カリオストロ
西暦1785年。
ブルボン朝フランス王都パリ————
「へいおまち!
イートニャン寿司よ、ニンニン☆」
忍法もどきの印を両手で結んだ
イートニャンの周囲から水柱が迸る。
水流は周囲の燃えさかる炎に降り注ぐも、
火を消し止めるどころかその勢いを
弱める事さえできなかった。
「あんもぉ☆
全然消えないじゃん!?」
背後の炎によって逆光となった
黒い巨大な影が、太い尾の一撃で
イートニャンを打ちのめす。
「もう終わりかデモンイーター!」
フクロウの頭、狼の胴、
蛇の尾を持った巨体の悪魔が
無残にも地に伏せるちっぽけな
黒猫を失望したように見下ろす。
周囲は既に地獄絵図であった。
花の都と謳われたパリは炎に包まれ、
いまや悪魔とその眷属によって
蹂躙されている。
「世に聞こえし大魔王とやらも
防戦のみとは情けないぞ!」
フクロウの頭が大口を開き、
瘴気をはらんだ炎を獰猛に吐き出す。
「フン、アレはただの炎ではないな。
さすがにこれだけ人が多いと、
大きな技で対抗するのは難しいぞ」
「あの野郎……
関係ない人間を巻き込みやがって」
悟空が分身を放ち住民をうまく
避難・誘導をさせつつ、
逃げ遅れた住民に当たりそうな火球は
ドラクルがマントを広げガードし、
その隙にフェノメノンは
笛の力で周囲の眷属を足止めしている。
しかし禍々しい炎だけは完全に
防ぎきる事ができずにいた。
「せめて水の魔法を極めていれば、
街への延焼を防げたやもしれん……」
脅威的な力をもつドラクルといえど、
この世に存在する魔法の全てを
マスターしている訳ではない。
すでに技を放つ気力も
残っていないイートニャンを見て、
ドラクルは悔し気に拳をにぎると、
てのひらに凍気を集中しはじめる。
「よせドラクル卿、先ほど水の技が
通用しなかった事象を見たであろう?
氷結の魔法を放ったところで炎を通りこし、
逃げている人間たちを凍らせるだけだ」
フェノメノンが分かり切ったように、
目の前の消えない炎を見て呟く。
「分析してねーで、何とかしろ!
防ぎきれねぇぜ!」
住民が多すぎるせいか、悟空は分身の数を
増やし過ぎたせいで妖気を消耗し、遠くへ
人を誘導する事でさらに体力も消耗している。
限界は、もう近づいていた。
「コラ八百つぁん。
真っ向勝負で悪魔におされるって、
どーいう事なのよ!?」
激戦によってズタボロにされた
イートニャンが恨めしそうにうめく。
信じがたい事にこの悪魔には、これまで
イートニャンが培ってきた数々の
必殺技がまるで効かない。
そして、その戦い方も
イートニャンの弱点を知っているかのような、
恐ろしく洗練された戦闘センスが感じられた。
「どういう事もなにも、
72の悪魔の中でもっとも
強靭な体を持つと言われるアモンよ。
こーいう展開もあるんじゃないのー」
ゴエティアを手にする八百もまた、
お手上げとばかりに本を落としそうになる。
「博士の力が、ここまで通用しないなんて、
今までありませんでしたねぇ……」
普段冷静なホムンクルスも、
敵の規格外の強さに頭を
抱え取り乱している。
イートニャン一行は、
これまでも強敵と呼ばれる悪魔と戦い、
数々の敵の狡猾な術を破ってきた。
それがこうも簡単に正面からの
勝負でやられてしまった。
敵が特殊結界を使った形跡も見られない。
ならば今できる事はただ一つ————
八百がイートニャンを抱えて敵に背を向けると、
慌ててホムンクルスが八百の袖に捕まる。
「どこへ行くんです!?」
「どこって逃げるのよ!」
イートニャンを背負い
必死に逃げる八百たちを、
アモンは短く一瞥すると、
再び炎を放ちパリの街並みを
紅蓮に染め上げていく。
「アモン様、よろしいので?」
「よい、楽しみは最後に味わうのが私の流儀だ」
律儀に問いかける眷属に、
アモンはすでに今のイートニャンらには
興味が失せたように、逃げ惑う人々の
悲鳴をツマミに街並みを地獄の炎で
染め上げる事に心血を注いでいる。
そんな中、入り組んだ路地裏に入り、
火の手と眷属の目から逃れた
イートニャン達は、ようやく一息つく。
「あ~あ、久しぶりに
おフランスに来たんだから、
パリを満喫したかったわい」
「そう言えば、私と博士が初めて
ワープしたのはフランスだったわね!」
八百もイートニャンと共に
悪魔を倒す旅を始めてから、
思えば長い旅を続けてきたものだと、
キャピキャピと、はしゃぎだす。
「きみがデモンイーターの継承者か」
「ん!?」
裏路地の影の中から
落ち着いた壮年の男の声がした。
反射的に悟空が如意棒を構え
声のする方角へ殺気を飛ばす。
「……誰だ、おめぇ!?」
「眷属ではないようだが、
ただならぬ圧を感じるな」
遅れてドラクルが悟空を引き止め、
謎の男に声を掛ける。
「これは失礼、私はカリオストロ。
あなた方の敵では御座いません」
ドラクルの呼びかけに応じて、
声の主が裏路地の影からゆっくりと
歩み寄り姿をあらわにする。
恰幅の良い体型にカールした髪。
長めの優雅なジャケットに胴着と半ズボン。
この時代の男性貴族の正装といえた。
男のやけに落ち着き払った態度から
アモンの襲撃から逃げ遅れた
訳ではなさそうである。
「そ……
総帥……」
「何を震えてんだ姉貴。
このオッサンそんなすげぇのか?」
「かつて組織の頂点に
君臨していた伝説の御方よ。
直接、顔を見るのは私、初めてです!」
「……美国君、そう畏まらず、
いつも通りでいてくれたまえ。
君の活躍は私も常々聞き及んでいる」
過剰なまでに取り乱す八百に
カリオストロは苦笑気味に、
これまでの冒険を労ってみせる。
「さて、積もる話は後にし、
まずは安全な地下に避難するとしよう」
カリオストロが裏路地の
さらに奥の石畳を指さす。
よく目を凝らせば地下へと続く
階段がひっそりと開いていた。
既にアモンの炎が裏路地にも回りつつある。
このまま火の手が広がり続ければ、
身を隠す場所さえなくなるのは
時間の問題であろう————




