するように、オリバーがバックパックの口を開くと、中には彼が冒険で集めた数々の宝が詰まっていた。
それらは彼のこれまでの人生の全てだった。それだけ、ドラゴンメイドにすがる気持ちが本気だということだった。
「全て差し上げます。足りないならば生涯をかけて払うと誓います。どうか、どうか!」
ジョーンズ夫妻は何度もドラゴンメイドに頼み込む。
二人の熱意と本気は噓偽りないものだと、誰の眼にも明らかだった。子供のためなら、例え相手が悪魔であろうと契約する気概があった。
その熱にあてられて、当のドラゴンメイドが一番混乱していた。
(どういうこと? そんな天使みたいな力、私持ってないわよ!?)
確かに大昔に一度だけ、暇を持て余した気の迷いから港町で人々に紛れて生活したことがあった。
かつて使用人として働いていた経験から商人のメイドになった。
正体を隠して生活するのにも慣れ、充実した日々を過ごしていた時期。
だが、あるとき、勤めていた屋敷に侵入した空き巣に自分の呪われた姿を見られてしまった。
慌てて島に逃げ帰った。
自分がやったのはそれだけ。
それがどうして、子供を授けるドラゴンメイドなんて話になっているのか。
正体がバレて島に隠れたドラゴンメイドは知らなかったが、実は彼女が務めていた商人の妻も彼女の正体を見ていた。
そして、偶然にもその後、長らく子供を授からなかった商人の妻に子供が出来た。
人間は身に振りかかる事柄に理由を付けたがるもの。
商人の妻は『ドラゴンメイドを見たから子供を授かった』と思い込み、その話は女仲間の伝手で、狭いコミュニティから広い世界に広がっていった。孤島に居た当の本人を除いて。
かくして本人も自覚のない祝福を夫妻に乞われて、ドラゴンメイドは戸惑っていた。
「し、知らないわ! とにかく、ここから出て行って!」
そう吐き捨てて、放っていた殺気も消えてドラゴンメイドは奥へ逃げ出した。
夫妻がドラゴンメイドの後を追おうとしたのを、ラヌが腕を掴んで無理やり引き留める。
「待てって! 落ち着けよ!」
「離して! 追わなきゃ――」
「物乞いみたいな態度じゃ相手を困らせるだけだろ」
「……そうね。ごめんなさい」
ラヌの言葉で気持ちを落ち着かせたサンドラが謝罪した。
オリバーがサンドラの肩に手を置く。
「念願の相手に出会って礼を欠いてしまったね。僕らの事情だけを押し付けてしまった」
「あんたら、よくやるよ。相手は本物のドラゴンだぜ。オイラなんかマジ怖くて、ずっと震えてたよ。へへっ」
今も膝が笑っているラヌが自嘲して小さく笑う。
腕を組んで、ラヌがジョーンズ夫妻に尋ねる。
「で、どうすんだ? お目当てのドラゴンには会えたんだぜ。もう帰るか?」
夫妻は顔を見合って頷く。二人の中では、どうするか決まっているようだ。
オリバーがラヌに今後の展望を語る。
「僕たちはこの島に残るよ」
「……マジで言ってるのか? ドラゴンに殺されちまうぞ」
「彼女は何もしなかったじゃないか。きっとわかり合えるよ」
「私たちはそう信じたいの」
二人が本気でドラゴンメイドと良好な関係を築こうとしていると、持ち前の感覚でわかってしまったラヌは頭を掻いて唸る。
「う~ん……飯や寝る場所はどうするんだ?」
「テントを持ってきてる。携帯食もあるし、僕らはサバイバルの経験もある。一週間は持つだろう。それで、ラヌに頼みがあるんだ」
オリバーがそう切り出した。
サンドラがその続きを語る。
「一週間、いえ二週間後。船で私たちを迎えてに来て欲しいの。それまでに彼女との関係がどうにもできなかったら……そのときは諦めるつもりよ。私たちの都合を無理強いは出来ないから」
「う~ん……」
腕を組んでラヌは悩んだ。
二人のことは気に入っているが、やはり先程のドラゴンメイドの相貌を思い出すと怖気づいてしまう。
ラヌは二人に尋ねる。
「なあ、奥さんが生まなきゃダメなのか? 養子でいいじゃないか」
ラヌの疑問に、サンドラが答える。
「自分を慰めるために子供が欲しい訳じゃない。ただ、出会いたいの。可能性がある内は、決して諦めたくない」
サンドラが自分のお腹をあたりに手を添える。
「私が生むにしても、養子をとるにしても。頑張って頑張って、その上で出会って『私たちはこれだけ本気でキミに会いたかった』って伝えたいの」
相変わらずラヌは腕を組んで唸っている。
だが、一度大きく頷いた。
「わからん! オイラには難しいや。けど、あんたらが心底いい人だってことはわかった」
ラヌは大きく胸を張った。
「――だから、オイラはあんたらのために働いてやる!」
ニカッと笑ったラヌが胸を張る。
「オイラが毎日食い物を持ってきてやる。あのドラゴンと仲良くしたいってなら力を貸す。勿論、帰るときも乗せてやるよ」
「ありがとう、ラヌ! なら、お金を」
今回の運賃と手付金を渡そうとしたオリバーにラヌが首を振る。
「今はいいや。全部終わったら請求するけど、とにかく今はいい」
「本当にありがとう」
「へへッ」
得意げに鼻を擦ったラヌは一度深呼吸し、館の中に居るドラゴンメイドに向かって叫ぶ。
「やい、ドラゴン! また来るからな、今度は話ぐらい聞けよ! あと、この人らになんかしたら許さねえぞ!」
答えは返ってこない。
仕方なく、勢いづいたラヌを連れてジョーンズ夫妻は館を去った。
館の奥にある一室にて、ドラゴンメイドは彼らの目的やどういう人間なのか興味があったから聞き耳を立てていた。
自分の腕を抱くようにして座りながら、彼らの会話を思い出していた。
「……うるさいわね。何が『信じたい』よ。信じたら裏切られるの、必ず人間は裏切るの」
サンドラの言葉を思い出し、自分のお腹をさする。
「誰にも愛されないドラゴンに子供なんて出来ない。なのに、酷いじゃない。自分たちに子供を授けろ? なんて強欲なの。……こっちは、どれだけ出会いたいと望んでも、呪われた身体のせいで幸福は許されないのに」
この世でただ一人、ドラゴンメイドは自分の身体を庇うようにして抱きしめ続けた。




