1、悪夢の婚約発表
「きゃー!勇者様、結婚して下さい―!」
「どきなさいよ!私こそが勇者様に花を渡すの!」
帝都の中央街道沿いは老若男女で湧きたっていた。魔王を倒し、シュ―バレア帝国に平和を取り戻した勇者・ホ―ネッド・マードレスは爽やかな笑顔を振りまきながら、大パレードの主賓となっていた。豪奢な馬車の音が勇者の耳に心地よく響く。
マードレスの隣には黒髪の美少女が座っていた。目の力は強く、群衆、とりわけ若い女たちを軽蔑を含んだ目で見やる。
「ふん、ホ―ネッドの子種を欲しがる豚どもが。私のホ―ネッドは貴様らのような淫売には渡さぬ」
少女の名はミリンダ・ジュ―リッシュ、父親は帝国騎士団長であり、帝国の守護者であると誉れ高い。
「そんな言い方はきついよ、ミリンダ。僕と君が将来を誓い合った仲であることは臣民のみんなは知らないんだからさ」
そう言いながら、ホ―ネッドはミリンダの豆がある手をぎゅっと握りしめる。
「ほら、笑顔だよ、笑顔。美少女剣士様の笑顔を帝国の男子諸君に見せてあげなきゃ」
「私が、か。ホ―ネッド。私は娼婦ではない。誇り高い騎士だ」
「フフ、怒った顔もかわいいよ、ミリンダ」
ホ―ネッドの褒め言葉にミリンダは顔を赤くする。
「もうっ、からかわないでっ」
ミリンダが女言葉になると、ホ―ネッドから顔を逸らす。
「我らがミリンダ姫だー!すげー、かわいいーーーっ」
「ミリンダ様――――っ、こっちに笑顔を向けてくださいませーっ」
今度は若い男たちから声が飛んだ。剣士・ミリンダの人気も強いことを窺わせる。
「ほらほら、ミリンダ。手を振ってあげなよ。サービスしなきゃ」
「し、しかし。恥ずかしい」
「手を振らないと騎士団長様の名誉に傷がつくよ」
ミリンダは父親の名前を出され、はっとなった。父とその親族に無愛想な娘では面目が立たない。そう考えた彼女は気持ちを切り替えて、微笑みを浮かべて、手を振った。
「そう、大衆には愛想よく、だよ」
笑顔を浮かべた勇者は小さな声で言った。
しばらくして、勇者一行はパレードを終えて、皇帝陛下の住まう宮殿にやってきた。皇帝は玉座に座り、にこやかに出迎えた。四十歳くらいの太った男で優しそうな印象を与える。
「おお、勇者よ。魔王討伐御苦労であったな」
皇帝の周りには多くの貴族や貴族令嬢たちがいた。上品な彼女たちがあどけない少年である勇者に好奇の視線を向けている。
「感謝の言葉を言いたいが、言い尽せぬ。そのほうらの働きによって、我が帝国に光が差したようであるぞ」
皇帝はちらりと側にいる美少女に目をやった。イリス皇女、臣民の人気の高い金髪の美少女は穏やかに微笑んでいた。父親と同じくおっとりした性格であることをその佇まいから感じさせる。
「みな、喜んでおる。どうじゃ、爵位と領地、それに我が娘をイリスをもらってくれぬか」
父親の言葉にびくっと皇女が震えた。
勇者はそれを見ていた。勇者は知っている。皇女にはすでに恋する相手がいるのだ。
「爵位と領地はありがたく拝領致します。ですが、私には心に決めた相手がおります。ここにいるミリンダ・ジュ―リッシュがそうです。彼女とはすでに何度も愛し合いました。陛下、御無礼をお許しください。彼女と一緒になりたい。彼女と結婚したいのです。宿屋の息子に生まれた私が陛下のような賢帝に差し出がましい真似をと思われましょう。殺されても文句は言えませんね・・・・・・。ですが、どうかミリンダを我が妻に。それだけが僕の願いです」
「お父様、勇者様の意向を汲み取ってあげてください。これほど、美しい思い、かなえて差し上げるのが皇帝としての器の見せどころですわ」
すかさず、皇女が口を挟んできた。
「はっはっは。イリスよ、手厳しいな。・・・・・・勇者よ、そのほうの思いに気づかぬ愚帝を許しておくれ。もちろん、結婚を許そう。いや、許そうなどとはおこがましいな。そのほうの好きにするが良い」
皇帝の言葉に居合わせた貴族たちが祝福する。盛大な拍手が沸き起こった。嬉しそうにはにかむミリンダの両肩をホ―ネッドが掴む。
「ミリンダ・・・・・・」
「ホ―ネッド・・・・・・いえ、ホ―ネッド様・・・・・・」
二人の唇が重なる。大胆な二人の行動に貴族令嬢たちは赤面し、大人の貴族たちは微笑ましそうに見ている。
こうして、二人の英雄は夫婦となることを皇帝の前で誓った。
ギャラリーは二人の幸せを暖かく祝福した。
だが、その中で一人、猛烈に嫉妬心を焦がす娘がいた。
勇者とミリンダのすぐ後ろ、勇者パーティーの魔法使いのノエル・オテュアスである。美しい薄桃色の髪を持ち、平伏している彼女はガタガタと震えていた。
ノエル・オテュアスは勇者の旅をサポートし、命がけで戦ってきた。ミリンダが麻痺毒でやられ、動けない時もホ―ネッドとミリンダが無謀な作戦を立てて、魔物と戦おうとしたときもノエルが止めてきた。魔王を討伐するために命がけで働いて来たノエルは勇者パーティーの参謀であり、彼女なくして魔王を封印することなど、できようわけがない。
だが、ノエルは内向的な性格であった。臆病な彼女は反論の一つもしようとしない。じっと怒りに身を震わせる。
ノエルにとって、勇者は恋人でもあった。勇者は田舎の村娘である彼女に知識を与え、好きなだけ勉強させてくれた。そして、暇を見つけてはデートに誘ってくれて、一緒に闘技場に行ったり、買い物や観光に付き合ってくれたのだ。キスはしていないが、ノエルにとっては本当に本当に大切な思い出だった。
(ミリンダ、許さない。私が彼女なのに、それなのにその貧相な体で勇者様を誘惑して)
ミリンダの胸は決して小さくない。むしろ、平均以上だが、ノエルの胸は平均を大きく上回っておりミリンダの胸を凌駕する。ノエルは肉付きの良い体をしていた。しかし、普段は魔法使いの地味なローブをしているので彼女の醸し出す色気は外に漏れることはない。
(勇者様は必ず取り戻す、あなたみたいな泥棒猫から絶対に)
ノエルは唇を強く噛んで、屈辱に耐えることにした。他の勇者パーティーの面々もノエルを気の毒そうに見ている。
ノエルの思いをよそに帝国内に勇者ホ―ネッド・マードレスと剣士ミリンダ・ジュ―リッシュの婚約が発表されたのは翌日のことであった。
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