ヘルメス
緑がかった海、
乾燥して切り立った
枯草色の地形。
紀元前300年
古代ギリシャ -サモス島-
その丘に生える
オリーブの木々の緑が
日光を照り返す。
「め、めちゃくちゃ暑いぞ……」
「そりゃ暑いでしょうよ。
この日差しでは」
熱でバテる悟空をよそに
白の帽子をかぶったホムンクルスが
快晴に輝く太陽を仰ぎ見る。
その一方で、元から
シンメトリーのサングラスで
目を防護しているイートニャンは、
こんな事はもう
慣れっこだとばかりに
頭上の太陽を一瞥するや、
地中海独特の色彩である
ターコイズブルーの海を眺め
磯の香を運ぶ風を鼻で嗅ぐ。
「イエァ☆
古典時代のエーゲ海かしら(#^.^#)」
中世ドイツの時と同様、
古代ギリシャの古風な
ロマンにも憧れがあるのか、
イートニャンは日光浴がてらに
体をくねらせ陽気に回っている。
「あんまり、はしゃぐと
脱水症状になるわよ~」
呆れ気味に呟く八百の言った通り
イートニャンは早くもバテてしまい
砂浜にへたり込むのであった。
「あんもぅ、暑い☆」
「そりゃ暑いでしょうよ。
この日差しでは」
ホムンクルスはちゃっかり
イートニャンの肩に留まり、時折
吹いてくる潮風で涼んでいる。
「っていうかホム太郎!
さっきから何くっとんのッ!」
「ビスケットですよ。
あなたのラボにあった」
「なんッ!?」
どうやらホムンクルスがいた
中世のハイデルベルクから一旦
現代のヴァカ博士のラボに戻り、
イートニャンらが休憩してる隙に
棚の中にあるお菓子をヤったらしい。
世が世なら窃盗罪で実刑もんである。
「今のうちに糖分を取って
脳に栄養を与えませんと」
「博士よりも
頭使ってるものねぇ」
「けっ、のんきな野郎どもだぜ」
八百と悟空も微笑ましく頷く。
「あのねぇ。
あたしだってファウスト博士に
劣らない頭脳労働者なのよ?」
ビスケをつまみ食いした
ホムンクルスを責めるどころか、
自分ものんき者だと思われ
イートニャンは地団太を踏んで
砂浜の砂を掘り返すように
撒き散らしている。
「食べカスでよければ、どうぞ」
他のメンバ―が、
はた迷惑そうに呆れる中、
ホムンクルスがなだめるように
ビスケットの破片を手渡そうとした、
その瞬間————
「そこまでじゃ、豆の悪魔め!」
殉教的なまでに自信に
満ちた声が空に響く。
声のした丘の方角を見上げると
質素な麻衣を着た異様な一団が、
イートニャン達を睨みつけていた。
「おい、なんかナイフとフォークを持ってるぞ!」
「猫と猿が歩いてるんですけどwww」
「どうして妖精が猫の肩に座ってんのッ」
一団が騒ぐと中央にひと際異彩を
放つリーダー格の初老の男が
厳しい表情のまま静かに歩み寄る。
「なんでぇ、あいつら」
「さぁ?」
悟空の言葉に八百が、
そっけなく答える。
男のいで立ちは酷くやせているが
長い髪を房のように三つに
後ろで分けていた。
それをゆさゆさと揺らしながら
勇み歩いてくる様は、ヤシの木が
歩いているように見える。
「あ、なんか変なオッサンが
キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!」
憤然と歩み寄って来る
謎の一団を見据えつつ、
イートニャンは暢気に構えている。
さらに、男の表情が
はっきりと分かるほどに
肉薄してくると、
その目には何か
恨みでもあるのか
ギラついた敵意を
滾らせていた。
「予言の通りであったわいッ」
男は、それまで睨みつけていた
イートニャンから暢気に
ビスケットをかじっている
ホムンクルスへ目を移すと、
ため息交じりに言葉を吐く。
「豆を持っているとは、
やはり悪魔の仲間め!」
「……豆?
これはビスケットの破片ですよ」
静かにできるだけ
相手を刺激しないよう
ホムンクルスが反論するも、
男は聞く耳さえ持たずに
感情を爆発させるのであった。
「いいや、つい今しがた、
そこの黒猫の悪魔が
砂地を掘っておった。
そして、そこな妖精は
豆を黒猫に渡そうとしていた。
つまり、ここに
豆の悪魔を大地に埋め
悪魔を召喚しようとしていた
揺るがぬ証拠なりぃ!」
「あんな遠くから、
よく観察できたわね」
八百が男の背後の丘を一瞥し、
感心と呆れた感情を
ない交ぜにしたように呟く。
「当然・常識・当たり前!」
そのあり様は、
どこか自分の偉大さを
知らない者へ誇示する機会を
尊大に喜んでいるようであった。
「吾輩こそは
偉大なる哲学者にして偉大なる王。
人呼んで通常の3倍、偉大なる王」
『王』と名乗った男は
少し溜飲が下がったのか
呼吸を落ち着けてから再び
畳みかけるように口を開いた。
「つまり、視力も常人の
3倍優れておるのである!」
「たしかに
常人の3倍うるさい☆」
「当然・常識・当たり前!」
あまりの自尊過剰っぷりに
生来ナルシスト気質だった
ヴァカ博士の成れの果てである
イートニャンも開いた口が塞がらない。
「詳しい説明は後だ!
我が教団本部まで来てもらうぞ!」
「オイw
勝手に話を進めてんじゃねぇ」
悟空が如意棒を手にした瞬間、
王が何かの輪を悟空の頭部へ放つ。
『こんな事が前にもあった気がする』
悟空の脳裏にその事がよぎった直後————
「————って、あひゃひゃwww」
全身がくすぐられる感覚。
それを冷静に理解したのは
砂浜に後頭部から倒れ込み、
その痛みで意識が戻った時であった。
「悟空ちゃん!?」
イートニャンからは、
いきなり悟空が爆笑し
勝手に倒れたように見える。
少なくとも直接『王』自身や、
その取り巻きの信徒たちが
悟空に何か攻撃した動きは、
イートニャンの動体視力を
もってしても捉える事が
できなかった。
「フン、吾輩に逆らうから、
こうなるのだ」
あまりのくすぐったさに、砂浜に
後ろから突っ伏した状態の悟空を
『王』が尊大な余裕を持って見下ろす。
「何ですか今のは。
妖術の一種ですか?」
「ホム太郎でも、
わからん術があるの?」
悟空は倒れながらも、
イートニャンらに
術の正体を伝えようと
視線を投げかける。
が、『王』の取り巻きたちが
イートニャンらを取り囲む。
どうやら相手も、
ただの暴徒などではなく、
それなりに戦いなれた
集団のようであった。
「あなた、何者なの?」
八百の問いかけにヘルメスは
傲慢そうに鼻で笑い、
手を広げてみせる。
「吾輩は、ピタゴラス教団の
後継者として、豆から生まれし悪魔との
戦いを受け継ぐ者、ヘルメスなり!」
「あっそ、スキあり☆」
ナイフとフォークを構え
ヘルメスに突進する
イートニャンを八百が手で制す。
八百の瞳は今は堪えろと
強く訴えかけていた。
「フン、おぬしらが何者かを
聞いときながら、スキを
突くとは何事じゃい!」
イートニャンが八百の静止に
戸惑っている隙にヘルメスが
イートニャンの眼前へと飛び掛かり
素早く得物のナイフとフォークを掴む。
「あんもぉ、離してw」
瞬間、デモンイーターの
力により発現していた
ナイフとフォークが
霧の晴れたように消え失せ、
あっけなくイートニャンは
武装解除され丸腰になってしまった。
「待って、参りました!」
あまりにも鮮やかにデモンイーターを
無力化してしまったヘルメスに八百は
早くも降参の意思表示をする。
72柱とは別の意味で
得体のしれない目の前の男に対し、
今は少なくとも様子をうかがう事が
最善であるかに見えた。
「こやつらを
通常の3倍、縄で縛っておけ!」
メルメスが尊大そうに
脇に控えていた配下に
顎で合図をする。
「あんもぉ☆
さわらないでw」




