変身
島の調査が一段落ついた頃、
ヴァカの研究も最終段階に入っていた。
時刻はAM 7:00――――
八百は眠そうな目で
博士に付き添っている。
「さぁてとぉ☆
水槽の植物から取れた
種を数えて下さい」
「ひーふーみー、
72粒ありますね……」
「この植物から取れた種は
様々な性質の土地によって
スーパーフードとして
栽培される予定なの」
「スーパーフード?
以前言っていたヴァイタルなアミンを
強化したとかいう健康食のこと?」
水槽に入れられた植物から
生み出された種は
土に埋めたり水に投げ込む事によって
食べ物に変化する性質らしい。
「その健康食なんだけども
土地によってどんな形で
産まれるか想像がつかないから、
この時代ではない、色々な時代の
土や水で実験を行うっちゅーわけ☆」
「この時代ではない場所って!?」
ヴァカは口元で笑って見せると
研究所の地下にある『開かずの扉』に
八百を連れていった。
むき出しのコンクリートの壁と
リノリウムの床が歩く度に足音を
反響させ無機質な厳かさが漂う。
「ちょっと待ってw
開かずの扉なのに鍵開いちゃってるわ!
どんだけーーーっ(#^.^#)」
扉の部屋の電気をつけると、
そこには巨大な砂時計の
オブジェがあった。
「……まぁ良くないけど、まぁ良いか☆」
機材に特に変わった様子も無い事を
確認し内部の座席を目視する。
「これは!?」
「ふふふ、ある超強力な
燃料を使って空間を捻じ曲げ、
時間の壁を破る装置よ。
時空と時空をつなぐ穴を
無理やり開き、そこを通るイメージね」
「まさか……
タイムマシンですか!?」
「そ、ただしこの現代から先には
行けないっちゅー制限があるわ☆
しかも、時空を『往復』するには、
超強力なパワーを秘めた未知の燃料、
『龍石』ってのが
毎回1個必要になってくるんだけども
自然界では10年、
あるいは100年以上の時間を
かけないと生成されないっちゅー
めっちゃ貴重な天然石なのよ」
そう言うと、龍石らしき
『赤い石』をヴァカがポケットから出す。
どうやら昔、とあるルートから
入手した骨董的な物らしい。
「とりあえず1個しかないからね!?
行った先でもう1つGETしないと、
ここへ帰ってくる事は出来ても、
再び次の時空を超える事はできないの」
さすがにコレばかりは
ヴァカの科学をもってしても
石は複製できないらしく、
時空を何度も気軽に
移動できないとの事であった。
「さて、さっそく種を
栽培しに行っちゃうけど、
一緒に来ますか八百ちゃん」
「いやいやいやw
私は留守番してますよ博士。
万が一があったらこの研究所の
維持は誰がするんですか?」
「そりゃそうだ!!」
と、八百の言葉にヴァカは頷き、
はやる気持ちを抑えきれず足早に
タイムマシンのタラップへ駆け寄る。
いくら時空を超えた
貴重な体験ができるとはいえ
現代に帰ってこれる『保証』はない。
あえて後者をとった
八百に留守を任せ、
ヴァカは砂時計型の巨大な
タイムマシンの座席へと着座した。
内部には龍石を入れる
天球儀が置かれている。
あとはハーネスで体を固定し
行き先をコンソールで入力するだけ。
さきほどの『保証』の話でいうならば
1度だけ練習で数分前ぐらいであれば、
さかのぼって戻るという往復は
行っている。
それぐらいの短い距離なら
例の燃料である龍石も数ミリ
削ったぐらいの消費で済む。
しかし今回は石をまるまる使って、
長い距離のワープを行う記念すべき日。
もはや練習で数ミリも削れる余裕も無い。
気が付けば、座席の前面に設置した
鏡に自身のにやけ顔が映っている。
ヴァカがそんな甘美な思いに
浸っている最中、それは起こった。
「うっ―――――」
網膜が白く焼き切れたかと短く呻く。
どうやら強烈な閃光に
自身が飲み込まれたらしい。
が、自身はまだタイムマシンの
ユニットには指一つ触れていない。
これがタイムワープの
作用でない事は明らかである。
しばらくして視力が
回復しかけたところで、
ようやく眼をゆっくりと開く。
そこには……
「ちょ、誰ぇえええーッヒャッひゃひゃ☆」
鏡を見ると同時に舌の音が、
もげるかと思うくらいに絶叫する。
目の前には赤子と同じくらいの
大きさの人型の黒猫が大口を
開けて叫んでいる。
しかも、この黒猫は太極図の
ようなサングラスをかけているのだから
悪趣味としか思えない。
「はぁああっ――――」
とりあえず深呼吸してみせる。
『そう、あたしはヴァカ博士。
さっきまでは、その名を知られた
麗しき科学者だったはず』
自分が自分である事を確認するために、
これまでの経緯を可及的速やかに整理する。
悠久の美の研究に勤しみ
最近はアレやコレやで
忙しいので助手を探した事。
新たに助手を雇い、例の種の
開発や雑事は八百に任せ、
もう1つの長年の集大成である、
このタイムマシンの長距離
移動の実験を行うため、
はやる気持ちをどうにか抑え
乗り込んだものの、そこで
意識が途切れる所までは
鮮明に思い出す事ができた。
『よし、あたしの頭脳の
明晰ぶりが証明できて、
ひとまず安心ッ!』
な訳もなく再び自身の体を
眺めまわし、うなだれる羽目になる。
「だから、コレなんなのッ☆」
かわり果てた博士を尻目に
甲高い女の爆笑が鼓膜に突き刺さる。