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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

PARANOIA in WONDERLAND

クリスマス・イヴ

作者: Y

 被害者にとって、彼女は狂気の象徴でありまた加害者であった。つまり、当然のことである。


「どうして……」

「ああ、これかしら? ()()()()が体内で飼ってるナノマシン()()()。これ、わたくしがどれだけ傷ついても治してくれるん()()()()? 優れものでしょう?」


 それは事実ではあったが、彼女が問われたのは「何故そのようなものが体内にいるのにもかかわらず、おまえの体表には無数の傷痕があるのか?」ということであった。つまり、傷という論点で言えば真逆である。


「さて、そろそろあなたに死んでもらおうかしら。()はもう飽きてしまったのですから」


 ですよだとか、ですのよだとか。私だとか、わたくしだとか。口調が安定しないのは、これが彼女本来の喋り方ではないからだ。つまり、元は別の口調で話していた人物である。


「まったくこの程度ですの……。Sリーグ選手が聞いてあきれますわね」


 相手がいなくなってまで、この演技がましい口調にこだわり続ける彼女の傷痕。戦闘中に衣服が破れ、露出してしまった肌に多数刻まれたそれは呪いともいえるものだ。そしてこの記録は、その呪いの詳細に触れるものである。つまり、彼女の触れられたくない過去である。


 

 

 クリスマス。正確にはクリスマス・イヴではあるが、クリスマスの晩という意味では正確なのでここではクリスマスと表記しよう。

 クリスマス。そうだクリスマスだ。あの子の誕生日だ。正確、正確と繰り返して悪いが、正確には彼女の誕生日は不明なのだが……だからクリスマスを誕生日だと決め、祝うことにしたというわけなのだよ。その判断は今でも間違っていなかったと思う。なぜならば、だってなぜならばだ、誕生日がないと可哀想だと思うだろう? 私は彼女を誕生日のない可哀想な子どもなどにはしたくなかったのだよ! え? なぜそんなに興奮気味なのかって? そりゃそうだろう。私は彼女が喜ぶと思って、厳選に厳選を重ねたプレゼントを用意しているからな。そうだ、今日はクリスマス・イヴだ。


「ねぇ博士、クリスマスと誕生日が一緒だとプレゼントが一個しかもらえないの?」


 三度目のクリスマス。彼女が私に反抗した初めての日。信じてもらえないかもしれないが、暴力を振るってしまったのは愛情ゆえであり、怖いと感じたからではない。そうでなければ私が殴り続けた理由が説明できない。笑顔でだぞ? プレゼントをもらったのにもかかわらず、かかわらず、笑顔でそんなことを言いやがったんだぞ? 


 だがそれから私は二度と彼女を殴ることはなかった。次に殴る日が来るまで。ずっとだ。


「私、これに出てみたい!」


 それは今思えば反抗ではなく、ただの純粋な興味だったのかもしれない。だが私は怒ってしまった。悲しみとともに怒ってしまった。だってそうだろう? この愛らしい笑顔が怪我をしては困ると、身体修復用ナノマシンを投与してやったのにもかかわらず、殴り合いを見世物にする競技の選手になりたいなど言い出せば、誰だって愛情への狡猾な反発だと思うはずだ! しかもだぞ、そのナノマシンは、誕生日とクリスマスが同じでは嫌だとぬかすから、わざわざクリスマスをずらして用意してやったものなのだから! 


 多少。多少だ、感情的になってしまったのは仕方がない。だがその後も彼女は私に笑いかけ、私を求めた。つまり確かな愛情を私は感じていたのだ。まさかそれが裏切られることになるとは知らず。


「博士! 私勝ったよ!」


 傷が治るという特性を持った少女は強く、競技選手として結果を積み上げていった。そして近所の者が私を称賛する、立派な選手に育て上げられましたね、立派な選手に育て上げられましたね、と。そうだ、私は「殴られるこの子を見たくない」と思いながらも、戦闘に関する資料を集め、学び、教え、鍛えてやったのだ。この子が、周りの期待に応えられなくなり落胆するのが可哀想だと、可哀想だと、それはとても可哀想だと理解していたから。


「スカーレットさんってすごいよね! 私もあんな選手になりたいなぁ」


 その日私は、彼女がどれだけ謝っても殴り続けた。正確には、そう、正確には、正確には殴ってはナノマシンを調整し、殴ってはナノマシンを調整し、殴ってはナノマシンを調整し、私のつけた傷痕だけは残るようにナノマシンを調整したのだ。そうすることで彼女に、傷つく怖さを教える必要があった。なぁ、なぜ批判をする? なぜ私のやり方を批難する。おまえは知らないのか? 子どもの純粋な暴力を! 大人と違い子どもは、思慮深くもないし悩むこともないし不安にとらわれることもないし疑問を感じることもない危険な生き物だ! そんな状態でだ、そんな状態でだ、傷ついても治るなどということが当たり前になれば、いつか大怪我をするだろう!


「全く、おまえは勝手だ」

「ごめんなさい。でも――――」

「好きにするがいい。私はどうせもうダメだ」


 にもかかわらず、かかわらずかかわらず、彼女は私を捨てた。ああああんなにもあっさりと。だから私は受け入れてやった。自分の言動がこんなにも人を傷つけるのだということを、教えないために。後悔するがいい、おまえは、おまえはいつか人を大きく、大きく人の心を傷つける。


「最後に聞かせてくれ、おまえの動機はなんだ?」

「愛ですわ」

「なんだそのふざけた喋り方は」

「新しい私ですのよ? わたくしは多分、私でいたら壊れてしまいますもの」


 私と一緒にいた過去を全て否定して生きればいい。いつかその過去がおまえを蝕むから。ああ、私本人が加害者になるわけではないということだけは覚えておきたまえ。私と直接おまえが関わることはもうないだろうからな。だが、私を傷つけたという過去が、私を傷つけ続けたということを微塵も理解できなかったおまえが、おまえの、心に残り、燻り、いつかおまえを巻き込み。正確には、私の愛にその時気がつき、ごめんなさいと言いながら生き続けるのだろう。正確には正確には正確には、おまえはいつか救われようと思ってその傷を他人に見せるのだ。だが、他人は冷たいぞ? 私のように傷を気にしてなどくれぬ。ああああ、ああ。眠い。だから願う、願うから、願わくばその日はクリスマス・イヴであってくれ。そうだ、クリスマス・イヴだ。たとえ今日が真夏だとしても。ああ、私の体が腐る、腐って、臭い。正確にはそれは暑いからだ。そうだ、暑いからだ。ああ、何故だ。何故おまえはそばにいてくれない?


 どうしてその理由を教えてくれない?

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