婆ちゃんを日焼けマシンで焼く
「ヒサシ! おめ、その色どしたっぺな!?」
「ああ、これ? 日サロよ、日サロ」
久々に祖母に顔見せをしたまご、久はサングラスをぐいとずらして白い歯をむき出しにした。
「あんれま、真っ黒でねぇの」
「焼いたのよ。いかすべ?」
アロハシャツの中をちらりと見せ、ご満悦のままオープンカーで田んぼ道を走って行った。その背中を見て、祖母は日サロに興味が湧いた。
「どれくれぇ焼けばいいんだべ」
バスに揺られること三十分、祖母は潰れかけの日サロ店に足を踏み入れた。
「いらっしゃいませ」
やたらと黒い男が笑顔で出迎える。歯は黄色かった。
「ココが日サロだっぺか?」
「火葬場に見えるかい?」
ハハハと店員が笑う。祖母は一枚の写真を取り出した。久を写した写真だ。
「これくれぇ黒くしたいんだげどもよ」
「あー、これね」
店員がパンフレットを取り出した。
「お婆ちゃん、これくらい黒くしたいなら、一回じゃ無理だよ。何回もやらないと」
「そうなのけ?」
ずっと焼けば良いのでは無いのか。祖母は肩透かしを決められたように、落ち込んだ。
「安心しなっせ。何回でも通いたい放題のプランがあるんさ」
祖母に合わせ地元の訛りを入れる店員が、パンフレットの目玉を指で二度突いた。
「ご、五万!?」
祖母は思わず差し歯が抜けそうになった。
定期預金を解約するか、亡くした祖父の形見を売り払うか。祖母は迷った。
「まいっか、父ちゃんの壺売るべ」
迷ったフリだった。前々から処分したかったと思っていたらしい。
それから何度も日サロに通い、祖母はついに日サロを極めた。
「うわぁ……焼きすぎ」
店員がドン引く程に、祖母は黒くなっていた。
「これで久を超えたべか?」
「ああ、この辺でお婆ちゃんにかなう奴はいないよ」
祖母はご満悦で店を出た。
途中で立ち寄ったスーパーでは、皆が祖母を注目した。祖母は満足した。
バスを降り、自宅へと向かう。辺りは既に暗くなっていて、綺麗な星空が彼方まで広がっていた。
──ドン!
祖母の背中に強い衝撃が走った。
激しいスキール音と共に、車が急停止した。
「大丈夫ですか!!!!」
若者が祖母に駆け寄った。
「何やってんのよ!!」
助手席の女も駆け寄った。
「この人黒過ぎて全然見えなかったんだよ!!」
「救急車! 救急車!」
祖母は直ぐに救急車で病院へと運ばれた。
「黒いな」
「黒いですね」
病院では医者達が口々に祖母の感想を述べている。
「助かりますか!?」
連絡を受けて駆け付けた久が主治医に駆け寄る。
「限りなく黒に近いです」
「そんな……!!」
「いや、怪我は普通に大丈夫です。ただ……」
「ただ?」
久に緊張が走った。
「肌の色が多少戻ります。暫く日サロには行けませんからね」
「構いません!」
久が断言した。
「ヒサシけ?」
ベッドから祖母の声がした。
「婆ちゃん! 気が付いたか!?」
「おめえにも、迷惑をかけたない」
「婆ちゃんが無事ならいいんだよ!」
「暫く日サロにも行けねぇのな」
「婆ちゃん……!」
久は祖母の家に家庭用日焼けマシンを買った。
「バスで行かんでいいから、楽だない」
祖母は家で日焼けを楽しんでいる。
たまに魚も焼いている。
祖母は村の仲間達にも日焼けマシンを勧めだした。
村に日焼けブームが来た。
ついでに歩行者事故も多発した。
村の平均寿命がグンと下がった。
そして老人達が日焼けする村として、テレビで話題になり、観光客が増えた。
移住する人が現れ、人口が増えた。
日サロブームが村に訪れ、日サロ店が出来た。
皆真っ黒になるまで日焼けした。
歩行者事故が更に増えた。
「で、コイツを売り出したわけよ」
夜光反射板を取り出し、御殿でインタビューを受ける久は、アゴが外れるほどに笑い、両脇の黒い愛人達に頬ずりをした。
「婆ちゃんのお陰で俺は今大金持ちよ!」
秋に大きな葉っぱが道路に落ちてて、風で急にスライドすると生き物に見えてメッチャビビるよね。