2.男装騎士
「キーラン様!」
自分の名を呼ぶ女性の声で振り返る。給仕の服装をした女性が頬を赤くして手紙を握りしめている。
またか…。
何回目かも数えるのをとうにやめ、積もった手紙の山を思い出す。遠い目をしたのは一瞬のことで、彼女を傷つけないように声をかける。
「どうしたのかな?」
握りしめた手紙を私に突き出すと震える声で言った。
「これ読んでください!」
その手紙渡しが受け取るのを見ると一目散に駆け出していった。
当て逃げならぬ渡し逃げだなと、少しため息をもらしながら内ポケットに仕舞う。この昼休憩の間に七通もの手紙がポケットに入っている。厚みを感じながら食堂へと急ぐ。食堂に私が入ると同時に食堂の空気が変わる。自意識過剰でもなく、私を見ているのがわかる。
はぁ、どうしてこんな事になっているのか。
大会で優勝してから1週間、様々な人から見られることが多くなった。以前と変わり他からの目線は好奇、尊敬、妬み、嫉み、好意、はたまた恋慕まで幅広い。かろうじて良い感情の方が多いとしても一ヶ月前から様変わりした自分の環境にいまだ慣れない自分がいた。
食堂で日替わり定食を頼むと一つおかずが多い事に気づく。乗せてくれた料理人を見ると奥の厨房を事務的に指差した。その方向に視線を移すと数人の女性が手を振っている。
サービスしてくれたのだろう。
微笑んで会釈をしておく。途端に甲高い声が上がったのは無視しておく。
どうせなら、デザードが良かったけど。
甘味を食べる機会がない私にとっては、美味しいと呼ばれるここのデザートに少し興味があった。
そんなことを思いながら人の少ないであろうテラス席へと移動する。食堂から外へ出ると暖かな日差しが包み込む。4人席が12もある大きなテラスには少し人が多い。最近暖かくなってきたからだろう。それでも、風が吹けば寒いのだが。ここへ来るのは理由があった。
「キーランさん!」
定食を食べている私の前に食事を持った男が目の前にいた。
「こんなところにいたんですね!探しましたよ!」
やっぱり、早かった…
彼は責め立てる声であったが、表情はゆるい。
短めの金髪と翠の目は比較的ありがちな色味でありながら穏やかなタレ目の中に荒々しさを感じさせる眼光はそこだけ異質を放つ。そして高身長である私と目線は少し上の彼の足は長くがっしりとした脚には素早さを感じさせた。体格もよく、しっかりとした筋肉もうかがえる。強そうだと一目見てわかった。
彼は、あたり前のように私の前に座る。
まだ途中までしか食べれていないのに。
残念に思いながら口の中に入れたものを噛みしめる。このレオン・ウォーレンがいると食事も楽しめない。なぜなら
「今度こそは、俺と戦う約束をしてください!」
知り合いからの言葉を借りるなら、彼は戦闘狂だからだ。
「少しだけですよ。迷惑はかけないよう短期決戦で軽く戦うだけです!時期はいつでもいいですから!」
サービスでもらったおかずに手を伸ばしながらすでに迷惑な彼の言葉を受け流す。
すでに、彼から強烈な戦いへの勧誘を受けて一ヶ月である。
彼への対処法はないに等しかった。
一度その勧誘を受けてしまった事が運の尽きだったと思う。優勝してからすぐ彼はやってきて戦いを申し出た。
他にも申し込んでくる人は多かったが、簡単に断ってしまうのもどうかと思いせっかくの機会だから戦って今後の糧にしようと片っ端から受けてたった。
新人の騎士から、老獪な魔導師までやってきて、生来持っている負けず嫌いが出てしまって忖度など片隅にもなく勝ち続けた。いつのまにか、戦いの勧誘は果てしなく増え一ヶ月中毎日誰かしらと戦う羽目になってしまった。
今のところ予定は一ヶ月後まで埋まっている。その為、一度戦った者とは試合はしないことにしたのだが、彼は一ヶ月飽きもせず私の元にやってくる。
こうなったのも、彼が私との戦いを言い触らしたのが理由だと思っている。
二割り増し誇張させた私との戦いを言い触らし、それを聞いた人物が試しにと私に戦いを挑む。その時は、断る理由も無いので了承し勝つ。するとまた負けた人らが三割増しに言いふらす。そしてまた挑む人が増え鼠算式に勝負を挑む人は増えていった。
最初は良かったが、一ヶ月も毎日戦うと休日が欲しくなる。しかし予定は決めてしまったのだから休めない。
わざと大きめにため息を吐いてみる。
「だから、何度も言っているでしょう。一度した人とは二回めは無いと。」
「はい、それは聞いています。しかし、それを言われたのは俺が戦った後の事で、その約束は戦う前にしてません。ですから、あれは簡単な打ち合いという事でまだ試合はしてないんですよ!」
はぁ。子供の口喧嘩じゃないんだから…
契約書の公約を書くのを忘れたのが私なのだからその契約書は無効だと彼は言いたい事はわかる。
だか、私の状況を考えても欲しい。今、二回目を行えばどんな理由があっても一回で了承してくれた人達が黙っていないだろうし、休日もない私をこれ以上追い詰めるなどという心遣いは無いのか。
それに、二回目を行なって彼が私に飽きてくれるとは到底思えない。一度戦った人は二回目はないというルールを話しほかの数人は飲んでくれたというのに、こいつはずっと私にまとわりついてくる。
その理由を知った時は戦いの誘いを受けたことを何度後悔したことか。
レオン・オーウェンは戦闘狂。彼の目に留まったものはつきまとわれ、戦いを挑まれ、ボロボロになるまで戦わされる。強きものとみなされたものは、彼の執着に怯え夢にまで出てくると言う。
彼と強者の本当にあった怖い話を聞いてからと言うもの、彼とは一切距離を置くことに決めたのだった。
「そのような話をされても、2度目は絶対にありません。」
強く言い張ると、私は最後に水を飲み干す。食事の後に神に感謝をし席を立つ。
「待ってくださいよ!そんなこと言わずに!」
懇願するように彼は言うが早足でその場から逃げ出す。
食堂を出て訓練場へと向かう。今日もまた訓練の後に試合がある。相手の情報を書きなぐったメモを取り出す。
「やると決めたなら、絶対に勝て!」
ふと、師匠の言葉が蘇ってくる。
染み込んだその言葉を感じながら、どうやって倒してやろうかと策略を練り始めた。