タイムワープ
先ほどの魔法陣の呪いを受けた時
よりも強烈な光ではなかったが、
タイムワープの激流は
サングラス越しにようやく目を
見開いていられる位には強かった。
体感にしてほぼ一瞬、やがて光が
収まり天球儀の回転が止まると
同時にヴァカが目を開ける。
木々のかすかなざわめき、
穏やかな木漏れ日。
そして、そよ風が磯の
香りを運んでくる。
目の前に姿を現したのは
穏やかに凪ぐ海浜と、
のどかな漁村の風景。
長距離ワープの成功への
余韻に浸っていたかったが、
ヴァカはすぐに本来の目的を思い出し、
タイムマシンの座席から小柄になった
自身の体を飛び上がらせる。
どうやら、ちっこくなった代償なのか
敏捷性と跳躍力は信じがたいほどに
強化されているらしい。
「おわっとぉい☆」
力を入れすぎたのか思っていた
着地地点をはるかに飛び越え、
危うく崖から海に転落しそうになる。
このジャンプ力なら、
コンビニの屋根ぐらいは
軽く飛び乗れそうであった。
「……危ない危ない。
早く体に慣れないと」
近くにあった岩を掴み、どうにか
態勢を整え水平線の彼方を見据える。
タイムマシンは、いい塩梅に
林の茂みに隠れ、よほどの事が
なければ見つかる心配はない。
とりあえずは村の方角へ
周りに注意しつつ向かってみる。
少しずつ近寄り、
ようやく村人らしき者の
姿がまばらに見えてきた。
建物の様子も確認し、
板や草で覆われた屋根の質素な
家々が二、三軒塊となって、
その周辺には田畑が広がっている。
一家の家の中から漁夫と、
その家族とおぼしき者が出てくると、
これから漁に出る漁夫を、その妻と
娘が見送ろうとしているようだ。
村中を見渡してみれば、
みな老若男女例外なく
無地無着色の白い麻で出来た
丈の短い上着と脚衣を身に着けている。
八百から聞いた限りでは、
ちょうど西暦にして654年。
日本史の時代区分で言い換えれば
飛鳥時代の後期に当たる。
その知識と照らし合わせてみても
村の様子、村人のいで立ちは
納得のいくものであった。
人魚が釣れた船を待ち伏せつつも、
『もうひとりのヴァカ博士』が、
この近隣に滞在しているかを
調べる事にする。
とはいえ、自分の姿も、この時代でいう
『もののけ』として騒がれるのもまずい。
そう悩んでいる矢先、白髪の博士が
ポテチをパリパリつまみながら、
ひと目でわかる目立つ姿で
海の方角へ向かっていった。
「間違いない……」
いうばればあきらかにこの時代に
存在しない白衣とオヤツを見て、
そう確信した、ちっこい黒猫は
極力感ずかれないよう近づこうとする。
自分の体といえば、
音を立てず忍び寄るしなやかな
隠密性にも優れているらしい。
まるで忍者のような動きで
白衣の博士に感づかれる暇を与えず、
木々の間に絶妙に隠れながら
徐々に接近する事ができた。
そうしているうちに、
その博士は村とは反対方向の
切り立った岸壁まで来る。
なにやら白衣の博士は、
ポテチを美味しそうに食べながら
何かを海に投げ込もうとしていた。
「こら☆」
大声をあげられ、
びっくりした白衣の博士は
黒い猫のような珍獣に目をやる。
「……ほぅ、これは面白い。
この時代にUMAが存在するとは」
「その未確認生物の正体が、
あんた自身だったらどうするー?」
「ん、どゆこと??
140文字ぐらいで説明しなさいッ」
これまでの厄介な経緯を
説明するのも面倒だとばかりに、
黒いほうの元ヴァカ博士が喚き散らす。
白衣のもう一人の博士はというと
『はぁ……』だの、
『はて?』だの、
『ちょ、どんだけーw』だのと、
ポテチをパリパリ食べながら、
おっとり困惑の色を
浮かべるだけであった。
らちが明かないとばかりにヴァカは、
博士の手に持つ種が入った袋を
得意の身のこなしの速さで没収する。
その際、過去の自分に未来の自分が
触れてみる事で、SFにあるような
『自身の消滅』が起こらないかを
ついでに確認してみる。
このへんの度胸には
強いヴァカであった。
「あんもぉ★
それは貴重な実験サンプ……」
「とーもーかーく!
こんな事や、あんな事、
そんな事なんだから、
もうマシンを使っちゃだめ!
ついでに、そのポテチも没収ね☆」
諸悪の根源になりかけたサンプルを、
もう一人の自分から奪い、さらには
粒子と反粒子が出会ってしまうと
対消滅が起こって消えるという、
自身の消滅なども起こらない事を
確認出来たとし、一先ずは安心する。
これも龍石の不思議なオカルト
パワーのおかげなのであろう。
ワープするにあたり自身の体を
どちらの素粒子でもない性質に
かえているのかもしれない。
そんなこんなで落ち着く事が
できたヴァカは、ようやく
もう一人の自分に、
これから起こるであろう
悲劇と自らの破滅を予言した。
黒い獣が『タイムマシン』
というワードを出した所で
白衣の博士も状況を飲み込み
二人はコトの経緯を話し合う。
そして白衣の博士は
種を放棄し、
もとの時代へ帰っていった。
「ふぅ。
なんとか馬鹿の説得は
成功したようね……」
まさにヴァカに説法。
自分にお説教を終え、
ついでに取り上げたポテチを
パリパリとむさぼりながら、
ふと、村を一目すると、現代で会った
八百とまったく変わらない顔立ちの
少女が歩いている。
悠久の美をテーマに行った自分の
エゴが少女の運命を変えてしまったが、
これでひとまず一件落着。
しかし気がかりなのは、自分の姿が
元に戻っていないという事。
いつもの自分なら、もっと
冷静に分析できたが姿を珍獣に
かえられた事で気分がどうにも落ち着かない。
一体、どのタイミングで
姿が戻るのであろうか?
もうひとりの自分を
説得した時点なのか?
それとも現代へ帰った
瞬間なのであろうか。
「ま、そんなすぐに戻らないか☆」
冷や汗をたらし、
パクったポテチを
いっきに食べ尽くすと
林に置いてきた砂時計型の
タイムマシンに戻る。
ヴァカが燃料として持っている
龍石は1つ。
これは時空を1回往復できる。
つまり現代へ戻ったら、
もう使えないのである。
「はぁ……
まさか実験の断念をするどころか、
もうひとりの自分を説得する事に、
この貴重な石を使うとはねぇ(>_<)」
そうボヤキつつ、
西暦2018年にツマミを調整し、
龍石をはめた天球儀の回転と
砂時計がひっくりかえると同時に
機体が飛鳥時代から消える。
紆余曲折合ったものの、
これで何もかも丸く収まる。
再びヴァカが目を開けると
自分の元居たラボに戻っていた。
しかし、目の前に
今さっき過去で見た村の少女と、
そっくりの顔立ちの少女が
朝食をしながら
待ち構えているのであった――