ピタゴラス教団
イートニャン一行は
教団本部の地下牢獄に
閉じ込められ、
悟空は鉄格子に
手をかけ喚いている。
ホムンクルスはといえば、
諦観したように
落ち着いているのであった。
「この鉄格子には結界が
張られているようですねぇ……」
未だチマチマとリスの様に
イートニャンの肩の上で
ビスケをかじって考え込む
ホムンクルスに八百が苦笑して返す。
「あの男、ファウスト博士同様、
72柱について詳しい感じだったわ」
ヘルメスの言うところの
『豆の悪魔』が72柱かどうか。
これまでも違う時代で72柱について
それなりに知識を備えている人間に
イートニャンらは出会った事はあった。
しかし、ヘルメスと
名乗った男はそれだけでなく
『悪魔』に対抗する組織を持ち
悟空とイートニャンの能力までも
無効化している。
この事態は八百にとっても
思いもよらない事であり、
成す術もなく拘束されて
しまっているのであった。
「ま、いいか☆」
「コラwww」
ヘルメスの術の正体について
冷静に八百が考えを巡らせたものの
イートニャンに思索を絶たれてしまう。
そうこうしているうちに、
自分たちを牢獄に閉じ込めた
張本人が悠然と階段を
下りて来たのであった。
「……さて諸君。
頭は冷えたかな?」
ヘルメスは護衛の
取り巻きを引き連れ
鉄格子の中を見下ろす。
「どーせ冷えても出さないでしょ☆」
「当然・常識・当たり前!」
イートニャンは
ヘルメスと問答するのも
馬鹿らしいと横になる。
「さっき言ってた豆の悪魔が、
どうとかって何の事です?」
少しでも正体を探るため
八百がヘルメスに問い掛ける。
「今更そんな事をわざわざ
聞くとは白々しい奴らめ」
「いいからさっさと、
この頭の輪っかを外せやw」
激昂する悟空を
無視してヘルメスが口を開く。
「わが師にして、この教団の祖で
あらせられるピタゴラスは、
豆から生まれた悪魔と
戦う決意をなされた。
吾輩もまた悪魔と
戦う決意のもと、
師の作り出した
教団を守る覚悟である」
「なるほどね。
『万物は数なり』を説いた
古代ギリシャの哲学者じゃん☆」
「ピタゴラス……
謎めいた秘密結社の教祖ときくわ」
イートニャンと八百の反応をみて
ヘルメスが満足げにうなずく。
「左様。
天から蒔かれし悪魔の豆こそ
秩序あるこの世界を乱す
諸悪の根源なのである」
「マメマメってアンタ、
なんか豆に恨みでもあるの?」
いい加減ヘルメスとの
進まない問答に飽きた
イートニャンが話の核心を突く。
「これは数百年前に遡る
呪われた悲劇なり……」
「あ!
回想モードは長くなるから、
おやめなさいッッ☆」
ヘルメスが長々と
語ったところによれば
ピタゴラスがある日、
弟子に数学定理を教えていると
空から豆が降ってきて
瞬く間に豆は魔物に変化し、
このサモス島を襲ったそうである。
ピタゴラスら教団の者たちは、
どうにか魔物をサモス島から
追い出す事に成功したものの、
ピタゴラス本人は
豆から生まれた魔物に
よってえらい目に遭い、
そのせいで大の
豆嫌いになってしまう。
後のピタゴラス教団の者たちも
豆イコール悪魔という図式が
刷り込まれ今に至る
という事であった。
ここまでの説明を聞き、
どこか納得したように
八百がため息をつく。
イートニャンはといえば、
例によって思い当たる節があり、
既に悪い予感がしているのであった。
「そーいえば災厄を振りまく種を
世界中のあらゆる時代で振りまいた
シャカの化身だか、バカの化身だかが、
どっかにいたっけ」
「ぐにゅぅぅぅぅ(>_<)」
案の定、笑っていない笑顔で
八百がイートニャンへ問いかける。
「そういうわけで、貴様ら
豆の悪魔らには元居た場所である
タルタロス、つまり地獄へ戻ってもらう。
つい今しがた、その準備も整ったのでな」
「あのですねぇ、
それは誤解で……」
ホムンクルスが粘り強く
説得しようとするも、
ヘルメスは表情を一層厳しく
イートニャンらをにらみつける。
「ええい、通常の3倍往生際の悪い奴らめ。
さあ、者ども奴らを広場へ引っ立てい!」
今度は教団の広場に
連れて行かれるらしい。
さらに嫌な予感を抱きつつ
イートニャンらは歩き出す。
今のところ
デモンイーターの
センサーに72柱らしい
悪魔の影も形も臭いもない。
あるとすれば、
イートニャンらを
破滅させようとする
何者かの策謀の予感であった。
広場への道中、
イートニャンは何か
引っかかる気がして
歩きながら八百に目を向ける。
こんな状況になるとは
八百も思っていなかったのか
黙々と横を歩く表情が険しい。
どうにかしてこの状況を覆す
妙案がないかを考え込んで
いるようにも、あるいは、
自分のせいでこんな目に遭っている事への
怒りを抑え込んでいるようにも見えた。
「あの~八百ちゃんの
所属する魔術組織って……」
八百は一瞬イートニャンに
目を合わせるも、
すでにイートニャンが
抱いている疑念の正体に
気が付いているようであり
目線を逸らせると、
諦めた様に優しく息を吐く。
「私も組織の
成り立ちについては
詳しく知りませんよ。
なんと言っても秘密結社ですから」
「身内にも秘密かいな!」
「とは言っても、
古代ギリシャの密教が
組織のルーツであり前身だって
聞いた事があるくらいですよ。
あとは、私が使う遁甲術の基礎も、
その教団が作り出したって……」
「じゃあ、もしかして
このナイフとフォークが
無力化されたのも?」
「あのヘルメスが、
デモンイーターの秘儀を
完成させた組織の指導者なら、
できない事もないかも」
まだ決定づけるには
自信がないように
八百は語尾を濁す。
「とりあえず、
それを八百ちゃんが、
おじちゃんに説明して、
あたしらを解放してちょうだい」
「……会話が通じそうな
相手に見えますか博士?」
自分たちの前方で尊大そうに歩く
ヘルメスの頑なそうな表情を見て、
先ほどのやり取りを思い出すや
イートニャンはガックリ肩を落とす。
「何をごちゃごちゃ言っている。
着いたぞッ!」
ヘルメスが能天気な
イートニャン達へ、
苛立たしく到着を告げる。
一行は古代の
円形劇場の跡地の様に、
山間の見晴らしの良い
開けた場所に来ていた。
「あれじゃい!
通常の3倍覚悟するがよい」
「通常がまず、
どんぐらいなんだよ!?」
ヘルメスが自信を込めて
広場の中央を指し示し
悟空がふてぶてしく喚く。
イートニャンも恐る恐る
ヘルメスの指先をへと
視線を移す。
てっきり処刑台でも、
こしらえたのかと身構えるも
広場中央の円形の石でできた
祭壇の上には思いも
よらないモノであった。
「これは……」
その見事な威容に
一同は息をのむ。
まるで城壁の門のように巨大な
長方形の緑色の石板が、
ピタゴラス教団の信徒たちと
イートニャンらを何かの裁定者
のように鎮座しているのであった。