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 さらに一週間ほど経過した頃、冴都美が仕事を見つけてきた。

 仕事はセミナーの講師のようなもの。内容は今までテレビに出演して行っていたことと大して変わらず、参加者の前で冴都美が喋り、憧治が空を歩く。唯一の違いは、憧治の衣装が仰々しいものではなくなって、サラリーマン時代によく着ていたスーツ姿になったことだ。

 『潜在新力解放セミナー』と称されるそこは、憧治にしてみれば講釈付きのマジックショーでしかなく、憧治自身もそういった心持ちで臨んだ。

 セミナーの講師は憧治達以外にも複数人いたが、その中に憧治の知っている人はいなかった。主催者によると皆が憧治と同じような経歴らしい。けれど報道による知名度の差に参加者の反応は露骨で、それが面白くないのか、合同の控室ではその人らに只々睨み付けられていた。

 講師で演台に出ている時間より控室にいる時間の方が長く、憧治は敵意のある視線に晒されて胃の痛むような思いだったが、冴都美は何処吹く風といった様子だった。


「とにかく、他の人のも見てノウハウ盗んでね」

 控室でそう言いながら、冴都美は専ら自分の原稿に目を落としていた。


 セミナーに複数回出演した後に聞かされたのだが、その頃から冴都美は自分達でそれらイベントを主催しようと考えていたらしい。

 それを知った憧治は主催者側とトラブルになるのではないかと思ったが、憧治達の存在が大きな集客となってセミナーは想定以上の利益が出ていたそうで、そこは冴都美の根回しで予め不問となっていた。



 そうしてセミナーの仕事を始めてから一年が経過した。


 当初の思惑通り、冴都美は半年も経たずにセミナーの主催を始めた。それも、他の講師などいない憧治達だけの単独セミナーだ。その場でも憧治のやることは変わっていない。相変わらず空を歩くだけだった。

 そもそも空を歩くだけでセミナーが成り立つのか。主催に伴って相応のリスクを背負うことになると、憧治は不安と疑問を覚えた。だか始めてみれば、それが杞憂だとすぐにわかった。飾るしかない美術品に大金を出す者がいるように、人によっては憧治の能力に価値を見出す者がいるのだ。

 その奇跡の価値を一番低く見積もっていたのが、憧治自身なのかもしれない。様々な人達がセミナーに参加した。その誰もが、憧治の空中歩行に感銘し、涙を流す。憧治はそんな自分を見上げて涙を流す人達を見て、何も考えないようにしていた。


 セミナー開催に日本を行脚する日々が続き、憧治達が自宅のマンションに帰ることはすっかりなくなった。ホテルに泊まったり、時には車中泊であったり。そんな変化する環境に疲労、心労共に抜け切らず、憧治は夢を見ることなく毎晩意識を失うように寝入っている。


 その日も、次のセミナーを開催する街に到着し、予約していたホテルにチェックインした。


 一先ず宿泊する客室に入ると、二人は打ち合わせを始める。これはもう毎度のことだ。ツインのベッドに、それぞれ向かい合わせで腰掛けた。


「明日、会場の確認はするけど写真で見たでしょ? ここでは二日開催だけど、特に問題はない?」

「うん。特には」

「……ここが終わって、あと二つ、いや三つで予定は消化できるから、そしたらお休みしましょ」

「そうだね」


 憧治が短く言葉を返していると、手持ちの資料を読んでいた冴都美が顔を上げる。


「ねぇ、元気出して。憧治くんがそんなんじゃ、お客さんも喜ばないわ」


 思ってもいない指摘だったが、憧治に心当たりがないわけではなかった。


「……なんかさ」

「うん」

「こんなんでいいのかなって」

「こんなんって、何よ。皆が見たがってるものをこっちは見せてるのよ」

 憧治が疑問を呈するのは初めてのことではなく、冴都美も慣れたように言葉を返してくる。


 いつもならばこのやり取り一つで、憧治は気持ちの整理をつけることができていた。

 けれど、この日は違った。


「なんか、詐欺みたいじゃないか、って思って」

 言いながら、憧治はふと一年以上前の会見のことが頭に浮かんだ。


 途端、椅子に座っていた冴都美が立ち上がった。


「詐欺? 詐欺って何が? 何言ってるの?」

「だって、まるで他の人もできるみたいな……」

「憧治くん、それは憧治くんの驕りなんじゃないの? 本当に力に目覚めた人がいるかもしれないじゃない」

 声のトーンは上がり、その目は憧治を見下ろして動かない。

「でも」

「動画サイトにだって、私達が動画を上げてから同じような動画を沢山の人が上げてるわ。あれだって、中には本物があるのかもしれない。だって本物が、憧治くんがいるんだもの」

 冴都美の剣幕も相まって、憧治は咄嗟に言葉が出てこない。

「いい? 余計なことは考えないで。憧治くんの力に触れて、それで何かを得られる人がいるんだから。それでいいじゃない」

「……わかった」

 憧治から同意の言葉を得られると、冴都美は声のトーンを戻した。

「話はおしまいね。ご飯食べに行きましょう。お腹すいちゃった」




 部屋を出て、食事を終えて、戻ってきた二人はすぐに床に就いた。


 憧治が横に顔を向ければ、隣のベッドで冴都美が小さく寝息を立てている。その姿を見つめていると、打ち合わせの時の会話が、あの時の冴都美の表情が憧治の頭に思い浮かぶ。


 『驕り』と冴都美が口にした時、その目は笑っていた。本当はそんなことを思っていないのだろう。それは憧治自身も同じだった。心の何処かで気付いていたのだ。

 テレビに出演した時の共演者達。投稿した動画に感化されたフォロワー達。誰もが現れては消えていき、今もって憧治に続く者は誰一人としていない。

 何のためにこんなことをしているのかと、ふと疑問に思う。冴都美の言うように、啓蒙するために活動しているのだろうか。そんなことのために、自分は超能力に目覚めたのか。只、もし目覚めていない誰かのために超能力を得たとするのならば、それは何だか本末転倒な気がした。


 思考がまとまらない中、憧治は明日に備えて目を瞑った。


 体は疲れていたようで、眠りはすぐに訪れた。だが眠る直前までうだうだ考えていたからなのか、その夜、憧治は久々夢を見た。その夢は印象深く、目が覚めても頭にちらついた。


 それは以前に見た夢の続きだった。


 ベランダに出るガラス戸から、部屋の中に日の光が差し込んでいる。その光を浴びて、鉢植えを割らんばかりに育った茶の木が青々と茂っている。

 その葉を摘んで、いつものようにお茶を入れた。

 なみなみと注いだ湯呑を手にすると、じんわりと熱が伝わってくる。その熱を取り込むように、湯呑に口を付けていく。

 止める声はなく、口いっぱいにお茶が、その味が広がった。苦く、舌が痺れるような味だった。

 そして飲み終えても、喉はひどく渇いていた。




 その街でのセミナーはつつがなく進行した。


 壇上の冴都美が手振りを交えて、「人の可能性」やら「社会に抑圧された視点」などと声高に話す中、憧治は客席の通路を床から三十センチメートルばかり浮いて歩いた。

 厳かな顔を作って客席に視線を向けると、涙を流しながら手を合わせて拝む人や、通路脇の席から手を伸ばしてくる人が目に入る。そんな人らに頷いたり、手を触れたりするのも憧治の役目だった。


 只、今日は人と触れ合う度に、先日の夢の中で感じたお茶の苦みが、喉の渇きが、憧治を襲った。


 セミナー終わりには、再び参加者と触れ合う時間が設けられている。そこでも憧治は浮いたままで握手をしたり、時には求められて抱き締めたりもした。

 数え切れない人と触れ合った。うだつの上がらなそうな中年の太った男や、車椅子に乗った老婆には我慢ができた。

 けれどまだ若そうな夫婦がその手に赤子を抱いて近付いてきた時、憧治はもう限界だと思った。

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