アナグラム
「……まんまと魔法陣に
ハマりましたね、ヴァカ博士w」
と、身長82センチぐらいの
小柄な黒い獣人に八百が言い放つ。
「どゆこと?
140文字ぐらいで説明しなさい!」
「ソレは私の組織の守り神ですよ。
遥か神話の時代、悪魔を喰らったという
『デモンイーター』なる影の存在。
今ではシンボルマークとして
組織で崇拝されているわけです」
醜い姿にされてしまったヴァカは、
イマイチこの状況を把握できていない。
冷静になるにはしばらく
時間が必要であった。
開かずの扉の部屋には砂時計型の
タイムマシンが置かれている。
そこには黒猫の姿をした小柄の
バケモノと八百が対峙していた。
そもそも開かずの扉が
開かれている事自体が、
事前に侵入されていた根拠になる。
――魔法陣を仕掛けた八百によって。
「で!?
考古学財団のシンボルと、
あたしにかけたこの魔法陣は一体、
どーいう意味があるっちゅーの☆」
「考古学財団は表向きですよ。
元々は太古の昔から世界中に
はびこる悪魔と戦っている魔術組織なの。
そう、博士が放った種によってね」
「ほーーう!?」
八百の言葉に冷静を装いながらも、
混乱するばかりのヴァカをよそに
淡々とその経緯を説明する。
ヴァカが今から過去で放つ種、
これがどうやら成長し、
いわゆる悪魔と呼ばれる存在の中でも、
特に『不死身の力』を持つ種類として
太古から現代にかけて人間達と
戦いの歴史が続いているというのだ。
「もう1つの問題は、
その健康の種をそのまま
食べてしまったり、
完全な悪魔として成熟する前の
スーパーフードとやらを
食べてしまった人々が
死ねない体のまま、この現代
まで生きていたとしたら……?」
「ギ、ギクぅ」
「ギクぅじゃないでしょ。
私のこの名前はアナグラムなの。
美国八百子、察しがつきましたー?」
「にゃるほど……
かの人魚の伝説。
八百比丘尼とは、
チミの事だったのね」
――それは今から、
およそ1200数年前。
とある農村の漁師の娘が
人魚の肉を食べてしまった事で
悠久を生き比丘尼となって
諸国を巡ったという。
そんなおとぎ話のような伝承を
ヴァカは脳裏に浮かべる。
「はるか昔に実験として
種を放った1匹、それこそが
私が食した悪魔の稚魚。
博士は生き地獄を体験してないから、
悠久の美なんてものに憧れてるのよ!」
ヴァイタルなアミンの
強化による不老不死。
それが実現した時、
果たして幸せなのか?
八百比丘尼の伝承は、
その一つの答えを示している。
「何がヴァイタルな
アミンの強化よッ!!」
ヴァカが『ぐぬぬ』と言葉に
詰まっていると八百は恨みの
こもった眼で黒猫に変わり
果てたヴァカを睨みつける。
「あの時、変な異物に
またがった白髪の人物が
ヴァカ博士だったのか否か、
タイムマシンをこの目で見るまで
確証が持てなかったけれども……」
語尾をにごし、いったん
八百は口をつぐむ。
目はきつく閉じられ、今まで
我慢していた感情をどうにか、
せき止めんとしている。
自身のこれまでのあまりにも
長かった追憶に思いを
はせているのであろう。
再び見開かれたその眼は
怒りで真っ赤に充血していた。
「よーーーーやく、
私の長い犯人探しの
旅は終わったわッ」
ヴァカを睨みつけたまま、
かみしめるように言葉を吐き出す。
積年の想いをすべてだし、
口元にはうっすらと勝利の余韻に
ひたる余裕さえも見せ始めていた。
そんな恨み節に後ろめたく
気圧されていたヴァカも
次第に勝気な八百を見るにつれ、
今度は自身の身に降りかかった
理不尽さをぶつけ始める。
「はぁーあ。
こーやって冤罪は作られていくのね。
それって未来のあたしがやった
事であって、こちとら未遂でしょう」
「でも、私がここで罠をしかけ
博士を止めなければきっと歴史は
繰り返されていましたよね!?」
「こらこら……
正論風で返すのは、
いい加減おやめなさいッ☆」
「元の姿に戻りたければ、
そのタイムマシンを使って
私を不老不死にしたもう1人の
博士を止める事ですね」
八百が解決方法を開示してきたが
間髪入れずにヴァカが問い詰める。
「止めたところで、
あたしの姿を戻すという
保証がないじゃーん!」
「そうかしら?
あの実験を止めれば全ては、
あるがままに戻るかもしれない。
そもそも今ある歴史も本来の歴史じゃ
ないはずですからね」
つまり、不老不死もなかった事になり、
八百の復讐もなかった事になる、
太古から現代にかけて人間達と
悪魔との戦いの歴史自体が別の
『あるべき姿』に変わるという理屈だ。
「ほーーう、実験としては面白い。
あたし自身は全然面白くない状況だけど」
とりあえず納得したヴァカは、
さっそく座席の操作卓に
行きたい時代の数値らしきツマミと、
転移先の場所のX軸・Y軸などの
入力操作を行いながら八百から
詳しい時代と場所をきく。
なぜなら事件があった場所は
八百が一番詳しいからであった。
「さっきも言ったけど
万が一に備え私は、ここで、
お留守番をしてますよ」
「あんもぉ☆」
すっかりもとの歯に衣着せぬ調子に
戻った八百は、ヴァカに声援を送る。
コンソールに行き先を設定し終わり、
あとは天球儀に石をはめこみ、
タイムマシンを発動させるのみ。
まばゆい光とともに瞬く間に
ヴァカの姿は消失するのであった。