復讐は誰のため?
「酷い有様だな」
遠くの方に煙が上がっているのに気付いた男は、何か起きているのかとふらりと立ち寄った村を見てそう呟いた。
「まあ、こういった村にこそいると思うんだが……」
そういいながら男はところどころ燻っている村の中へと足を運んでいく。
どうやらこの村は盗賊に襲われたらしい。もともとは藁ぶき屋根の家が立ち並ぶ小さな村だったのだろうが、、今ではそのことごとくが燃やされてまともなものは一つとない。あたりには襲撃を受けた際に殺されたであろう死体がそこかしこに転がっている。
「やっぱり何度見てもこういうのは慣れないな」
死体の中には両手足が逆に添えられているもの、くり抜いた目玉を口の中にねじ込んでいるもの、引きずり出したはらわたで全身を縛るようにしたものなど、明らかに楽しみながら殺したであろうものも複数あった。
男が家の中に入ってみると、壺や棚などは全て壊され、金目のものは一切残っていなかった。
他にもいくつかの家を見回ってみたが、結果は全て同じで、違いとしては中に死体があるかどうかだけであった。
「あとはあの家だけか……」
ほとんどの家を見て回り残すは村の中で一番大きな家だけとなったので、男はそこに向かって歩き出した。
中を見てみるとやはり他の家と同様で金もの物がありそうなところは破壊しつくされ、ばらされた男女の死体ができの悪いアートのようにくっつけられていた。
「あまり趣味がいいとは言えないな」
死体でできたオブジェを横目にさらに奥の部屋に進むと、この村の長だったであろう老人の死体が壁に磔にされていた。死体は肉を少しずつ削がれていったような痕があり、時間をかけて殺されたのであろうことがわかった。
「生き残りはいなさそうだな……」
当てが外れたかと男がもう村を出るかと思ったとき、不意に首筋にピリッとした感覚が走った。
直感に従い前に一歩踏み出しその勢いのまま振り向きざまに蹴りを放つと驚愕の表情でナイフを突き出したまま固まっている少女と目が合った。
「あっ……」
少女は何かを言おうとしたが、その前に男が繰り出していた蹴りが当たり壁際まで吹き飛ばされるとその意識を手放した。
「今のは少し危なかったか。だが……」
男は少女に近づくと先ほど蹴りが当たった個所を触診する。
「骨が折れているみたいだが、まあこれぐらいなら大丈夫か」
男が呪文を唱えると緑の光が一瞬淡く輝き少女を包んだ。
「これでひとまずは大丈夫だろ」
そういいながら男が周囲を見回すと先ほどは壁であった場所が開き奥に部屋があるのが見えた。
「なるほどな。あそこから出て来たわけか」
先ほどまで壁だった所から入った部屋の中には食料が少しあっただけで他には何もなく、緊急時の隠れ場所として作られたであろうことが想像できた。
「なにはともあれまずは話を聞くことと、それから……これからどうするかを聞かないとな」
そう呟くと男は壁に磔にされている死体を抱え外へと持っていき埋め始めた。
同じように村の中にあった死体も埋めながら時々少女を寝かせている家に様子を見に行くということを何度か繰り返していると、少女が目覚めそうな気配があった。
少女が目を覚ますと目の前には見慣れている天井が見えた。
「ん……あれ、わたしは……」
少女体を起こすと、かけていた毛布がずり落ちた。周囲を見渡すと一人の男が少女を見ていた。
「お、起きたか」
少女はぼんやりと男を眺めていたが、徐々に意識が覚醒していき、先ほどのことを思い出すと同時に男と距離を取った。
「お、お前のせいでこの村が……!」
一気に自分との距離を取った少女に対し、男は両手を上にあげながらゆっくりと少女へと近づいて行った。
「いやいや、お前は勘違いしている。俺はこの村を襲ったやつとは関係ない。遠くで煙が上がってて何かあるのかと思ってここに来たら、たまたまこんな惨状に遭遇したってだけだ」
男のその様子に少女はほんの少しだけ警戒心を解く。
「それなら、なぜまだこんなところにいるの? さっさと出て行けばよかったんじゃないの?」
男は話しながらもゆっくりと少女に近づいていく。少女は再び警戒心をむき出しにしながら、男の動きに合わせるようにじりじりと後ろへと離れていく。
「本当ならすぐに村から出てもよかったんだが、不意打ちに対応するためとはいえ思いっきり蹴り飛ばしてしまったからな。そのまま死なれても寝覚めが悪いと思ってこの場に残ってたんだ」
そう言われて、ハッとしたように少女は自分の体を触ると同時に自分がどうして眠っていたのかを思い出した。
「そうだ……。あの時わたしはあなたに蹴られてそのまま気を失って……でも怪我が何もない……」
呟きながら少女は先ほど蹴られた部分をぺたぺたと触っている。
「まあ女の子の体に傷を残すなんてことはしたくなかったからな。少し手当をしておいた」
少女の動きが一瞬止まり、すぐに自分を守るように体に毛布を巻きつけた。
「変なところを触ったりしてないでしょうね?」
少女が男の方を睨みつけると、やれやれとばかりに男は言った。
「生憎と俺はそんな貧相な体に興味はないんでね」
「誰が貧相なのよ! わたしぐらいの年なら皆こんなものよ! というか、やっぱり触ったんじゃない!」
少女はひとしきり男に悪態を吐くと肩で息を切らしながら男に尋ねた。
「それで、結局あなたは何が目的なの? わざわざ貧相な小娘の傷を治すためだけに残ってたわけではないのでしょう?」
「なぜそう思う?」
「簡単よ。あの程度のケガがあろうとなかろうと村がなくなった今、わたし一人で生きていくなんて無理に決まっているわ。どうせまた盗賊に襲われるか魔物に襲われて死ぬのが落ちよ。それをわざわざ助けるなんて、何か他の目的があるに決まってるわ」
少女が自嘲気味に笑う様子を男はじっくりと観察する。
頭が悪いわけではないうえにしっかりと現実も見据えている、これなら大丈夫か。
そう分析した男はひとつ頷くと、
「いやただの気まぐれだ。ただ、これから言うことにかんしてはしっかりと理由はある」
男は少女の瞳を正面から見つめる。
少女は一瞬だけ目を逸らしたが、すぐさま男のことを睨み返した。
「復讐をする気はあるか?」
言葉を聞いた少女は一瞬、ぽかんとした顔をした。しかしすぐに先ほど以上に瞳に力を込めて男を睨みつける。
「復讐したいかですって? そんなの……したいに決まってるじゃない! いきなり襲いかかってきて、わけもわからず村のみんなを殺して……! しかもあいつらただ殺すだけじゃ飽き足らず、遊びながらみんなを殺していったのよ! 今でもみんなの叫び声が聞こえる気がするのよ」
毛布を掴んでいる少女の指は真っ白になるほど力がこもっている。しかし不意にふっとその力が抜けた。
顔もいつの間にか俯き、肩も震えている。
「でも、わたしにはそんな力はない……。復讐なんて、したくてもできないのよ……」
いつの間にか男は少女の近くにおり、そっと少女の肩に手を置いた。
「力なら、俺が貸してやろう」
少女が顔を上げると男と目が合った。
しかし少女の瞳は先ほどのように睨みつけるようなものではなく、縋るようなものになっていた。
「本当にそんなことができるの? あなたが盗賊に復讐してくれるの?」
男は頷き、しかしひとつ訂正する。
「ああ、できる。ただし実際に行動するのはお前だ。そのための力を俺が貸してやる。まあ実際にその力を使うことができるかどうかはお前次第だ。最悪は死ぬことになる」
死という言葉に少女の瞳は少し揺れたがすぐに先ほどまでの力を取り戻したかのように男を正面から見据える。
「力が手に入るなら、あいつらに復讐することができるなら、わたしはなんだってやってやるわ!悪魔に魂を売るのだってやってやる! 死なんてものもリスクのうちには入らないわ!」
そう少女は男を強く睨みつけながら復讐を宣言するのだった。
「それで、わたしは何をすればいいの?」
先ほどなんでもやると言ったのは嘘ではないと証明するためか、少女は男を見ている。
「待て、その前に一つ聞いておきたいことがある」
「何? それは重要なことなの?」
男はこくりと頷くと、一拍開けて言った。
「お前の名前はなんだ?」
少女は呆気にとられたような表情をしたが、
「それが関係あるの? まあいいわ。わたしの名前はヨルよ」
「なるほど。ヨルか。ではヨルよ。強くなるためにはまず――」
「ちょっと待ちなさい」
そのまま話を続けようとした男をヨルは遮った。
「あなた、こっちが名乗ったんだからそっちも名乗るが礼儀じゃないの?」
男は考えるように顎に手を当てた後、
「まあその通りだな。悪かった。俺はフォールだ。周りからは死神と……まあこれはいいか。さてヨル、強くなるためにはなんだってやると言ったな」
フォールがヨルの目を見ながら確認を取ると、ヨルは目を逸らすことなく頷いた。
「ええ、その言葉に間違いはないわ」
「ではヨルよ、お前は……」
ヨルがゴクリと唾を飲み込み次の言葉を待つ。
「お前は……俺の奴隷になれ」
ヨルは真剣な目でフォールを見つめたまま、固まった。そのまま数秒が経過した後、
「ごめんなさい、もう一度言ってもらってもいいかしら?」
「聞こえなかったか? 俺の奴隷になれといった」
聞き間違いではないことが分かったのか、ヨルの目が一気に汚い物を見るような目に変わった。
「復讐したいかとか、強くしてやるとか言っておいて、結局はそれが目当てだったのね。貧相な体には興味がないとか言っておいて……この変態!」
先ほどまでのやる気に満ち溢れていた反動か全身からもうどうなってもいいという感情がにじみ出ている。
「待て、お前は勘違いをしている。先ほども言ったように俺は力を貸すことができるが、それは誰にでもではない。俺と主従関係を持っている者のみにそれは適応される」
フォールの言葉を聞いて一秒、二秒と経った後ボッと急激にヨルの顔が赤くなった。
「そ、それならそうと先に言いなさいよ! おかげで変な想像しちゃったじゃないのよ!」
横で騒ぎ立てるヨルを無視しながら、フォールは持っていたナイフで自分の指先を切ると、呪文を唱えながら小瓶に血を溜め始めた。時々ヨルと自分の名前が聞こえることから、確かに名前が必要だったんだんだなと思いながらフォールの作業を見つめている。
ある程度の量が溜まったところで魔法を唱えて治療を行った。
「さて、では今より奴隷契約の儀式を始める。ヨル」
「は、はい!」
フォールが行っている作業を眺めるのに夢中になっていたヨルは、名前を呼ばれて驚いた。
「胸元を見せろ」
ヨルは一瞬固まりかけたが、ブンブンと首を振り襟をひっぱて胸元を見せる。
「ではいくぞ。じっとしていろよ」
フォールは自分の指に先ほど集めた血をつけると、ヨルの胸元へと指を伸ばした。指が触れた瞬間ヨルの体はビクっと震えたが、フォールは気にせずに作業を続ける。
ヨルはその作業をじっと見つめながら、ポツリと呟いた。
「これは……魔法陣?」
ヨルの胸元にはフォールの血により模様が描かれている。
そのまましばらくフォールが指を動かし続けると、五分もしないうちに魔法陣は完成した。
「よし、できた。あとは……ヨル」
先ほどまで使っていた小瓶をヨルに向けて差し出しながらフォールが言った。
「これを飲め」
「はぁ!? 血を飲むなんてそんなの……わかったわよ。やるわよ」
なんでもやるんじゃなかったのかとばかりにフォールに見つめられ、小瓶を受け取った。
ヨルは数秒その小瓶を眺めた後、一気にそれを飲み干した。
「うえぇ、口の中が鉄くさい……」
その様子を見ていたフォールが呟く。
「さて、どうかな。まあ、大丈夫だとは思うが」
何のこと? そうヨルは尋ねようとしたのだが、その言葉が発せられることはなかった。
血を飲み干した瞬間、ヨルは胸元に鋭い痛みを感じ顔を歪めた。
何が起きているのかと胸元を確認すると、先ほどフォールが血で魔法陣をなぞるように真新しく切り傷ができ、プツプツと血が出始めていた。
血が出てると認識した瞬間、先ほどとは比べ物にならない痛みが襲いかかった。
「ぐっ……!?」
熱した鉄の棒を押し当てられているかのような痛みが襲い掛かり、ヨルは思わず胸元を抑えてうずくまった。
荒い息を抑えながら自分の目で確認すると、そこにはような、ではなく実際に何かで焼かれるようにジューと音を立てながら煙を上げているのが見えた。
ヨルが歯を食いしばって耐えていると、数十秒のうちに煙は収まったが、まだ痛みが続いているのか、ハァハァと呼吸が荒い。
フォールはヨルに近づき胸元を抑えている手をどける。
「無事に済んだようだな。これで主従契約は完了した」
先ほどまでは血で描いただけであった魔法陣がなくなり、代わりに火傷で爛れた皮膚がその模様を形作っていた。
「おめでとう、これでお前は晴れて俺の奴隷となった」
パチパチと適当な拍手をするフォールに向けてヨルは強い視線を向ける。
「それで? これからどうすればいいのかしら? あなたのお世話でもすればいいの?」
「……それだけ口が回るなら大丈夫だな」
フォールができたばかりの痛々しい火傷の痕に手を伸ばす。
指先が魔法陣に触れるとまだ痛むのかヨルは軽い呻き声を上げた。
「では、第二関門だ。とりあえず……十分の一程度でいいか。……死ぬなよ」
「えっ?」
フォールの指先が青く光り輝いたかと思うと、その光は徐々にヨルの胸元、正確にはを確認しようとしたとき、自分の視界が横になっているのに気付いた。何が起きたのかを全く理解できないまま起き上ろうとし、失敗した。腕を突っ張り上体を起こそうとするのだが、全く力が入らない。
何度か繰り返しているうちに少しは体が動くようになったのだが、今度は全身が燃えるように熱い。ふと鼻から何かがたらりと垂れた感覚があり、ぐいと拭ってみるとそこにはべったりと血が付着していた。
「なにこれ……?」
ヨルが血を認識すると同時に視界が真っ赤に染まった。
「あ……あぁああああ……!!」
鼻だけではなく、目、耳、口からも血が溢れており、皮膚も裂けて体中のいたるところから血が噴き出ている。
ヨルは先ほどの儀式とは比べ物にならないほどの激痛に突如として襲われ、ただ叫び声をあげるのみとなった。
呼吸を行おうとしても痛みがそれを邪魔して上手く空気を吸うことができないのかヒュ、ヒュと小さな音が不規則に聞こえる。
な気が抜けると全身が張り裂けそうな痛みを感じながらもなんとか意識をつなぎ、歯を食いしばって耐えながら呻き声を上げる。
「うぅ……ぐぅうぅぅ……!」
そのまま数十分は過ぎただろうか。ヨルは痛みをこらえるために自身の腕に爪を突き立て何度も掻き毟っていた。そんなことを繰り返しているうちに手の指十本の爪は剥がれ落ち、爪が生えていた部分からも血が噴き出している。
内側から肉体を破って飛び出そうとしている衝動を少しでも逃がそうと地面を殴りつけた。
ドンと轟音が鳴り響いたかと思うと、ヨルが殴りつけた場所には小さなクレーターができていた。
衝動的に行ったことに対する結果に、全身を気が狂いそうな痛みに襲われながらも一瞬呆気に取られる。だが次の瞬間にはまた体を掻き毟り歯を食いしばりながらうずくまるだけの格好に戻る。
「行けると思ったのだが、無理だったか」
フォールがヨルに向けて手を伸ばしたとき、その手をヨルが掴んだ。
ぎりぎりぎりと、ただの少女が出せるはずもないような力でフォールの腕を掴みながら絞り出すようにヨルは言う。
「余計なことは、しないで……! この程度で……音を上げるような、気持ちで……復讐をする気は……ない!」
「ふむ、なるほど」
フォールが手を引くと、ヨルは掴んでいた手を戻し再び痛みに耐えるために歯を食いしばり始めた。
ずっと歯を食いしばっていたためか、バキと奥歯が砕けるような音が聞こえた。
「ならば、耐えて見ろ。絶対に死ぬなよ。ここで死なれたら丸損だからな」
すっとフォールはヨルの元から離れて呻き声を聞きながら家を出た。
ヨルに掴まれた手を見ると、そこにはくっきりと少女の手形が残っていた。
数時間後、村の中の全ての死体の処理を終えたフォールが家に戻ると、血だまりの中に横たわるヨルの姿が見えた。
衣服は血が乾き茶色に変色し、露出している手足は乾いた血が貼りついており、ヨル自身の体は生気を感じさせないほどに真っ白であった。
そっとヨルに近づき首筋に手を当てると微かにだが鼓動を感じ、小さいながらも安定した呼吸音が聞こえた。
「とりあえずは関門突破か」
首筋に当てた手を今度は体にかざしながらまた呪文を唱え始めた。
昼間に昼間に唱えたものよりも長い詠唱が終わった後、淡い緑色の光がヨルの全身を包んでいく。
やがて光が収まったとき、ヨルの肌には赤みが差し、顔つきも心なしか穏やかなものになっていた。
その様子を見届けると、フォールは部屋の隅に座り、周囲を警戒しつつ眠りについた。
フォールが目を覚ましても、ヨルはまだ目覚める様子はなかった。
まだしばらくは目覚めないだろうと考えたフォールは、村の近くにある森でいくらかの魔物を狩ってきて調理を始めた。家の外で魔物を解体し、肉を串に刺して焼いていく。
ある程度数が焼けたところで串を手にヨルのそばまで戻った。
眠っていたところと同じ位置に座って串焼きを頬張っていると、臭いに釣られたのかヨルがゆっくりと体を起こした。
「ん……」
目をこすりながらぼーっとしていたが、しばらくするとハッとした表情になり、自分の手を見つめながら指を握ったり開いたりし始めた。表情は俯いていて見えないがきっと笑みを浮かべていることだろう。
しばらくそうしていたが臭いに気が付いたのか顔を上げるとフォールと目があった。
見られていたのに気付いていなかったのか顔が赤くなっていく。
「よう、気分はどうだ?」
「ええ、最っ高にいい気分よ。この力があればあいつらなんて……」
話していく最中に赤かった顔はすぐに元に戻ったが、それと入れ替わるようにヨルの周りに黒い靄のようなものが立ち上り始め、重苦しい空気が漏れ出て来た。
「まあいい、とりあえずその物騒な気配を収めてくれ。食事も喉を通らなくなってしまう」
フォールがそういうと、フッと先ほどまで感じていた圧力は消え去った。
「ごめんなさい。これからあいつらをこの手で……って考えると気分が高揚しちゃったの」
ヨルはふふっと笑いながらフォールを見つめている。
「でも、この程度で食事が喉を通らなくなるなんて、案外小心者なのね。それだけの力があるのに」
ヨルは体内に魔力を取り込んだことにより、周囲の人物がどの程度の力を持っているかを多少は見抜けるようになっていた。
「用心深い性格なんでね。それよりも、食うか?」
「ええ、頂くわ」
フォールが持っていた串を差し出すと、ヨルはそれを受け取りすぐに噛り付いた。
「それで、次は何をすればいいのかしら?」
串焼きを食べながらヨルが問う。
「まずは力の使い方を覚えてもらう。近くの町の冒険者ギルドで依頼を受けながらになるな。自分の食い扶持ぐらいは稼いでもらうぞ」
昨日村を見て回ったが金目のものは一切見当たらなかった。
そこから察するにヨルもお金は持っていないだろう、とあたりを付けた。
「まあ、当然ね。じゃあさっそく町まで行きましょう」
手に付いた脂を行儀悪くペロっと舐めると立ち上がりすぐに家の外に出ようとし、
「俺は別にかまわないが、お前はいいのか? その格好で」
言われてヨルは自分の体を見下ろし、自分の服装が血が乾燥して茶色に染まり、体には血が乾燥した物がいたるところに貼りついているのに気が付いた。
フォールが顔を真っ赤にしたヨルに「すぐに準備をするから外で待っていて!」と追い出されてから30分ほど経過しすると、ヨルが家から現れた。
「待たせたわね。さあ行きましょう。」
「その前に一つだけ、魔法を教えてやる」
魔法、という言葉にヨルは即座に反応して食いつく。
「どんな魔法なの!?」
「まあ魔法と呼べるかはわからんが、昨日お前が地面を凹ませたときに少し使っていただろ? 魔力を放出して相手にぶつける方法だ」
そういうとヨルは露骨にがっかりした顔をした。
「どうした?」
質問に答えずにヨルは手でピストルの形を作りフォールに狙いをつける。
そして、
「バン」
何かを感じ取りフォールが身を躱すと、つい先ほどまでいた位置を小さな黒いものが通り過ぎて行った。
「あら? さすがに力を抜きすぎたかしら?」
「……なるほど。なら別のにするか」
そういうとフォールは何やら呪文を唱え始め、
「出でよ、炎」
最後にそう言って力を込めると手のひらのうえに炎の玉が揺らめいていた。
「とりあえずはこんなものか。呪文は慣れるまでは必要になるだろうが、最後のは自分の好きなように言っても大丈夫だ。何も言わなくてもいいがこんな魔法を使いたいってイメージを固めるには何か言った方がいい。こうしたいってイメージが無ければ大した威力は出ないからな」
ヨルは教わった詠唱を唱えると、手のひらを正面に向けてぐっと力を込める。
「出ろ、炎!」
ヨルの手から発射された火の玉が勢いよく前方へ飛んでいく。
そしてその勢いのまま家にぶち当たり、
「あああああ!」
家に燃え移った。
「どうした? あの家のやつらに恨みでもあったのか?」
「そんなわけないでしょ!」
ヨルがどうすればいいのか分からず右往左往していると、
「さっき言ったはずだ。イメージが重要だと。ちなみに呪文はこうだ」
教えられるままにヨルが呪文の詠唱を開始する。
「水よ、出ろ!」
ヨルがバッと手を前に突き出すと日がついて燃え上がっていた家の上空から大量の水が降ってきて見事に火が消えた。
「イメージが重要なのはわかったとは思うが、とりあえず力の調整ができるように訓練だな」
ヨルの目の前には火は消えたが、水の重みに耐えきれずに潰れた家があった。
その後、フォールの後をヨルがついていく形で村から出発し、一日歩き通した夜、
「どうだ、力の使い方には慣れたか?」
たき火を起こし、森の中で狩った魔物を焼きながらフォールが尋ねる。
それに対してヨルは、呪文の詠唱を行い人差し指を上に向けてそこに火を灯しながら答えた。
「まあ多少は慣れてきたわ。最初みたいに力を込めすぎるってこともなくなったし」
森の中で魔物に出会うたびにヨルは魔法を放ってきた。最初の何度かは力の限り魔法を唱えて魔物をかけらも残さずに消滅させて息切れを起こしていたが、何度も行っていると力の加減ができるようになり、魔力を込めすぎることがなくなってきた。
そろそろ頃合いなのか、フォールが串に刺して焼いていた肉を手に取り頬張る。ヨルもそれを見て肉に手を伸ばす。
「ひとまず魔力の扱いの基礎はできたみたいだな。明日には町に着くだろうし、そうしたら冒険者ギルドに登録して依頼を受ける。今日は慣れないことばかりやって疲れているだろうから早めに寝るといい」
じゃあ、お言葉に甘えて失礼するわ」
ヨルは、ふわと軽く欠伸をして地面に敷いた毛皮の上に横になるとすぐに寝息を立て始めた。
魔力を使うには少なからず労力を使うが、道中ヨルにはほとんど疲れたような素振りはなかったが、すぐに寝入ったところを見るとかなり疲れは溜まっていたようだ。
力を手に入れたことで疲れを感じる器官がマヒをしていたのだろうとフォールは結論付けた。
その後フォールは周囲の警戒を行いつつたき火に火をくべるために夜通し起きていた。
次の日フォールはヨルが目覚めるのを待ち、町に向けて出発すると、日が昇り切る前には町へとたどり着いた。
「さて、まずは宿の確保だな」
ヨルが物珍しそうにキョロキョロと周囲を眺めていると、フォールはそう言って町の中に歩みを進めていく。ヨルは置いて行かれまいと慌ててそのあとに着いていき、とある建物の中に入っていくのを見た。
ヨルが建物の中に入ると、既にフォールは料金を払い部屋のカギを受け取っていた。
「部屋は2階の手前から2つ目だとよ」
階段を上り鍵を差し込んで扉を開けると部屋が見えた。
部屋の中には机が一つとベッドが二つ並んでいた。
二人は荷物を部屋に置くと、宿屋から出て歩き始める。
しばらく歩くと、正面に二本の剣のエンブレムを掲げた建物が見えた。
フォールが何でもないように建物に入っていくのを見てヨルもその後をついていくと、中に入った瞬間一斉に視線を向けられた。
「ひっ!」
視線に驚き思わずその場に尻餅をついたヨルに対して、一部から笑い声が聞こえた。
そんなヨルに対して一人の男が近寄ってきて手を伸ばす。
「おら、嬢ちゃん間違えて入ってきたのかもしれねえがとっとと出て行った方がいいぞ。ずっとここにいるとおしっこちびっちまうかもしれねえからな」
男がそう言うと、また周囲から笑いが起きた。
ヨルが顔を真っ赤にして手を払いのけて立ち上がる。
「間違って入ったわけじゃないわ! わたしはここに依頼を受けに来たのよ!」
それを聞いて周囲は更に笑い声をあげる。
「登録? 嬢ちゃんがか? 悪いことは言わねえから帰ってママのおっぱいでも吸ってた方がいいんじゃないか」
そうだそうだと周りから賛同する声が上がるが、ヨルの耳には全く入っていない様子だった。
先ほどまで真っ赤だった顔から急速に表情が消えていく。
ヨルは近づいてきていた男に近寄り、男の腹部に手を添えた。
「なんだなんだ? 依頼ってそっちのことか? 嬢ちゃんは貧相だから相場よりも安くなるがいいか? ん? その模様――」
男はガハハと笑い、最後の一瞬はヨルの胸元にある魔法陣に目が行き、ヨルの様子が変わっていることに気が付かなかった。
ヨルはそっと手に力を込め、
「……喰らえ」
魔力を撃ち出した。
「ガッ……!」
衝撃を受けた男は膝から崩れ落ち、そのまま前のめりに倒れこんだ。
その光景を一瞥するとヨルはさきに受付まで行っていたフォールの元へと近づいていく。
一瞬辺りがシン――とした後、倒れた男に一人が近づいた。
「おいおいどうしたウッド? 飲みすぎて倒れたのか?」
体をゆすってみるが何の反応もない。どうしたんだと口元に手を持っていき、
「おい! 誰か回復魔法を頼む! ウッドが息をしてねえ!」
騒ぎになってきたのを聞きながらフォールが尋ねる。
「何かしたのか?」
「別に? ムカついたからちょっとお仕置きしただけ。ここで依頼を受けるの?」
フォールが入口に目を向けると慌てて近寄った男が倒れた男に向けて回復の魔法を唱えているところだった。
問題はないだろうと判断したフォールは、
「そうだ、だがその前にここで冒険者として登録を行う必要がある」
フォールが受付を指さすと、ペコリと女性が頭を下げる。
「冒険者としての登録はこちらで受け付けております。登録料は既に受け取っておりますのでこちらへどうぞ」
そういってフレームだけの三角錐のようなものの上に水晶玉をセットし、その下にカードらしきものを置いた。
「ではこちらの水晶に手をかざしてもらってもよろしいでしょうか?」
言われるままにヨルが手をかざすと、水晶が輝き始めた。それに合わせて水晶から伸びた光が下に置いたカードに何かを書き込んでいる。
しばらく続いていた光が収まると、受付の女の人がカードを手に取って書かれた情報を読み始める。
「ヨルさん、ですか。火の魔法と水の魔法が使えるということはウィザードですね。魔力が随分と多いみたいね。出身はイスカ村と。あら、あの村は確か……そう、それで奴隷に……」
受付のヨルを見る目が気の毒そうなものに変わる。
おそらく村がなくなったことで奴隷になったと思われたのだろう。
間違ってはいないし、面倒臭いのでヨルは訂正しなかった。
「わかりました。ひとまずこれで登録は完了です。依頼はあちらの依頼ボードに貼りつけてありますので、これを受けたいというものがあればこちらまでお持ちください」
その後報酬の受取や、依頼失敗の罰金、冒険者の心得等を聞いて受付の説明は終わった。
ヨルとフォールはどんな依頼があるのかとさっそく依頼ボードに貼り出されている内容の確認に向かった。
「あまり大した依頼はなさそうだな」
そう言いながらフォールは一枚の紙をはがす。
そこには、「つのうさぎの討伐」と書かれてあった。
「これを受けるの?」
「ああ」
フォールは先ほどの受付まで戻ると、カウンターに紙を置いた。
「この依頼を受けたいと思う」
受付は依頼書に目を通すと、
「かしこまりました。討伐の証明として角をお持ちください。1本に付き銅貨五枚で買い取ります」
受付が紙に何かを書き込む始めたのを見ると、フォールとヨルは外へ出た。
「とりあえず宿に戻るか」
そのまま一旦宿に戻ろうとし、しかし途中で三人組の男に道を塞がれてしまった。
「おう兄ちゃん、ちょっと奴隷の躾がなってないんじゃないか?」
二人が足を止めると、先ほど気絶した男を正面にして、三人は二人を取り囲むように位置を変える。そしてそのまま近くの路地裏まで連行された。
顔を見れば先ほどヨルが倒した男とそれに駆け付けた男、もう一人はしらない男だが、おそらくは回復魔法をかけていた男だろう。
「あら、ごめんなさい。まさかあの程度で気絶するなんて思わなかったの」
男の顔を見たヨルは、再び手に魔力を込めながら一歩前に出ようとしたが、その前にフォールに制されて力を抜いた。
「て、てめぇ! 奴隷のくせに調子に乗りやがって! あんな不意打ちで勝った気になってんじゃねぇぞ!」
フォールに止められたヨルは力を抜いてため息を吐く。そして改めて男を正面に見据え、
「いくら不意打ちでもこんな小娘にやられるなんて鍛え方が足りないんじゃなくて?」
ヨルの言葉に目の前の男から何かが千切れるような音が聞こえた。
「もう我慢ならねぇ! こいつらを捕まえろ!」
男が後方にいる二人に指示を出すと、フォールとヨルは羽交い絞めにされてしまった。
「この! 放しなさいこの変態!」
男の手から逃れようとヨルが必死にもがいているが、見た目相応の、むしろそれ以下の力しか持っていないため逃れられずにいる。
その様子を見ながら、さっきとはうってかわってにやにやとしながら男がヨルに近づいてくる。ヨルは男に向けて罵倒を行っていたが、距離が近づくに従い口数も少なくなっていった。
「私も悪かったわ! 謝るってば! ごめんんさい! やだ、いやー!」
「今更謝ったってもう遅ぇよ! 奴隷ごときが俺に恥をかかせやがって! 俺たちの恐ろしさをたっぷりとその体に教えてやるよ!」
そして男がヨルに手を伸ばそうとしたところで、
「すまんな。そいつも反省してるみたいだしもう許してやってくれないか?」
男の手をフォールが掴んだ。
「お前どうやって!?」
男が先ほどまでフォールがいた場所を見ると、一人の男が手首を抑えながら蹲っていた。
「どうしたボーク! 何をやられた!」
ヨルに手を伸ばしていた男が一瞬目を離したとき、
「あぁあぁあああ!」
今度はヨルの背後から叫び声が聞こえた。
その声に視線を元に戻すと、男の腕を掴んでいるのとは別の手でヨルを羽交い絞めにしている男の顔を掴んでいる。
「な? こいつも謝ってることだしここらで手打ちにしてくれや。でないと、」
フォールに掴まれている手にかかっている圧力が増し、ぎりぎりと音を立てている。それはヨルを羽交い絞めにしている男に対しても同様なのかヨルの拘束を解き両手でフォールの腕を引きはがそうとしている。
フォールが掴んでいる力を込めつづけていると、ミシミシと骨が軋む音が聞こえてきた。
「わかった! 許す! 許すから勘弁してくれ!」
フォールが手を放すと男たちはさっさと逃げて行った。
男たちが離れたのを確認すると、ヨルはへたりとその場に座り込んだので、フォールが手を伸ばして起こしてやる。
「なんで邪魔したのよ」
伸ばされた手をグイと引っ張り立ち上がったヨルはフォールを睨みつける。
「知らなかったのか? 街中で魔法を使って騒ぎを起こすとすぐに衛兵が飛んできて捕まるからな。そうなったら面倒だから止めさせてもらった」
「ふーん、ならいいわ。それよりも、あなた魔法使いじゃなかったの?」
先ほどの光景を思い出しながらヨルが問う。
明らかに向こうの方が力が強そうなのに、それをフォールが圧倒していた。
「その認識で間違いはないな。俺は魔法使いだ」
「ならさっきのはおかしいじゃない! 何をしたのよ」
フォールは少し考えるような素振りを見せた後、
「まあ今後のためにも教えておくのもいいか。歩きながら説明してやる」
すたすたとフォールが歩き始めたのでヨルは慌ててついていく。
「それで、さっきは何をしたのよ」
横に並んだヨルが改めてフォールに聞き直す。
「魔法ってのは別に力を外に出してぶつけるだけのものじゃない。普段体の中を巡っている魔力を意識して量を増やしてやれば、自分が普段出している以上の力を出すことも可能になる。ちょっと手を出してみろ」
言われた通りヨルが手を出すと、フォールがそれを掴む。
「最初の一回は手伝ってやる。あとは自力で覚えろ」
フォールと手が触れあった瞬間びくっとしたが、続けられた言葉にこくりと頷いた。
「いくぞ」
フォールが手に力を込めたのがはっきりと感じられた。
そしてそれが徐々にヨルの中に流れ込んでいき、体中を循環し始めた。
それを感じ取ると同時に体が軽くなったように感じた。
「とりあえずここにパンチを打ってみろ。ただし全力はやめてくれよ?」」
繋いでいるのとは反対の手を開いて構える。
言われた通りヨルがパンチを放つ。
ピッと空気を裂くような音が聞こえてフォール
の手にぶつかった。
そして一瞬遅れてバンと何かが破裂するような音が周囲に響き、周りの視線が集まった。
しかし、一番驚いているのはヨル自身であった。
自分が放ったはずなのにパンチが全く見えなかった。
フォールが繋いでいた手を放し、パンチを受け止めた手をひらひらと振っている。
「いつつ……まあこんな感じで自分の持っている力の何倍もの力が出せる。これを使いこなせるようになれば、あの程度の奴らなら簡単に追い払える
手を放したことにより体内の魔力が抜け出ていった。
軽くなったと感じていた体がいつもの感覚に戻る。
「たしかに便利そうね」
「ただし、これはかなり魔力の操作が精密にできないと難しい。下手をすると暴発して体が吹き飛ぶこともある」
「そんな恐ろしいことを平気で人の体にしたのね」
ヨルがフォールを半目で見つめているが、
「教えろと言われたから実践を交えて教えてやったまでだ」
フォールには全く気にした様子はなかった。
宿屋に戻った二人は今後どうするかについて話合うことにした。
「さて、どうする。冒険者ギルドで登録は完了したが、今から依頼をこなしに行くとなると野宿をすることになる。それでも行くか?」
「ええ、もちろ――」
「ちなみに俺は宿で眠りたいから行かない」
「――ん行きま……せんわ!」
野宿上等で行く気だったのだろうが、フォールが行かないというのを聞いた瞬間変更した。
おそらくまだ魔法の扱いに不安があるため、一人での行動は不安があるのだろう。
その後二人は室内で魔法の訓練の行い町に着いてからの一日目を過ごした。
二日目、朝食を取った後、村から一番近い平原へと向かった。
「さて、まずはここで魔法の訓練を行う。といっても昨日教えた魔法のうち火は使うなよ? ここら一体を燃やし尽くしそうだからな」
こくりと頷いたヨルは早速体中に魔力を巡らせる。
その様子を少々驚きながらフォールが見つめる。
「やばいと思ったら全身の魔力を解放しろ。下手に留めようとして失敗すれば体が吹き飛ぶからな」
直後ヨルが全身から魔力を解放し、足元に小さなクレーターができた。
「そうだ。やばいと思ったらそうしろ」
すぐに二回目の挑戦に入っている。
そうして何度か失敗を繰り返し昼近くになった頃、
「できた……できたわ!」
そう言ってヨルがその場で跳躍する。
一瞬にして十メートルほどの高さまで上がり、落ちてきた。
「きゃあああぁあああああぁ!」
落ちているという感覚に体内の魔力の流れが制御できなくなり、身体能力の維持ができなくなる。
このまま地面にぶつかれば骨折は免れられないだろう。
「落ち着け! 地面にぶつかる瞬間に魔力を解放しろ!」
落下してきたヨルは、言われた通りぶつかる瞬間魔力を解放した。
ドンと先ほどよりも大きな音周囲に響いた。
ヨルは魔力を解放した衝撃波によりゴロゴロと転がっているが、大きなケガは負っていないようだった。
「し、死ぬかと思ったわ」
よろよろとフォールの元まで戻ってきたヨルが開口一番に言った。
「安心しろ、あの程度の高さなら落ちても死にはしない」
他にも教わった魔法の復習や、新しく土、風の魔法も教わり、四大魔法の基礎は全て教わったことになった。
「さて、今日の魔法の勉強はこれで終わりだ。あとは宿代を稼ぐ」
ヨルはこくりと頷き、平原を進んでいくフォールに着いていく。
ある程度進んだところで、フォールが呪文を唱えて地面に手をついた。
「それは?」
まだ習ったことのなかった呪文のためヨルが尋ねる。
「これは土魔法の一種だ。地面と一部の感覚を同調させて周囲の状況を探ることができる」
数秒その姿勢を取ったあと、こっちだ、とヨルを手招いてフォールが先行し進んでいく。
するとそこにはお互いに睨み合っている二羽のつのうさぎがいた。
どちらもお互いに意識を集中しているようで、二人に気付いた様子はない。
「俺は左側を狙う。ヨル、お前は右を狙え」
二人がそれぞれの獲物に狙いをつける。
「今だ!」
フォールが魔法を放つと、氷が鋭い形となりつのうさぎの急所を貫いた。
「バン!」
同時にヨルも魔力を放出し、つのうさぎの頭部を打ち抜いていた。
仕留めた獲物に近づき、討伐の証として角を切り取る。
その後合計で10匹のつのうさぎを狩り肉と角を持って町へと戻った。
街に戻ると早速ギルドへと角を納品し、報酬を受け取ったあと、そのまま肉も肉屋へと売りに行き宿屋へと戻った。
「全部で銅貨六十枚ね。これって多いのかしら」
手の上で布袋をジャラジャラと鳴らしながらヨルが尋ねる。
「さあな。ちなみにこの宿は一人一泊銅貨二十枚だ」
「ふーん、まあそんなものなのね」
対して興味もなかったのか、ヨルは机の上に布袋を放り投げてベッドに寝転がる。
「昼間のことだが、苦手でも使っていかなければできるようにはならないぞ」
何のことを言っているのかはすぐにヨルには理解できた。
昼間他にもつのうさぎを狩っているとき、ヨルは全て魔力を直接放出する方法をとっていた。
「確かにただ相手を攻撃するだけならそれで十分かもしれないが、相手を動けなくしたり搦め手をを使うなら、必要になる。特に人間が相手なら必須だ。動物とは違い知恵がある。直接狙う動きだけでは避けられて終わりだろう」
「……わかったわ。次からは使うようにする」
目的を忘れてはいけない。魔法はあくまで目的を達成しやすくするためのもの。少しでも目的を達成する、復讐を成功させるためには苦手だからやらないではダメなのだ。
ヨルはそう心に誓い、明日からは他の魔法も使おうと決めると、ゆっくりと眠りについた。
そんな風に過ごし一週間ほど経過した日のこと、朝食を食べた後ギルドに向かいどんな依頼があるかを見ていると、近くのテーブルで食事をしているパーティの会話が耳に入った。
『また近くの村で盗賊が現れたらしい』
『またか。最近多いな。この町もそのうち襲われるんじゃないか』
適当に聞き流しながら今日はどの依頼を受けるかを考えていたヨルだったが、不意に聞こえた言葉に意識を向けざるを得なくなった。
『で、そいつらに何か特徴はあるのか?』
『ああ、なんでもそいつらは全員腕に赤い布を巻いていたらしい』
『腕に赤い布って言うと赤巾団か。あいつら最近動きが活発になってるよな』
「腕に赤い布」という言葉が耳に入った瞬間、ヨルの動きが止まった。
「どの依頼を受けるか決まったのか? ……やめとけ、これはまだお前には早い」
フォールがヨルの行動が依頼が決まったと勘違いし視線の先にある依頼書を見て、評価を下す。
「お前の腕ならこっちの奴の方がいいぞ。ええと、どれだったか」
そういって先ほどまで見ていた依頼書を探し始めたフォールを全く気にせず、ヨルは先ほどの会話をしていたテーブルに近づく。
「あなたたち、その襲われた村というのはどこの村か教えてくれない?」
突如テーブルにやってきたヨルに困惑しながらも
「なんだお前? まあそれぐらい別にいいけどよ。ゼクス村だよ」
「そう。ゼクス村……。どのあたりにあるの?」
「ここから南に半日ほど行ったところにある」
「そう、ありがとう」
ヨルは礼を言うとすぐさまギルドを出て村へと向かってしまった。
「あったあった、これだ」
フォールが依頼書を見つけヨルに見せようとしたところで、ヨルがいないことに気付く。
「あれ、あいつどこに行った? まあそのうち戻ってくるだろう」
ところがヨルは十分経っても戻ってこなかったため、フォールは周囲に聞き込みを始めた。
「すまない、こんな女を見なかったか?」
ヨルの特徴を聞いて回ると、三組目で当たりを引いた。
「ああ、そいつなら盗賊に襲われた村を教えてやったらすぐに出て行ったよ。きっと火事場泥棒でもやるつもりなんじゃないか」
ガハハと笑いながらテーブルの酒を一気に呷る。
「そうか、なるほどな」
フォールは礼を言ってギルドの外に出ると呟いた。
「まだ収穫には早いと思っていたが、まぁ、仕方ないか」
そしてフォールは教えてもらった方向へとゆっくりと向かい始めた。
ギルドから出た後、すぐに町からも飛び出したヨルは教わった方角へとひたすらに突き進む。
この一週間で魔力の使い方はかなり上手くなっているようで、全身に魔力を巡らせることで普段の何倍ものスピードで走ることが可能になっていた。
二時間もしないうちに話に出ていた村へと辿りつく。
村に一歩足を踏み入れると何かが焼けるような臭いが鼻につき始めた。
そのまま村の中を見ていると、楽しみながら殺したと思われる死体や自分の子をかばいながら子供ごと殺された死体などがあった。
家の中も見てみると、金目のものがありそうなところは全て破壊しつくされていた。
「わたしの村と同じね」
村の中を見回りながらヨルは零した。
やがて一軒の家に近づいたとき、中から微かに声が聞こえた。
「やめ……!助けて……!」
声が聞こえた瞬間、ヨルはその家に飛び込んでいた。
「な!? 誰だお前は!?」
中には腕に赤い布を巻いた男が三人と、裸で壁に磔にされている少女が一人いた。
少女の方を見ると全身に切り傷や青痣があり、酷く衰弱している。それだけでなく逃げられないようにか両手のひらをナイフで壁に縫い留め、足も変な方向に曲がり骨が折れているようだった。
その様子を見たヨルは即座に手に魔力を溜めて放出した。
「死ね!!」
撃ち出された魔力が正確に男の眉間を貫いた。
撃たれた男は額の穴から脳漿を零しながらドサリと倒れ、血だまりを広げながら動かなくなった。
残りの二人は何が起きたのかがわからないながらも手に持っていたナイフを構えて戦闘の体制に入る。
その間にもヨルは手に力を込めていつでも攻撃可能なように準備を行う。
じりじりと距離を詰めていた男のうちのかたほうが 一気に飛びかかってきた。
「遅い!」
ヨルが手に溜めていた魔力を薄い氷にして撃ち出す。
勢いよく撃ち出された氷が男の体を両断する。
男の上半身が滑り落ち、自分の下半身であったものを見上げている。
「え、これ……俺の……」
断面から夥しい量の血が流れ出て、はらわたも同様にこぼれ出てくる。
それと同時に汚い悲鳴が家中に響き渡った。
ヨルはうるさそうに顔をしかめながら最後に残った一人に近づいていく。
男はナイフを構えてはいるが既に腰は引け戦意は残ってないようである。
ヨルの手がナイフを持つ男の手に重なる。バキと音が鳴ったかと思うと男の腕は通常ではありえない方向へと曲がり、ナイフを取り落した。
痛みで叫びをあげようとした男の喉に手を伸ばしヨルは尋ねる。
「あなたたちのアジトはどこ?」
恐怖で痛みを忘れた男は言われるがままに口にする。
「こ、ここから東に少し行ったところに洞窟がある! そこが今の俺たちの根城だ!」
「そう、わかったわ。ありがとう」
返答に満足したヨルは微笑みを浮かべ、手に力を込めた。
「や……やめ……」
だんだんと絞まっていく首に男は必死に懇願するが、やがてゴキっと音が鳴ると、だらんと両手を垂れ下がらせた。
「ふふ……あはは……あはははははははは!」
ヨルは手に持っていた男の死体を投げ捨てると、壁際にいる少女の元へと近づいた。
「ひぃ……!」
少女は近寄ってくるヨルへの恐怖に耐え切れなかったのか、足を伝って床に水たまりを作った。
「大丈夫よ。あなたには何もしないから」
刺さっているナイフを抜き取ると少女はそのままぱしゃりとその場に座り込んだ。
回復魔法はあまり得意じゃないんだけどね」
ヨルが呪文を唱えると少女の全身が緑色の光に包まれた。
全身にあった切り傷と打撲はほとんど治ったが、手のひらに空いた穴と折られた両足は完治とまではいかなかった。
「どう? 歩ける?」
ヨルが少女に手を伸ばすと、一瞬怯えた仕草を見せるも、手を取って立ち上がる。まだ痛みがあるがなんとか動けるぐらいにはなったようである。
「あの、ありがとうございます」
ヨルは一瞬ぽかんとした顔を見せたが、すぐに表情を引き締め直した。
「別にいいわ。わたしにはわたしの目的があっただけだから」
倒れている男たちの中から比較的汚れの少ない服を選んで脱がせると少女に手渡した。
「ここから北の方にまっすぐ行った町にフォールという男がいるはずよ。もしあなたが生きたいと思うなら、その男を頼りなさい」
少女は渡された服を着ながらもヨルに質問する。
「あの、あなたはどうするんです?」
「わたしはこいつらの親玉にお礼をしに行かなきゃならないの。じゃあ、お互い生きてたらまた会いましょう」
ヨルは少女を家の中に残して先ほど聞いた洞窟に向けて走って行った。
その姿復習を急いでいるようにも見えたが、自分が行ったことから逃げ出しているようにも見えた。
それから少ししたところで、ヨルはとうとう耐え切れずに川のほとりに蹲り、胃の中が空になるまで吐いた。
フーフーと荒い息を吐きながら寝転がる。
どうして自分が付かれているのかと考えてみると、自身の体に巡らせていたはずの魔力が止まっているせいだと結論が出た。
ヨルが自分の手を見ると真っ白になりカタカタと震えていた。
三人殺したときは、とうとうやってやったという気持ちで満ち溢れていた。
しかし少女にお礼を言われた瞬間、ふと冷静になって周囲を見ると、自分が何を行ったのか、何を行ってしまったのかを自覚してしまった。
「これで、もう戻れない」
いくら復讐の相手だったとはいえ、三人もの命をこの手にかけた。その事実がヨルの心を蝕んでいた。
「でもここで立ち止まる訳にはいかない」
川の水で口を洗い、青い顔をしながらも立ち上がったヨルは決意を改める。
「絶対に村のみんなの仇を取る!」
そして改めた決意を口にし洞窟へと向かっていく。
ヨルの震えはもう止まっていた。
洞窟の入り口が見えると、そこには二人の見張りがいるのが確認できた。
バレないようにそっと近づき見張りの頭部に狙いをつける。
「バン……バン……」
放出した魔力は寸分違わず見張りの頭に当たり、風穴を空けた。
洞窟の中に入ったヨルはまっすぐ奥へと進んでいき、途中であった赤巾団は全て殺し、捕まったと思しき奴隷は解放していった。
そしていつでも魔力を解放できるようにしながら一番奥にあった扉を開け放つと、そこには三十人程の男たちが思い思いの行動を行っていた。
宝を数えているもの、周りと話をしているもの、食事を取っているもの、女を犯しているもの、そして親玉と思しき人物は中央にある豪華な椅子に座り、ぼろ布をまとって手かせを付けた女を後方に侍らせながら骨付き肉を貪っていた。
「あん? なんだお前は?」
椅子に座っている男が問いかける。
その間に扉の近くにいた男たちが剣を抜きこちらとの距離をじりじりと詰めてくる。
「別に、誰でもいいでしょ? どうせあんたちはここで死ぬんだから!!」
ヨルが魔力を解放すると氷の刃が飛んでいき、近くにいた男たちの首が落ちた。
「な!? お前らやっちまえ!!」
ただの小娘と侮っていた親分だが先ほどの攻撃を見て意識を切り替え周囲に号令をかける。
ヨルは魔力を溜めなおすと、号令に従い一斉に飛びかかってくる赤巾団たちの足元にぬかるみを作る。
何人かはぬかるみに足を取られて転び、後ろから来ている盗賊の進路を塞ぐ。
「死ね!」
ぬかるみにはまらずまっすぐにヨルの元に来た男が剣を振り下ろす。
ヨルはそれをステップを踏んでかわし男の首元を強く握る。
ゴキリと骨が折れたのを確認すると投げ捨てて次の赤巾団の相手に向かう。
「なぜただの小娘にあんな力が!?」
見た目ただの少女が大の男を投げたのを見て赤巾団たちの中でざわめきが起きる。
その隙にヨルは魔法を放ち盗賊の数を減らしていく。
「お前らこんな小娘一人相手に何をやってる! さっさと殺せ!」
赤巾団の親玉が喚いているのをちらりと見、今がチャンスとそちらに向けて魔法を放った。
「ひぃ!!」
親玉は咄嗟に近くにいた女を引き寄せ自分の盾にした。
ヨルの放った魔法が直撃した女は倒れると額に空いた穴からドロリと脳漿が零れだした。
「あ……」
一瞬ヨルは茫然自失となり動きが止まった。
その隙を見逃さず、生き残っていた赤巾団がヨルの心臓に向けて剣を突き出し、貫いた。
「え……?」
自分の胸に剣が刺さっているのを見たヨルは、ひとまず目の前の男に魔法を放ち殺した。
そして剣を抜き、回復の魔法を唱えるのだが、一向に傷が塞がる気配はない。
そうしている間にも口からどろりとした血が溢れて来た。
体内を巡らせていた魔力がうまく巡回しなくなった。おそらく体に大きな穴が空けられそこから漏れ出ているせいだろう。
自分の命が残り少ないということを感じ取ったヨルは体内に残っている魔力を集めていくつもの氷の刃を放った。
ヨルが刃を放つたびに盗賊の命が散っていき、最後に残った赤巾団の親玉に氷の刃を放つとその場に倒れた。
親玉はすさまじい速度で飛んでくる刃を持っていた剣で弾き返そうとした。
キンと澄んだ音が響き、やったと笑みを浮かべた瞬間首が落ちた。
落とされた首に氷の刃とぶつかり折られた剣の刃が突き刺さり、ヨルの復讐が成ったことを示した。
ヨルは力を振り絞って体を起こし、親玉の最期を見届けると裂けんばかりの笑みを浮かべながら倒れ、だくだくと流れ続ける血で赤い水たまりを作り続けていた。
「確かここだったか」
ヨルを追いかけて村まで来たフォールは、ヨルと思しき特徴を持った少女に助けられたという村人の話を聞き、赤巾団のアジトに来ていた。
洞窟の中を進んでいると途中に牢のようなものがあったが、すべて空になっていた。
一番奥にある扉に辿りつくと、躊躇うことなくその扉を開いた。
すると中には夥しい数の死体が散乱しており、この中で激しい戦いがあったことを物語っている。
噎せ返るような血の臭いに耐えながら部屋の中を進むと、ちょうど中心の辺りに見覚えのある後姿が倒れていた。
抱きかかえて裏返すと、やはりそれはヨルで、やり遂げたとばかりに満足そうな笑みを浮かべていた。
「あーあ、やはり駄目だったか。もうちょっと熟させたかったんだがな」
そういってフォールは血に染まったヨルの服を千切り胸元を露出させる。
最初にヨルに施した魔法陣に自分の手のひらを載せ、呪文を唱える。
すると、流れ出ていた血も含めてヨルの体が光となってフォールへと吸収されていく。
やがて全ての光が吸収され尽くすと、そこには少し若返ったように見えるフォールの姿があった。
「ほう、これは思ったよりも力が増えたな……」
何度か手を開閉して調子を確かめたフォールは立ち上がり言った。
「さて、じゃあ貸してた分は返してもらった。まあちょっと利子をつけさせてもらったがな」
そういってフォールは洞窟を出て再び旅に出ていった。
残された洞窟には大量の赤巾団の死体はあったが、そこに一人の少女がいたという痕跡は何も残っていなかった。