スぺ先輩と過ごしたい
二学期二日目から通常通りの授業になる。
もうちょっと、なんていうか、猶予がほしい。昨日の午前授業だけではなんだか物足りない。
でもまた三人でお昼ご飯を食べられるのは嬉しい。
「新、犬見君とご飯食べなくていいの?」
私が聞くと、みーちゃんも「なんか遠慮しなくていいよ」と同意した。
「お昼はいいの、いつも通りで。東人もいつも通りだし」
そう言いながら新が犬見君の方に目を向けた。
私もつられて、視線をやると、犬見君もこっちを見ていて、新と目が合っていた。
そして二人がにやにや笑っている。新なんか手を振っている。
「なんかうける」
みーちゃんが笑う。
「あらやだ、ほんともう」
私は左手で口を押え、右手で新の肩に手をぱんと叩く。
「小花ちゃん、おばちゃんみたいじゃん」
「わざとだよッ!」
慣れないことをするものじゃない。
私はやっぱりツッコミだ。
そう確信したときだった。
「小花さん、生徒会に入りましょう」
私のスベりを救うかの如くケレン先輩が現れた。
でも、ありがとうとは伝えない。
「先輩も懲りませんね」
そう言って先輩の相手をする。
これもまた、二学期早々始まるのかと、感心している自分に気が付く。
「二学期からでも全然遅くないわ。一緒に生徒会で活動しましょう」
握手を求めるように右手を差し出してくるが、私は絶対にその手を握らない。
「私は帰宅部を全うします」
帰宅部最高! 帰宅部万歳!
そう思っている時だった。さらなる訪問者が現れた。
「おい、ケレン。一緒にお昼食べるんだろう?」
加治先輩だ。
「え、あ、う、うん。そ、そうね……」
さっきまでの私に対する勢いはどこへやら。
しゅんと肩をすぼめ、胸のところで両手を握り、俯き加減で上目づかいで答えている。
「お腹空いたから、食べないんだったら一人で食べるぞ」
一年生のクラスで二年生のカップルがやりとりをしている。
「やだ……」
ケレン先輩がぼそっと言った。
「なに?」
加治先輩が聞きとれなかったようで、聞き返す。
「一緒に食べたい……」
振り絞るようにケレン先輩が言った。
「わかったそれじゃあ行くぞ。ほら、後輩も困っているじゃないか」
「うん」
ケレン先輩の答えを聞いたら加治先輩は先に教室を出た。
しばしの沈黙。
始めて見るケレン先輩の姿に、クラス中が釘付けだった。
「それじゃあ、小花さん。今学期もよろしくね」
髪をかき上げて、ポーズを決めて言ったけれど、一連の流れを見た後なので、全然決まっていなかった。
「は、はあ」
私が気の抜けた答えをすると、ケレン先輩は「じゃあね」と言って出て行った。
ざわつく教室。
私たちも同じように話題はケレン先輩。
「え、ケレン先輩ってあの人と付き合ってんの?」
新が聞く。
「お祭の後に付き合ったらしいよ」
私が梅干しを口に運びながら答える。
「あの人誰なの?」
「加治先輩。名前以外はよく知らない」
「へー」
新にとっても意外だったらしい。
私も初めて聞いた時、驚いて大きな声を出してしまった。
「てか、小花。なんか詳しいね」
みーちゃんが嫌いなきゅうりを蓋の裏に移動させながら、不思議そうに聞いてきた。
「え?」
「私はなんかケレン先輩から相談受けてたんだけど、小花もそうだったの?」
「あ、いや、その、なんとなく。付き合ってんだろうなって。昨日も見かけたし。加治先輩って名前はなんで知ってたのかは忘れたけど、雰囲気からね……ははは」
いけない、いけない。砂川先輩から聞いていたから、新の質問に普通に答えていたけれど、あまり知られていないことだったのだ。
別に砂川先輩から聞いた、と答えてもよかったのだけれど、なぜだかそれは言うのをためらってしまった。
「ふーん。なんかうける。でもなんかみんな夏って感じだね」
みーちゃんの興味は、私がどうして知っていたのか、から離れてくれた。
「ね、ほんとアツアツだよね。特に新とか新とか」
わざと新に話題を移して、ケレン先輩から遠ざける。
「ちょっとやめてよう」
そう言われながらも、私の思惑など知る由もない新は嬉しそうな顔をしている。
正直言って羨ましいぞ。
ここぞとばかりに新をいじり倒す。
みーちゃんは今、どんな感じなのかよくわからないけれど、少なくとも彼氏のいない私には少しくらいは僻ませてくれ。
「それにしてもあっという間に夏休みが終わっちゃったね」
ひとしきりラブラブネタを堪能すると、新が話題を変えた。
「ほんとだよね」
「なんかもう懐かしくない? なんかプール行ったよね」
みーちゃんが一週間ちょっと前のことを思い出すように言った。
清瀬市のお祭で、花火の時にはみんなばらばらになっちゃったから、他に思い出を作ろうってなって、三人でサマーランドのプールに行った。
その前に浴衣を選んだ時みたいに水着を買いに行ったのも楽しかった。
「やっぱりスライダー楽しかった」
私は遊園地でも絶叫系が好きだ。だからプールのスライダーも大好き。
「スクリーマーまた乗りたいな」
新がいい笑顔でそう言うので私も「ね!」と同意する。
「え、待って。スクリーマーってなんか乗ってなくない?」
みーちゃんが珍しく鋭いツッコミを入れた。
「あ、それ東人と行ったときだった」
思い出してみたら、たしかに私たちは乗っていなかった。
いけない、いけない。流れでテキトーに相槌を打ってしまった。
なんて反省はそこまでにして、気になる新の発言を深堀する必要がありそうだ。
「ちょっと、犬見君とプールデートしたの!?」
聞いていなかったので驚いた。
結構進んでいるようだ。
「うん……。まあ……」
恥ずかしそうにもじもじする新。
「なんかうける。私たちと行った後?」
みーちゃんも興味津々で質問をしている。
「そう。三人で行って楽しかったら、東人とも行きたいなって思って」
「あらやだ、ほんともう」
私は左手で口を押え、右手で新の肩に手をぱんと叩く。
「小花ちゃん、またおばちゃん出てるよ」
「なんかうける」
二回目ならば笑いが取れるかなと思ったけれど、やっぱり私は向いていなかったと反省した。
それから新のプールデートの話を聞いて、お昼休みを過ごした。
□◇■◆
「そういえば、小花さん。夏休みの宿題は問題なかったんだよな?」
隣に座る砂川先輩が言った。
「ええ、もちろん。完璧ですよ」
先輩に何か言われるのも嫌だったので、しっかりと山梨旅行までにはできるところまで宿題を済ませていた。
そのおかげでいつもの夏休みとは違って計画的に進めることができた。
「それならよかった」
「はい」
私たちは西武池袋線の所沢駅から乗った各駅停車新木場行きの電車に揺られながら話をしている。
「わからないところはなかったか? もしあったら教えよう」
先輩が眼鏡をくいっと上げながら、いつものトーンで言う。
車内アナウンスが「次は秋津」と伝えている。
私の降りる駅だ。
先輩はその次の清瀬駅で降りる。
今日のお昼休みに新の話をたくさん聞いた。
時間は限られているし、未来のことはどうなるかわからないから、思い出をたくさん作りたいと言っていた。
素敵なことだと思った。
それが些細なことだとしても、ささやかなことだとしても、その瞬間が大事なんだなって思った。
「そうですね。ちょっとわからないところがありました」
私は嘘をついた。
「そうか。それじゃあ解説しよう」
先輩の表情が明るくなった。
どこまでも勉強の好きな人なんだなと少しおかしかった。
「はい。それじゃあ、清瀬駅の図書館でいいですか?」
「ああ。そうしよう」
先輩がそう言うと、電車は扉を閉め、秋津駅を出発した。