ウェールズの使者
美国八百子――
黒ずくめのコートに
中学生ぐらいと思える
童顔な顔立ちとマロ眉毛、
中華風のお団子ヘアーと小柄な背丈が
ヴァカ博士の注意をひいた。
簡単な職歴としては
ウェールズの考古学財団に
所属する研究員として、
国連英検特A級をはじめ、
世界八カ国語を駆使できる
マルチリンガルである。
しばらくヴァカ博士の
助手をするという条件で
本土から船できた彼女に、
この絶海の孤島の滞在調査を
許可するのであった。
初対面の握手もそこそこに
ラボの中へと八百を誘い案内する。
「……しかし研修とはいえ何故、
こんな最果ての地を選んだのよ。
なんか良からぬ事情でもあるの?」
ヴァカが日ごろ休憩所として使う
ラボ内が一望できる2階へと上がる。
机が前に置かれたソファに、
どっかりと腰を下ろすと今になって
正式な採用を通知しておきながら、
この件に関しヴァカには何か
心にひっかかるものがあった。
「博士の危険な実験の噂も相まって
誰も、この島を調査したがらないんです」
「噂ってなーに??」
「ほら、巻き込まれたくないじゃないですか。
島だって危ない野生動物がウロウロしてたし。
だから下っ端に白羽の矢がたったのですよ」
「あんもぉ☆
風評被害っちゅーのは、
こーいうとこから広がるもん!?」
ヴァカは眼鏡のブリッジを
中指で押し付ける。
「じゃあ、コレは何です」
ラボには一面、様々な水槽の中に
奇怪な生物が培養されている。
他にも家庭菜園用のレンガで
囲われた植え込みには得体のしれない
植物が所狭しと、ひしめき合っている。
八百が指し示した先には
人面そっくりのズッキーニが
地面に転がっていた。
「ほほほ、これは植物よ!
医食同源について長年研究中なの。
スーパーフードを作り出せれば
食事で病気を治せるどころか、
『悠久の美』を保てちゃったら……
めっちゃ素晴らしいと思わなーい?」
八百は一瞬、鋭く目つきが変わる。
「悠久……?
まさか不老不死とかの事ですか?」
ヴァカは八百の反応を好意的な
興味からの情熱であると認識し、
ついつい声を軽やかに舌を動かす。
「そ、誰しも1度は憧れるでしょ?
あたしからすれば健康のために
スムージーでも作ってるようなもの。
つまり今回手伝ってもらうのも、
この件っちゅー事ですよ八百ちゃん」
さっそくフレンドリーに
『ちゃん呼び』する。
しかし彼女の顔は心なしか
曇ったままである。
「それってビタミンとか
豊富なんですか?」
「もちろん、ヴァイタルなアミンを
極秘強化しちゃってるわ☆」
胸のつかえでも取り除く
かのように八百は口を動かす。
「……博士が生物を
作り出して某国に戦争を
仕掛ける準備中というのは、
都市伝説だったんですね」
本来なら自身の怪しげな研究によって発生
しかねない世間との干渉を避けていたが、
かえって1回濃密に見てもらったほうが、
この手の様々な噂の誤解が解けるとも
ヴァカは踏んでいた。
「やれやれ……
後世にちゃんと伝えておくのよ?
助手を頼むのは1度っきりなんだから」
ヴァカは八百にラボ内を
あらかた案内し終える。
数々の『作品』を目にして
八百がビビッて逃げてしまうのでは
ないかと気が気でなかったが、
それらを観察している
八百の姿はいたって冷静であり、
時折ヴァカ博士の作品の説明に
茶化すような笑みを浮かべ早くも
この環境に慣れている様子であった。