デリート
生まれてから今日までのことを
何もかも覚えていたら一大事だ
だから人間は適度に物忘れする
いずれ忘れることを前提として
記憶しておけないことを記録し
記録したというだけを記憶する
記憶を頼りに記録の海を探索し
定期的に記憶と記録の差を埋め
誤りを正し過ちを防ぐのである
歳と共に記憶したい事柄が増え
脳内の可動容量が減っていくと
記録したことすら忘れてしまう
まずは昨夜の晩餐の献立を忘れ
次いで旧知の友人の名前を忘れ
最後には自分が何者かも忘れる
そこで何より恐怖すべきことは
知らず知らずに進行することだ
たとえるなら真綿を引くように
どうか今日一日の幸せな記憶を
どうか昨日一日の楽しい記録を
いついつまでも忘れないように
ここに記録したと記憶しておく