思考を現実化したい
お昼休み、勢いよく教室の扉が開かれた。
「小花さん、生徒会に入りましょう」
ケレン先輩の登場だ。
ケレン先輩は、彼氏ができてから少し大人しくなるかなと思ったけれど、たいして変わらない態度だ。
「だから、入りません。ごめんなさい」
私は私でいつも通りお断りする。
「ふん。いいわ。ずっと言い続けていればそれは現実化するのよ」
ケレン先輩が綺麗な髪を、ファサァってやって言った。
「ナポレオンヒルですか?」
私が聞き返す。
「あら、よく知っているじゃない」
私にニヤリと笑いながら、ケレン先輩が言った。
「え、ナポレオン? あの馬にまたがった?」
新が私たちの会話に入ってきた。
「「それはボナパルト。ナポレオン違い」」
私とケレン先輩は同じことを言った。ケレン先輩の語尾には「よ」がついていたけれど。
やば。ケレン先輩とかぶっちゃった。これはやばい。
「いい? 佐山さん。覚えておくといいわ。強く願えば願うほど、潜在意識にその思いは刷り込まれて、どんどん現実化していくのよ。これをナポレオンヒルという博士が成功哲学として完成させたのよ」
ケレン先輩が新に解説をしている。
お弁当を食べていたみーちゃんが「なんかうける」と言った。
つまり、みーちゃんが「なんかうける」ってよく言うのは、「なんかうける」って思っているから、「なんかうける」世界にいるということなのだろう。
みーちゃんの「なんかうける」は、潜在意識に刷り込まれているので、見える世界が「なんかうける」ということになってしまっているということなのだろう。
「なに難しい顔してんの? 小花? なんかうける」
考え事をしていた私に、お弁当箱を開けながら、みーちゃんが聞いてきた。
確かに難しいことを考えていたので、難しい顔になっていたのかもしれない。
「じゃあ、私が大学を卒業したら結婚できますようにって願えばそれがかなうということですか?」
新がけれん先輩に聞いた。
たぶんこれは爆弾発言だ。うん、これはすごいことだ。
やはり教室がざわついた。
新の彼氏の犬見君たちのいるグループがニヤニヤしてこっちを見ていた。
それに気が付いた新はシュンとして、顔を赤らめていた。
「そうよ。ただ願いは、“ように”ではなくて、“します”と言い切るといいわ。だから、私は大学卒業とともに彼氏と結婚します、って言うことね」
ケレン先輩が傷口に塩を塗るように、いや、ねじり込むように新に丁寧にとどめを刺した。
いよいよざわつく教室。
まるでプロポーズじゃないか。
新はますます顔を赤くしている。うつむく新がかわいらしい。
「え、なに? 結婚って言った?」
そこに一人、疑問の声が上がった。
振り向くケレン先輩。
なんとケレン先輩の後ろには彼氏である加治先輩が立っていた。
「え……。あれ? やだ……。あの、その、えっと……」
取り乱すケレン先輩。
自滅している。勝手に自滅している。完全に自業自得というやつだ。どんまい。
「なんでもいいから、ほら、飯食うぞ」
「え、あ、はい……」
加治先輩に手を引かれて退場していくケレン先輩。さようなら。
しかし一向に収まらない教室内のざわつき。
「なんかうける」
みーちゃんだけがマイペースにご飯を食べていた。
□◇■◆
「今日、ケレン先輩も成功哲学の話してましたよ」
学校帰りの道すがら、私は砂川先輩に言った。
私が知っていたのは、砂川先輩に軽く教えてもらっていたからだ。
あの時、ケレン先輩が新に話を振ったおかげで助かったけれど、「なんで知っているの?」なんて聞かれたら動揺していたかもしれない。
「やはりケレンも読んでいたか」
「そうみたいです」
学校の裏門を出て小平駅へ向かう。
私と砂川先輩は部活動がないので授業終わりで帰っていく。
それに今日はバイトもない。自由だ。
「でもその成功哲学には“マスターマインド”というのが必要なんだ」
「マスターマインド?」
また新しい単語を先輩が言った。
「ああ。同じ志を持った仲間で協力し合うんだ。一人だと限界があるけれど、仲間がいると、その情熱が強くなり、思考の現実化がより強固になっていく、ということだ」
「な、なるほど……?」
わかった気がするけれど、なんだかよくわからない。
「つまり、同志を集めて夢に向かっていくということだ」
「そうなんですね……」
マスターマインドか。私の夢は何だろう。マスターマインドは誰だろう。
「まあ、それにこれは、性欲も絡んでくる。性欲をコントロールできないと成功に近づかない」
小平駅に着いた頃だった。先輩が良くない単語を言った。実に良くない。
「ちょ、ちょっと、なに言ってるんですか!?」
きょろきょろ周りを見る私。
「若いうちは性欲に振り回されてしまうので、それが落ち着いた頃の四十代が成功しやすいと書いてある。だから性欲をコントロールすることが大事なんだ」
「詳しく聞きたいわけじゃないです! 慎んでください!」
私は余計に話し始める先輩を止める。
涼しそうな顔をしている先輩は、性欲どころか、どんな欲も制御しているように見える。
「わかった。別の話題にしよう」
先輩が脳を制御してそう言った。
「もう、ちゃんとまわりを考えてください」
「すまなかった」
改札を抜けてホームを目指す。
「でも、成功哲学に関しては、めちゃくちゃ興味があります」
「うん。エンターテイメントとしても面白いからな。自己啓発本やビジネス書は読んでいて面白い」
眼鏡をくいっと上げながら先輩が言った。
どことなくにやっと笑った気がした。
「そうなんですね! 知りたいです」
「ああ。良いだろう。他にはデールカーネギーやオグマンディーノという作家がいてな……」
帰りの電車のなか、先輩の話を食い入るように聞く私だった。