地下鉄の話
実話怪談風の創作です。実話ではありません。
工事会社社員Bさんから聞いた話。
Bさんは、若い頃、地下鉄会社の保線営繕部で働いていた。
地下鉄の保線工事というのは、終電が終わってから始発が始まるまでの深夜、レールや架線だけでなくトンネルの強度確認までをチームを組んで少しずつ進めていくものなのだという。
その晩もBさんのチームが作業を進めていると、急に、
ガンガンガンガン
と大きな音が線路内に響き渡ったのだという。
驚いたBさんが慌てて周囲を見回すと、目立たないように配置されている金属扉が向こう側から叩かれている。
実は、地下鉄の線路には緊急時避難用の非常口(階段で地上の非常口に通じている)や補修用の備品をおさめている倉庫の扉などがあって、Bさんはそうした場所に誰かが閉じ込められてしまったんじゃないか、ととっさに思ったらしい。
が、激しく叩かれている金属扉に近づこうとしたBさんを班長が「やめとけ」と止めたのだという。
「あの向こうには何もない。だから、誰もいない」
考えてみれば、この路線の補修を任されているのはBさん達のチームだけで、終電が終わったばかりのこの時間、それ以外の誰も備品倉庫に入れる筈はないし、避難用の非常口なら線路側から出なくても地上側から出ればいいだけの話である。
Bさんがそっとチームの面々を見回すと、誰も金属扉の音など聞こえないふりをして、仕事に集中しようとしているのが分かった、分かってしまったのだ、という。
しばらく金属扉を叩く音が続いていたが、やがて、
ゲラゲラゲラゲラ
と狂ったような大きな嘲笑が聞こえたと思った瞬間、ふいに静かになってしまった、らしい。
その数日後、Bさんは今の会社に転職を決めた。
今でも地下作業は苦手だという。