西遊記
空を見上げれば雲一つない
真っ青でカラっとした快晴。
時は6世紀、
タクラマカン砂漠。
強い日差しが広漠とした
黄土色の大地を焼いている。
「あんもぉ☆
干からびちゃいそ」
「そりゃ、砂漠ですから」
黒のカラーリングに、
けむくじゃらのボディという
イートニャンにあっては
殺人的な直射日光が
逃げ場なく降り注ぐ砂漠との
相性はとにかく絶望的であった。
黒い毛が日光を吸収し、
なかなか熱を発散してくれない。
と、くれば灼熱がより強度を増す。
「博士ってば、砂漠に来るのは
初めてじゃないでしょ別に」
「めっちゃ暑いのこれ!
例えるならまるで遊園地で
着ぐるみ着てる職員てきな境地!?」
「着た事あるんかい」
せめてもの救いは
サングラスのおかげで、
この忌々しい地獄を作り出す
太陽をにらみ上げてみせても
目が焼かれない事ぐらいである。
「あれ……!?」
暑さで気分が苛立ったおかげか
イートニャンの視覚は早速
近くの砂丘下の光景に
引き寄せられる。
砂丘を一つ駆け下りた巨岩のたもとで
子猿のようなちんちくりんの半獣人が、
うら若き旅の尼僧を威嚇していた。
「こら☆」
「待って博士!
悪魔の臭いは!?」
そのまま突撃しようとする
イートニャンを八百が冷静に止める。
「どうみてもバケモンじゃん」
と、自分の事は棚に上げてみせる。
「何かこれまでと様子が違うわ!」
「か弱い乙女が襲われてるのよ?
人に化ける奴もいたし、
あたしの鼻に反応しない
奴だっているじゃーん」
イートニャンは、
すでにどこからともなく
ナイフとフォークを取り出している。
「ちゃっちゃか済ませて、
こんな暑い所はオサラバよ☆」
襲われている旅の尼僧を助けるため
砂丘を思いきり駆け下る。
しかし乙女のピンチにしては
尼僧姿の女性は少しも
怯えている様子も見られない。
むしろ近づくにつれ雰囲気的には
サル型の獣人の方が気圧されて
いるようにみえた。
見たところイートニャンと
同じサイズほどの小さな
サルの獣人の側からは悪魔らしき
独特の臭いがしない。
「おかしーわね。
やっぱ八百ちゃんが言う通り
あのバケもんは、パチもん?」
暑さで頭に血が上っていたせいか、
岩場の影から少しばかり様子を見る。
「何が募集中だよ、こんにゃろ!」
会話の内容が聞き取れるほどに
イートニャンは二人に忍び寄る。
「お前の意思はどうでもいい」
「おいおい、
この天下の悟空を知らねーの?
訳の分からん奴に付き合ってられっか」
悟空と名乗った小さいサルの獣人は
棒を取り出し、手のひらで回し始めた。
「これでもくらえや、如意棒ッ!」
傍観を決め込んでいた
イートニャンが尼僧をかばおうと
岩場から飛び出したと同時。
「破!!」
尼僧の掛け声と共に
印を結んだ彼女の手から、
まばゆい光がほとばしる。
一瞬の油断、それに
悟空が気付いた時には
すでに勝負は決していた。
「……ゲッ!?」
悟空の額には拘束具のような
金属製の輪がはめ込まれ、
取り外そうと、やっきになるも
後の祭りであった。
「これぞ戒めの輪。
もう逆らう事はできぬわ」
「何者だテメェ……!」
「我こそは天上天下唯我独尊。
麗しの美女、玄奘よ」
玄奘と名乗る女は
仁王立ちのまま言い切る。
「あちゃちゃ(>_<)
自分で美人とか言っちゃう系!?」
岩かげでこっそり
見守っていたイートニャンは、
あまりの恥ずかしさに呆れつつ
ナイフとフォークを収める。
よくよく見れば旅の尼僧は、
うら若き乙女であった。
その顔立ちは自信に満ちた笑みが
強者のオーラとして表れている。
悟空は再び如意棒をつかむと
玄奘に飛び掛かる、が……
「テメ!?
へぎゃ~っひゃひゃwww」
戒めの輪と呼ばれる拘束具が
キンと金属的な響くと同時に、
悟空は頭を抱え如意棒を放り出し
悲鳴と共に地面にうずくまるのであった。
「さて、ようやくこの時がきた。
そこに隠れている者よ、
あなた達も栄光ある我が旅に
加えてあげよう」
すでに抵抗は無駄と悟ったか地べたに
はいつくばる悟空に玄奘は背を向け、
あぜんとなっている二人の影へ
向き直り言い放つ。
「私たちに気付いてたの!?」
「左様、我こそは天上天下唯我独尊。
麗しき美女、玄奘よって何回言わせるのだ」
「いや、チミが言ったんじゃ……」
どうやら、玄奘にとって、
こうなる事は、とっくの昔から
見通していたようであった。
これまでも異国の地の出会いで
イートニャンと八百の存在を予期
していたケースは何度かあったが
今回はそれが鮮明であり、
むしろ玄奘から説明を受ける方が
このさい色々と話が早いかも
しれないと感じ取る。
玄奘の話によれば元々彼女が
修行をしていた尼寺にて、
いずれ仏典研究のため
天竺を目指し旅立つこと。
そして道中、猿、河童、豚、
さらにワンチャンあるとすれば
猫の妖怪と一人の魔女を迎え、
共に人々を苦しめる魔物を
討伐し天竺へと至る。
そんな伝承が玄奘が生まれる
遥か昔からあるという――
「で、ワンチャンあって、
あたしらを見かけたチミは、
仲間になる猫と魔女だと思ったワケね」
「当然、我こそは天上天下……」
「3回目ーー!」
流石にイートニャン達は
呆れ気味に失笑する。
「お話を聞いた限り、法師様と
私たちの目的は大体一緒のようね。
どうする博士~?」
玄奘は岩場から立ち上がり
優雅に衣服からホコリを払うと、
先ほどからフテくされている
悟空に視線を移す。
「俺様はテメェなんぞの仲間になら
バあああっひゃひゃひゃひゃw」
「お前の力は危険だ。
我のもとで正しき力を学べ」
未だに反抗的な態度の悟空に、
印を結んだ玄奘の戒めが炸裂する。
どうやらこの戒めは全身が、
くすぐられたような地獄を
体感するようであった。
「ついてくw
ついてくから、もうやめてwww」
玄奘を尻目にイートニャンは先ほどまで
悪魔と勘違いしていた悟空を
同情の熱い眼差しで見つめていた。
「なんか、あたしと
八百ちゃんの関係に似てるね」
「あ! その例え、マジうざw」