スペ先輩と食べ歩きたい
西武池袋線所沢駅西口から始まる商店街、プロぺ通りはまあまあの人通りだった。
プロぺ通りはいつも大体まあまあなのだ。
原宿のように人であふれかえることはないけれど、寂しいってほどでもないというがプロぺ通りの良いところだともいえる。
原宿と比べるのはおこがましいか。なんかごめんなさい。
そんな所沢市が誇るプロぺ通りを、帰りのホームルーム終了後、先輩と合流した私は二人並んで歩いている。
「先輩、何か食べたいものは決まってます?」
「いや、あえて決めなかった」
「それもいいですよね」
「ああ」
夏休みに通っていた予備校で仲良くなった同級生たちと、予備校での授業の後にご飯に行っていたらしい。
そういうこともあってか、外食をする楽しみを知ったのかもしれない。
私はもうお腹がペコペコだ。
色々なお店があって、どこも美味しそうだ。
ペットショップもある。くりくりまるにかわいい洋服とか着せてあげたい気持ちになる。
「どごがいいのだろうか」
先輩もきょろきょろと周りを見ながら歩いている。
「先輩! まだタピオカ屋がありますよ!」
私は生きた化石のようなものを発見してしまった。
大ブームだったタピオカだが、その波はもう小さくなった。でも今もなお続いているお店があった。
「そのようだな」
「先輩はタピオカ好きですか?」
「いや、飲んだことはない」
そんな気もしていたが、やはり未体験だったようだ。
「じゃあ試してみましょう」
せっかく生きながらえているタピオカ屋を見つけたのだから、この際先輩にも体験してもらおう。
そして何より、私が飲みたくなっている。見かけたら、久しぶりにまた味わいたい気持ちがわいてきた。
「わかった」
先輩の同意を得てお店に入る。
ちょっと前までは、買うのにも行列ができたくらいなのに、今はすぐに注文できる。
「どれがいいんだ?」
先輩がカウンターでメニューを見ながら言う。
「メジャーなのはミルクティーですね。私はそれにします」
「じゃあ僕もそれにしよう」
そう言うと先輩は「タピオカミルクティーを二つください」と注文をした。
一人の店員さんが手際よく作っている。
大ブームだった時は小さい厨房に四五人の店員さんがいたのに、と懐かしい気持ちになる。
「こうやって飲むんですよ」
私は商品を受け取ると、容器のぴんと張ったラッピングに太めのストローをぷすッと刺す。
「なるほど、そうか。しかし入射角は九十度の方がいいのか? でも飲むことを考えれば三十度から四十五度くらいを目安にしたらいいのかもしれないな」
右手にストローを持ち、左手にタピオカミルクティーを持ち、あーだこーだ言っている。二学期早々スぺオカミルクティーって感じだ。どゆこと?
「何度でもいいので刺して飲んでみてください」
「わかった」
そう言って垂直に、カップのど真ん中にストローを挿した先輩。
ダーツだったら最高得点だ。よく知らないけれど。
「どうですか?」
タピオカミルクティーを飲む先輩に聞く。
目を閉じて、タピオカをかみながらゆっくり味わっている。
「うん。美味しい」
「ですよね」
タピオカミルクティーはブームだろうが、それが去ろうが味は変わらない。美味しいものは美味しいのだ。
「でも、どうしてこれがあれほどのブームだったかはわからない」
「それは、そうですね……。私もどうして並んでいたのか、今は謎です……」
これは先輩のおっしゃるとおりです。
今思えば、そこまでして飲むものでもない。
私もみんなが飲んでるから飲んでいた。飲まないとおいて行かれるような気がしていた。
「良い経験になった。さて、次はどこに行こうか」
「そうですね。今度は食べ物を探しましょう」
タピオカミルクティーを片手に二人で再びプロぺ通りを歩き始めた。
□◇■◆
そろそろタピオカも飲み終わるかな、といったところでいい匂いがした。
「先輩! あそこにあるの、ヤンニョムチキンのお店ですよ!」
「にゃんにょん? ん? なんだ? なんて言ったんだ?」
先輩が眉間にしわを寄せて眼鏡をくいっと上げた。
「ヤンニョムチキンです。知らないんですか? 旨辛で美味しいんですよ」
勉強のことだと先輩には負けるが、世間のことになると、私の方が知っていることが多い。
ここでマウントを取っておく。
「旨辛の“旨”は美味しいって意味だろう? 同じこと言っているぞ」
「そんなこといいんです。もう、そんな上げ足取らないでくださいよ」
「ああ、悪い。でもこの店、揚げたモモ肉のようだな」
「あ、揚げ足……。ってそんな屁理屈いいんです! さあさあ、食べましょ! 食べましょ!」
いちいちうるさい先輩だ。まったく。
そんな先輩はスぺニョムチキンでも食べてればいいんだ。どゆこと?
「すいませーん。ヤンニョムチキンを一人前ください」
先輩を無視して注文する。
「じゃあ僕も――」
「いや、先輩」
私は先輩の言葉を遮る。
「一人前を分けましょう。お昼食べられなくなりますから」
「たしかに。そうだな」
先輩が頷く。
出来上がった熱々のヤンニョムチキンを先輩が受け取る。
私が箸で一つつまんで口に運ぶ。
「旨辛ぁ~」
この味がたまらない。病みつきになるとはこのことだ。
「たしかに美味しそうな匂いだ」
「じゃあ先輩もどうぞ」
私がヤンニョムチキンのお皿を持ち、先輩に箸をわたす。
今度は先輩が食べる。
「うん。これは美味しい。旨辛とは言ったものだ」
「ですよね。ああ、やっぱり二人前にしたらよかったかな?」
「いや、せっかく所沢に来たんだ。他のものも食べよう」
「そうですね。そうしましょう」
二人でヤンニョムチキンを食べ終えると、今度こそ、お昼ご飯探しを再開した。
□◇■◆
「で、新と犬見君がお付き合いを始めたらしいんですよ」
私はカルビをいい感じの焼き具合でひっくり返しながら言った。
「それはおめでたいな」
先輩が甘ダレを小皿に注いでいる。
タピオカミルクティーの後にヤンニョムチキンときたら、最終的には焼肉と、結局、韓国料理で統一されてしまった。
育ち盛りは焼肉食べ放題だ。マジでカムサハムニダ。
「ほんと、もう、新たち、クラスでイチャイチャしちゃってるんですよ」
実際はそれほどイチャイチャしていない。ただ話をしているくらいだ。
でもなんだかそれだけでもイチャイチャしているように見えてしまうのだから不思議だ。
私も素敵な男の人とお付き合いしたいな、なんて思う今日この頃。
「本人たちの好きにさせたらいい。被害はない」
「まあそうですね」
そのとおりだ。二人が幸せならそれでいい。
「でも最近は、幸せを押し付けられることでショックを受ける、幸せハラスメントというのがあるらしいな」
「そうなんですか?」
初めて聞いた。なんだかんだ言って世間のことも詳しい先輩だ。
「ああ。でもまあそれは本人の問題だと僕は思うけど。まあ、そういう人もいる、ということを念頭に入れておこう」
そう言うと先輩はハラミをサンチュに包んで甘ダレで口に運んだ。
むしゃむしゃと食べる先輩。
「そうですね。なんだか難しいですね」
私はカルビで先輩と同じようにして食べた。
「まあ、そう考えると、僕たちは周りにどう見えているのだろうか」
そう言うと、次の肉をサンチュでくるみ始める先輩。
表情はいつも通り。次は豚トロにするようだ。
いやいや、そんなことはどうでもいい。
「え?」
どういうこと?
先輩は何を言ったんだ?
「追加の肉、何がいい?」
先輩がタッチパネルを手にして聞いてきた。
「え?」
「追加の肉、何がいい?」
「いや、聞こえてます!」
「じゃあどの肉がいい?」
先輩は平然といつもの調子で肉のことを聞いてくる。今日何曜日だっけ? みたいな感じで。先輩はマジでカムサスペムニダだ。どゆこと?
「え、あ、いや、それじゃあ、えっと、あの、カ、カルビを……」
だめだ。混乱している。
「わかった」
タッチパネルを所定の位置に戻すと先輩が「ほら、このホルモン食べごろだぞ」と言って取ってくれた。
「カムサスペムニダ」
「ん?」
先輩が不思議そうにこっちを見た。
「あ、や、なんでもないです」
それから時間いっぱいまで焼肉を楽しんだ。